合縁奇縁《あいえんきえん》
第17話 来訪、時々、旧知【1】
島津先生の妹───梢を救出してから二日後の金曜日。
島津先生は家庭の事情で長期休暇に入っている事になっているので、副担任の冴えない男性教師が仮の担任となっているが、それ以外はいつも通りの学校生活を終えた総士は、いつも通りとはいかない放課後を迎えた。
「ソウっ! ソウっ! いるのは分かっているのですよ? 私が悪い事をしたなら謝りますから姿を見せてくださいっ! ………なにも言わないでだなんて……酷すぎます……」
終礼が終わると同時に校庭から響いてきた声。もちろんの様にベランダに集結した同級生から白い眼を向けられているのは、もちろん総士である。
すぐにスマホを取り出し、神蔵へと電話を掛ける。
「……お前、マジでいい加減にしろよ」
「はぁー? あんたのせいでこっちの仕事増えてんだからこのくらい良くない?」
大衆に晒しあげられている現状を ” この位 ” と表現するのはいかがなものだろうか?
(……まぁ、一部俺の責任っちゃ責任か)
神蔵の行動はやりすぎな気もする総士だが、怒っている理由には心当たりもあるし、ユイの時には迷惑をかけたのも事実なので、ため息を一つ吐いて合流することにした。
「……で、やっぱりあの男のことなんだろ?」
「分かってんじゃん。必要な手続きは終わったし、あいつの奥さんも
終始不機嫌さを隠しもしない神蔵に内心ではため息を吐くが、神蔵の言う人物はあの廃校で総士に交渉を持ちかけた男、柳日の事である。
総士は知らないが、あの日は梢や島津先生の対応をしながらも空璃に柳日を預け、やっと自由になれると感じた夜更け。そんな静寂を打ち破ったのはまたしても総士だった。
総士からの電話でユイの実家を調べ上げ、寝る間も無く翌日の朝には空璃の許可を取り付けた。
すると、空璃から「じゃあ神蔵嬢も顔を出した方がいいじゃろ?」との一言で同行が決定。
それが終わったと思えば柳日の手足を治すために総士を連れてきてくれと頼まれて今に至る。
本来であれば花の女子高生、それも一年生にあたる神蔵は、まるでブラック企業よろしく、3徹に突入していたのだ。
そんな事を知らない総士は「ユイの事で協力してくれたのだから我慢しておくか」程度の気持ちで耐えることにしたのだが。
惟神大社へと到着した一行はいつもの様に社務所の中から地下へと潜り、空璃の部屋を目指す。
空璃の部屋に辿り着いた総士を待っていたのは、島津姉妹と空璃、それとストレッチャーに乗せられた柳日の傍には見たことの無い女性が立っていた。
「お~総士殿、やっときおったか」
「……さっさと用事を済ませてくれ」
空璃の言葉にそっけない返事を返した総士。すると空璃が話すよりも立ち上がった島津姉妹。
「この間は取り乱してごめんなさい。神童治君、妹を助けてくれてありがとう」
「神童治さんっ! ほんとうにありがとうございますっ」
深く申し訳なさそうに頭を下げたままの島津先生とは対照的に、妹の梢は破顔した表情で「ビシッ」と音が聞こえてきそうな敬礼をした。
「助けたのは俺じゃないよ。イナミだ」
そんな二人に対してなんでもなかったことの様に言う総士。それを聞いた島津先生が下げていた頭を上げ、真剣な眼差しで総士を見つめる。
「それでもお礼を言わせて欲しいの。あの日、神童治君が来てくれなかったら妹は死んでいたかもしれない。偶然や奇跡の類だとしても、あの時、あの場所に神童治君がいなかったらと思うと……」
そう言って、隣にいる梢の頭をさする島津先生。
総士は間違ったことなど言っていないつもりだ。
あの日は柳日の手紙が元で動いただけで、今までの拙い経験からしても「生きてたら助けるか」位の気軽な気持ちだった。
だが、それを差し引いてもお礼を言われるのはむず痒いし、何よりも褒められていない総士はどう返していいか分からずに視線を逸らす事しかできなかった。
「……で、今日呼ばれた理由はどうするんだ?」
「相変わらず素直じゃないのぉ。───今日はそやつの体を治してもらうのもあるんじゃが他にも少しの~。まぁとっとと治してもらってええかの?」
「ったく、簡単に言うんじゃねーよ」
本当に簡単ではないのだ。
なんといってもイナミは総士以外の事となると途端に興味がなくなるのだから。
今回も連絡は来るだろうと考えていた総士がイナミとのデートを条件に治してもらえる様に事前に説得したからのだが、それを知っていて簡単に言う空璃が少し憎いのも事実で。
イナミが姿を現した瞬間に空璃達、惟神大社側の人間は全員が片膝を床につけ、頭を垂れる姿に驚いた島津姉妹だったが、そのあとに始まった柳日の手足が生える光景を目にした瞬間には島津姉妹の表情は曇ったものとなった。
それだけ皮膚や肉が勝手にうごめき、それを伸ばしていく姿は控えめに言っても下手なホラー映画よりは規制が入りそうなのだかrたしょうがないのかもしれないが。
手足が元通りになった柳日と、隣にいた女性───は奥さんだったわけだが、二人は深く頭を下げ、幸せそうに空璃の部屋を後にした。
その姿を見て、産まれてきた感情がどんなものなのかを総士が知るのは先の話なのだが。
既にイナミが「つまらない」からと総士の中に戻ったのを機に、空璃達もソファーへと座り直す。
「……で、他の話ってなんなんだ?」
さっさと家に帰りたい総士は座ると同時に空璃へと尋ねる。
「総士殿、今回の神頼みではだいぶ仲間が増えたと聞いとるんじゃが……ほんとうかのぉ?」
「……まぁ…な」
今まで総士を依代にしていたのは自称死神のイナミと、産まれたらしい迦具耶2人? だった。
それが、いま総士の体を依代としているのはイナミ、ユイ、
「それでじゃ、先日の件もあってワシの方も報告会などをしたんじゃがなぁ……ちょっとした仮説が持ち上がったんじゃよ」
「仮説??」
「そうじゃ。イナミ様の力が働いたのかもしれんがの、人間の記憶を持つ神が産まれたんじゃ。報告会で急いで確認させたんじゃが……思想省の記録では初めてじゃそうじゃよ」
「イナミだって珍しいみたいだったしな……」
人道的な検査とはいえ、隔離された部屋で過ごした半年間は気分の良いものではなかった。
そんな時分を思い返しながら話を聞いていた総士は少しだけ身構える。
「……まさか、また実験動物か?」
あれはイナミと総士だから耐えられたのだと総士は思う。
イナミは人としての常識が無く、何を調べられるにしても興味の方が勝っていたようにも見えたから。
だが、ユイは違う。
ユイは人としての感性を持っているのだ。見知らぬ人間に嘗め回される様に見られるのは誰だって嫌だろう。
だが、空璃からは総士が予想していた言葉とは違う答えが返ってきた。
「そうじゃないんじゃよ。今回は人の記憶がある以上、同意の上で話を聞く以外無いじゃろうという事になっとるんじゃ。だから安心せい」
総士は困惑した。
空璃が何を言いたいのか見当がつかなかったから。
「今回上がった仮説はの、” 神とはそもそも何なのか? ” じゃ」
「はぁあ?」
思わず素っ頓狂な声が漏れる総士。
何よりも神について総士に語ったのは他でもない空璃側、つまりは思想省なのだから。
「まぁ聞くんじゃ。今まではの───」
神に付いて語り始まる空璃。その内容は総士も把握している内容だった。
神は人の心の支えとして口頭にて語りつがれて来たものと認識されているが、実勢には神蔵の様な人間が存在する以上、そうは考えられない。
神は人間と同じで一つの生命ではないか。
そんな考えすら蔓延した時期もあった。
「───だがの、ユイ様は ” 人としての記憶 ” を持って尚、神として現界しとるんじゃ。それも実の両親と会って記憶の内容にも間違いが無いことや、顔や体型が同じだという事も確認ができたんじゃよ? つまりじゃ……、” 人間は神になれる ” ということじゃ」
「……なんかあれだな、相変わらず頭のいい奴らはぶっ飛んでんだな」
総士は呆れかえっていた。
たとえ人が神になれるとして、何を求めるのか。
総士であれば神になるよりも陽葵と過ごす時間を。イナミに呆れながらも頭を撫でている時間を。ユイには笑っていて欲しいと思うのだが。
だからこそ空璃の言っている意味が分からない。
「まぁ総士殿ならそういうと思ったんじゃがな。実際にその報告会では目の色が変わった奴が何人かいたんじゃ。じゃから気を付けるんじゃぞ。人間は欲望には勝てんのじゃから」
欲の形は様々である。
よく言われる三大欲求の他に、自己超越や社会的欲求、承認欲求など、細かいことまで上げてしまえばキリがない程に。
そして、” 人は神になれる ” という仮説は間違いなく人間の欲求を満たす程に魅力のある言葉なのだから。
「……それ、かなり面倒じゃないか?」
「そうじゃよ」
「……殺していい?」
「思想省側の人間ならなんとかなるかもじゃが、一般人を間違えて殺したらどうにもできないのぉ~」
「……だよな~」
「そうじゃよ」
どうやら総士は自分が想像しているよりも面倒事に巻き込まれたようだった。
「先生、そう言う事で総士殿はちと大変になるかもしれんのじゃ。もしも急な休みや遅刻があったらとりあえずワシに連絡貰ってもええかの?」
「は、はい……。ちょっとまだ理解が追いついていないんですが、私の道に反しない限りはお手伝いさせて頂きます。ちょうど来週から学校に戻る予定ですので」
戸惑いながらも気合を入れる様にガッツポーズをする島津先生にため息を吐きながら、他に話は無いという事なので、再び郷の車で帰宅した総士たちだった。
────翌週の月曜日。
穏やかな休日を終え、また始まった憂鬱な登校を陽葵と二人で乗り越えた総士。
自分の教室に辿り着き、始業を静かに待っていると、復帰すると言っていた島津先生が元気な姿を生徒達に披露し、慕っていた生徒達はあたたかな声で出迎える。
事前に知っていた総士はその波に乗る事無く、窓ガラスから覗く景色を楽しんでいたのだが……。
「はーい、みんな落ち着いてください。では1限目の授業に入る前に新しい仲間を紹介したいと思います」
その言葉にクラスが湧きたつ。ある者は祈る様に、ある者はさり気なく制服の乱れを直しながらも友人と談笑を始める者、全く興味のない総士と言った風に。
「では入ってきてください」
島津先生が教室の出入り口に向かって声を掛けた瞬間にクラス全員マイナス1の視線が集まる。
「簡単な自己紹介をお願いしますね」
「はい、私は ” 神蔵 芽愛 ” と申します。これからの学校生活を皆様と過ごせることを心待ちにしておりました。不束者ではございますが、どうぞよろしくお願い致します」
総士は目が見開き、心臓で鳴り始めた警鐘は刻々と加速していく。
クラスメイトの刺さる様な視線とざわめきに指先が震えるのを覚えた。
「では次の方お願いします」
「はい。───両親の都合もあってこの学校に転校する事になった ” 紫峰 瞳 ” です……って!! ソウっ!? あんたなんでここにいんのよ!?」
クラスメイトの刺さる様な視線とざわめきに指先が震えが加速する。
肩よりも少し長いくらいの銀髪を揺らし、普段から大きな瞳が魅せるアースアイをさらに大きくさせて驚愕に顔を染めている瞳。それはざわめきも増すというものだろう。
「あら、紫峰さんは神童治君と知り合いだったんですね。では校内の案内は神童治君にお願いしておきますか。───みんなー静かにっ! まだいますからっ!」
島津先生の声で一旦は大人しくするクラスメイト。だが、それで済めば苦労など無いのだ……。
「どもー。” 島津 梢 ” ですっ! みんなよろしくっ! それと神童治さんお久しぶりでーすっ」
総士に向かって大きく両手をぶんぶんする梢。
既にざわめきはひそひそ話へと移行し、クラスの視線は総士に集まっている。
こんな事があるのだろうか。
そして、総士は思う。
(………転校するか)
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