第21話 本気、時々、本気【1】
ショッピングモールへで遊んでからちょうど1週間後である土曜日の朝。
いつもの様に自室の窓を開ける。
梅雨時期の空気は湿気を多分に含み、すっきりする春の空気とは違って、胸を満たしていくような感覚で満たされる。
空気を目一杯取り込み、総士は軽くなった足取りでリビングへと向かう。
「おはよ……って、陽葵にしては珍しいな」
総士と陽葵が起きる時間は普通であれば6時前。
だからリビングに来る時間は殆ど同じか、陽葵の方が少し早い位である。
とはいえ、誰だって心が緩んで起きれないときもあれば、気付けばこんな時間、なんってこともある。
陽葵も最近は表情がすぐれなかったから疲れているのだろう。そう感じていた総士は、出来るだけ家事を終わらせておこうと台所へと向かう。
疲れている時の朝飯。
それは、めんつゆと砂糖を適量入れた厚焼き玉子。それとみそ汁が総士のイメージする朝食である。陽葵と違うのはみそ汁の出汁はスーパーなどで売っている出汁袋を使用するくらいだろうか。
それを作り終えれば洗濯機を回し、その間に掃除機と風呂掃除を終わらせておく。洗濯機が終われば後は干すだけなのだが、二人分くらいならそこまで時間が掛かる事もない。
(……掃除機の音でも起きてこないのか)
総士は壁掛けの時計に視線を向ける。
既に時刻としては9時前。
いくら疲れていても、寝過ぎはあまりよくないだろうと陽葵の部屋の扉をノックする。
だが、返事が返ってくることは無くて、扉を開けてみればどこにも陽葵の姿は無かった。
ただ、ベッドの上に置かれた一枚の紙。
総士はそれを手に取り、紙へと視線を落とす。
” ごめんね ”
あまりに短いその書置きは、総士にとっては何よりも重い物となる。
陽葵のスマホへと電話する───が、呼び出し音と同時に聞こえてくる。音はベッドの下からしていて、覗き込めば陽葵のスマホが置いてある。
次に総士が電話したのは空璃。
「おー、朝から電話とは珍しいのぉ」
「じじいの感想なんてどうでもいい。昨日から俺達の監視をしているのは誰だ?」
総士と陽葵は24時間監視をされている。それを空璃達が知らないはずがない。
「藪から棒になんじゃ?」
「陽葵が書置きを残していなくなった」
「……ちょっと待っておれ」
総士の言葉で察したのか、空璃の声音が張り詰めていくのを電話越しに感じる。
苛立つ気持ちを必死で抑えながら空璃からの言葉を待つ。
(───約束はどうしたっ!?)
家の中以外では、必ず二人で行動すること。
それが千刻の義を終えて交わした陽葵との約束。
いつもなら陽葵の方が気にしていたはずの約束を無視する事なんてあるのだろうか。
空璃の声が返って来る。
「総士殿、確認して来たんじゃが……監視役だった人間とも連絡が取れん様じゃ。正確には日付を跨いだ辺りから定時連絡が入っとらんようじゃの」
「それは……」
総士はもう一度書置きに視線を落とす。
文字はどう見ても陽葵の癖が見て取れる。
(……陽葵が自分から外に出た? じゃあ何で監視役までいなくなる?)
陽葵が何か理由があって外に出たのだとしても、監視役と連絡が取れなくなるのはおかしい。
「……総士殿、仮定の話じゃよ?」
「……改まってなんだ?」
一段と冷え切った空璃の声に、否応なしに緊張感が引き出された。
「御神体の盗難事件が起きてる話はしたじゃろ? もしもそやつらが連絡の取れなくなった監視者だったらどうじゃ?」
「監視者がスパイで……陽葵は俺への人質のつもりか?」
「偶然か必然化は知らん。じゃが、千刻の義をしても総士殿が毎度潰しに掛かるんじゃ。その可能性も否定できんじゃろ。総士殿の弱点が陽葵嬢だと知っとるのは、総士殿の友人達か、
(それなら……陽葵がいなくなったのは俺のせい……だっ!)
陽葵が家を出た理由すら分からない。
それでも、こんな書置きを残しているのだから自分の可能性が高い。一緒に暮らしているのは自分なのだから。
さらに空璃の仮定が当たれば、それだって自分のせいだ。
「……とりあえず連絡の取れなくなった監視者の情報を全部寄こせ。あとはそいつらか陽葵のどちらかを見つけてからだ」
「……そう……じゃな。───総士殿。1つだけ約束してくれんかの?」
「この期に及んでなんだよ?」
「こちらでも動くんじゃがの、もしも総士殿の方が早く見つけたなら拘束する位にしておいてくれんかの?」
身内から裏切り者が出たのだとしたら空璃も事情を聴きたいのだろう。
「分かったよ。その代わり情報を全部寄こせよ?」
空璃の返事を待たずに電話をきる。直後にすぐスマホがメールを受信を知らせる。
スマホの画面を覗き込んだ総士は、空璃の言っていた言葉の意味を全て理解する事になった。
【監視者:神蔵 結蔵・神蔵 美幸 二名】
「くそったれっ……」
メールをスクロールすれば、神蔵の両親が行ったであろう地名など。二人に関する情報が山の様に詰まっていた。
総士は自然と歯噛みをしている自分に気付いた。
もしも空璃の仮定した状況であるならば、自分はどうするのが正解なのだろうかと。知らない奴だったら確実に殺している。空璃に言われようが、大切な人を巻き込んだ人間なのだから。
再びなる着信音。
まだ情報が転がっていたのか───と、スマホの画面を見ると、表示されていたのは登録されていない番号。
総士は身構えて通話の方へと電話のマークをスワイプする。
陽葵絡みであるのなら、相手からできる限り情報を集めないといけないから。
「……もしもし」
「ハハハ、君が神童治君かね??」
聞こえてきたのは変声機で声を機械音に変えた声。
「そうだとしたら?」
「そうかそうか。否定はしないんだね?? 僕は君にとっての死神になるかもしれない男だ。……殺すのは君の心、だがね」
「……要件を言え」
「君が大事にしているだろう人を預かっている。君がもしも本当に会いたいと言うなら、今から私が言う場所に一人で来れるかね?」
総士の決意など決まっている。
「あぁ、構わない。警察なんて奴には連絡なんて入れないし、俺一人でそこに行くと誓う。……だから、さっさと場所と時間を教えろ」
最後の言葉は殺気を最大限に込めた言葉だったのだが、返ってきた言葉はおどけたように人を見下した言葉だった。
「ハハハ、君は何か勘違いをしているみたいだね。君の欲しい物は僕の手中にあるんだよ?」
「……悪かった。指定の場所に必ず俺一人で行く」
「そうそうそうっ!! そういう声が聞きたかったんだよっ!! じゃぁ───」
おどけた機械音が指定してきた場所と時間メモした総士は電話を切り、そのまま空璃へと電話を掛ける。
「何か分かったんじゃな?」
「あぁ。たった今、変声機で声を変えて電話を変えてきた奴がいた。とりあえず指定の場所には俺一人で行くけど後始末は頼んだ」
「ほほぉ……。まぁワシらも準備だけはしておくかの」
「あぁ、頼む」
再び電話切った総士は、今度は自分の内側へと意識を向ける。
(イナミ、ユイ。ちょっといいか?)
その声に応じるように総士の前に現れる二つの闇。
「ソウ? どうかしたの?」
先に口を開いたのはイナミ。
総士は今までの事情を二人に話す。
陽葵がいなくなったこと。変な奴から電話で呼び出された事を。
「……へぇ、イナミのソウにそんなこと言うんだ」
「総士さん、私達はどうすればいいんですか?」
「ずっと外にいる事になるから二人とも急に出てこないでくれよ? 周りに人がいたら驚いちゃうからな」
「えぇぇーーーっ!? ……まぁソウがそう言うならいいけどぉ」
「分かりました。私にできる事あったらいつでも言ってくださいねっ」
頬を膨らませたイナミと、胸の前で両腕でガッツポーズをつくるユイの頭を撫でなでる総士。
二人には再び総士の中へと戻り、総士は指定された場所へと向かう事にした。
一方で。
総士達のいる仙川町からは電車で小一時間程行った場所にある田舎町。その田舎町にある旧民間飛行場の跡地。
錆び始めた金網で長方形に区切り、その一角には倉庫の様な物が一つ。
ここは錬の父が所有する開発や実験の為に使用する場所ではある。
だが、今は入り口にあったはずの【西紀試験場】という看板は外され、傍から見たらただの廃倉庫にしか見えない。
その廃倉庫にしか見えない場所に集まる複数の人影があった。
「───で、本当に来るのかよ」
スマホをしまいながら、手の平サイズの機器を錬に返しながら問う。
「電話で来るって言ってたんだろ? 来るって言ったんならソウは来るよ」
「なんか……本当にごめんさい。わざわざこんな事の為だけに集まってもらっちゃって……」
集まった人たちの中で唯一の女性である瞳が深く頭をさげると、周りにいた男性陣は両手を顔の前でブンブン振る。
「いやっ! 自分は全然暇なんで平気っすっ!! ……ちょっとその男が羨ましいけど」
「自分も平気っすよ、瞳さんの気持ちに気付かないその男がわりーんすよ。……そんな男、何回殺しても殺したりねーし」
何故か言葉の最後だけ尻すぼみする男達に首を傾げる瞳だが、錬が集めたとはいえ、自分の為にわざわざ集まってくれたのだから無下にする訳にもいかない。
「お前ら……。じゃあ最後に内容を確認するぞ~」
錬が考えた作戦はこうだ。
瞳が拉致されたように偽り、一人が総士の前で気を引く。そこに隠れていたもう一人が錬が作成したテーザー銃で総士を拘束。
総士が拘束された後、二人の男が隙を見せた所で何とか逃げ出せた瞳が総士を助けて逃げる。
「……なぁ錬。何度聞いても思うんだけどさ、普通逆じゃね?」
男が颯爽と女性を助ける話ならよくある話。そう言いたげな男に錬は溜息を大きく吐き出した。
「それで惚れるのは女だろうが……」
「でもそれで逆って……。なんか情けなくなって顔すら見れなくなりそうじゃね?」
「だから賭けなんだろうが。それにな、まずは意識させる事が大事なんだ。ソウの場合は瞳が傍にずっといたのにも関わらず、なぜか恋愛対象としては意識してない。だからインパクトがあって二人の時間があって吊り橋効果も望める」
でも………と、錬は思う。
瞳がいる手前、友人達には言えないが、これの逆バージョンをリアルに体験している瞳と総士。
真司が執拗なまでに瞳に求愛をしだした時があり、それを阻止したのが総士。瞳はぼかしていたが、総士を意識し始めた一番の要因はそこしかなかった。
とはいえ、その逆をやったところで、効果があるのかどうかなんてことは錬には判断がつかない。
人と人の関係など、形が変えられるパズルの様な物。自分と言う形を偽れば反動は自分に返って来るし、それが嫌ならぴったりはまるピースを探さなくてはいけない。
すでに陽葵とういピースがある以上、意識させたところでピースの形に変化があるのかと言えば………無い。
では、何故こんな子供じみたことを実行するのか。
こういった子供っぽい事でも、インパクトがある出来事は少なからず人の心を動かす。それが良い方向にいけば成功。悪い方に言っても、叶わぬ恋に身を置く瞳の将来を考えれば成功。
それに、恋人すらできたことの無い人間には、これ以上を望むのは無理がある。
「あとは実行するだけだ。頼むぞ」
「「おおぉぉぉぉーーーっ!!」」
「……うん」
こうして作戦は始まったのだ。
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