B7話 夢、時々、約束【7】


 ログハウス調の家を後にした総士は月明かりが照らす中、砕石で固められた敷地を抜けて森の中を進んでいく。


 ここに来た時は車で1時間程度の道のり。時計など持ってるでもなく、来た時よりも格段に痩せ細っている総士にとってやたらと長く険しい道のりとなったが、隣の元気なイナミを見ていると足を動かす気力が湧いていきたのは救いだった。


 繋いだ手はそのままに歩み続けると、木々の隙間から覗いた明かりが見えてくる。


 「やっと道路に出たな……」


 「もう終わり??」


 ” やっと歩きやすい道に出れる ” と、安堵した総士と ” 楽しい時間が終わるの? ” と、考えのすれ違いが生じている二人。


 そのギャップに苦笑いを一つ浮かべた総士だったが、前方に見えてきた一台の黒塗りの車に顔をしかめる。


 田中に初めて連れてこられた時は昼間だったにも関わらず、殆ど対向車とすれ違うことも無かったし、今歩いてきた林道などさっきまでいたログハウスにでも用が無い限り通ることはなど無いだろう。ここはそれほどまでに田舎だし、それほどまでに何も無い場所なのだから。


 立ち止まった総士達を見てなのか、車の運転席と助手席のドアが開く。降りてきたのはスーツ姿の男性と、巫女服を身に着けた若そうな女性。


 二人は車の前まで足を進めると、二人同時に綺麗な動作で深々と頭を下げた。


 「夜分に失礼します。もしよろしければ、貴方様の横にいらっしゃる幼子についてお話を聞かせて頂けないでしょうか?」


 顔を上げた巫女姿の女性を月明かりが照らし出すも、その若さと整った顔立ち、清楚さを体現したような姿にに驚いた。それに、作り笑顔丸出しの表情は酷く気持ち悪い物に見えたのにも。


 「……こんな夜中にそんな服装に出会うとは思わなかったよ」


 「失礼は重々承知の上でございます。ですが神職の端くれとして、微力ながらも貴方様のお力になれると自負しております。ぜひお話を聞かせては頂けないでしょうか?」


 「……悪いけど、あんたの気持ち悪い作り笑顔を見ながら話すのは勘弁してくれ」


 総士は目の前の二人から視線を逸らし、近くの獣道へ進もうとイナミの手を引を引いた。巫女姿の女性に言ったことも事実だが、ここに来てからさっきまで見て来た光景を思い出せば、関りの無い他人を信じられる気にはなれなかったから。


 「──あんたね!! こっちが下手したてに出てんのに気持ち悪いってなにっ!! まじ頭湧いてんの!?」


 巫女姿の女性にさっきまでの作り笑顔も清楚さの欠片も無く、吊り上がった目にプルプルと肩を震わせ、今にも突っ込んできそうな勢いで叫ぶ。隣にいたスーツ姿の男性が後ろから羽交い絞めにしていなければ総士に掴みかかっていただろう。


 その姿を視界に収めた総士は 驚きよりもこっちが本当の顔かと、納得の方が大きかった。だからと言って話す筋合いがある訳でもなく───。


 「イナミ、行こうか」


 「うんっ」


 道路まではあともう少し。


 少し疲れてしまうが、木々を掻き分けながら進んだとしても道を見失う事など無いし、目の前のにいる訳の分からない二人組よりは獣道の方が幾分かましだろう。


 「ほんっっと人の話ちゃんと聞けしっ!!」


 総士たちが無視して進もうとした時、巫女姿の女性はスマホを取り出し、画面を数回タップする。


 それとほぼ同時に総士は足を止める羽目になった。


 「……どう考えても話し合いするをつもりは無かったんだな」


 さっき巫女服姿の女性がスマホをタップした時に合図を出したのだという事はスマホを持っていない総士にも分かった。


 「話し合いすらする気ないくせにイキってんなし」


 巫女服姿の女性が吐き捨てるように言い、それと同時に総士は後ろへと後ずさる。

 木々に隠れるようにしていたスーツ姿の屈強な男が姿を露にしたからだ。


 屈強な男が一歩前へと進めば総士は後ずさり、何度も繰り返していくうちに元の位置まで戻る。


 「んで、少しは話す気になった?」


 巫女姿の女性が輪っか状のストラップに人差し指を引っ掛け、スマホをクルクルと回しながら総士の元へと歩み寄る。


 「先に言っとくけど変な行動したら……分かるよねぇ?」


 映画やドラマなら悪役が言いそうなセリフを吐く巫女。同年代らしき女性がする表情にしては酷く、氷の様にも思えるその冷淡な視線は常人であれば竦むだろう。総士もここに来てからの経験が無ければ間違いなく後ずさりしていた。


 冷淡な視線を崩さないまま総士の前で足を止めた巫女姿の女性は早く言えとばかりに視線で訴えかけ、それに答えたのは総士ではなくイナミだった。


 「……ねぇ、あなたもイナミのソウを虐めるの? ……それならイナミ…認めないよ?」


 総士の隣から聞こえてきた声は酷く冷酷で、空気の澄み渡ったこの場所では酷く通りがいい。


 「イナミ……ちゃんね。もっと話聞かせてくれるならなぁーんもしないし」


 冷淡な視線を少し崩したものの、子供に向ける視線ではない。


 「……じゃぁ……なんでソウに殺意を向けてる人間が6人もいるの?? ねぇ……なんで?」


 語尾に詰め込んだ冷淡な声に総士はすぐに辺りを見渡す。


 近くにいたスーツ姿の男はその場に突っ立ているだけだったが、周辺の木々の隙間からは木々からはみ出している人影を月明かりが照らしていた。


 「……やっぱりただの子共……なわけないよねぇ~」


 やれやれ、といった感じの巫女姿の女性は軽いため息を吐きながらも眼光を鋭く光らせた。


 巫女服姿の女性がもう少し経験を積み、自分の感情をコントロール出来ていたのならこんな愚行を働くことは無かっただろう。それを証明するかのように、女性の後ろでは警戒心を露にした視線を総士とイナミに向け、すぐに動けるように体の重心を落としていた。


 そして、その向けられた眼光にイナミは濁り切った目を向ける。


 「……イナミは認めない。あなたも、あなたの仲間も。ソウを虐めるなら……認めない」


 イナミが言葉を言い終えた時、静かだった夜の森が地獄絵図へと変貌を遂げる。


 「「「「「「あああぁぁぁぁーーーー!!」」」」」」


 「……えっ」


 複数の空気を震わせるほどの叫び声、目の前の巫女姿の女性が漏らした声。それらが同時に響き渡る。


 巫女姿の後ろに控えていたスーツ姿の屈強な男性は両腕を地面へと落とし、総士の隣で立ち尽くしていた男性と目の前の巫女姿の女性は、体の上と下が奇麗に別れを告げ、支えを失った体は滑り落ち、顔で地面を叩く。


 「───神蔵様っ!!」


 後ろに控えていたスーツの男性が自身の両腕はそのままに、巫女姿の女性へと駆け寄る。


 咄嗟に駆け寄ったのだろう。近くに寄ったところで支える腕は無く、ただ叫び続けることしか出来ずにいる。


 そんな二人に静かに歩み寄るイナミ。


 「ねぇ……、なんでソウばっかりが虐められるの? ねぇなんで? なんでなの?」


 イナミの言葉に返す者はいない。


 巫女姿の女性は別れた場所からとめどなく血が溢れ、肌の色と意識を奪い始めていた。駆け寄ってきた両腕を無くした男性は、目の前に来たイナミから目が離せなかった。


 総士は何も感じなくなってしまった光景を見ながらも、イナミに視線を合わせるように屈むと───。


 「イナミ、ありがとうな。でもさっきも人は殺しちゃダメだって言ったばかりだろ」


 「だってこいつらがソウを虐めるんだもんっ!!」


 濁った眼はそのままに、浮かんでくる雫を必死に抑えながらも総士に訴えかけるイナミ。それをなだめるように、総士は頭を撫でながら言葉を続けた。


 「俺は虐められたなんて思ってないよ。それに殺してばかりじゃ本当に一緒に居られなくるぞ?」


 「それはイヤッ!!」


 「じゃあこいつらを治したりできるか?」


 自分の体を治してくれたイナミなら目の前の光景もなんとかできるのではないかと考えた総士はそれを口にした。


 それに、別れた腕や足ならば救急車でも呼べば間に合うかもしれない。ただ、目の前の光景を見る限りどう考えても出血量が酷すぎる。目の前の巫女姿の女性と総士の近くにいた屈強な男などは地面に血溜りを作り始めている。


 「……できる」


 総士に俯きながら言葉を返したイナミはそのまま巫女姿の女性の前で屈み、再び濁った眼と冷酷な声を浴びせる。


 「……ねぇ、もうソウに変なことしない? しないなら今回だけは助けてあげる」


 「イナミ様!! 神蔵様をどうかお助け下さい!! 何卒お願いします!!」


 イナミの問いに答えたのは、巫女服姿の隣で声を掛け続けていた男だった。両腕の無い男は頭だけを地面へと擦り付け、肺一杯に貯めた空気を吐き出す様に大きな声で叫ぶ。


 イナミはそれを一瞥し、言葉を続ける。


 「……あなたが話すのをイナミは認めてない」


 男は地面につけていた頭を思い切り起こし、目尻に雫を貯め、充血した眼をイナミに向けながら口をパクパクとしているが、その口から言葉が出ることはない。


 「イナミはあなたに聞いてるの。まだ話せるよね?」


 「……し……しま──ゲホっ……せん……」


 「じゃぁ今回だけだよ。次は……あなたのぜんぶを認めないからね?」


 イナミは折っていた膝を伸ばし、クルリと方向転換し総士の元へと向かう合間にボソッと呟くように言葉を紡ぐ。


 「イナミの前で死ぬことを、イナミは認めない」


 イナミの声に呼応するかのように、周りにいた人達の体から吐き出されていた血が見る見るうちに吸い込まれ、別れた体も引きずられる様に元の姿へと戻っていく。


 「……俺もこんな感じだったのか?」


 「うん、ソウもこんな感じ……だったかも?」


 「……なんていうか……シュールだな」


 自身が体験したとはいえ、初めて見る光景にB級のホラー映画でも見ている様な錯覚に陥った総士だった。


 スーツ姿の男達も巫女服姿の女性も、自分の体に何が起きたのか理解できないのか、体をあちこち動かし始め、それを見たイナミが再び口を開く。


 「さっきも言ったけど、今回だけだから……ね?」


 瞬間、一斉に総士とイナミ以外の全員が膝を折り、頭を垂れる。


 「た、大変申し訳ありませんでした………」


 酷く怯えた声で丁寧な言葉に戻った巫女服姿の女性。その姿に「まぁ……そうなるよな」などと思いながらも、イナミの頭を一撫でして手を握る。


 「もう行かせてもらうぞ?」


 「お、お待ちください」


 総士を引き留めたのは巫女姿の女性の隣にいた男だった。


 「ご迷惑をおかけしたこと、本当に申し訳ありませんでした。私達は惟神かんながら大社所属の者です。貴方をお待ちしていたのは───」


 「郷、私から説明するわ」


 未だ怯えが抜けない声で巫女姿の女性が話し始める。


 「私は惟神大社で降神巫こうしんふをしております神蔵かぐら 芽愛めあと申します。あなた方を待たせて頂いたのは ” 千刻の義 ” が行われているという情報を得たのがきっかけです」


 「……その ” 千刻の義 ” って言うのはどういうやつなんだ?」


 「はい。千刻の義は禁忌とされた降神の義の一つでございます。本来ならば神は自身が選んだ自然物へと身を降ろし、依り代とするのです。なかには例外もございますが、千刻の義は強制的に人の体を依り代とさせる儀式にございます」


 それはどう考えても………と感じながら、自分の体験したことを思い出す。


 「それってあれか? 体を刺したり食事を減らしたりする儀式の事か?」


 「やはり千刻の義はされたということですね。まずは体から余分な血、思考を無くし、 ” 生きている ” こと以外を捨てさせます。その上で肉体に依り代を取り込み、神の抽出を行う儀式とされています。ただし、私の知る限りでは成功例は一度もないと聞いていたので失礼を働いてしまった次第なのですが………先程のことで貴方様が依り代となられたことは疑いようのない事実だと理解致しました」


 「あぁ……そういうことになるのか」


 色々と分からない事だらけだった総士は、ほつれた糸が解けていくような気分だった。


 自分がなんでこんな目に遭ったのか、イナミのいたあの部屋、イナミが自分の中に入れたこと。何も知らない時よりは数倍マシだと思えた。


 「そして私達は儀式を行う輩を拘束、事後処理を行う為。それと被害者の保護などを目的に伺いました。あなた方さえよろしければ惟神大社が責任をもって保護させて頂きたく思いますが……いかがでしょうか?」


 総士は少しだけ悩んだが、すぐに返事を返した。


 「いくつか条件があるけど、それを飲んでくれるなら付いて行くよ」


 「条件……とは何でしょうか?」


 「まずは警察に行きたい。それと幼馴染が監視されてたんだ。そいつの無事とイナミと一緒に居られる状態っていうのが条件だ」


 「警察……ですか?」


 「あぁ。千刻の義ってやつから目が覚めた後、その場にいた全員を殺してるんだ。まずはちゃんと罪を償わなくちゃいけないから」


 真剣な総士の言葉に安堵したような息を漏らした女性。その行為に首を傾ける総士。


 「そんなことでしたら何も問題は有りません。惟神大社に来て頂いた後、こちらから警察に働きかけますので。それと他の条件は承りました」


 「………いいのか?」


 「はい」


 少しの疑惑も残ってはいたけど、それよりも強く感じた安堵に総士は胸を撫でおろした。 


 警察に行くにしろ陽葵の様子を見に行くにしろ、どれだけの時間が掛かるのか分からなかったし、今の痩せ細った体では長い道のりを耐えられるか分からなかった。


 ただ1つ。


 「ありがとう。………っていうかいい加減その口調止めないか? 素のあんたはあっちだろ?」


 「……と言われましても……」


 ずっと頭を垂れながら話していた巫女姿の女性──神蔵はチラリとイナミへと視線を向ける。死に直面した原因が目の前にいては簡単なことではないのだろう、と感じた総士はイナミの頭を撫でながら口を開く。


 「イナミ、このお姉ちゃんが俺とイナミが一緒に居られるようにしてくれるんだってさ。だからさっきみたいな変な言葉遣いでも平気だよな?」


 「うんっ!!」


 総士を見上げながら笑顔で頷いたイナミを見て、何度目かの緩んだ頬を見せた総士は神蔵へと顔を向けた。


 「だってよ」


 「……い、いきなりは勇気が……」


 総士は小さな溜息を一つ吐き、神蔵たちと車へと乗り込んでいった。



 ───これから向かう場所、惟神大社で総士の想像とは違う歓迎を受けたのはまた後の話である。

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