第18話 来訪、時々、旧知【2】


 お昼休み……とは?


 今までは陽葵と一緒に、非常用の階段や屋上などで二人で弁当箱をつついた。息苦しい教室から唯一解放されるこの時は、心の平穏を保つために必要な時間である。


 少なくても、遠くの方から視線を一心に集め、目の前で営業スマイルや不思議な物を見る様な視線を浴びる時間ではなかったはずなのに。


 「………とりあえず神蔵は後で聞くとして……まず瞳、転校はなんか事情があったんだろうけど……なんで俺と同じ学年なんだよ」


 「まぁ……そうなるよね~」


 胡坐をかいた目の前の女性は肩よりも少し長いくらいの銀髪を揺らし、普段なら大きな瞳が魅せるアースアイを細めて苦笑いをする。


 紫峰しほう ひとみは、総士の中学時代の同級生である。本来なら高校三年生であるはずの旧友が、高校一年生として総士のクラスに転校してきたのには中々驚かされるものがあった。


 「そうなるよ。だって高校行くって言ってなかったか?」


 「ん~、なんかさ、一度は入学したんだけど……なんか想像と違って辞めちゃったのよ。それからはさ───」


 瞳の話によると、一度は学校を辞めていろいろな体験をするべく、アルバイトをするも、学歴社会の重みを知って「高校くらいは……」という気持ちになったらしい。それで再度入学したものの、早々に学校で面倒な出来事に巻き込まれて転校することにしたそうだ。


 「まさか……またあれか?」


 「まぁ……似たようなもん」


 気まずそうに視線を逸らす瞳。

 瞳は魅了するような髪色だとかアースアイとかだけではなく、同年代から見てもかなり目立つ女性だ。

 中学時代から大人のモデルと言われれば誰もが納得していたし、身長も総士より少し低い位で、外見的な比較図でもあれば、対角線上にいた陽葵とよく比べられていたのを総士も知っている。


 陽葵の場合は「かわいい」だとか「妹みたい」と言われて同性に付き纏われるのだが、瞳の場合は目立つ外見のせいで同性からは陰口を叩かれ、異性からは付きまとわれる結果となってしまったのだが。


 よくある話ではある。


 だが、どこにも行き過ぎる奴らもいる。中学の時は真司だった。

 高校でもそういった奴がいたのかもしれないと考えると、何ともやりきれない気持ちになる総士だったが……。


 「でもさっ、今度はソウが一緒なら安心じゃん♪ まさかいるとは思ってなかったけどね」


 クスクスと笑う瞳に、時が巻き戻ったような錯覚を覚える総士。

 中学の時、何度も見た笑顔が目の前で咲き誇っているのだから。


 「まぁ……適当にするよ。───じゃあ梢はなんでこの学校に転校なんだ?」


 千刻の義の事を言う訳に行かないから言わずにおいたが、儀式を行った時期や梢の年齢から考えても、転校では無くて来年の春を待って入学と言うのが一般的なはずなのに。


 (……それにしても、元がこっちなのか?)


 梢とのファーストインプレッションを一言で言ってしまえば ” 可愛い男の子の末路 ” といった感じだった。

 それが今では柔らかそうな髪を首に後ろ辺りで一本に縛り、常に弾けている笑顔も含めて男の子らしさがまるでない。

 どちらかと言えば、小動物の様な愛らしさが際立つ女性へと進化したような印象を受けていた。


 「あー私の場合はお姉ちゃんから勉強を教えてもらうのを条件に入学の許可が下りたんですよ。まぁ、時期的に転校扱いって感じなんですけどね。それに、どうせ一生に一度の学校生活なら縁がある人がいた方が絶対楽しいじゃないですか?」


 「まぁ……そうなのか??」


 誰も知らないクラスへ行くよりは少しでも知っている人がいるクラスの方が安心はできるだろう。そう考えて姉である島津先生が気を使ってなのかもしれない。

 そう納得しながら話を聞いていたが、知り合いにしても他にマシな人間はもっといたのではないだろうかと思わずにはいられないのだが。


 納得しようと努力している総士と満足げな梢を見て、一区切りついたことを感じ取った瞳が総士へと問いかける。


 「……っていうかソウも陽葵ちゃんもなんで高校生やってるのよ?? 確か働くって言ってなかったっけ?」


 「俺と陽葵は里親が見つかってな。今は葦原園じゃなくて神蔵のおじさんに引き取られたんだよ」


 総士は親指を突き立てて神蔵に向ける。

 こういう時の為に用意されていた建前である。

 まさか神蔵が学校に通う事になるとは思っていなかった総士だが、なんだかんだで状況を深く知っているはずなのだから、急な振りでも問題ないだろうと決められた言葉を口にした総士。


 「……へぇ~。ソウが私に嘘つくのって珍しくない?」


 ……だが、総士の嘘は一瞬で見破られたようだった。


 覗き込む様に上半身を乗り出した瞳が総士を見上げてくる。


 「……なんで嘘だと思うんだ?」


 「まだ気付いてなかったの? ソウが嘘つく時って覚えたセリフをそのまま吐き出すって感じじゃん。ねぇ陽葵ちゃん?」


 「ん、……さすが瞳」


 (……演技の練習でもするか。っていうか認めちゃ駄目だからな? 陽葵?)


 どこか嬉しそうに話す陽葵を見るのは良い事なのだが、どこか釈然としなかった。更に言えば、陽葵が嘘だと吐露した時に神蔵に視線を向けると、総士にだけ見える様にいやらしい笑みを向けてくる。


 お前も当事者だからな、と言いたい気持ちをため息と共に吐き出しかない総士だった。


 「まぁソウが嘘つくってことは何かあるんだろうし……今は聞かないであげる。その代わり、再会記念ってことで今週末みんなでどっか出掛けない?? 神蔵さんと梢さんも一緒にさっ。あー、あとれんも誘ってさ、プチ同窓会みたいな感じで楽しそうじゃん??」


 西紀にしき れんも瞳と同じく総士が友人と呼べる数少ない人。と言うよりも、総士が中学時代に友人と呼べるような人間は陽葵と瞳、それと錬だけしかいなかったのだが。


 錬も瞳と同じで総士の事を同情でも蔑みでもなく、一人の人として話してくれた稀有な人間だ。何よも、錬は同性の友人としては初めてなのだから。


 「私の方は日にちが分かっていれば予定を空けられますのでご一緒してもよろしいでしょうか?」


 「梢もいきたーいっ!!」


 「ん。ソウが行くなら」


 「じゃぁ決まりっ! じゃぁ待ち合わせに困んない様に番号教えてよ」


 総士以外の全員がスマホを取り出し、いそいそと番号交換を始める。その姿をのんびりと眺めていた総士だったが、陽葵が瞳に何か耳打ちをすると瞳の目がきらりと光った……気がした。


 「……ソウもスマホ持ってんの?」


 「ん」


 「そうですね。ソウも昔は持っていなかったので連絡に困りまして……。空璃おじさまにお願いして買って頂いたのです」


 「……そういえば梢も神童治さんの番号知らないかも」


 四人の番号交換を終えたのか、話題は総士のスマホになっていた。

 瞳は総士に向かって手を伸ばすとニヤリと微笑む。


 「ソウ? 早くスマホ出して」



***



 スマホを奪われ、みんなの番号を登録させられた総士は、自宅のリビングで番号を見つめながら寝転がっていた。


 電話帳をスクロールすればほとんどが惟神大社の人間ばかり。陽葵とは毎日一緒にいるのだから電話する機会もほとんどなかった。実際に使うのは月1ある神蔵との定期面談と神頼み位のものだったのだから、惟神大社の人間、特に郷と空璃の番号だけあれば事足りるスマホではある。


 そんなスマホに同年代の名前が2人も追加されたのだから総士としては感慨深しいものがあったのだ。


 (ソウ? もう家?)


 (あぁ、言うの遅くなって悪かったな。もう出てきてもいいぞ)


 自分の中から響く声に応えると同時に見ていたスマホを床に置き、上半身を起こすと、眼前には二つの暗闇が姿を現していた。


 一人は闇を張り付けた様な髪色と深紅の眼を持った女の子。もう一人は眉の上で切り揃えた前髪と後ろで髪を2本に縛ってる女の子。


 「ソウっ!!」


 開幕全力で抱きしめに掛かるイナミを何とか受け止めて頭を撫でる。その後ろでニコリと微笑みながら会釈をするユイ。


 「遅くなってごめんな。ユイも窮屈な思いさせて悪いな」


 「いえ、私は総士さんがいなかったらママにも会えなかったですから。気にしないでください」


 総士の胸にごしごしと擦り付けるイナミと、微笑みを崩さないまま総士の横にちょこんと座るユイ。


 「ソウ? これだぁれ??」


 動きを止めたイナミが床の一点を見ながら総士へと問う。

 総士は何を見てるのかと思い、イナミの視線を追っていくとそこにあったのはスマホ。


 「これって……どれの事だ?」


 「これっ、この ” しほう ひとみ ” って名前。前までは無かったよね?? あっ、あとこの ” しまず こずえ ” って名前も……」


 「よくわかったな。今度一緒に出掛けようって事になって連絡取れないと困るから番号を交換したんだよ。それにしてもイナミは記憶力がいいなぁ」


 イナミの頭を撫でながら娘の記憶力に驚愕した総士。

 なんで電話帳の登録内容までイナミが覚えているのかは不思議だったが、登録件数から考えてもかなり少ない方である自覚がある。神頼みの時などはスマホを使う機会も必然と増えていくし、その時に見て覚えてしまったのだろう。


 「……でかけるの?」


 「あぁ。……どうかしたのか?」


 「……イナミも行く」


 「えっ? 知らない人も多いし退屈しないか?」


 「いやっ! イナミも行くっ!」


 総士のスマホから総士へと視線を移したイナミ。頬を膨らませてどこか怒りさえ感じとれてしまう程に目を吊り上げていた。


 「そう……だな。たまには一緒に出掛けるのもいいよな。その代わり絶対に力は使わない事。約束できるか?」


 「うんっ!!!」


 なんとか笑顔になったイナミに安心するも、それなら……と考える。


 「じゃぁユイも良かったら一緒に行くか? 知らないお兄さんとかお姉さんもいるから嫌ならいいんだけど……」


 「せっかくなので行ってみたいですっ。……あっ、総士さんが迷惑じゃなかったらですけど……」


 「そんなこと思わないよ。じゃあユイも一緒にな。何か欲しい物とかあったら遠慮なく言えよ? 買える範囲ならプレゼントするからな」


 「ほんとっっ!!?」


 これはイナミ。


 「そんな贅沢は……」


 これはユイ。


 対照的な二人に苦笑いをした総士は二人の頭を撫でながら口を開く。


 「贅沢じゃない。せっかく行くんだから楽しんだ方がいいだろ? それに今は仕事もしてるから多少は余裕あるしな」


 神頼みは総士がかりそめの自由を手に入れる対価ではあるのだが、表向きな理由としては思想省からの外注扱いとなっている為、金銭が振り込まれている。リスクに見合う金額かと言われればまったくもって少ない金額ではあるのだが。


 「総士さん……。何から何までありがとうございます。できるだけ楽しみますっ」


 両手を胸の前に持っていきガッツポーズを取るユイの表情は真剣で、総士はまた苦笑いをしてしまう。


 「つまらなかったらその時は言ってくれよ? そしたら今度はユイとイナミが好きな場所に行こう」



 


 


 


 




 

 

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