第15話 神頼み、時々、神鬼【7】
屋上へと戻ってきた総士は神蔵たちの前へ背負っていた男を床へと置き、今までの経緯と男が保護されたがっていることを伝える。
「そうでしたか……。保護を確約する…と言う訳にはいきませんが、惟神大社で身柄をお預かりさせて頂きます」
後は自分のあずかり知らぬ場所での話。そう考えた総士は話を変える。
「……で、俺達はいつ帰れるんだ?」
「大変申し訳ありません。当初の予定と少し変更点がありましたので……。今はドクターヘリがこちらへと向かっています。そちらへの説明等もございますので、しばらくお待ちください」
「……まじか」
今日は水曜日。
明日も学校だというのにも関わらず、スマホのスリープを解除すればメイン画面に出ているデジタル時計は既に ” 21:13 ” を示していた。
それから30分後。
屋上から陽葵と夜空をぼーっと見ていた総士の耳には空気を叩くような音が届いた。音が響いた方へと視線を向けると徐々に高度を落とす光が見えてきた。
それに気付いたのか、全員が屋上の隅っこに集まって来る。
その光は屋上の上空で止まると一本のロープを垂らし、「キャ────ッ」という女性の悲鳴の様な声と共に二つの人影が滑り落ちる様に降りてくる。
「なぁ神蔵、誰か連れてきたのか?」
神蔵に近づき、小声で問う総士。
ドクターヘリの隊員が悲鳴を上げるなど聞いたことも無い。更に言えば、こんな場所に来る隊員が普通の人間であるはずが無いのだ。
「身内の方が同席されているそうです。その為に梢様を乗せたのち、行き先の変更をパイロットの方に説明しなければならなくなった次第です」
「……それって俺いない方がいいんじゃないか?」
「そこはご安心してください。ご家族の方を同席させる際に同意書の記入を条件にしていると伺っています。この後の行き先も惟神大社に直行し、地下の療養施設に収監予定です」
「お前、収監って……。もう少し何か言いかた無いのかよ」
「ヘリコプターの音で梢様には聞かれていないでしょうから。事実、数日の間は外部との接触は禁止させていただく予定です」
既視感を覚えた総士は梢に同情の視線を向ける。
なにせ総士も千刻の義のあと、半ば監禁状態の生活がしばらく続くことになったのだから。
屋上へと足をつけた隊員と梢の家族であろう女性は辺りをキョロキョロとしたあと、総士たちの人影を見つけると猛ダッシュで寄って来る。ご家族であろう女性は一緒に降りてきた隊員すら突き飛ばす勢いだった。
「梢っ!! 梢なの!!?」
「お姉ちゃん……。本当にお姉ちゃんだぁ……」
二人は抱きしめあい、お互いを確認するように体のいたる所に触れた。触れば触るほど、声を聞けばきくほど、目尻に溜まった雫は大きく膨れ上がり床を濡らしていく。
そこへ空気を読まずに割り込んでいくのは神蔵。
「失礼致します。この度こちらの担当をさせて頂きました思想省、惟神大社所属の ” 神蔵 芽愛 ” と申します。梢様のご家族の方で間違いありませんか?」
「は、はい。私が梢の姉で ”
(……ん?)
妹の再会で高ぶっていた感情が落ち着いてきたのか、声のトーンが通常になればなるほど、聞き覚えのある声に違和感を感じた総士は目を凝らして観察する。
姉と名乗った島津裕子は眼鏡の下から指で目をこすり、落ちるはずだった雫で袖を濡らしている。髪はやぼったい田舎風の女性。声からしても20~30歳くらいだろう。
「お礼でしたらあちらの方に言ってあげてください。妹さんを助けたのは彼ですので」
「そうなのっ! 私を助けてくれて傷まで治してくれたのはあっちの男の人なんだよ」
「そうでしたか……」
抱き合っていた手を解いた姉。いそいそと総士の元まで駆け寄り、勢いよく頭を下げる。
「この度は本当にありがとうございます。半年近く行方不明になっていた妹を助けて頂いて感謝の言葉もありません」
「そんなお礼よりも妹さんの傍にいてやった方がいいですよ」
総士の人生の8割は虐められた思い出。
褒められ慣れていない人間は、お礼を言われても素直に受け止められないものである。
そして、その例に漏れることなく、総士は顔を背けながら自分から意識を逸らせるために妹の傍にいろと言っているのだ。
その横で、珍しく顔を明後日の方へと向ける陽葵。
「あれ……? もしかして以前どこかでお会いしたことありませんか?」
総士の声に反応した裕子は体を九の字に曲げたまま、顔だけを起こして総士へと視線を向ける。
訪れたのは沈黙の間。
総士はチラリと視線を戻す。
ぶつかる視線は時を凍らせ、次の瞬間には───。
「しししし神童治君っ!!???!????」
「……先生、妹いたんすか……」
右手で額を支える総士。
目を見開き、今にも噛みつきそうな顔をしている島津 裕子。
「……お知り合いの様ですね」
「……えっ」
張り付いた笑顔を引きつらせた神蔵。何が起きているか分からないといった様子の梢。
時間が止まった様に感じる面々だった。
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