第3話 神鬼、時々、思想省【1】
「──では今日の連絡事項は以上です。最近は物騒ですから帰り道は気を付けてくださいね」
「「「はーいっ!」」」
島津先生の変わらぬ終礼が終わり、いつもの様に返事を返す生徒達。
「………ソウ、終わった?」
いつもと違うことがあるとすれば、普段なら教室前の廊下で待っているはずの陽葵が総士の教室まで入ってきたことだろう。
「終わったけど……珍しいな。陽葵が教室まで入って来るなんて」
「早くしないと遅くなる」
「そう……だな」
これからのことを想像した総士の気持ちはズンッと重みを増す。だからといって、行かなければ波風が立つかもしれないのだから行かないなどと言う選択肢など無い訳で………。
総士は渾身のため息を吐き出しながら重い腰を持ち上げたその時────。
「……なぁ、あれ何の車だよ」
一人の生徒の声を皮切りに総士たちの横を掠めていくクラスメイト達。
「俺あまり詳しくないから良く分かんねーけど……見たこと無いぞ、あんな車」
「あれ誰が乗ってるんだろ!? 私イケメンだったらすぐ行くけど!!!」
「何言ってくれてんの!? 先に私行くし!!」
「てか中見えなくない?」
普段なら聞いていないフリをする総士だったが、クラスメイト達の声音に自然と視線が窓際へ吸い寄せられる。
「……なんだろうな?」
何か知っているかもと思い陽葵へと視線を向けてみるも、目が合ったところで陽葵が首を傾げた。
「まぁ……どうでもいいか。さっさと行こう」
「ん。行かないと遅れる」
ちょうどいい。
総士はそう思った。
普段なら陰口の一つや二つ、必ず耳に届くものだ。昔から何度も体験している悪口など聞き慣れたものだけど、聞かなくていいならそれに越した事はない。
「おっ!! 車から誰か出てきたぞ!」
「おいおいおいっ!! あれって神蔵ちゃんじゃないか!?」
教室に背を向け、廊下を歩き始めたばかりの足はピタリと止まる。
すぐにポケットからスマホを取り出し、
だが、総士の耳に届いたのは留守番電話のアナウンス。
留守番電話の案内であるはずなのに、どうしても耳に聞こえてくる機械音が悪魔の囁きにしか聞こえない。
「おいっ! 静かにしろ! 神蔵ちゃんが拡声器出したぞ!」
(───拡声器?)
今の時代、個人と連絡を取る手段など腐るほどある。メジャーな物ではスマホに固定電話、マニアックな手段としてはトランシーバーやアマチュア無線。他にも様々な手段がある中、なぜ拡声器なのか。
頭の中が疑問符で埋め尽くされたまま、総士は動くことが出来なかった。
「神蔵って……雑誌とかによく出てるよな? なんでこの学校に来てんの?」
「そういえば部活の先輩が言ってたけど……今年の頭にもきたらしいぜ?」
「それにしたってなんで拡声器よ?」
今日総士の家に来ると言いながらも、何故か校庭に拡声器を持って姿を露にした女性───
総士との関係は ”保護観察官” の様な関係ではあるが、飽く迄も彼女の本職は巫女だ。そして、思想省の一員としてイメージガールなどを行っているせいで、今では巫女の姿をしたアイドルの様な存在だった。
《突然の訪問、誠に申し訳ございません。私は神蔵 芽愛と申します》
全校生徒に響き渡ったであろう神蔵の声。
それは、少しの間を置いてドッと歓声が沸き起こる。
「このままじゃ面倒事になる。さっさと行こう」
「ん」
隣にいる陽葵と手を繋ぎ、普段なら走ることの無い廊下を走る。
(あいつ……)
総士の数少ない秘密を知っている人物でもあるはずの神蔵が何故目立つような行動に出たのか。無い頭で考えてみるが、思いついたのはどれもろくな物ではなかった。
総士は走る。
下駄箱へと向け、陽葵の速度に合わせながら走る。
背負ったリュックが、左右に大きく揺れては背中を叩く。リュックのスポンジなど本当は入っていないのではないかと感じてしまう程に強く背中を打つリュック。
だが、止まる訳にはいかない。
陽葵も小さなリュックとはいえ、背中から襲ってくる衝撃を無視して走っているのだ。それも自分よりも身長の高い総士のスピードに合わせようと必死で。
細かく切らした息を整え、下駄箱から外履きの靴を取り出す。
《
学校中に響いた拡声器の声は、沈黙と視線を持って答えを出していた。
現在、下校するため、または神蔵を少しでも近くで見ようと集まっていた生徒達が
陽葵は良い意味でそこそこ知られていて、総士は悪い意味でそこそこ知られている。
(……痛い、視線が痛すぎる)
項垂れる総士。心配そうに見上げてくる陽葵。だからといって立ち止まることは周りの視線が許していない。
静寂が見守る中、総士は重くなった足を引き摺るように下駄箱を後にした。遠目に確認すると、黒塗りの車の前で拡声器を持っている神蔵。
その後ろには佇んでいるだけなのにとてつもない存在感を放ち、黒尽くめのスーツを身に纏う遠目にも関わらず体格の良さが分かる男性。
《あっ………。皆様、ご協力ありがとうございます。探し人が見つかりましたのでこれにて失礼いたします。───ソウ、ちゃんと電話に出てくれないと困ります!!》
(……さっき、俺の電話を無視したのはどこの誰だよ)
ハッとしたように総士に向かって大きく手を振る神蔵。腰まである黒髪がさらさらと揺れ、大きな瞳を緩める。
だが、普段は呼ぶことの無い愛称をしっかりと拡声器で言ったのも計算の内なのが憎い。
「おい……。今……神童治の事を ”ソウ” って呼んだ……よな?」
「……う…そだ……っ」
「神蔵ちゃんがソウ? ハハハ、ナニカノマチガイダロッ!」
「えっ!? 神童治君って陽葵ちゃんじゃなかったの!?」
「……二股?」
「……神童治、陽葵ちゃんを弄んだ罪は死をもって償え……」
背から聞こえてくる生徒達の声を一心に受け、神蔵の元へと足を進めた総士。
「おい、まじで責任取れよ」
「はぁ? ありえないっしょ。っていうかマジウケんだけど」
「俺がお前に何したってんだよ……」
「そのくらい自分の胸に聞けし~」
爽やかスマイルのまま毒づく神蔵。呆れた様な視線を送る陽葵。総士は諦めの極地に流れ着いたのだった。
「総士様、陽葵様。先日は夜分遅くに失礼いたしました」
神蔵の斜め後ろに相変わらずの鋭い眼光のまま丁寧に頭を下げた。
「郷さん……、できればすぐに頭上げてください……」
目の前には世間ではそこそこ有名なアイドル。その横には視線で全てを殺す程の眼光を放つゴリラ。生徒達の総士への印象がどうなったのか。
「そうですね。こんな場所では落ち着いて話もできませんね。───それでは車を出しますのでご乗車ください」
足音も無く車の後部座席のドアを開けた郷。総士は少しでも早くその場から去りたい気持ちを前面に押し出して車へと乗り込んだのだった。
しばらくして、総士たちを乗せた車は隣県にある一番高い山の頂上へと辿り着いた。
目の前に広がるのは大きな湖。その中心に学校よりも大きな浮島が浮かび、浮島と陸地を繋ぐ木製の朱色の橋の手前には一際大きな鳥居がそびえ立つ場所。
「……ここに来るのは久しぶりだな」
「……ん。5か月ぶり」
車から降りた一行は足にゴツゴツとした砂利の感触を確かめ、歩く度に鳴る音を耳に届けながら鳥居の前で立ち止まった。
足元から湖の中心に向って伸びる長く朱色の橋の先にある浮島。そこにある神社を眺めながらも懐かしそうに目を細める総士と陽葵。
「 ”
いつの間にか隣に立っていた郷が変わらぬ眼光で呟くも、その声音からは懐かしさと慈しみを感じられた。総士と陽葵の胸にしっかりと響いたその言葉に、二人は心の中で感謝するしかない。
総士と陽葵はこの惟神大社で暮らしていた時期がある。郷はそれが懐かしく、そして寂しくもあるのだろう。
「郷っ! さっさと行かないと私の時間が無くなるでしょうがっ!」
三人が感じていた空気を一気に壊しに掛かったのは、車に乗ってからすぐに表情を切り替えた神蔵その人だった。
「……お前……本当に相変わらずだな……」
「うっさいわね!! 無駄口叩く暇あったらキリキリ歩きなさいよっ」
(……今の姿を全国のファンに見せてやりてぇ……)
そんな総士の気持ちを察すること無く、さっさと橋を進み始めた神蔵の跡をため息一つ零して付いて行く。
車に乗った後、神蔵が総士に伝えたのは「空璃様が連れてこいって言ってんのよ」の一言だった。そして空璃はこの惟神大社の宮司でもあり、ある意味では総士の恩人である。
(矛盾……だな)
大人が嫌い。
そう言いながらも、大人の存在なしでは生きてさえいられず、一人では何もできない。
(働きたいな……)
総士の夢はそこら辺に転がっている物だ。普通に働いて、死ぬまで三人で暮らすこと。それだけでいいのに、手が届かない。それがもどかしくて、苦しくて、酷く自分が嫌いになる。心の何処からか ” 結局お前には何もできないじゃないか ”。そう言われている様な気がして………。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます