第12話 神頼み、時々、神鬼【4】


 小窓が1つ付いた木製の扉。


 既に色は褪せたがたつきの酷い扉は、ヒンジの隙間を覗けば向こう側が見えてしまう程だった。


 屋上と校内を分けるそんな扉の前で総士と陽葵は足を止めている。


 「陽葵はこの先には出ないでくれ」


 「………ん」


 またも不安で押しつぶれそうな体を華奢な足で支え、それでも声を発した陽葵から木製の扉へと視界を移し、ガタガタのドアノブを静かに回す。


 辺りを確認しながらも、月明かりに照らされた広いだけの屋上へと足を踏み入れると、その中心にある小さな赤い鳥居と、鳥居の真下には今にも傾いてしまいそうな椅子がぽつりとあった。


 椅子に縛り付けられている人影や床を埋め尽くしている見覚えのある文字にも、総士がどこか苛立ちを感じ始めた時だった。


 「おいおいおいおい~、まじで ” くっつき虫 ” じゃねーかよ」


 こちらへと近付いて来る人影は月明かりを浴びてその姿を露にした。


 「……なんでお前がここにいるんだ───真司?」 


 中学時代と変わらぬ逆立った髪型の男───佐藤 真司。


 真司は総士の後ろ、屋上へと続く扉からひょっこりと顔を出している陽葵を見つけると表情を崩す。


 「つーか今でも ”くっつき虫 ” してんのかよ」


 真司の言うくっつき虫とは、いつも陽葵にくっついているからと中学時代に付けられた総士のあだ名。中学時代は侮蔑をたっぷりと含んだその声に呆れすら感じていた総士だったが、それは今でも健在の様だった。


 ちょうど人一人分の距離まで近づいてきた真司は、言葉を吐き捨て終わると総士に向かって痰を吐きかける。


 「……だんまりかよ。てめーは昔からシラケさせんのが好きだよなぁ~、なぁ神童治?」


 「お前が勝手に絡んでくるのが悪いんじゃないか?」


 わざわざつまらないと感じる奴に、積極的に絡んでくる心情とはどんなものなのだろうか。それが理解できない総士にとって真司はいつだって障害物でしかない。


 「ほっっんとてめーは相変わらずだなっ!」


 総士に詰め寄りながら右手を後ろのポケットに突っ込んだ真司。


 その手を再び前に持ってきた時にはシースナイフが握られていて、総士の顔面に向けて振り抜く───が、注意深く観察していた総士は何事も無かったかのように一歩下がる。


 避けた瞬間、眼前を通り過ぎるお粗末なナイフと真司が重なる。


 「……空しい奴だな」


 思ったことが口に出てしまった総士。


 刀剣術を使用する桑折はまだしも、千刻の義で総士を刺し続けたナイフでさえ、月夜を反射するほどに研ぎ澄まされ、磨き抜かれていた。


 それが目の前を通り過ぎたナイフはどうだろうか。


 月明かりを反射するどころか白く陰り、糸面を取ったような刃は所々に欠けている。


 桑折は刀に執着し人生を捧げているし、総士を何度も刺し続けたナイフでさえ、最低限の仕事道具として手入れを行われていたはず。


 だとしたら目の前のナイフにはどんな想いが込められているのだろうか。


 そんな総士の想いなど知る由もない真司は、ただ怒りだけを露にし、振り抜いた手をそのままに立ち止まる。


 「……陽葵だってそうだ。瞳も……今もっ!! てめーさえいなけりゃ全てが上手くいってんだよっ!!」


 「真司……、お前まさか二人が寄り付かないことを言ってるのか?」


 とてもくだらない話。少なくても総士にはそう思えた。


 どこにいるだろうか? 気の無い男性にしつこく付きまとわれて喜ぶ女性が。


 それに、そんな理由で自分の頭を石で殴ったりしていたのかと思うと今まで耐えてきた自分すら馬鹿にされているような気がした。


 「当り前だろうがっ!」


 真司が総士に届くはずの無いナイフをもう一度振り抜くと、今度は憎悪を乗せて総士を睨みつける。


 「だとして、お前はなんでここにいる? 俺が嫌いなだけで来る場所じゃないだろ?」


 総士は溜息を吐き出したい気持ちをぐっとこらえながら、わざと捕まった時にフルフェイスを被った男が総士に向かって「ここには一般人は来ない」とハッキリと言っていた。


 そしてこの場所に居るのは神頼みで来た総士と、反政府組織のノーフェイスだけだ。


 総士の予想が当たっているのだろう。さっきまで怒りに顔を染め上げていた真司は見る見るうちに嗜虐へと染まっていく。


 「……信じぬ者達ノーフェイスって言えば……分かるよなぁ?」


 予想が的中したとなれば聞くとは一つ。


 「真司……お前、どこまで関わってるんだ?」


 信じぬ者達ノーフェイスの存在自体を知ったのは今日が初めて。だが、千刻の義や総士の情報まで知っているのであれば、総士が取らなければいけない行動も変わってくる。


 「いいねいいねぇ~、気になるのか? あぁ? な~んで千刻の義なんて訳の分かんねーもんをやってるのとかめっちゃ気になるよなぁ~? なぁ ” 神鬼 ” さんよぉ?」


 総士は真司の言葉にスイッチが入ったかのように目が座っていく。


 もう総士の中では、同じ中学だった真司ではなく、敵だ。


 「それなら聞かせてもらうだけだ」


 総士は右手に迦具耶を顕現させ、右手に納まった深紅の刀の感触を確かめた総士は視線で軌跡を描く。


 狙うのは両手足。

 

 「んだよ。ほんとノリがわりーなー。殺す理由が出来たのは俺も同じだってことだよ。───《ヒメ》、力を貸せよ」


 深紅の刀で軌跡を断ち切ろうとした総士に走る異変。


 総士を囲む様に突如として現れたのは7枚の銀の鏡。


 その銀の鏡は中心にいる総士だけを映していた。雲も星空も屋上の床板さえも、全て映らずに総士だけを映す鏡。現れたのと同時に「ううぅぅぅ……」とすすり泣くような少女の声だけが周辺に響く。


 鏡が現れた直後、総士は握っていた迦具耶が手から滑り落ち、床にぶつかった迦具耶は霧散していく。


 「お前らで言う ” 神鬼 ” って奴だよ」


 「しんっ……じ、お…まえっ」


 増していく脱力感。いや、それは既に脱力感なんてものではなかった。まるで意識が遠のいていくような、生命を直接奪われていくような、目の前に死が手を伸ばしてくる感覚。


 立っていることを許さないとばかりに片膝を地面へと落とす。そんな総士を見下ろす真司は、実に愉快だと言わんばかりに笑みを浮かべた。


 「くっつき虫が出来て俺が出来ねーはずねーだろ?」


 千刻の義のことを言っているのだろう。だが、その自信は何処から来るのだろうかと、総士は頭を悩ませた。

 

 総士は縛られて抵抗が出来ない状態だったからこそ、儀式を進める以外の選択肢が無かった。だから耐えられたのだ。それなのに目の前の男は自ら志願して刺されたというのだと言う。


 「俺のはお前のとは違うんだよな~。まぁ不思議な力って意味じゃ一緒なんだけどよぉ………。この鏡に映った奴は例外なく奪われる。全てをだぜ? だからお前もみたいに刀や火なんてもんじゃどうにもできねーんだよ」


 そう言って真司は鏡の外側から総士を見下すと、つまらなそうだと言わんばかりの言葉とは裏腹に、快楽に溺れた表情をして言葉を続けた。


 「さぁ~神童治ぃ~。現実とおさらばする覚悟は出来たかぁ~? お前は死んで喜ぶ人間と悲しむ人間どっちが多いのか……楽しみだなぁ」


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