B4話 夢、時々、約束【4】
更に月日は流れ、変化は訪れる。
いつもならツーマンセルで総士を刺しに来る軍人かぶれ。それが今日だけは8人。総士を囲む様に配置した後、一人の軍人かぶれが総士の前まで歩み寄ると初めて刺された日の様に紙を突き付ける。
【今日で1000回を迎える。おめでとう】
総士はそれを眺めるも、声を出す気力も歯向かう気力も持ち合わせてはいなかった。その姿を肯定と見做したのか、総士の体を4本のサバイバルナイフが総士の骨に当たった。
脊髄反射で体がピクリと動く程度。今となっては唯一生きているのだと実感できる瞬間でもある。
すぐに体から異物感が抜けると今度は後ろからパチンッという音が鳴り響き、少し遅れて目の前の軍人かぶれが紙と手のひらサイズの木箱を差し出した。
【木箱を空け、中の物に触れろ。それで君は解放だ】
言われるがまままに手を伸ばしてはみるが、腕を動かすだけで全身が小刻みに震え、ナメクジよりも遅い速度でしか動かない。
それでも木箱へと手を伸ばそうと震える手を前へと伸ばす。
その姿を哀れに感じたのか、木箱を総士の掌にそっと乗せてくる。
総士がなけなしの力を振り絞り両の手で木箱を包み込むのを見て、総士を囲んでいた八人はゆっくりと壁際へと退いた。
包み込んだ木箱をカタカタと小刻みに音を鳴らしながら開ければ、中から姿を現したのは所々が黒ずんだ銀の懐中時計。
まるで時が止まってしまった様な懐中時計に総士が触れた途端、 ”ピシッ” と音を立ててヒビが走ったかと思うと風化していく景色の様に色褪せ、崩壊が加速していく。
それと同時に襲ってきたのは全身を殴打された様な痛み。
痛みは総士の意思とは関係なく体を動かし、その反動で迫ってくる内臓が持ち上がって来るような吐き気に口からは止め処なく涎が溢れ出す。
「───がぁ”………んぁ”っ……」
抵抗をあざ笑うかのように痛みは膨れ上がり、脳を直接鈍器で殴られた様な痛みを最後に総士の意識は刈り取られる事となった。
木箱を抱えたまま、椅子ごと床に倒れた総士を見下ろす8人の軍人かぶれ達。
「……ここ最近では一番酷い有様だったな」
総士の哀れな姿を見ていた内の一人が声を発した。その声は同情しているでもなく、ただ汚いものを吐き捨てる様な声音だった。
「問題はこれから……って言いたいとこだけどな……。今まで戻ってきた奴なんて誰一人いないから期待は薄いだろ」
「まぁ、後は見張りながら待機してるだけで俺達の仕事は終わりだ。さっさとこいつを縛って親睦会とでも行こうぜ」
「そういえば……こいつと女の監視ばっかりで全員そろったのは初日を入れて2回目だっけ?」
「毎度思うけどよ、1回の儀式で1年近くっつーのは長くねーか?」
「そこは俺らに感謝しろよ。それが嫌で1日のノルマ上げて10ヶ月で済ましてやったんだからよ」
「いや、ほんとそれには感謝しかねーわ。まぁやっと終わったんだからこんな時化た場所でグダ巻かねーでさっさと行こうぜ?」
「おい、その前に仕事を片付けんぞ」
「それなら私がやっておくから先に休んでください。それと私は下戸だから監視も引き受けます」
野太い男達の声が飛び交う中、くたびれた様な女性の声はそこにいる全員に届いた。
「おっ、マジかよ。んじゃ頼むわ。無線はいつでもオンにしておくから何かあったらすぐに連絡くれや。俺らは一階にいるからよ」
「分かりました」
1人を残してその場を離れる軍人かぶれ達。
それを見送った女性は部屋で一人きりになると総士へと歩み寄り、再度両腕を背もたれの後ろで交差させて左右の指を結束バンドで縛る。
「……なんでこんな事になっちゃうんだろうね……」
どこか悲し気に呟いた女性はそのまま血だらけの床へと腰を降ろし、物言わぬ総士を眺め続けるのだった。
***
ゆっくりと目を開ける。
さっき感じたはずの痛みは消え去り、むしろスッキリとした気分で目を覚ました総士だが、辺りを見渡して見るとさっきまで座らせられていた部屋とは似ても似つかぬ場所にいた。
(……夢……なのか?)
真っ白なだけの場所。陰すらも無いその場所ではここが部屋なのかすら分からない。広いのか、狭いのかさえも。
状況も分からずにとりあえず体を動かそうとしてみるも、鋭い痛みが全身を駆け巡り、痛みに従って体を見てみれば凸凹の激しい皮膚。それと未だ床をゆっくりと侵食していく赤い液体、それが夢でないことと自身が生きているのだと教えてくれた。
(いっ……つ……。死んだわけでもないんだな……。だとしたらここは……?)
痛む体をゆっくりと起こし、もう一度辺りを見渡して見る。目を凝らせば何か黒い小さな塊の様な物に視界が吸われる。それは真っ白な場所では酷く目立つものだったったから。
(……行ってみるか)
おぼつかない足取りで体を引き摺るようにゆっくりと進む。
徐々に大きくなっていくそれが小さな女の子だと気付いたのは、手を伸ばせば届く距離になってからだった。
薄着な所を見ると出先で迷子になったような感じでもなく、小刻みに肩を震わせている姿も身に纏う雰囲気も、葦原園に入居したばかりの子供達の様に見えた。
だけど何か違う。
長い黒髪は床にべったりと張り付き、肩が震えるのと一緒に細かく揺れている姿や、外見から分かる細い体とかではなくて、もっと見ているだけで惹かれてしまう様な何か。
それは総士の知らない感覚だった。
「……おい」
何とか振り絞った声は肺を締め付け、骨を伝って全身に痛みを届けながらも、なんとか続きを言おうと大きく息を吸った時、目の前の女の子らしき子が膝の上から頭を離して驚いたように総士を見た。
「また………来ちゃったの?」
「ま……た……?」
もちろん、総士が目の前の子と一度も会った事は無いが、彼女の見せた疲れ切ったような表情はどこか見覚えのあるものだった。
総士は半ば倒れるように膝を床に着け、女の子の目線に合わせる。
「……もう大丈夫だから。君は1人じゃないから」
そう言って女の子の目を真っすぐに見ながらも、震える手を女の子の頭に乗せた瞬間───。
「───っ! ダメ! 触っちゃダメぇーーー!」
女の子は自分の膝に思いっきりおでこをぶつけながらも、腹の底から捻り出したような叫び声を上げる。それは総士の鼓膜を揺らし、子供の泣くような金切り声とは少し違った声に脳さえも揺れる。
「えっ……」
頭の上に載せた手は黒く染まり始め、その中心からは湧き水の様に血が湧きだしたかと思うと瞬く間に血の噴水となった。
自分の血で作った噴水を見ながらも「………なんだ?」なんて考えられる余裕があったのは、血が噴き出しているにも関わらず痛みが無かったからかもしれない。
総士は改めて自分の体を眺める。
刺され続けて凸凹になった皮膚。骨と皮だけとなってしまった自分の醜い体。
それと、目の前の泣いている小さな女の子。
(……陽葵、ごめん)
陽葵に遭うのを優先して目の前の女の子を見捨てる様なことがあれば、自分は陽葵の隣に堂々と立っていられるのだろうか。
噴き出る血のせいで目の前は真っ赤に染まり、女の子の姿は見えなかったが触れている手からは体が小刻みに震えているのが伝わってくる。
総士は女の子に覆いかぶさるようにして包み込む。
「ごめん、血で汚しちゃったな……。でも……もう大丈夫だから。俺が陽葵に出会ったように、君もいつか理解してくれる人と出会える時が来るさ。君は何も悪くない。何も悪くないよ」
そう言いながら総士は少しだけ罪悪感に駆られる。
(だいぶ無責任なことを言っちまったな……)
自分の体も生きているのが不思議なほどで、目の前の出血量では自分が助かる道など無い。そうすれば必然と一人にしてしまうのだから。
手と同じように女の子に触れた場所が次々と黒く染まり始め、次第に手と同じように血の噴水が出来始める。
「ダメだよ! ダメだってばっ!!」
「……君は……何も悪くない……」
腕の中で暴れる女の子を支えにしているせいもあって、離せずにそのまま女の子を抱きしめ続ける。
離してくれないと感じ取ったのか、何度も突き放そうとして伸ばしていた腕の力が徐々に弱くなっていく。
「……イナミが……怖くないの?」
「何を言ってんだか……」
総士は力の入らない手で自分のことを ”イナミ” と呼んだ女の子の頭をゆっくりと撫でようと動かす───が、あまりにも力が入らないせいか、撫でるというよりは孫の手で頭を掻いている様な仕草になってしまう。
「ははは……、あんまりうまく撫でられないな」
胸の中で嗚咽が響く。
肩が大きく上下に揺れ、過呼吸の様な呼吸を繰り返して。
総士は頭を撫でながら呪文のように繰り返す。
「君は1人じゃない、何も悪くないんだよ」
おぼつかない手で頭を撫で続けた。
優しく、何度も、何度も。
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