第20話 幸福、時々、不幸【2】


 (……たまにはいいかもな)


 総士がカラフルな四角だけの椅子に腰を落ち着け、見ている先には目を輝かせている陽葵、ユイ、イナミの三人。その三人にあれやこれやと説明している瞳、神蔵、梢がいた。


 普段は出掛けるにしても最低限の買い物しかしない総士から見れば、あんなにも目を輝かせている3人の姿は新鮮だった。


 ( これからはもっと出掛けるようにしないとな )


 そんな風に総士が考えていると、瞳が小走りで近寄って来る。


 「ソウ、錬が南口に来てるんだって。ちょっと行ってきてくれない? 私達はまだここにいるからさ」


 「分かった。移動する場合は連絡くれよ」


 「おっけー」


 総士はイナミとユイの傍まで向かい、二人の頭を撫でる。


 「ちょっと錬を迎えに行ってくる。陽葵達の言う事をちゃんと聞いていい子にしてるんだぞ?」


 「うんっ」

 「はいっ」


 二人の笑顔に頬を緩め、総士はそのまま南口へと向かう事にした。


 南口に辿り着いた総士は辺りを見渡す。

 いくら顔を知っている友人とはいえ、二年もあっていないとなると気付けるかどうか心配だった。


 だが、それは杞憂に終わった様だ。


 「まじで変わってねーな。んや、少し身長伸びたか?」


 背中の方から聞こえてきた声に振り向くと、その男は背比べをするように手を総士の頭と自分の頭とを交互に行き来させた。


 「錬も元気そうでよかったよ」


 「まぁ俺からそれを取ったら何も残らないだろ?」


 「何言ってんだよ。瞳から聞いたぞ。高校でも同じ目に遭ってるんだって?」


 「うっ……。ソウ、休みの日まで思い出させないでくれ」


 明らかにがっくりと肩を落とした友人を見て、笑いそうになるのをこらえる総士。


 西紀にしき れんは言ってしまえば優良株である。

 そこまで大きな会社ではないが、錬の父はいくつかの会社を運営している。

 更に、外見だけではなく、素直で包容力のある錬は中学時代も女生徒に詰め寄られる場面があったのだが、どうやら高校に行ってもそれは変わらなかったらしい。



 「それよりさっさと瞳たちのとこに行こうぜ? ただでさえ遅れてきたからあんまり待たせるのも悪いだろうし」


 「あぁ、それなんだけど……」


 総士は錬に瞳たちがいる場所を教えるとすぐに追いかける事を約束して一人で目的の場所へと向かう事にした。



 しばらくしてみんなが待っている場所へと向かった総士は「ごめん、トイレが混んでて……」などとありきたりな理由を口から吐き出すも、陽葵と瞳の眉がピクリと動いたのに気付いた錬は小さく吹き出す。


 それからも色々な店を回り、様々な物に目を奪われるイナミとユイを総士と陽葵が追いかけ、それを後ろから見ている四人が笑うという状況が続き、あっという間に時が流れていく。


 ───楽しい時間は過ぎるのが早いもので、今では月が顔を覗かせている。


 せっかく二年ぶりに再会したのだからと、夕飯もみんなで食べようと考えた8人はショッピングモール内のカフェにいた。


 窓側にある8人用の椅子席。片側に四人は座れる対面式の席で、片側にはイナミとユイをサンドイッチにした総士と陽葵。反対側には残りの面々が座っている。


 「……なんかこうして見ると家族みたいだな」

 

 「家族だよ?」


 錬がボソッと呟いたこの一言。

 今さら何を言っているんだと言わんばかりのイナミ。

 この一言が一瞬ではあるが時を止める力があることに気付かないまま、総士が続いた。


 「あぁ、そうだな」


 言いながらイナミの頭を撫でる総士。ふと対面の席に視線を戻せば瞳と錬がピタリと動きを止めた。


 「……どうしたんだ?」


 「ソウ? 家族ってどういう意味?」

 「そうだな。男が結婚できるのは18歳からだしな」

 

 動揺している様に見える瞳と錬。素知らぬ顔でコーヒーを味わう神蔵と梢。


 「お前らいきなりどうした?」


 「まずは私からっ! イナミちゃんとユイちゃんは葦原園の子達じゃないの?」


 なんだ、そんな事か───と、総士は体を前のめりにした瞳の真剣な眼差しに応えるべく、屋上での会話を思い出しながら口を開く。


 「俺と陽葵は葦原園にはいないからな、この二人は神蔵のじいさんの孫だよ。爺さんちによく遊びくるんで一緒に遊ぶことが多いんだ」


 嘘をつくと言う多少の罪悪感を感じながらも、出来るだけスラスラと言わない様に心掛けた総士。

 総士自身は二人を自分の子だと感じている。ユイは実の家族があるから弁えてはいるが、イナミに関しては弁える必要も無いし、出会った頃に約束しているのだから。


 瞳はそっと瞼を閉じると前のめりにしていた体を戻してコーヒーに口をつける。


 「はぁ~……、そこら辺も言えないって……。まぁ言える時が来たらちゃんと教えてもらうからね?」


 「……なんでそう思うんだ?」


 デジャブ。


 「いや、嘘だってバレた設定を再度使ってるのにバレないほうがおかしいでしょ?」


 「………そうだったか?」


 「……ソウ、ヌケてる」


 「だよね~」


 陽葵と瞳に責められ、錬はどこか呆れたように苦笑し、梢はクスクスと笑っていた。


 「……嘘って面倒くさいな」


 和んできた空気のせいだろう、どこか遠慮がちだった会話には花が咲き始める。

 中学時代の話では梢が興味津々に耳を傾け、瞳は懐かしそうに目を細めた。

 錬は流れた時間の長さを耳で感じて少し寂しそうにしていたし、無関心そうにコーヒーを楽しんでいる神蔵は、どこか寂しそうで羨ましそうな、総士にはそう見えていた。


 様々な咲き方を見せた会話のせいか、総士がそれに気付くのが遅くなったのは仕方のない事なのだろう。


 「……陽葵、どうかしたか?」


 出入口に視線を向けて動かなくなっていた陽葵へと声を掛ける。


 「……ん。花詰み」


 そう言って席を立った陽葵は見向きもせずに店を後した。


 思っていたよりも戻って来るのが遅かった陽葵だが、戻ってきた陽葵は普段通りで、何事も無かったことに安堵した面々はお開きにしようと店を出る事にした。


 ショッピングモールを出ると、神蔵と梢は迎えが来ていると言って丁寧に頭を下げ、駐車場へと姿を消した。そんな二人を見送った総士たちは駅まで徒歩で向かう。


 途中、錬と総士も番号交換を済ませ、電車を待つ6人。


 総士、陽葵、イナミ、ユイの4人は同じ家に住んでいるのだから乗る電車は同じで、瞳と錬の2人とはお別れである。


 「ソウ、また暇見つけてどっか遊び行こうぜ? もちろんイナミちゃんとユイちゃんも一緒にな」


 「あぁ、またな」


 「なんで私の名前が抜けてるのよ」


 「……ん」


 男同士の会話に野次を飛ばした陽葵と瞳に苦笑した総士と錬。



 総士達が電車に乗るのを見送った瞳と錬は、自分たちが乗るはずだった電車を見送り、ベンチへと腰を降ろしていた。


 「……で、瞳としては?」


 「……どういう意味よ」


 瞳たちが乗るはずだった電車には、ホームに残っていた人が一斉に乗り込んだ。今では二人で独占している様な状態な訳で、もちろん他に会話を聞いている者など存在する訳も無いのだが、瞳は辺りをキョロキョロ見渡した。


 錬はただボーっとホームを眺めるばかりで、瞳の言葉に返すことはない。それは意地悪だとか無視をしている訳じゃなくて、瞳が自分の心を偽っているのを錬は知っていたから。


 少しの間を置いて、瞳が大きく息を吐き出す。


 「はぁぁぁぁ~。……思ったよりもダメみたい」


 「だろうな」


 「……おっかしいーなぁ……。卒業した時はさ、結構諦めついてたんだよ? それがさぁ~……まさか同じ学校、それも同じクラスになるとか誰も思わないじゃん」


 「……だろうな」


 瞳は俯き、錬は天井を眺める。


 「いつからだっけ? 瞳がソウのことを好きだって自覚したの?」


 中学時代、ある事をきっかけに総士を意識し始じめた瞳。総士の横にいつもいる陽葵おかげで告白などをすることは無かったが、抱いた恋心は本人にも止める事は終ぞできなかったのだ。


 「……中2の冬」


 「3年越しの片思いか……。俺には無理だな」


 「あんたは切り替え早かったよね~」


 「まぁ人それぞれじゃん? 俺は恋愛の為に自分の時間は犠牲にしたくないし、自分の将来も決まってないのに恋人作っても現実味ないからな」


 錬は少し理屈っぽいところがある。


 男女が何故、夫婦になる前に恋人になるのか?


 錬にそんな問いかけをすれば迷うことなく「生涯を過ごせるか見極める期間」と答えるだろう。

 間違っていないとはいえ、中々難しいのが男女間の感情ではあり、それは錬も知っている。 


 「……じゃぁなんで私に告ったのよ」


 「分かってても言いたくなる時があるんだよ。ってか俺の事より瞳の方が重症だろ?」


 「それは……自覚してる……つもり」


 総士と陽葵の知らない所で三角関係は築かれ、それは中学卒業と一緒に卒業したはずだった。だけど、再会した事によって瞳の中で止まった時間が再び動き出してしまった。


 瞳としては待ち合わせの時に総士の言った ” 友達・・が目の前にいるのにそんなことするわけないだろ? ” の時点で結構なダメージを受けていたのだが、それからの時間も針の筵に立たされている様な気分だった。

 特に効いたのはイナミの ” 家族だよ? ” の部分だ。目の前で座っていた総士と陽葵が、当たり前の様に子供二人を間に挟んで座っている姿は、本当の家族の様に思えたから。


 「……時間は残酷だね」


 「まぁ……あの二人に関しては前から誰かが入る様な隙間はなかったしな」


 会えなかった時間は約2年。その間ずっと傍にいたであろう陽葵の事を考えれば、瞳の想いが入る隙間など1ミリも無いのは二人とも理解している。


 「諦めればいいじゃん。世の中男なんてそこら中にいるし、ソウよりも気の合う奴とか出てくるかもしれないじゃん?」


 「諦められるなら3年も片思いなんてしてないってーの」


 自嘲気味に笑う瞳。


 今度は瞳の姿を横目に見た錬が大きく息を吐き出し、瞳へと向きなおる。


 「じゃあ、一回だけ。一回だけ賭けてみないか?」


 錬の瞳を見せた表情は真剣で、瞳は錬から目が離せなくなる。ただ、錬が何を言いたいのかは分からなかった。


 「賭け?」


 「あぁ。ちょっと芝居をうつ。内容は───」


 錬は誰もいないホームであるにも関わらず声を潜めて説明を始める錬。


 錬の話を聞いていくうちに瞳の顔を曇りに曇っていた。


 「それって悪戯にしてもやりすぎじゃない?」


 「そりゃそうだ。でもな、告ってもフラれて入る隙間すらないなら、多少強引でもこじ開けるしかないだろ?」


 「……言いたいことはわかるんだけどさ~……。なんか罪悪感がやばい」


 「まぁ最悪はソウに事情を説明して謝ればいい。あいつは結構寛容だしな。───どうする? 立ち止まってばっかじゃ欲しい物は何も手に入らないぜ?」


 瞳は一度俯くも、覚悟を決め、大きく頷く。


 「諦めるにしても叶うにしても、何も変わらないままよりは絶対にいいもんねっ!」

 

 燃え上がる様なやる気に満ちた二人は今後の作戦に付いて語り合い、決行日を決めてから次に来た電車に乗りこむのだった。




 一方で。


 瞳たちと別れた総士と陽葵は駅から自宅へと向かうまでの道のりを歩いていた。

 イナミとユイは目立たない様に気を付けながら総士の中に戻っていた。なので現在は久しぶりの二人きりである。


 「今日は楽しかったな」


 「ん」


 寄り添うように歩く二人だったが、総士が急に足を止めると釣られるように陽葵も足を止めた。


 「……ん? ソウ?」


 総士を見上げながら首を傾げる陽葵。

 総士は掌に納まる程の小さな箱をポケットから取り出した。


 「これ。陽葵にいつもお世話になってるお礼」


 「………いいの?」


 「陽葵の為に買ったんだから受け取ってくれないと困るだろ」


 「……ん、ありがと。大事にする」


 総士の手からそっと箱を受け取った陽葵は、箱の中を見ることなく胸の前で箱を抱きしめる。


 陽葵としては中身が何だろうと総士から ” 貰った ” ことに意味を見出しているのだが、総士としては誰かにプレゼントを贈るというイベントがほとんどなかった上に、買った物のサイズなども気になる訳で……。


 「せっかくだしつけてみてもいいか?」


 そう言って、陽葵が差し出した箱を再び受け取った総士が箱の中身を取り出して陽葵の首に手を回す。


 「どうだ? 違和感とかないか?」


 「……ん」


 総士が錬を南口に迎えに行ったあと、これを買うために一人で行動したのだ。


 それは小さいハート型のネックレスで、ハートの中心には控えめなピンクダイヤが収まっている。控えめな可愛さが陽葵に似合うのではないかと総士が選んだネックレス。


 陽葵はハートの部分を両手で包み込むと、うつむいたまま掠れるような声を届ける。


 「ソウ……。ありがと。……ほんとうに……ありがと」


 あまりにも消え入りそうなかすれた声。

 久しぶりに聞いた声に総士は驚くも、ここまで喜んでくれるならもっとプレゼントをしようかと考えた。それはすごく幸せで、すごく我儘なことなのだと自覚しながら。


 手を取り合い、自宅へと再び足を向ける二人。


 二人の心には確かに存在していた。

 その想いが何と言うのか、知らないまま。

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