B6話 夢、時々、約束【6】



 「イナミ、戻れるなら頼んでも平気か?」


 ( 任せてっ! じゃぁソウは目を閉じてて? )


 「そんなんでいいのか?」


 ( うんっ! )


 イナミに言われるまま、総士は目をそっと閉じる。


 ( 行くよ? )


 「あぁ、いつでもいいぞ」


 その数秒後。


 ( ソウ! 着いたよ!! )


 「えっ???」


 もっと何か割れる様な音だったり体に違和感を感じたりするのかと勝手に想像していた総士はイナミの言葉に呆気にとられてしまう。


 思い返せばイナミと会った場所にも目が覚めたらそこにいたと言うだけで、 ” 存外ぞんがいそんなもんなのかもな……… ” などと思うことにした。


 「───おいっ!! 起きたぞ!!」


 「本当か!?」


 「あぁ!! 何が起こるか分からん!! 警戒を怠るなっ!!」


 急に飛び交いだした怒号に総士は瞼を開けると、映し出されたのは木肌が色褪せた天井。それと、かすかに鼻腔をくすぐるアルコールと油っぽい匂い。


 (……ん? この匂いは……)


 どこか覚えのある香りや天井に体を起こして辺りを確認しようとしたのだが、手首から伝わって来るひんやりとした感触に動かす度に鳴る ” ジャラッ ” という音。


 試しに足を動かそうとしても同じような感触と音が鳴るばかりで、唯一動いた首だけを左右に向けると両手首をチェーンで縛られた自分の姿だった。


 「……マジかよ」


 思わず呟いた声にすかさず反応が返ってくる。


 「余計な事は考えるなっ! これから出す質問に全て答えろっ!」


 どたばたと足音が床板を叩く音が近付いてきたと思うと額に銃口を突き付けられる。


 ある程度予測は出来ていたとはいえ、「またかよ………」と思わずにはいられなかった。


 そんな総士をよそに、軍人かぶれが総士に銃口を突き付けたとほぼ同時、総士の横には一つの暗闇が現れる。


 「……ねぇ、ソウに何してるの?」


 暗闇が晴れると横に立っていたのはイナミ。


 「……まさか、成功……した……のか?」


 「あれが……神」


 「お、お、おい!! 初めての成功じゃないか!?」


 突如現れたイナミに声を上げ始めた軍人かぶれ。それとは反対にイナミの瞳は濁りを強くしていく。


 「……ねぇ? なんでソウが縛られてるの?」


 イナミの二言目で複数の息を飲む音が響く。


 「……ねぇ? 今ソウに向けてるの……なぁに?」


 総士の視界には一瞬ではあるが、酷く顔が歪むイナミの顔が映った。それに気圧されたのか、軍人かぶれ達が一歩後ずさる音が静かになった部屋に響き渡る。


 「ねぇ? それでソウに何しようとしてるの? ……ねぇ、……ねぇねぇ。───ねぇねぇねぇねぇねぇねぇねえぇぇぇぇ!!! ソウに何する気なのっ!!!!」


 「───っ!?」


 あの部屋で怯えていたイナミとは思えなかった。


 「───お、おいっ!! 撃てっ!! 撃てぇぇぇ!!!」


 誰かが発した声を筆頭に銃を構えたであろう音が響いたその時───。


 「───認めない・・・・っ!!」


 部屋中に響いたイナミの声と共に、未だ縛られたままの総士に真っ赤な雨が降り注ぐ。


 その雨の中、イナミは総士に向き直ると慈しむ様に頬を撫でる。


 「……迦具耶、ソウを助けてあげて?」


 イナミが言い終えると総士の体からは再び火の粉が舞い上がり、四肢を固定していたチェーンが液体へと姿を変えていく。


 「もう縛るものはないよ」


 「……あ、あぁ」


 総士は体を起こし、何が起きたのか分からないままとりあえず自身の四肢が動くのを確認する。


 縛られていた四肢に存在していたはずのチェーンは液体となって体を滑るように落ち、落ちた液体は火種の如く床を燃え上がらせていた。


 理解が追いつかない総士。それは更に加速していく。


 「───お、おい! どうなってんだっ!!!?」


 軍人かぶれ達のざわめきに辺りを見渡すと、総士は初めて見た光景に声を失った。そこにいた覆面達全員が穴あきチーズと化していたから。


 痛みを感じていないのか、全員が自分の体を見ながら叫んではいるものの、痛がっている様な素振りはなかった。


 イナミ以外は現実に理解が追いつかず、叫ぶ声だけが部屋中を埋め尽くしていく。


 「……ねぇ? イナミは口を開く事を認めてない・・・・・よ?」


 その言葉は軍人かぶれ達から言葉を奪うも、イナミは続ける。


 「許さない。イナミのソウを虐めようとしたんだもん。……絶対に許さない」


 小さな女の子が発しているとは思えない程に冷淡な声。


 「………息をするのを認めない」


 わずかに聞こえていた音が消え失せる。


 「その汚い目で………ソウを映すのも認めない」


 覆面の隙間から覗いていた光が消え失せ、代わりに赤い液体が体を伝い地面へと染みを作っていく。


 「ソウを虐める人間を………認めないっ!」


 最後のイナミの言葉と共に目の前の覆面達は一斉に風船のように膨らみ、弾け、床に全てをばら撒いた。


 ばら撒いた全ては燃え上がっていた炎を消し、部屋に残ったのはイナミと総士の二人だけ。それと鼻に付く動物油のような匂いと焦げた匂いが漂っていた。


 その光景を見ていた総士は動揺していた。


 イナミの不思議な言動と共に繰り広げられたホラー映画の様な光景にではなく、初めて嗅いだ大量の臓物や血が腐敗を始めていく匂いにでもなく、何も感じなかった自分に。


 正確に言うならば、7人分の臓物や血の匂いも酷かった。イナミの言葉に反応するように壊れていく人達を見るのも多少の恐怖を感じた。いくら自分を刺した人達とはいえ、心が重くなるような罪悪感も多少は感じた。


 ただ、本当にその位しか感じなかった。


 「なんでそこまで残忍な事が出来るのか」みたいな言葉や「人の命をなんだと思っているんだ」の様な、そんなニュースや道徳で習うような言葉はこれっぽちも頭の中に浮かんでくることは無かった。


 「イナミ、ありがとうな」


 「だってイナミとソウはもう家族だもん。当たり前だよっ」


 総士の想いを知ることのないイナミは、総士へと向きなおると再び花の咲いたような笑顔を向けた。


 「……家族??」


 「あれ? 人間同士がずっと一緒にいることって家族っていうんじゃないの???」


 「あ、あぁ。そういえば……そうなるのか……な」


 結婚や所帯を持つことなど微塵も考えたことの無かった総士にとって、イナミはの言葉は実感の出来るものではなかった。それでも ” 君は1人じゃない ” と言った言葉だけは嘘にしたくなかった。


 「そうだな。俺とイナミはもう家族だもんな」


 「うんっ!!」


 「……でもあれだな、とりあえずは警察に行かなきゃ……だな」


 真っ赤に染め上げた部屋を眺めながら呟いた総士。


 イナミを家族と認めたことをきっかけに湧いてきた責任感。


 「警察???」


 「あぁ、人間は人間を殺すことを認めてないんだ。そういう事をしたらちゃんと罰を受けなきゃいけない」


 「……?? ソウは悪くないよ?」


 「それは俺が決めちゃダメなんだ。だからまずは警察に行こう。それとこれからイナミと一緒に暮らして行く為にも人間のルールを学んでいこう。そうじゃなきゃ一緒に居られなくなっちゃうからな」


 「ソウと一緒に居られなくなるのはイヤッ!!!」


 「じゃあ俺との約束は守ってくれるか?」


 「うんっ!!」


 総士はイナミの頭を軽く撫でたあと、そっとイナミの手を握って部屋を後にした。


 部屋を一歩出た総士が見たのは、見覚えのある古めかしいログハウス調の家。玄関の正面には二回へ向かう階段が鎮座している。


 総士は振り返り、先程まで自分たちのいた部屋を眺めた。


 「……ただの間抜け……ってことだよな……」


 そこは田中に連れられて初めて鹿鍋を口にした部屋。これから迎えるだろう未来に想いを馳せ、夢と現実に歩き出そうとした部屋。


 こんな儀式をする為に来たはずではないのに。


 それもこれも、現実を知らない未熟な自分が和馬の制止を聞かずに速足で未来を掴もうとした罰。総士はそう思わずにはいられなかった。


 「ソウ? 行かないの?」


 「あぁ、ごめん」


 総士は頭をしっかりと前に向けて歩き出した。小さく温かい手を握りしめながら。


 


 

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