焼くと伸びるアレ

 セルライト共和国近くの街に列車が到着すると、駅には多くの武装集団が居た。

 鋼鉄製の全身アーマー姿の者、胸当てやコテ等の軽装備に防寒具を合わせた者、ローブ姿の者などなど。

 たぶん冒険者と呼ばれる人達かな。

 この人達の多くはテンプテッドフォレストに向かいそうだね。


 それにしても、人がこんなに多いと気が抜けないな。

 不審者が紛れやすいからステラから目を離せな――って! 居ない!?

 どこ行ったの!


 列車から一緒に下りたはずなのに、何時の間にか僕の傍から消えてしまっているよ!


 人込みをかき分けるようにして小さな姿を探す。

 すると、モコモコのコートにトンガリ帽子を被った女の子が、売店の前で顔面から倒れるのが見えた。


「ステラちゃん!」


 駆け寄って抱き起すと、ステラの顔は手遅れなレベルで青ざめていた。

 こんな短時間に一体なにがあったって言うんだよ!!


 彼女の腕の方からコロリと音がしたので、そちらを見やれば、地面に小さな餅が転がっていた。

 これに毒が仕込まれていたとか?

 取りあえず吐き出させないといけないよね!


 ステラを裏返しにして抱え直し、背中を叩いてやれば、小さな口からカポンと餅がそのまま飛び出てくる。


「こほっ……こほっ……うーー」


 呼吸が出来るようになったみたいだね。よかったー。

 当のステラは安堵したからなのかなんなのか、僕の胸辺りに頭を押し付けてベソベソと泣きだした。

 この子、一応前世が邪神のはずなんだけど、なんでこんなに仕草が可愛いんだろう。


 それにしても、彼女の口から出て来た餅は何のヘンテツもない普通の物に見える。

 こんなの一体どこで手に入れたんだ?


 嫌な予感がしてきたな。

 もしかして、カイヴァ―ンの手の者がステラを暗殺しようとした……?


 だったら早くこの場を去らないといけないね。

 

 そう思ったのだが、急ぐ僕に話しかける者が居た。

 売店のおじいさんだ。


「君、その子のお兄さんか? すまんのぉ。物欲しそうにこの餅を見ていたもんだから、ついつい分けてあげたんじゃ。まさか、丸飲みするとは驚いたわい」

「えぇ……? ステラちゃん、餅をそのまま飲み込んだの?」

「いそいでたんだもん……。ぐす……」

「そ、そうだったんだ。頑張ったね」


 そのうち、この子に人体の構造を教えてあげたほうがいいのかな。

 心配になってきたよ。


 まともに話せないステラに代わり、アジ殿が売店のお爺さんのフォローをした。


「その爺さんが言っている通りだったぞ。同じ物を儂も食べたがピンピンしておるからのぅ」

「あー、なるほどね。店員さん、ご迷惑をおかけしました!」


 僕等の周りにはだんだん人が集まってきていたんで、僕はステラを抱き上げて早足に駅舎を出た。

 同じ場所に居続けて、しかも目立っていたら、狙ってくれと言っているようなもんだしね。


 だけどなぁ、うーん……。

 ちょっと目を離すと自分から死にに行くから、この子を守り切れるか心配になってきた。



 多少のトラブルに見舞われながらも、僕等はテンプテッドフォレストの管理局にたどり着く。

 午前9時にして既に長蛇の列が出来ていて、話題のダンジョンへの挑戦者の多さを思い知らされる。


 前方にさっき列車の中で声をかけてきた女も居るね。

 こっちを見てるけど、無視しとこう。


 そんな女はさておき、ここに居る者達のうち、何人が僕達より強いんだろう?

 この先は何でもありの無法地帯なんだし、隙をみて何人か戦闘不能状態にしてやりたいよね。


 装備や武器から彼等のレベルを推測し、最近使えるようになった【エスティメート】を使う。これは分析魔法の一つで、少ないMPでザックリと相手の強さを知れるから結構便利だよ。


 その結果、ここに居る人達の中では列車内で会った女が一番強いことが分かった。名前はシオン・イオリ。ジョブはさっきアジ殿が言っていたように、忍者でレベル66だ。

 僕よりも少し強いくらいだけど、レベル2の差なんて誤差みたいなもんだな。


 もしルートが同じだったら、ステラが休んでいる間にでもサクッと片付けてしまおう。

 悪巧みをする僕の背中でステラがモゾモゾと身動きした。

 餅を喉に詰まらせた後、この子は一通り泣いて、力尽きちゃったんだよ。だからおんぶして運んでいる。


「黒い……太陽が……」

「ん? ステラちゃん何か言った?」

「太陽……まんまる。お餅も、まんまる……苦しいよぉ。ぐす……」

「寝言かな?」

「興味深いことを言うものだな。古代、土星は黒い太陽と呼ばれていた。ステラよ。何かに気づいたのか?」

「zzz……」

「再び寝るのか……」


 土星か……。

 ステラちゃんはカイヴァーンの気配を感じ取ったのかな?

 悪夢にうなされているようにしか思えなかったけど、きっと意味ある言葉なんだろうね。


 小さな義妹を頼もしく感じながら暫く待つ。

 一時間くらい後に、ようやく僕たちが入場する番になった。ちょっとしたアンケート用紙に記入し、無愛想な案内係に渡せば軽い説明の後にゲートが開かれる。


「魔法剣士一名、アイテム士一名と、そのペット一匹ね。中に入っていいよ」






 


 

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