第24話 遅刻、時々、希望【1】
「その顔を見るとサプライズは成功だな」
白髪混じりの中年男性───
「サプライズ……って、いきなりすぎるだろ?」
久しぶりに見た和馬が元気そうで頬が緩みそうになる。だけど、偶然にしてもなぜこのタイミングなのか。
それだけではない。
身に纏っているスーツもだが、身に纏う雰囲気も総士の知る和馬とは一線を画している気がしたのだ。
「いきなりじゃなかったらサプライズになんねーだろうよ」
昔と同じように微笑む和馬。
だが、昔と同じように微笑めば微笑むほど違和感が込み上げてくる。
「そうだろうけど……」
総士は違和感の正体が何なのか分からぬまま、目の前にいる和馬から目が離せなかった。
反して和馬はおどけたように笑い、総士へと歩み寄る。
「ふふ。まぁ久しぶりで動揺してるって事にしといてやるよ。───そんな事より ” 探し物 ” ……見つかってないんだろ?」
総士の感じていた違和感は大きくなる。
心臓の音が速くなると同時に様々な思考が一斉に総士へと襲い掛かる。
それを見透かしたように笑みを深める和馬。
「あんま警戒すんじゃねーって。これを見りゃ理由も分かんだろ?」
そう言って和馬が胸ポケットから差しだしたのは一枚の名刺。それを警戒しながら受け取った総士は空いた口が塞がらなくなってしまった。
「それで理解したか?」
「……いつから ” 思想省 ” の人間になってたんだよ?」
総士が受け取った名刺にはこう書いてあった。
───思想省 特神局 特殊情報課 森崎 和馬。
「ソウより遅いのは確かだけどな」
ははは、と笑いながら総士の肩をバシバシと叩く和馬。
違和感の正体が分かったものの、急な展開に付いていけないのは変わらなくて、総士の顔はすごいことになっている。
「まぁそういうこった。それで独自に情報を掴んだんでな、真っ先にソウに知らせてやろうと思ってきたら誰もいなかったって訳だ。おかげで灰皿が足りねーよ」
笑いながら言葉を続けた和馬とは反対に、総士の表情は抜け落ちていく。
総士は和馬の襟首を掴んで引き寄せる。
「陽葵のいる場所が分かったのか?」
総士に引っ張られてバランスを崩した和馬だったが、すぐに態勢を整えると「へぇ……」と呟きながらも丁寧に総士の手を引きはがす。
「じゃあ行ってみるか? 先に言っておくけど偽の情報だって可能性もあるぞ?」
覚悟が足りないかもしれない。それでも、選択肢なんてある訳がない。
総士にとって一番優先するべきことなのだから。
「行くに決まってるだろ」
「じゃあタクシーを待たせてるからっさっさと行くか」
「あぁ」
タクシーを待たせてる場所へと向かい、それに乗り込む二人。
前もって行く事を決めていたのか、和馬が「さっき伝えた場所で頼む」と運転手に伝えると、帽子を深く被った運転手が頷いて車を出す。
道中、和馬に気になっていたことを聞いた。
和馬が思想省に在籍している事は分かったが、だとしたら総士が育った葦原園はどうなったのか?
そもそも何がきっかけで思想省に在籍したのか?
思想省に入ったなら自分の事を知っているはずなのに、どうして顔の一つも見せてくれないのか?
それに対して和馬は一つ一つ丁寧に説明をしてくれた。
葦原園は総士が千刻の義の被験者となった事をきっかけに、思想省からの取り調べを受けた。この時はまだ千刻の義の事は聞かされていなかったらしいが、それ以降はもっと根本的な所から変えなければ子供たちが救われる事はない。そう感じた和馬は葦原園を畳む事を決意したらしい。
在籍していた全ての子共達の引き取り先が決まったあと、取り調べに来ていた思想省の人物とコンタクトを取って自分の気持ちを訴えた。結果として、いくつかの面接と様々な訓練を経て入省を果たし、配属されたのが特殊情報課だったそうだ。
そこで初めて総士が千刻の義の被害者だと知った和馬は会いに行こうとするも、上司からの許可が降りなくて会いに行けなかったのだと。
そして今、陽葵までもが関わってしまったという情報を得た和馬は情報課には内緒で独自に動いて情報を集めたこと。運よく耳にした情報を元に総士の元へと駆け付けられたことを。
「……まぁこんな感じだ。だいぶ遅くなっちまったけど元気そうで良かったぜ」
「……いや、俺の方こそ知らないとこで迷惑かけてたんだな」
「いや、それはいいさ。正直に言っちまえば経営はかなりきつかったからな。ソウのことが無くても何年耐えられたか分からねーくらいにな」
「……そんなにかよ」
総士は和馬が気を使って言ってくれてるのかもと感じたのだが、和馬はあからさまに昔の苦労を思い浮かべて身震いしていて、さっきまでの申し訳なさが薄れて今では呆れたように和馬の横顔を眺めていた。
「そんな事よりそろそろ目的の場所に着きそうだな」
和馬との昔話に夢中になってしまっていたのか、いま自分がどこにいるかさえ把握していなかった総士は窓から流れる景色を見る。
(……えっ)
窓の外を流れる景色はどこか見たことのある景色。
それを細かく目で追っていく総士だが、流石に見間違うということは無かった。
「……おい、和馬。本当にここなんだろうな?」
「あっ、やっぱり気付いたか?」
「何があっても忘れやしねーよ。でも……」
───もしもこの先に陽葵がいるのだとしたら。
「まぁそりゃそうだよな。この先はソウが儀式をした場所だもんなぁ~」
そう。
この先を左折すれば砕石だけで舗装されている道。終盤は草木の音が道をうねらせ、車で行くと腰を痛めてしまうような道。
そして、その先にあるのは一つのログハウス調の家。
「……まじかよ」
何とか守り切った腰を労わる暇もなく、総士はタクシーから降りると懐かしいその光景を眺めた。
記憶にある光景より色あせたログハウス調の家。
ただでさえ灰色だった外壁の木材は所々黒ずんでいて、玄関口にある二段しかない階段は土台となっている足が片側が腐っていて傾いている。
「……少なくても、最近まで使われていたな」
玄関口まで近づいた総士はドアノブに視線を落として呟く。
周りの風化具合から見ると、やたらと真新しいドアノブはどうしても目立つ。
「情報は当たりだったか。───どうする?」
「和馬はここで待っててくれ。俺は中の様子を見てくる」
声を潜めて聞いてきた和馬に総士は迦具耶を右手に呼んで答える。
和馬は総士の右手に現れた深紅の刀を見て「……それが」と呟くも、すぐに視線を総士に戻して頷き、タクシーが待っている場所までゆっくりと戻っていく。
和馬が離れていくのを確認した総士は、出来るだけ音をたてないように扉を開ける。
(うわっ……)
思わず苦虫を噛み潰したような表情になる。
生臭さと黴臭さが交じり合った空間。陽葵が絡んだ話でなければ出て行きたくなる程の匂いと体に纏わりつく湿気は不快感以外の何物でもなかった。
正面には二階へと続く階段。その左右には廊下が置くまで伸び、一番奥は台所になっている。台所に続くまでの廊下にはいくつかの部屋があるのだが、どれも色褪せているだけで、総士が儀式を受けた時と変わり映えの無い光景。
総士は迷うことなく階段の右側を通り過ぎ、人の気配がする部屋の前で足を止める。この家の中で最も広い部屋がそこだからだ。
総士は扉横の壁に背をつけてからドアノブに手をかけ、静かに息を吸い込むと身を隠しつつ扉を開け放った。
「んーっ! んーッ!!」
───ドンッ………。
呻くような声と柔らかい重量物が床を叩く音が聞こえてくる。他に音らしき音もなく、人の気配らしきものは声の主だけ。
念の為にと、総士は背を付けていた壁に向き直り、持っていた深紅の刀で壁を切り裂くいてからさっき空けたドアの方へと体を滑りこませる。
どうやら声の主は神蔵だったようで、猿ぐつわをされた状態で椅子に縛り付けられているのが目に飛び込んでくる。じたばたと体を動かしていることを確認してから部屋中を一通り見渡すも、神蔵がいる位で他に誰もいない。
「ちょっと待ってろ」
神蔵の元へと駆け寄った総士は猿ぐつわを丁寧に解き、体と椅子を固定している縄を深紅の刀で斬る。
「あんたっっ!! 何でもっと早く来れなかったしっ!!!!」
助けた相手に開口一番にいうセリフだろうか?
それに、神蔵がいなくなってから一日も経っていない。どちらかと言えば早く探し出せた方ではあるのだが。
体の自由を手にした神蔵は颯爽と立ち上がると、そのままの勢いで総士に向き直り、詰め寄る。
───バシンッッッ!
一瞬視界が揺れ、遅れて頬が熱くなるのを感じた。視界を戻すと、睨みつける様な眼からは大粒の涙がいくつも流れていて、頬を叩かれたのだと理解する。
初めて見る神蔵の表情は何かあったのだと教えてくれるが、その意味も理由も分からないままではどうする事も出来なかった。
「……とりあえず事情を説明しろ」
「説明しろって!? あんたがもっと早ければっ!! 早ければ……死ぬことなんてなかったんじゃない……」
いつもはあれだけ傲慢に振る舞う神蔵が、決壊したダムの様に涙を流し、口からは嗚咽が混じる。
普段から想像も出来ない神蔵に総士は背中を撫でるが、その手は神蔵によって叩き落される。そして、神蔵は叩き落した手で二階を指さす。
もう一度辺りを見渡した総士は神蔵に「様子を見てくる」とだけ言って二階へと向かった。
二階には3つの部屋がある。
階段から近い順に中を覗いていくも、先の二カ所には変わった様子は無かった。
「後はここだけか……」
ポツリと呟いた総士は一段と警戒を強めてドアプレートを眺める。
” 総士 ”
そう書かれた木彫りのドアプレート。初めて見た時よりも数段に古めかしくなったプレートを揺らし、扉を開ける。
真新しかった木製のベッドも、大きな机と椅子も、どれもが灰色に色を変えていた。
そんな部屋の中心。そこにあったのは……。
「……おい、嘘だろ?」
仰向けになり、胸の前で両手を組み、額に小さな穴を空けた二人。穴の開いた場所からは赤黒い染みの様な物が出来ていた。
片方は壮年に近しいだろう、見覚えのない女性。
もう一人は陽葵。
自分が大事だと感じていた女性。世界から見たらとても短いはずの17年間。その大半を共に過ごしてきた女性が目の前で死んでいる。心臓を鷲掴みにされ、ギュッと握ってくるような痛みが総士を襲う。
三半規管でも狂ってしまったのか、総士の足取りはおぼつかない。ふらふらと揺れてしまう体を何とか抑え込み、陽葵の元で片膝を折る。
何度も場所を変えて脈を計ってみたり口元に耳を近づけてもみる。でも、それが教えてくれたのは、陽葵が首から下げているネックレスと同じで、壊れた陽葵がそこにいるという事実だけ。
「………夕方には死んだし」
部屋の扉に寄り掛かる様にした神蔵が口を開いた。
総士が心配だったのか、一人で気味の悪い部屋にいるのが嫌だったのか、神蔵は総士の後を追って付いて来ていた。
「……お前は何をしていた?」
言うべき言葉じゃないのは分かっていた。それでも言わずにはいられなかった。陽葵が苦しんでいる時、神蔵は五体満足で何をしていたのか、と。
「……私が連れてこられたのは神が宿る御神体を教えろって理由だった。いくつか教えたら縛られてあそこに放置されてさ、気になって神の目を使ってみたのよ。そしたら……陽葵ちゃんが……ちょうど息を引き取るところだった」
間に合わなかったのは自分。助けられなかったのも自分。
なぜ、陽葵は殺されなければいけなかったのだろうか?
なぜ、陽葵だったのだろうか?
なぜ……自分は間に合わなかったのだろうか?
「……………」
「……そんなところじゃ陽葵ちゃんが可愛そうだって。とりあえず外に連れってってやろうよ」
神蔵の言う事はもっともだと感じた。
匂いも酷く、くたびれたこんな家じゃなくて外に連れて行ってやることが先決。そう思えた。
まずは壮年の女性の首裏と膝裏に手を回し、そのまま持ち上げて足を進める。
死人というのは運び辛い。
それは死んだ瞬間に生物は腐敗を始めるからだ。
現在進行形で、一歩進む度に足から伝わる振動が女性を揺らし、その度に総士の鼻にはすえた匂いが届く。外見は人の形をしているが、既に物と化してしまったそれを玄関口でゆっくりと降ろし、もう一度二階へと足を進める。
次は陽葵の番。
目の前で動くことの無い陽葵をさっきの女性と同じように抱き、ゆっくり、ゆっくりと歩を進める。まるで暗殺者も目指し始めたかのように、振動が陽葵に伝わらない様に。
階段の一段一段が鬱陶しい。
足音を消すかのように慎重に運ぶも、郷の様に足音一つ立てないような歩き方を練習した訳でもない。平坦な床であれば見様見真似で出来たが、階段をゆっくりと降りる度に震える膝を必死で抑え、一歩ずつ確実に進んで───行けるはずもなく、振動で揺れた体が陽葵に伝わり、僅かに動いた体からはすえた匂いが漏れ出る。
理解するのと納得してしまうのは違う。
一度納得してしまえば、現実が責め立てる。気付けば、陽葵の温かくも柔らかかった手も、たまに触れた体は女性特有の弾力も、今となっては感じられない事に気付いた。弾力の無くなった皮膚など、力を籠めれば剥がれてしまいそうで。
もう、陽葵と話す事は出来ない。
神意で貫かれていたとしても、死んでいる以上は生き返らせるなんて事はもうできない。
───今は外に出してやろう。
必死で残っている理性で陽葵の体から目を背ける。そうでもしていないと立っていられる気がしなかったから。
玄関から出た総士と神蔵は、陽葵と壮年に近しい女性を労わりながら地面へと置く。
総士達の姿を遠目に見ていた和馬がゆっくりと近付いて来るのに気付く。
───和馬に事情を説明しないと……。
そう考えた総士だが───。
「なんであんたがいんのよ!!」
自分よりも先に言葉を発した神蔵へと視線が吸い寄せられる。
神蔵の目は肉食獣が得物を発見した時の様に吊り上げ、言い終えた歯からはギギギッ、と歯ぎしりにしては重い音が聞こえてくる。
「……どうしたんだ?」
「どうしたもこうしたもないしっ!! こいつが陽葵ちゃんを殺した奴だからっ!!」
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