第16話 神頼み、時々、神鬼【after】
廃校で真司を殺した翌日の放課後。
総士達は一つの家の前にいた。
「総士殿、本当に言うんじゃな?」
「あぁ。その代わり同意書の方は頼んだ」
家の前に立っているのは総士、陽葵、空璃、神蔵、郷の5人。
当初は総士と陽葵、ユイの3人で訪れて、呼びかけて貰えばめでたしめでたしで済む。そういう見解だったのだが、空璃が「同意書を書いてもらうなら同意書を書いてもらわねばいかんのぉ~」と言ったのをきっかけに、各方面に確認を取った。
総士達はどうでも良かったのだが、今回であれば警察に捜索願が出ていれば思想省の方で正式に手続きをしなくてはいけないらしい。
「組織はどこも面倒だな……」とぼやきながらも確認をしに席を外した空璃が返って来ると浮かない顔をしていることに気付いた。これは捜索願をだされていたなと踏んだ総士だったのだが、「これを見てみるんじゃ」と渡されたスマホを受け取ると、総士も空璃と同じ顔付になった。
スマホに映っているユイの髪は明るめの茶髪で、クリっとした目の中心は黒かった。対して総士の中にいるユイは草色の髪に銀色の瞳。
総士は空璃と目を合わせ、同じように感じたであろう不安を口にする。
「なぁ、これってユイをユイと認めないなんてことはない……よな?」
「総士殿もそう感じるのなら無いとは言えんのぉ……」
無いとは思いたかったが、万が一ユイを連れて行ったとしても「誰?」なんて言われたらユイが傷つくのは想像に難くない。その不安が総士だけのものならよかったのだが、一人でも首を傾げるのなら避けるべきだということになった。
そうなると突撃訪問したあと事情説明を先にして「この世にはあなたの知らない不思議なことがある」と理解させたうえでユイを目の前に顕現させるという筋書きとなった。
これはこれで大変だが、ユイのことを考えればこれしかなかった。
総士は ” 木島 ” と書かれた表札の下にあるインターホンに指を近づけて………指を止める。一度大きく深呼吸をしてもう一度家全体を見渡す。
コンクリートブロックを積み上げられた塀で道路と隔たれたその家は一般的な二階建ての家。色あせた様な赤い屋根を所々黒ずんできた外壁も、ユイや仂が家族と過ごして時間を物語っているかと思うと、どうにも気が重くなる。
一度大きく深呼吸をして、歯をグッと噛み締めた総士はその勢いでインターホンを押しこむ。
「はーい」と聞こえてきた声のあと、勢いよく開いた扉から出て来たのは50代位の女性。増え始めたシワをよりも目立つこけた頬。浮かべた笑顔よりも無理しているのがひしひしと伝わってくる。
「大勢で押しかけてしまってすみません。自分は神童治 総士と申します」
「神童治……さん? 聞いたことがありませんが……何の御用でしょう?」
「自分は息子さんの仂と同じ中学校だったんですが………今日は仂のことで聞いて欲しいことがあって来ました」
いきなりユイの名前を出しても接点に不審がられても困るので決めてあったセリフをそのまま伝える。
仂の母は出て来た時とは違って、表情を一変させて総士へと詰め寄る。その顔は今にも泣きだしそうな、そんな必死さを目の前で見せてくる。
「仂がどこにいるか知ってるんですかっ!!?」
「その為にも少しだけお邪魔してもいいですか? 俺が知ってることは全部教えるので」
今にも掴みかかりそうだった仂の母は深呼吸を数回した後、総士達に「どうぞ……」と消え入りそうな声で家の中へと案内してくれた。
リビングのソファーで待たされること数分。
温かい麦茶を人数分持ってきた仂の母は、総士の対面に座る。
「……聞かせて頂けるんですよね?」
その声は無理矢理平静を保ているような声で、それは同時に総士に気まずさを届ける結果となるが、いきなり真実をぶちまける訳にはいかないのでワンクッション挟むことにしておく。
「はい。ただ先に一つだけ先にいいですか?」
「………なんでしょうか?」
ゴクッとユイの母親の喉ぼとけが動く。
「俺が言うのは突拍子の無い話かもしれません、でも必ず最後には認めてあげてください。そうでなければ真実を教えたところであんまりですから」
真っ青にしたユイの母親を見れば自然と心が重くなっていく。だけどこれでいいと自分に言い聞かせる。
これからする話はイナミ達の存在を知らなければ理解などできない話。不安だろうが何だろうが、認めてもらわなければいけないのだ。
まずは自分たちが思想省に在籍していることから。これは空璃達が来ている服装と名刺があればどうってことは無い。とはいえ問題はこれから。
総士は自分が千刻の義と呼ばれる反政府組織の犠牲者であることを伝え、それを空璃達が保証する。次に自分は運よく生き延びたが、その数は限りなく少ないことも。
その話が終える頃には顔を覆うユイの母。指の隙間からは雫がぽたぽたと垂れていた。どうやらここまでの話は信じてくれたようだと、痛む胸を押さえながらも安堵した。
「顔を上げてください。これから少しだけ見て欲しい物があるんです」
追い打ちをかける様な感じになってしまうが、まずはユイの母に神と言う存在を認めてもらわなければいけない。
指で目を拭ったユイの母が「なんでしょう?」と言いながら顔を上げるのを確認して口を開く。
「さっき言った千刻の義ってやつなんですけど、あれは荒唐無稽な話じゃなかったんです。それで今からそれを見てもらいたいんです。────イナミ、出てこれるか?」
総士の声に呼応して、総士達がいるリビングに一つの闇が産まれる。その闇から姿を現したイナミがニコッと笑顔を浮かべると、目を見開くユイの母。
「これが自分が生き残れた理由でもあるんです。どうやってイナミが産まれたとかそう言うのは俺に達にも分かりません。でも、今では俺の大事な家族なんです」
呆けたままの表情をしているユイの母を見ながら苦笑いを浮かべて本題を切り出す。
「細かい説明は本人に聞いてやってください。出ておいで、ユイ」
「ゆ……い……?」
再び現れた闇に食い入るように見るユイの母に、総士は心臓の鼓動を早くした。
それは、自分たちが思想省の人間で惟神大社に所属している事から始まり、真実を知りたいなら同意書の記入が必要な事まで。
その頃には、まるで詐欺にでもあっているのじゃないかと疑う仂の母が出来上がっていたが、どうしても知って欲しいと総士が頭を下げたことで記入をしてもらう事に成功した。
ただ、そこからが更に大変だった。
順を追って説明した総士だが、いきなり信じてもらえず「嘘ばっかり言わないでっ!!」と怒られる始末。
いきなり訪ねてきた人達に「行方不明の家族は死んでいます」なんて言われたって何が何か分からないのも当たり前だろう。
そんな仂の母を見て、空璃と視線を合わせる総士。
それを見た空璃が小さく頷いたのを確認し、総士は立ち上がる。
「信じたくないのはなんとなく分かります。俺だって陽葵が死んだなんて聞かされたら相手を殴ってるかもしれないから。───だから、受け止める覚悟だけはお願いします」
「何を訳の分からない事を言ってるんですかっ!! いい加減にしないと警察呼びますよ!?」
総士は仂の母の言葉に返すことは無く、呟く。
「待たせたな。ユイ、出てこられるか?」
『……うん』
総士の横に突如として現れた暗闇に空いた口が塞がらなくなった仂の母。その暗闇から姿を現したのは、イナミよりも少し大きい背丈の女の子。肩甲骨までのびているであろう黒髪を頭の後ろで二本に縛り、眉の上で切り揃えられた前髪は幼さの残る顔と良く似合う。どちらかと言えば地味目な女の子。
「……ママ、ゆいのこと分かる……?」
不安そうに眉を寄せながら小さな声を出すゆい。
先日の出来事から帰宅した総士は、あまりにも人間らしい事を言うユイが不思議でイナミに問いかけた。結果、ユイもイナミと同じく外に出られることが分かり、急遽こういう行動に出たのだ。
それは、流れ込んだ時の痛みを感じた総士として、放って置く事の出来ないものだから。
「……ゆ……い、結なのねっ!?」
さっきまで怒りに顔を染め上げていた仂の母の目には、一際大きく膨らんだ雫が頬を濡らしていた。
二人の母娘は抱き合い、静寂を壊す程に大きな声で声を上げた。
抱きしめた背に、指の跡が残るのではないかと思う程に強く抱き締める母と娘。お互いの感触を確かめ合う様に頬を合わせ、流した涙で床を濡らしていく。
それを後ろから見ていた総士は思う。
本当にこれでよかったのだろうか? と。
総士も目の前の光景を見て胸が熱くなるような感覚に襲われていた。
それでも、娘は兄の友人である真司に殺されていたことを知らなくてはいけなかった。今は再会の喜びに浸れるが、それでも戻ってこない存在もあるし、兄と娘を殺した張本人はすでに総士が殺した。
そんな事を考える総士に気付いたのか、陽葵が総士の隣に立つ。
「……大丈夫。全てをなくすより……絶対にいいはず」
そう言って総士の手を握る。
「……そう…かな」
「……ん」
総士と陽葵は、母と娘の抱き合う姿を一生懸命に目に焼き付けることに専念するのだった。
仂の母がい落ち着いてきたのか、娘であるゆいを自分の横にずらし、総士に深く頭を下げる。
「神童治さん、さっきは酷い事を言ってごめんなさい。それと娘に合わせてくれてありがとう」
「いや、俺にできる事はこれだけなんです。俺の持ってる力は分からない事が多くて、一緒に暮らすとかそういうのは出来ないけど……ユイが寂しくなったら時々連れてきます」
総士やイナミの事についても分からない事だらけんなのに、更に総士の中に入ったユイ。しかも生前の記憶を持ち合わせ、更にイナミ同様不思議な現象を起こせる存在。
何があるか分からない現状では、ユイを仂の家に戻すという選択肢に思想省の許可が下りる訳も無くて、空璃にも止められたのだ。だから寂しがったら連れてこようと決めていた。
「それとじゃ、くれぐれもこのことは内密にじゃ。もしも会いたくなったりしたら一度わしに連絡をよこすんじゃよ。流石に総士殿に直接連絡させるわけにはいかんからのぉ」
「はい……。神童治さん。どうか娘をよろしくお願いします」
「……はい」
こうしてユイは家族との会話を終え、総士の中に戻っていった。
何故か家族の再会から視線を逸らし続けた神蔵には気付かないまま、総士たちは仂の実家を後にするのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます