第8話 神頼み、時々、神鬼【1】


 惟神大社から帰宅して数週間。季節は廻り、今では毎日の様に雨が降り注ぐ梅雨真っ只中。


 総士はしっとりとした涼やかな空気を胸一杯に貯め込むと、体中が満たされていくような安堵感に包まれていた。


 今は下校途中で、雨粒が奏でる音をBGMにゆったりとした足取りで自宅へと向かいながら、総士は陽葵へと声を掛けた。



 「……梅雨が一番落ち着くな」


 「ん」


 「……家帰ったら何するか?」


 「……ん」



 普段なら、いつもの自然公園に行って暗くなるまで居座ってから自宅へと帰宅する二人。


 だけど梅雨の時期ともなればベンチはびしょ濡れで、雨粒が葉や地面を叩く音を聞くのなら自宅で窓を開けている方が無難。そうなると普段よりも帰宅するのが早くなってしまい、いくら家事が待っているとはいえ、幼い頃から鍛えられた二人には暇つぶしにもならない。


 「……あれだな、最近イナミも少し退屈そうだし、週末辺りに三人でどこかに出掛けるか」


 「……たまには……いいかも」


 「じゃあせっかくだし隣町のショッピングモールにでも行ってみないか?」


 普段は日用品を買いに近くの量販店に行く位で、電車を使うどころか徒歩圏内でしか行動することのない二人。その二人にとってはかなり珍しいことではあるけど、イナミには色々な物を見せ、触れて欲しいと願っている。” 百聞は一見に如かず ” である。


 「じゃあイナミにも聞いてみるよ」


 「ん」


 歩みはそのままに、陽葵との会話を一度打ち切って自分の中に居るイナミに話しかける総士。


 ( イナミ、今度の休みは三人でどこか行かないか? )


 ( 出掛けるの!!? あっ……、出掛けるならソウと二人がいいなぁ )


 ( それはまた今度な。それに、陽葵がいた方が色々と教えてもらえるぞ? )


 ( 色々ってなぁに?? )


 ( 色々だよ )


 ( 良く分からないけど……そうなの? )


 ( そうだよ。イナミにはもっといろんなものに触れて、いろんなものを感じて欲しいしな )


 ( う~ん……。良く分からないけどソウが言うならそれでいいよ。その代わり……今度は二人ねっ! )


 ( あぁ、分かったよ )


 黙々と歩いていた総士と陽葵だったが、唐突に総士がホッとしたように軽いため息を吐き出した。


 「イナミも行くってさ」


 「ん、楽しみ」


 どこか軽くなった足取りで総士を置き去りにして進む陽葵。その背中を見ながら緩む頬を止められるはずも無く、総士も速足に陽葵の横へと並び、我が家へと向かうのだった。





 予定を立てる行為というのは、人間が一番幸福感の現れる瞬間だとも言われている。だが、総士たちは家に辿り着いたと同時にさっき感じ始めたばかりの幸福感とさよならをする羽目になった。


 「……陽葵、留守番頼めるか?」


 「……約束」


 「……だよな。とりあえず神蔵に電話するか」


 二人は玄関先にあるポストの前で傘をさしたまま足を止めていた。理由はポストに入っていた消印の無い手紙。


 総士はブレザーの胸ポケットからスマホを取り出し、着信履歴から神蔵へと電話を掛ける


 「もっしー、総士から電話とか珍しくね?」


 「家に変な手紙が届いてたんだが……お前らじゃないよな?」


 「はぁ? どんな手紙よ、それ」


 「神頼み、西の山中腹、廃校。これしか書かれてないうえに消印も無い。お前らじゃないなら面倒だろ、これ」


 「うわぁ……、まじ?」


 「マジだ」


 「ちょっとそのまま待機」


 スマホを持ちながら走り出しでもしたのか、ガサガサと布が擦れる音や小刻みに床を叩く音が続いた。


 しばらくして。


 「総士殿、聞こえるかの?」


 聞こえてきたのは神蔵の声ではなく、掠れた老人の声。


 「空璃のじじいがわざわざ電話に出るってことはそっちじゃないんだな」


 「正解じゃ」


 神頼みのことは惟神大社と思想省の一部の人間だけが知っている事実。無用な混乱を避けるのもそうだが、秘匿事項を書いた手紙をポストになど入れるなんてことは考えづらい。


 何かしらの事情があるならと思って電話をしてみた訳だが、空璃が認めた以上、この手紙は総士の味方ではない第三者からの手紙によるもの。


 そして、 ” 神頼み ” のことまでバレている。となれば──。


 「ちょっとセキュリティー甘いんじゃないか?」


 「わしも狐につままれる思いじゃよ。一応言うとくがの、総士殿達については惟神大社ここでも思想省でもトップシークレット扱いじゃ。それにも関わらず神頼みのことが内部から漏れるとは思っとらんかったからのぉ」


 「内部から漏れたのは確定かよ……」


 「そらぁそうじゃ。神頼みとわざわざ記載した上に場所まで指定しとるんじゃ。意味をちゃんと知らんと書かんじゃろ」


 「まぁ……そうだよな……」


 「そうじゃ。それと内部情報の漏洩だとするならわしは惟神大社ここを監視せにゃいかん。………となれば総士殿、そちらは任せてもよいかの?」


 「……いつもの神頼みってことにしておくよ」


 「手紙が示そうとしている場所には心当たりがあっての、ちょうど郷が出払っておるからそのまま総士殿の家に向かわせるから安心せい」


 「タイミングいいことで。まぁ分かったよ。……で、今回は?」


 言葉では平然を装って聞いた総士だが、その実、喉は渇きを覚え、目が座っていくのを自覚した。


 「そうじゃの……。状況次第じゃが、基本は変わらずじゃ」


 「……分かったよ」


 あと3年。


 そう言い聞かせ、総士は動き出す。




***




 プー、プー、と通話を終えた事を知らせる音を聞いた空璃は隣に立っている神蔵へとスマホを渡し、ついでとばかりに卑しい笑みを浮かべた。


 「神蔵嬢、総士殿には少し申し訳ないが少し利用させてもらうとしようかのぉ」


 「利用………ですか?」


 なぜだかこの時、神蔵は物凄く嫌な予感を感じ、自分でも気付かないうちに顔をしかめていた。


 「そうじゃ、総士殿の利用価値と制御について思想省がやんのやんのとうるさいんじゃよ。目の前で力を見ることすらできん臆病者のたわ言なんじゃが、それを押さえるのも保護者としての務めじゃて」


 言いながら近くにあった机を漁り始めた空璃は何かを手に取ると、神蔵に手を差し出す様に言い、手にしていたそれを乗せる。


 手に乗せられたのは黒の下地に金の細やかな装飾が施されたネクタイピン。見覚えのあるそれに溜息を吐き出したくなる神蔵。


 「……今からだと終わってるかもしれませんが」


 神蔵が手にしたのはネクタイピン型の小型カメラな訳で、これを渡されたということは現場撮影をしなければいけないということだ。幸いにもネクタイピンを付けるのは郷になるから自分がどうのこうのとする訳ではない。ただ、どうしても普段よりも余分な手間が入れば帰って来る時間が遅くなる。


 「終わってたならその現場を納めればよいじゃろ。それとその現場を目にしてきた物の証言でもあれば少しは黙ってくれるじゃろ」


 「分かりました。郷にもそのように伝えておきます」


 神蔵は会釈を済ませ朱色の扉を閉めると、大きく息を吐き出してから心の声を上げることにした。


 (だっっっっるっ!!!! まじ毎度毎度余分なことばっか持ってくんじゃん!!)


 声に出さないのは空璃の部屋の前にいるから。憂さ晴らしは郷の車の中と決めているのだ。


 しばらくした後、総士達のいる場所に向かうために合流した郷がたじたじとしたのはいつものことである。 


 

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