第9話 神頼み、時々、神鬼【2】
「総士様、ここです」
「郷さん、いつもありがとうございます」
「いえ、これも私の務めですので気になさらないでください」
鬼の様な笑みを浮かべた郷に一瞬たじろいでしまうも、流石に失礼だと耐える総士。
「それでは私は神蔵様をお連れ致しますので失礼いたします」
郷が車の中にも関わらず深く頭を下げ、総士と陽葵が下車したのを確認してから再び車を走らせた。
空璃との電話から既に二時間。
辺りを暗闇が支配し始めた頃、迎えに来た郷の運転で総士は指定の場所へと向かった。
途中から大通りを外れて山を登り始めると、アスファルト舗装とはいえ車一台がやっと通れる道幅で、ガードレールなどという安全対策は何も無い。タイヤが少しでも外れてしまえばどこまでも落ちてしまいそうな崖が口をぽっかりと開けていた。
さらに指定された場所に辿り着けば、有刺鉄線で乱雑に閉ざされた校門といい、木造建ての学校は心霊スポットと言われれば誰もが納得してしまいそうな佇まいだった。
「………ソウ、無理はダメ」
袖をちょこちょこと引っ張りながら心配そうに見上げてくる陽葵。
「無理はしないよ。それと……いや、とりあえず行こうか」
「……ん?」
何か言いたげだった総士は口を紡ぎ、ゆっくりと歩き出す。
校内へと続くであろう入り口は草木に覆われ、近くにある崩れかけた下駄箱は拙い花壇と化している玄関口。
「陽葵、たぶん当たりだ。何かあったらすぐに俺を盾にしろよ」
「……ん」
草木に覆われた入り口には草木を折り曲げたあとやいくつかの足跡が見受けられた。
だが、心霊スポットとしても適切であろうこの場所であれば、足跡などは有っても不思議ではない。
それでも「当たり」だと言い切ったのには別の理由がある。
陽葵は気付いていないが、有刺鉄線で囲まれた校門を超えた辺りから鉄錆に似た匂い総士の鼻は感じ取っていたから。
匂いに導かれるまま総士は1階から3階へと向かうも、途中から混ざり始めた匂いに2階から3階の半ばにある踊り場で足を止めて息を殺す。
鼻に届いたのは微かな煙草の香りやツンっとくる油のぽい匂いなど、殆どが生活臭。
「陽葵、ここで待っていてくれ」
「……ん」
顔を俯かせ、総士に見えない様に唇を噛み締めながら言葉を吐き出した陽葵。
自分が邪魔なのだということをしっかりと理解している。それでも、自分の知らない場所で何かあるかもしれないと思うだけで、不安に胸は張り裂けそうになってしまう。今は慣れてきたと言っても、学校にいる間だって一時も離れてなどいたくないのが陽葵の本心だ。
総士はイナミを呼び出し、陽葵の傍にいてもらう様にお願いしてから残りの階段に足をかけ、教室が並ぶ廊下へと足を踏み入れてからはわざと足音を立てる。
「───誰だ!?」
いくつか並ぶ教室の中でも最奥にある教室の出入り口前。そこに立っていた男の声音が総士の元へと届くのと同時に手に持っていた物を総士へと向ける。
自分へと向けられた物は暗がりで全体像がぼんやりと分かる程度にしか見えなかったが、それでもマシンピストルの類いだろうとその場で足を止めて両手を上にあげる。
両手を上げた総士の姿を確認した男は、手に持ったそれを総士に向けながらもゆっくりと慎重な足取りで歩み寄る。
「手を頭の後ろに! 膝を地面につけろ!」
これも言われた通りに。
「よし! そのまま動くなよ!」
フルフェイスで顔を覆い、軍服にも似た格好をした男は背後に回りながらも銃口を総士の頭へと向け続ける。総士の後ろまで移動した男がポケットから結束バンドを取り出し、総士の右の親指と左の親指、右の小指と左の小指を締め上げる。
「これから話を聞く。悪あがきはオススメしないぜ?」
総士が首を縦に振ると男は総士の背中に銃口を当て、せかされる様に立ち上がった総士は先程まで男がいた扉の前まで連れて行かれた。
男が教室の扉を開ければ、教室の中心にある焚火を囲む同じような格好の人間が4人。その4人はボロボロの椅子に腰を掛けていたり床に寝そべっていたりと、まるで家の様に寛いでいた。
「侵入者だ」
「お前の声を聞いてればなんとなく分かるよ。面倒だからさっさと尋問すんぞ」
仲間であろう男の内、1人が立ち上がるとそれに倣う様に全員が立ち上がる。
焚火の傍に椅子を1つ置いてその椅子に座る様に顎で合図し、総士は逆らうことなく椅子に腰を掛ける。念には念をということなのか、総士が椅子に腰を掛けると足首と椅子の柄を結束バンドで更に締め上げる。
「さぁて、これで大丈夫だろう」
「まぁ縛られてちゃ動けねーよ。それにしても……なんか妙な感じがすんな……」
全部で5人となったフルフェイスの内、1人が総士へと歩み寄ると品定めをするように総士の周りをゆっくりと回り始める。1周回っては首を傾け、今度は総士の顎を掴んで顔の角度を変えたりと。
「おい、そんなことよりさっさと仕事しようぜ」
「まぁ……なんかの勘違いかも知れないからな」
納得できない様子ではあったが、仲間の声に渋々と総士から離れる。総士の近くには総士を捕まえた男、それを四方から囲む様に4人が手に持っていた様々な銃の銃口を総士に向けた。
全部で5人。
「じゃあ早速聞かせてもらうぜ。お前は何しにここに来た? おーっと嘘は止めておけよ? ここはバスも走らない山奥、それに近くには民家も無ければ普段から人の通りなんてもんは無いんだ。何かしら特別な理由でもない限り絶対に一般人は入ってこねー場所なんだよ」
「そうなのか? じゃあ俺からも聞くけど、お前らこそこんな所で何してんだ?」
男の質問に何でもない様で質問を返す総士。
総士が以前から感じていたことだが、神頼みをする連中はやっていることの割に素人が多いと感じていた。
結束バンドで相手を拘束するならば気絶させるかツーマンセルで行うのが一般的だろうし、未だに身体検査の一つも受けていない。だからなのか、総士は彼ら目的や手に持っている銃などの提供者が何を考えているのか疑問が尽きない。
平然としている総士の姿を見て、フルフェイスを被った軍人かぶれ達が一斉に笑い始める。
「おいおいっ、こいつ立場ってもんが分かってねーんだな。俺らをただのミリオタかなんかと勘違いしてんじゃねーか?」
「おい、そいつに俺らが持っている銃が本物だってこと教えてやった方がいいんじゃねーか??」
「ったく、これだから若い奴ってのは嫌いなんだよ。自分の置かれた状況すら理解しやがらねーうえに………平和ボケした頭に何詰め込んで生きてやがんだよ」
悪態や笑い声が響きあう中、総士は面倒臭さを隠せずにいた。やはり目の前の大人たちは馬鹿なのだと。
総士はそんな大人達を見て溜息を吐き出しながら独り言の様に呟く。
「まぁ……他にもいるだろ」
「勝手に喋るんじゃねーよ」
今までの神頼みでもそう。大抵こういった大人達は話にならない事が多い。自分の価値観や倫理観を押し付け、自分が不利だと分かれば取引だのなんだのと立場を主張しながら小さなプライドを振り回す。
「死んだら全部終わりなのにな………なぁ、迦具耶?」
総士の言葉を筆頭に、教室内にいた男達の四肢が炎に包まれた。
「───おいっ!!? なんだこりゃ!?」
「消えねえ!? この火消えねーぞ!?」
自分達が燃えたことに気付いた男達は慌てて手に持っていた銃を投げ飛ばし、地面を転がったり服を脱ぎ始めたりと必死で火を消そうとしていた。その光景を既に握りしめている迦具耶と共に眺める総士。
もしも総士を閉じ込めたいのなら水の中に入れてしまうのが一番いいだろう。そうすれば迦具耶の火と水が触れ合い、水蒸気爆発を起こして即死する可能性があるかもしれない。
たかが結束バンドでは拘束していないのと一緒だ。そして椅子に座らせられた時には軍人かぶれ達を撫でるように視線で軌跡を描いていたのだから。
「………面倒な上に五月蠅いな」
総士は緋色の刀を目の前にいた男に向かって横なぎに振るう。
振るわれた刀はフルフェイスのちょうど下を通過すると、焼け焦げた匂いを漂わせながらただの肉塊へと変える。
「相変わらず……だな」
手に残る感触と鼻に付く油の匂い。
初めて自分の手で人を殺したのは初めての神頼みの時。そして、刀を得た総士は一つの疑問を抱く。
" あの時、俺じゃなくてイナミが殺したから何も感じなかったのではないだろうか? 自分の手で殺した感触を感じればまた違うのではないのだろうか? "。
疑問が膨れ上がれば膨れ上がる程、そのことしか頭になかった総士。そんなことをしてしまっては普通ではなくなってしまう。
そう自分に言い聞かせないと諦めきれなかった。
そんな総士の考えを空璃の言葉はいともたやすく枷を奪った。
「相手は危険思想の持主じゃ。生かすことを考えて行動しなくてはいかんのじゃが、殺すことに躊躇っていると自身が死ぬぞ?」
当たり前の話ではある。
そして、初めての神頼みの現場。
空璃の言ったように相手は総士を殺そうとする。イナミに任せれば総士の手が汚れることは無かっただろう。
ただ、その選択肢は総士の中には無かった。
だからこそ四肢を燃やすことで動きを封じ、死にたいようならばせめてもと素早く頚椎を胴体から切り離して安楽死へと導いた。
残ったのは手に残った感触と何も感じない心だけ。
───残り4人。
総士の目の前の男が生き途絶え、首と胴体を別つのを見ていた他の仲間が一斉に逃げようと教室の出口へと走り出そうとして───。
「もう遅い」
瞬く間に燃え尽き、真っ黒になった手足を動かそうとしてフルフェイスの男達はことごとく地面へと倒れる。
「生きていたいなら質問に答えろ」
「てめぇぇぇーーー!!」
手足を失った体でもがき叫んだ一人の男へと歩み寄り、草木を刈り取る様に首と胴体を切り分ける総士。
残り3人。
「生きたいなら質問に答えろ。死にたいなら好きにしてくれ」
「わ、わかった! なんでも聞いてくれ!」
教室の窓際で
「じゃあ答えてくれ。これは千刻の義で間違いないな?」
「あぁっ、間違いない」
「今度の被験者は?」
「女だっ」
「仲間は他に何人いる?」
「あと屋上に二人っ」
「じゃあ最後にもう一つ」
「それさえ答えれば命だけは助けてくれるんだなっ!?」
「……なんでさっきから扉の方をチラチラと見てるんだ?」
「────っ!!?」
静かな廃校でこれだけ大きな音を出せば気付かない方がおかしい。会話の途中から扉を見たのは仲間がいたことに気付いたからに他ならない。
「俺が死ぬことを願ったな?」
総士は男が視線を送っていた扉を燃やす。それと同時に通路の方から聞こえてくる悲鳴。先程まで質問攻めにしていた男の首を切り飛ばし、次の男の元へと向かう。
残り2人。
「お前はどうしたい?」
「……思い出したよ。お前、神鬼だな?」
「名前じゃなくてそっちが出るのか」
「17歳、高校1年生、思想省管轄、惟神大社所属、唯一死神に認められた被験者……だったよな? まだ二年前の話だからよく覚えてるぜ」
「……その情報はどこで手に入れた?」
「知りたければ俺を見逃せ」
「あぁ。じゃあ死ね」
先程までの三人と同じように首を切り飛ばすと、最後の一人の元へと向かう。
残り1人。
「一応聞く。お前はどうしたい?」
「タイミングが良くて助かった。手紙を入れたって言えば理解してもらえるか?」
「……書いた内容を言ってくれ」
「神頼み、西の山中腹、廃校。それだけだ」
少なくても総士が先に内容を言っていない。目の前の男は手紙を書いた本人、もしくはそれを知っている人物となる。
「そうか。……詳しく聞きたいけど知り合いも来てるんだ。どこか落ち着いて話せる場所は無いか?」
「それなら……」
男は二階の教室なら誰もいないであろう事を総士に告げると、総士は手から刀を消して男を背負う。
途中、イナミと陽葵に合流するとイナミはすぐに総士の中に戻ってしまい、陽葵が少し寂しそうにしたのだが………気付かなかったことにして、三人で二階の教室へと移動するのだった。
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