第22話 本気、時々、本気【2】


 約束の15時。


 総士は古びた金網で囲まれた場所に来ていた。

 奥に見えるのは倉庫が一つ。他は雑草があちらこちらに見え、それ以外は石ころや砂が顔を出してる場所。


 「迦具耶、御津羽。力を貸してくれ」


 総士の両手には深紅の刀と細い秒針を模した剣が姿を現す。

 何が起こるか分からぬ今、奇襲などにも気を付けなくてはいけないから。


 総士は可能な限り足音を消して、倉庫の前まで辿り着く。


 (奇襲は……なし。だとしたら余程自信があるか……それとも何かあるのか?)


 総士の情報は本人が知らぬ間に相手に伝わっていた。レイやミツハ、それにユイの事などは流石に伝わっていないと信じたいところだが、カグヤやイナミに付いては既にバレている。

 それにも関わらず相手側は正面切って自分とぶつかるつもりでいるのだろうか。


 そう考えずにはいられない総士。


 だからこそ、自身が持てる最大のパフォーマンスを発揮しなくてはいけない。助けにきたつもりで自分まで死ぬなんてバッドエンドを許せるはずがない。



 大きなハンガードアを開ける。


 「やぁやぁっ!! やっと来てくれたのかい?」


 まるで道化師の様に大仰な仕草で総士を見ている男。

 その声は電話の時の様に変声機を使っている訳でもなくて、隠している場所といえばプロレス選手が被る様なマスクで顔を隠している位だった。


 男性にしては高めの声と体格や雰囲気からかなり若い人物だと想像できる。


 ただし、そのマスク姿の男の横に横たわっているのは───。


 「………ひと…み?」


 陽葵だと思っていたのだ。

 まさか囚われているのが瞳だなんて想像すらしていなかった。


 (……どうなっているんだ?)


 総士の漏らした言葉を違った意味で受け取ったマスクの男は、高笑いを上げながら持っていた警棒のような物で瞳の頬を軽く突く。


 「さぁさぁさぁっ!! これを見て君は何を思うっ!? 何を感じるっ!?」


 マスク姿の男が言葉を発するも、総士はそんな事は全く聞いてなかった。


 (……もしも陽葵と関係ないなら……こんなとこで時間を潰している場合じゃない)


 ここまで来るのだってかなりの時間を要している。それにも関わらず、陽葵と関係が無いのなら振り出しに戻る事になるのだから。


 「……お前が言っている俺の大事な人って言うのは瞳だけなのか?」


 マスク姿の男は首を傾げる。


 「他に誰かいるっていう───」


 その男が最後まで言い切る事は無かった。


 「ならいい。そこをどけ」


 マスク姿の男を確認した時点で、二つの軌跡は相手の肩を目掛けて伸びている。あとはその軌跡を断ち切るだけ。


 「えっ……。なんだよ……これ」


 目の前の光景が理解できなかったのだろう。

 水の軌跡と火の軌跡がぶつかりあってできた小規模な水蒸気爆発によって、警棒を持っていた腕が肩から先ではじけ飛ぶ。


 錬の立てた作戦とは違う展開に、気絶したフリをしていた瞳でさえ顔を上げて宙を舞う腕を眺めていた。


 男の驚きや瞳が起きたことなど微塵も気にすることなく歩み始めるが、総士が倉庫の中心くらいまで足を進める。


 ざっ……。


 「ユイ」


 総士を囲む様に現れたのは背丈ほどある銀の鏡。それと一つの暗い闇。


 カンッ……。


 「何か飛んできました」

 

 ユイが総士を見上げながら後ろに人差し指を向け、それを追う様に視線を向ける。


 視線の先にいたのは黄色いおもちゃの銃みたいな物を握り、尻餅をついて黒目を激しく揺らしている男。


 「何かあるとは思ってたけど……テーザー銃か。ありがとうな、ユイ」


 「えへへへ」


 ユイは照れたように笑うと、銀の鏡が消えると同時に総士の中へと戻っていく。


 真司でさえ ” ユイ ” という人外の力を持って自分の前に立った。それが今度はテーザー銃。確かに当たっていればイナミ達に頼るしかなくなってしまうが、それにしてはお粗末な話だと感じた。


 それと同時に確信を得た総士は、テーザー銃を持った男の両足を二つの軌跡で吹き飛ばし、カグヤとミツハを戻してスマホをポケットから取り出す。


 「おいっ!! ソウ!!」


 スマホの着信履歴から ” 空璃 ” をタップしようとした時、総士が入ってきた入り口から入ってきたのは錬。その眼は動揺を色濃く映していた。


 「このタイミングで俺の名前を呼ぶって事は………瞳側じゃないんだな?」


 総士は知っている。

 錬は理屈っぽい男だ。

 もしも錬が瞳を助ける為に割り込むのであれば、今はまだ姿を現さずに瞳に近づくことを優先するはず。


 錬は腕と足を吹き飛ばされた友人を見た後、総士に向けて叫ぶ。

 

 「そんな事より何やってんだよお前はっ!!」


 「……れい


 そう呟いて、総士は右足で床を叩く。

 錬目掛けて雪華が走り抜け、その通り道は銀世界へと姿を変える。

 続けざま、描いた水の軌跡を断ち切る。


 通り道に立っている錬目掛けて放たれた銀世界と軌跡は交じり合い、足と地面を氷で繋ぎ止められる。


 「話はあとで聞く」


 「……マジかよ」


 自分の足を見て驚愕に染まった錬を無視し、総士は空璃へと電話を掛ける。


 「陽葵嬢はどうじゃった?」


 「実は───」


 総士は十中八九ここが陽葵とは関係ない事。詳しい理由は分かっていないが、制圧を終えたことを伝えた。


 「誰か寄こしてくれ。じゃなきゃ陽葵を探しに行けない」


 「それは心配せんでも良い。先に連絡を貰っとるからの、既にワシが待機しとるんじゃよ」


 「来てたのかよ、………ん? じじいが動いても平気なのか?」


 普段なら惟神大社で指示を出すはずの空璃。それにも関わらず現場に出向いているなんて話を総士は聞いたことが無い。


 「───平気じゃよ」


 空璃の声が聞こえてきたのはスマホからはでは無くて総士の後ろから。


 「……趣味悪いな」


 「総士殿もまだまだじゃのぉ~。それよりも……」


 空璃は辺りを一通り見渡すと、大きなため息を吐き出す。


 「総士殿、事情はこちらで確認しておくから大丈夫じゃ。主は一度休んでどこか当てでも探しておくんじゃな」


 諭すかのような口調の空璃。

 だが、その眼は静かに総士を威圧する様に鋭く、冷ややかなものだった。


 空璃の視線に、ゆっくりと辺りを見渡す総士。


 肩から先を失った男は、隣で瞳が体を支えているにも関わらず、涙で床を濡らしている。瞳は肩から溢れる血をどうにかしようとしているが、どうしていいのか分からずに今にも泣きそうだった。


 テーザー銃を持っていた男は匍匐ほふくで入り口へと向かっていた。

 だが、錬の動きを止めるために通り抜けた雪華が作り出した氷の道のせいで、前に出した腕は地面を滑って前には進めない。それでも何度も腕を前に出す姿は壊れた子供のおもちゃを見ている様だった。


 入り口にいた錬は一生懸命に匍匐で進もうとする男へと手を差し伸べている。足がと地面が氷で結ばれているせいで、男まで手が届くはずも無いのに。


 いつの間にか隣に来ていた空璃は口を開く。


 「ぬしは将来どうありたいんじゃ?」


 「陽葵と普通に───」


 「ほぉ……。陽葵嬢と一緒に血路を歩くんじゃな?」


 「……じじい、どういう意味だ」


 今度は総士が空璃へと鋭い視線を向ける。


 「ぬしの普通は殺戮と虐待なんじゃよ。確かにワシは殺される前に殺さねば生きられぬとも教えたんじゃがな、ぬしが本気を出せば何人殺さずに済んだんじゃ? それが今では殺意すらない人間を殺しかけておる。人とはなんじゃ? 息を吸っていれば人とでも言うつもりでおったんかのぉ?」


 空璃を見る目が更に鋭くなるが、吐き出す言葉が見つからない。ただ怒りに任せて握りしめた拳からは、皮膚に食い込んだ爪で血が滲みだしていた。


 「わしがぬしを鍛えておるのは、血路を歩かせる為じゃない。活路を見出すためじゃ。どんなことがあろうとも、血を流すことになろうとも、足を踏み出すための力じゃ」


 「そんなのは分かってるっ!!」


 咄嗟にでた声は叫びとなって木魂する。それを無かったかのように続ける空璃。


 「力には力でしか返せんのじゃ。喧嘩じゃろうが神頼みじゃろうが、拳が出れば刃で返し、刃が出れば銃で返す。神の力を用いたぬしには………そうじゃのぉ、神の力で殴らないとダメなのかもしれん」


 総士は目を見開いた。それは空璃の後ろに現れた一つの暗闇のせい。


 「───久しいのぉ。” 空離 ”。ちょいとお灸をすえる為じゃ。力を借りるぞい?」


 「っとに都合のいい時ばっか呼びやがって……。まぁ構わんさ」


 暗闇から姿を現したのは総士よりも身長が高く、膝下まで伸びる土色の長い髪をなびかせた男。その男は明らかに面倒だと言わんばかりの口調なのに、口角がわずかに上がっていた。


 「───レイっ!!」


 総士は自身のカンに従い、竜の力を体に宿しながら大きく後ろへと飛ぶ。

 それと同時に空璃が振り降ろした右手は、ただ空を斬るだけで総士が飛ぶ前に居た場所の床を粉砕する。


 「やりおるのぉ~。……でものぉ、年季が違うんじゃよ。─── 空檻からおり


 空璃が言葉を放つと同時に現れたのは、総士を縫い付けるように虚空の至る場所から生えてきた鎖状の空気。揺らぎながらも鎖状を維持している透明な何かによって総士の自由が奪われる。


 ただ、総士も今は龗によって伝承上にしか存在しない竜の力をその身に宿しているのだ。そう簡単に捕まってたまるかとばかりに思い切り両腕で振りほどこうと試みる。


 「無駄じゃよ、そんな簡単に破られたら ” 檻 ” じゃなくなるじゃろ?」


 空璃の言葉通り、いくら腕を振り払おうとしてもゴムの様に元の位置へと戻され、その場から動けなかった。


 「” 空璃 ” とは、本来なら” 空を乖離する ” と言った意味の空離じゃよ」


 

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