第4話 神鬼、時々、思想省【2】
靴が橋板を叩く小気味の良い音を聞き終え、島へと辿り着いた総士たちは参道を道なりに進む。
規則正しく置かれている灯篭は参拝客の少なさも相まってか、どこか寂し気に総士たちを迎え、そこを通り抜ければ拝殿が顔を覗かせる。
ただ総士達が用があるのは拝殿ではなく、その手前にある社務所だ。
扉を開ければ売店さながらに様々なお守りやおみやげなどが奇麗に陳列れているカウンターと、その後ろに幾人かの巫女や
そんな総士達に気付いた巫女や禰宜が慌てた様子で深く頭を下げ、神蔵と郷がそれに軽い会釈で応える。
反対に、総士は「相変わらずだな……」と小声で呟きながらも、無視して入り口から対角線上にある ”関係者以外立ち入り禁止” の札が張られている扉へと姿を消していく。
社務所の扉の先にある地下へと続く二十段程の階段を降りると、目の前に広がるのはコンクリートでできた薄暗い正方形の空間。
総士たちが降りてきた反対側には大きな扉が一つ。その手前には受付らしきカウンターと中には遠目でも分かる巫女姿の人が一人佇んでいた。
「神蔵様、志執様、お帰りなさいませ。受付はこちらで処理しておきます」
受付の巫女が先頭で歩いている神蔵を見るなり丁寧に頭を下げる。
「お願いね。それと後ろの二人は覚えてる?」
神蔵の後ろから重い足取りで近付いて来る総士と隣を歩いてる陽葵に視線を向けた巫女。
「───ッ!? 神鬼様!?」
「そうよ。受付はしておいてね。それと空璃様に用があるからこのまま本殿へ上がるわ」
「………わ、分かりましたっ」
慌てた様子で巫女がカウンター裏にあるスイッチを押すと、総士の目の前にあった大きな扉が開く。
本殿や地下全てを繋ぐエレベーター。操作はエレベーター前に必ずある受付カウンターから操作しないと動かず、それ以外に操作をする術がないのはセキュリティー上しょうがないことではある。
エレベーターで本殿へと辿り着いた後、中庭らしき場所にある和風庭園を超え、いくつかの部屋を通り過ぎ、その突き当りにある朱色をした観音開きの扉の前で立ち止まる。
《おー、やっと来たんか。さっさと入ってきんさい》
どこかにあるだろうスピーカーから声が響き渡り、総士はすかさずに壁をじっと見つめた。
「はぁ……相変わらず趣味悪いな」
《最近はまた一段と物騒になったんじゃよ》
総士の見つめた先にはよく見ないと分からない程の小さな穴。
肉眼では確認が難しいが、その穴の奥にはカメラが仕込まれている。それは何もこの部屋の前だけではなく、鳥居からここに来るまでの間にいくつも設置されていることは全員が知ってはいるのだが、気分のいいものかと言われたらそうでもない。
「空璃様、失礼いたします」
車の中にいた時とは別人のように背筋をピンっと伸ばした神蔵が恭しく一礼をすると郷が扉をゆっくりと開ける。
扉の先に見えたのは豪華な和風の部屋には、中央にある来客用の削り出しで作られたであろう木製の大きなテーブルや、それを囲む様に置かれた黒革のソファー。
その反面、総士たちが一番に目に付くのは壁一面を埋めるモニターの数。数えるのも面倒なモニターをよく見れば、さっき総士たちが通ってきた参道や社務所、本殿内部から見たことの無い景色まで、ありとあらゆる場所が映し出されていた。
「……なんか前より増えてるよな?」
「だから言うたじゃろ。最近は前にも増して物騒なんじゃよ」
飄々とした小柄な老人がソファーから立ち上がる。
「 ” 空璃 ” のじじいがいてもかよ」
「名前なんぞに意味は無いんじゃよ。特にわしの名前は最たるものじゃて」
どちらも呆れたように軽いため息を吐き出す。
総士が
” 虚空を舞う姿を見た者は誰もがその美しさに声を失う。柔を極めた者にしか名乗ることの許されるぬ名が空璃だそうだ。それなのに何であの人は
そんな話を聞いたあと、総士が何度か空璃に聞いてみたのだが、さっきの様にはぐらかされるのが通例である。
「……で、そこの二人は誰なんだ?」
空璃の両隣には袴姿ばかりが行き来する場所にしては珍しく、余所行きの格好をした中年の男女が立っていた。
「あとで説明するから今はええじゃろ。───それよりも総士殿? また気軽に使ったんじゃな?」
「流石に気軽には使わないよ。また狙われたから使っただけだ」
空璃の言っているのは先日の公園での出来事だ。とはいえ、今までも何回もあったが呼び出される事などは無く、先日の様なことがあれば神蔵を通して連絡が来る位だったはず。
「総士殿、前にも言ったんじゃがイナミ様と総士殿が力を使う時、周辺の全てが計測できなくなると教えたじゃろ? あれほど総士殿を鍛えたのは極力 ”力” を使わぬためじゃぞ?」
「それは……まぁ……な」
高校を卒業した後に ”普通の生活” を送りたい総士としては一番の課題。
イナミが総士の体を依り代とした日から、何の因果なのか授かってしまった力。それ自体は使わなければいいという結論が自身の中で出来てはいるものの、先日の様なことがあると中々難しいのも事実。
「思想省、つまりワシらに異を唱える者達がいなくなる事はないんじゃ。多少なりとも関係を持っとる総士殿を狙う輩がいても不思議じゃないんじゃよ? ただでさえ総士殿は稀有な存在となってしまったんじゃ。もう少し自覚を持ってもええじゃろうに……」
───誰が好きで稀有な存在になりたかったもんか。
そう言おうとして、口を噤む。
この言葉を言ってしまえばイナミとの出会いを否定するのと同義だから。
「自覚は持ってるつもりなんだけどな……。中々うまくいかないんだよ」
先日は自然公園にいたから自身の力は使わなかったとはいえ、イナミに頼んだのは紛れもなく自分で、その意味を改めて胸の中で反復していく総士。
その姿を見てか、空璃は先程までの飄々とした表情が消え、卑しい笑みを浮かべる。
「上手くいかないのなら上手くいくまでやらねばいかんの~。……のぉ? 総士殿?」
それにいち早く反応したのは総士ではなく郷だった。
「空璃様、私もお供してもよろしいですか?」
「おぉ、郷も久しいのぉ~。せっかくじゃ、最近は神蔵嬢の面倒ばかりで訛っとるじゃろうし見ておくかの~」
「ありがとうございます」
空璃と郷は肩を回したり足首をブラブラと軽く動かしながらニヤニヤと笑みを浮かべていた。
「……できれば俺は遠慮したいんだけど」
総士の声が二人の耳に届くことなどなく、空璃は隣にいる二人へと小さな声で呟く。
「二人共、先程話したことの確認を急ぐんじゃよ?」
「はい、すぐに確認を取ります」
丁寧に頭を下げた二人を見て空璃は大きく頷くと、ゆるりとした足取りで総士たちの方へと足を進める。
足音も無く近づいて来る空璃は総士たちの横を通り過ぎる間際、総士の肩に手を置き───。
「諦めんさい。事実を受け止められん
「せめてもっと真顔で言ってくれ……」
卑しい笑みのまま、軽い足取りで進む空璃の後ろを付いて行こうとしてふと横を見ると、そこには微動だにせず一点を睨みつける神蔵がいた。
「おい、何してんだ?」
その声に気付いたのか、目を瞑った神蔵は軽く深呼吸をしてからくるりと向きを変える。
「何してんの? さっさと行くわよ」
「いや、それは俺のセリフ……」と言うも、普段よりも強張った表情をしている神蔵に首を傾けて言葉が詰まる。
隣から袖を引っ張ってくる方へと視線を向ける。
「ソウ、みんな行った」
「あ、あぁ。俺達も行くか」
「ん」
そうして総士と陽葵は空璃達の跡を追うのだった。。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます