第10話 神頼み、時々、神鬼【3】


 「……で、なんでわざわざ俺にあの手紙を?」


 背負っていた男を教室の壁に立てかけ、フルフェイスを外しながら問いかけた。


 事前に陽葵には「あまり見ない方がいい」と伝えたのもあって、今は同じ教室内にいるものの窓際から外を眺めている。


 答え如何ではその場で消えてもらうのだから。


 「書いた通り神頼みだ。俺を逃がしてくれないか?」


 「お前……。俺をなんだと思ってるんだ?」


 「あんたが言えば後ろ盾になってる思想省が動くだろ?」


 「そうは思わないけどな……。とりあえず理由を言え」


 「俺達は信じぬ者達ノーフェイスに所属している」


 「ノーフェイス?」


 「あぁ。反政府組織の一つだ」


 総士は以前空璃に言われたことを思い出していた。


 国の政策に反対する者は大小問わず必ずいる。それは今も昔も変わらないが、思想省が出来た頃からそれが活発になってきているのも事実なのだと。


 思想省は第三者機関の側面が強い。昔は厚労省で見ていた生活保護や相談窓口の運営に始まり、各界への市民側からの意見など、市民と国の懸け橋となるために産まれた省。


 そこに公平性を持たせる為に組み込まれたのが遥か昔に存在していた国家神道であった。


 思想省が国の歯車として活動を始めれば、今まで正当な理由にも関わらず保障や保護を受けられなかった者達の減少、汚職を繰り返していた者達の摘発、様々な分野で活躍の場を広げた。


 そして出来てしまったのが反政府組織の拡充・拡大である。


 思想省が出来て世間から追いやられたのは殆どが甘い汁を吸っていた者達。


 表舞台に出てこなくなっただけで今まで貯えた蜜が消える訳ではない。金を払えば刑期などは消え、搾り取った蜜を隠すなど常套手段。その蜜を元手に隠居するならばまだしも、現在の状況をひっくり返してやろうと考えている者がいるのも事実。


 「最初は国を変えてやるって本気で考えてノーフェイスに入ったんだ。……でもな、やってることはただの恐喝、誘拐、拷問、殺人。時には洗脳だってする。分かるか? 洗脳された人間を見てると人の意志ってなんなんだろうって疑問が頭から離れねーんだよ。自分が決めたことすら自分の意志じゃねーんじゃねーかって。それでも……、それでも最初は変えられるて信じてた。でも、それが十年も続くともう何も分かんねーんだよ。何を変えられたのか、今の自分を誰に誇れるのか。もぉ……何も分かんねーんだよ……」


 目に涙を浮かべながらかすれた声で悲痛に項垂れる男を前に、総士は苛立ちが隠せなかった。


 目の前の男が苦悶していることは分かる。ただ、男の辛さは自分で選んだ人生の選択が上手くいかなかった。だから助けてくれと言っている様にしか聞こえなかった。自分の意思で行動しておきながらも、誰かを傷付けながらも自分だけは助かろうとしているようにしか見えない。


 「なら死ねばいい。殺した奴に何を返せる? お前はもう何も残ってなんかいない。覚悟も責任もありはしない。害悪でしかない」


 総士は苛立ちに身を任せ、陽葵が後ろにいることなど忘れて再び握りしめた刀を横なぎに振るう。


 「………それが普通だ。でも、家族が出来ちまった。だからそう言う訳にいかない。俺は生きなきゃいけないっ。……だからお前に頼んだんだ。………俺にはもう、手段が残っていないんだ」


 振るった刀は顎の皮を焼いた所でピタリと止まる。


 「……無責任の連続だな」


 自分の行動にすら責任を取れないばかりか、家族という責任までも背負いこんだ男。


 「……子供はいるのか?」


 「あぁ。……お腹の中にな」


 刀を引くことも、振り切ることも出来なかった。


 ただ冷静になろう、そう考えた。


 「……分かった。一応は連絡をつけてやる。その代わり、お前の知る情報を全部吐いてもらう。それと………今お前が俺に言ったことに嘘が一つでもあった時は覚悟しておけ」


 ここに来た時から総士は知りたいことが三つあった。


 一つは殺した時に何か感情が動いてくれるのか。これは今回に限らず神頼みの時はいつも気にしていること。


 二つ目は相手側がなぜ思想省内でしか使われていない ” 神頼み ” のことを知っていたのか。


 三つ目はなぜ千刻の義なんてものを行おうとしているのか。


 現状で分かっているのは自分が何も感じなかったということだけ。成果と問われれば違うだろう。ならば死にたくないと目の前で訴えている男がいるのだから調べればいい。それが総士の結論だった。


 「いい……のか?」


 「先に言っておくけど俺に決定権は無い。決めるのは俺じゃなくて爺共だろうから保証はしない」


 「それでいい。少しでも……少しでも未来が明るくなるなら……喜んで協力しよう」


 目に貯めていた雫を床に零し、俯いた男。


 その男から視線を外すと、陽葵と共に屋上へと向かうことにした。




 屋上へと向かう階段の途中、隣を歩いていた陽葵が急に階段を一個飛ばしで跳ねたかと思うと、クルリと反転して総士の行く先を塞ぐ。


 どうしたのかと考えていると、陽葵はいつもと変わらぬ表情で総士を抱きしめる。


 「人は変われる。私がソウに出会って変わったから分かる。あの人も変われる」


 総士は、少しだけ動くことを止めた。




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