第19話 幸福、時々、不幸【1】


 総士が住んでいるS町では、生活に困ることは無くても娯楽の様な類はほとんどない。ただでさえ、散歩が娯楽などと言いそうな雰囲気を持つ総士に出掛ける場所など決められるはずがなく、現在は瞳がしていた場所へと四人で向かっている。


 「ユイ、はぐれない様に手を繋いでおこうか」


 総士は隣にいるユイへと手を差し出す。


 電車を待つホーム。ユイに差し出した方とは反対の腕は既にイナミががっちりと掴み、いつものように頬をゴシゴシと押し付けたり匂いを嗅いだりしているので明け渡す余裕がない。

 そんな三人を一方後ろで微笑ましく見ている陽葵に総士が気付ける余裕すらないのは慣れていない外行の服装に身を包んでいるせいなのか、はたまた普段とは違った服を身に纏っている女性陣のせいなのかは誰にも分からないのだけど。


 「じゃぁ……失礼します」


 申し訳なさそうに総士の手にちょこんと乗せた手を優しく包み込む。普段なら後ろに2本で縛っている髪も、今日は巻き髪にして大きめのリボンで毛先を纏めて右肩から前に垂らしている。服装もいつもの地味目な格好とは違って花柄のワンピースに薄いカーディガンを一枚羽織っている。


 ちなみに、もう片方の腕を独占しているイナミも今日は特別と言わんばかりに装いが普段とは全く異なっている。

 普段なら垂らしっぱなしの長い髪を編み込み、余った髪は後ろに垂らしているのだが、普段見えない耳がはっきり見えるだけで、印象ががらりと変わるのを知った総士である。

 さらに普段はワンピースばかりのイナミも、今日はシックなロングスカートにジャケットの下は薄手のシャツを着るという大人びた格好に仕上がっていた。


 普段はお洒落なども気にしない二人が何故こんなに凝っているのかと言うと、原因はユイの母である。


 ユイを母に合わせたあの日から定期的にユイ用に服や食べ物など様々な物が届くのだ。それも、廃校の時の様な事が無い様にと住所は教えられないので、その都度、郷が総士の家まで届けるという状況なのだが。


 とりあえずせっかく出掛けるのだからと、お礼もかねて待ち合わせ前にユイの実家による事にした。

 ユイの母に会ってこれから出かける事を伝えると、話を聞いた母のテンションがオーバーフローし、イナミを巻き込んだお洒落合戦へと突入。気付けば家を出た時とは別人の様になっていたと言う訳だ。



 瞳に指定された駅で降りた総士たちは目的の場所まで徒歩で向かう。


 辿り着いたのは大きなショッピングセンターである。

 ユイとイナミも連れて行く事を瞳に伝えると「じゃあ子供が好きそうな物もあって私達も楽しめる場所にしようよ」と言われて指定されたのがここである。

 確かにゲーセンや映画館もあり、ちょっと位なら子供の遊ぶ場所すらあるのだから普通の子供なら文句などでるはずも無いだろうと総士と陽葵も快諾したのだ。



 「あっ、あれ瞳たちじゃないか?」


 「ん。でも………」


 5千台は余裕で止められるであろう駐車場の中には公園をイメージした一角があり、そこを待ち合わせ場所にしていたのだが、” お決まり ” というのは確かに存在していたらしく、瞳と梢に神蔵の三人のほかに、見たことの無い男性らしき人物が3人見えたのだ。


 「……昔から瞳がいると恒例みたいなもんだよな」


 「ん」


 総士達が構うことなく神蔵たちがいる場所へと向かっていく。

 瞳は外見が目立つこともあって待ち合わせするたびに絡まれる。そこに一般人よりも知名度のある神蔵が混ざればほぼ確定事項となったのだろう。


 「悪い、待たせたな」


 声を掛けるには少しだけ距離が空いていたが、女性陣の表情が面倒臭そうな表情をしていたのを見て早めに声をかけたのだが、どうやらそれでも遅かったらしい。


 「ソウっ! 遅い!」


 「神童治さーん、助けて下さーい……」


 神蔵はどうにか営業スマイルを張り付けてはいたが、頭の血管が浮き出ているのを見る限り限界は近いようで、他の二人は既にギブアップしていた。


 「あっ? 誰よ、きみ?」


 神蔵たちを囲む様に立っていた男の内、一人が総士達に視線を向けるが、その視線はどう見ても威圧している様にしか見えなかった。


 「邪魔したみたいで悪い。だけどそこの3人と待ち合わせしていたんだ。用なら俺が聞くから早く済ませてくれないか?」


 言いながらイナミとユイを陽葵に預け、一歩前に出る。

 すぐに神蔵たちを囲っていた男達が今度は総士を囲む。更に、最初に絡んできた男が総士の眼前まで歩み寄ると、総士にしか聞こえない声で呟く。


 「あの女たちさ……、俺らにちょーっとだけ預けてくんねーかな? そうすりゃお前は怪我しないし俺達はハッピーってなんだろ? どうよ? 言い案だろ?」


 欲望にまみれた笑みは総士の神経を逆なでする以外の何物でもなかった。


 「友達が目の前にいるのにそんなことするわけないだろ? さっさと失せろ」


 目の前の男は目を大きく見開くも、すぐににやけた顔に戻ると同時に、拳を総士の顔面に向けて振るう。


 それを首だけで避けた総士は怒気を声に乗せて口を開く。


 「聞こえなかったのか? 俺は失せろと言ったんだ」


 瞬間、目の前の男の表情は固まっていた。

 ただのナンパ師が、死を身近に感じている総士の圧に耐えられるはずもない。


 「あ、あ、あぁそうかよっ!!」


 きびつを返し、速足で総士から離れていく男。何が起きたのか分からないであろう仲間たちが、何度も総士たちの方を振り返りながら去っていくのを見届けると、やっと安心できたのか、三人の女性陣は大きなため息を吐いた。


 「……いつもありがと」


 「ほんと助かりました~。こんなにしつこく声かけられたのは初めてだったから怖かった~」


 「ソウがいてくれると心強いですね」


 上から瞳、梢、神蔵なわけだが、三番目の言葉は間違いなく本心ではない。もしも神蔵が本気なら、近くにいるはずの郷を呼んでいたはずなのだから。


 「それよりも……錬は?」


 「なんか家の用事で少し遅れるから先に見ててだって。午後には来れるらしいよ?」


 「そうか……。じゃあとりあえず行こうか」


 

 総士としては懐かしい出会いになるはずだったのだが、どうやらもう少しお預けとなるらしい。少し残念な気もしたが、久しぶりの再会に慌てる必要も無いだろう。


 気持ちを切り替えてショッピングセンターの中へと向かうのだった。




 

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