第28話 神、時々、死神【2】
「───ぬしは別だ」
総士の元から和馬の元へと移動したもう1人の女性。その深紅の双眸は氷の様に冷たい声音とは対極に、ぐつぐつと煮えたぎらせ、和馬を射抜いている。
和馬も肉薄された事に気付いた瞬間、身を後ろに投げようとしたものの、地面を蹴って僅か、体の自由を奪われた。
「……熱烈なのはありがたいけど、少し粗暴じゃないか?」
どうやら口だけは動く様だ。
額から汗を垂れ流しながらも、なんとか動く口で強がりを吐き捨てる。
和馬は総士達と共に死ぬ事でこの白い部屋に来た。もちろん狙いは娘である佳奈美と、その
もしもイナミと呼ばれる神が和馬の事を覚えているのなら、自分の探すなり名を総士に伝えていはずだ。それこそユイの時の様に会いに来てくれただろう。
だが、今まで受けた報告の中ではそんな素振りすらも無く、むしろ総士と仲良くしている様な報告ばかり。容姿や体に残った蒙古斑からもイナミが佳奈美であることを疑わなかった和馬は、佳奈美が生きていた時の記憶をどこかに置いてきたのではないかと疑っていた。
和馬の声に瞳を更に燃え上がらせた女性からは、歯ぎしりにも似た音と一緒に、体から熱を発し始めていた。
「一度は逃してしまったが………今度は逃がさぬよ。ぬしらに殺された子らが来る度に血を分け、少しすれば血が戻って来てしまう。それがどういう事か主なら言わずとも分かっているだろう?」
「……もしよろしければご教授願えませんかね? 出来れば佳奈美が置いてきた記憶の在処と一緒に」
和馬は目だけでイナミへと視線を向けると、それを見た女性が深紅の瞳を垂れさせ、口角をわずかに上げる。だがそれは、総士に向けた様な雪解けの花などではなく、下卑た印象を与えるものだった。
「ぬしは不思議に思わなかったのか? 最後に来た彼女───ひまりと言ったか。あの子が現世に戻ってなお、意識を取り戻さなかった理由を」
「俺が聞きたいのは………って、はぁ?」
口角は上がったまま、すぅと目を細めた女性が和馬を抱き締める。女性から目を離さずに見ていた和馬だったが、眼前まで来た女性に急に抱きしめられた時には素っ頓狂なと言葉が漏れてしまった。
「あの子が最後に願ったのは ” ソウの迷惑にだけはなりたくない ” だそうだ。私にそれが誰だかは分からなかったが……事情は全て聞いた」
和馬の耳元に唇を寄せ、静かに、冷淡に言葉を続ける。
「あの子がぬしの記憶を持たないのは、あの子が望んだからに他ならないのだ。幼子が一人でずっと泣きじゃくり、 ” なんで誰もいないのか? ” と考える日々。それに耐えられるはずがなかろう。理由も知らず、見知らぬ場所でただ一人。愛しい思い出は二度と訪れることの無い呪い。耐えられるのならそうはしまいが、幼子は耐えられなかった。だから私が辛いと感じた記憶だけを頂いた。だから主のことは知っているよ………森崎和馬」
和馬の表情は鬼のそれへと変わる。
なぜか動かない体を必死で振り解こうとするも、見えぬ何かに縛られた和馬に出来る事は無く、ただひたすらに目の前の女性へと殺意を向けた。だが、それを受けた女性もまた、上げていた口角を戻し、細めた目を釣り上げる。
「記憶を失い、失った悲しみの代わりに手に入れた漫然と過ごす日々の中、あの子を苦しめたのはぬしだよ。何度も何度もあの子の元へと人を送り込み、その度に恐怖に怯えさせた日々」
女性が言っているのは神の再抽出として和馬が行ってきた実験のことだろう。
当初は娘の遺品が御神体として回収された時に運命を感じていた和馬だが、十数回目の実験でかつての子が連れ帰ってきた神を見て後悔しかなかったのだが。
「うぅ……っ!」
女性が口を開く度、背中に回した指に力を入れているのか、痛みだけが増していく。その指は柔らかな皮膚にゆっくりと差し込まれていた。
それでもなお、女性が止まることは無い。
「幾多の恐怖を得て、今やっと幸せだと言ったにも関わらず、小さな幸福すらも奪おうと言うのか? ぬしになんの権利がある。既にあの子は私の子だっ」
「あ”ぁ”ぁ”ーーーっ!!」
ついぞ突き刺さっていた指は全て体の中へと隠れ、女性の手は心臓を掴んだ。ドクッ、ドクッとなる音が女性の腕を伝い、まるで全身が脈動している様な感覚が和馬を襲う。
「ぬしは知らぬのだろ? 幾度も実験と称しこの場に送り出した子らは、全て例外無く泣いていたよ。その度に私達が血を分けた子らまで無下に扱い続けたこと。────絶対に許しはしない」
その言葉を最後に、女性は和馬の体から心臓を背中から引き抜いた。
動かなかったはずの和馬の体はその場に崩れ落ち、真っ白な床を滝の様に漏れ出る血で染めていく。
その姿を見下ろした女性は、手にしたそれをつまらなそうに眺めたあと、ごみの様に和馬の傍に捨てる。
「……か……な………み……」
口から漏れ出る血と共に何とか吐き出した言葉。やっと自由になったはずの体には力が入らず、熱と痛みだけが体を支配していた。それでも伸ばした手は虚空を彷徨い、時間と共に地面を這いつくばる。
「去った子らに冥福を……」
虫の息となった和馬をその場に残し、女性は総士の元へと戻るのだった。
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