ダンジョン核を求めて
昨夜はステラのMPで庭のセキュリティシステムと家中の魔道具を復旧させ、夜が明けてから始発の列車に乗った。
向かう先は、隣国セルトラ共和国の国境付近にあるダンジョン、テンプテッドフォレストだ。
そこは地上に広がるダンジョン(いわゆるフィールドダンジョン)があるんだけど、あまりのギミックの多さから、過去を振り返っても踏破者が少ない。
このダンジョンに目を付けた理由は、ダンジョン核が再生するタイプだからなんだ。都合が良いことに、最近になってまた新しいのが生まれたみたい。
僕達の目的を達成するのにうってつけの場所だよ。
だけど、問題なのはこのダンジョンの難易度の高さだ。
メインジョブ魔法剣士の僕は現在のレベルが63。同年代の中では強い方ではあるものの、これで踏破出来るかどうかは微妙。
でも勝算が無いわけじゃない。
僕のご先祖様の中にはテンプテッドフォレストを踏破した人がいて、その時の記録を日記として遺してくれている。それを利用したら、トラップに引っかかって死ぬことはないんじゃないかと思う。
古びた日記帳をナップサックから取り出すと、ステラが興味を示した。
「にぃちゃん。それがさっき言ってたやつなのですか?」
「うん。移動中に読んでおきたいんだ」
「……私も全部覚えないと死ぬです?」
目を
この日記帳は結構分厚いから、ステラが読むには負担が大きいかな。
「僕がステラちゃんの分まで覚えておく」
「有難うなんです。それであの……」
「どうしたの?」
「静かになってもいいですか?」
「いいけど……?」
意図は直ぐに分かった。
コテンと僕に寄りかかり、目を閉じたから。
昨日頑張ったから、疲れが取れてないのかもね。
自由に振る舞う姿に和むけど、ちょっと心配事もある。
難易度の高いダンジョンにステラを連れていっても大丈夫なのかな?
彼女が留守番をする場合、家中のシステムがMPだよりになるから可哀想だと思ってついつい担いできちゃったんだけど……。
僕の考えを読んだのか、アジ殿が口を開いた。
「ステラを心配しておるのか?」
「しないほうがおかしいよ」
「ふむ。確かに今の姿はただMPが多いだけの肉塊のようなものだ。心配にもなるだろう」
「本人が寝ているからと、酷い言い草だね! こんなに可愛いのに」
「ステラが美しかろうが、醜かろうが、儂にとっては重要ではない。問題があるとすれば今の肉体が随分と愚鈍なことだ」
「とっさの回避は厳しそうだよね」
「だから考えたのだ。危険地帯は儂の収納スキルで運ぶとする」
「【無限収納】のことかな?」
「左様。しかしだな、運搬しやすい反面、長時間あの中に居すぎると精神面がやばいやもしれぬ」
「うわぁ……」
アジ殿のスキルで吸い込まれた先は想像するのが難しい。
ただ、彼の場合、酒の肴としての珍味や食いかけの缶詰、モンスターの死骸などなど、匂いがキツイ物を大量にしまっている。
中で生き物の嗅覚がまともに機能するのなら、あまりの臭さに気を失うかもしれないね。
アジ殿との会話は無限収納からダンジョン内についての話題に移っていった。
「ダンジョン内部は霧がたちこめているらしい。見通しの悪い中にえげつない罠が張り巡らされているんだって」
「なるほどな。しかし、その日記に罠の位置などが詳細に書かれているのであれば、さほど問題あるまい。モンスターはどのような種類がおるのだ?」
「えーとね。確か後半のページにまとめられていたはず……」
日記のページをめくろうとしたのだが、第三者からの横槍が入った。
「代表的なモンスターとしては、スライム、ミミック、トレント、フォレストサーペント、レイス、最深部のボスとしてパイアが出るわ」
やや低めな少女の声が淀みなくモンスターの名前をあげていく。
勿論これはステラが言っているのではない。
赤の他人だ。
気配を消して近づかれたのが不快で、眉を寄せながら振り返ると、細身の女がこちらを見下ろしていた。
歳は僕よりも少し上くらいかな?
ずいぶんと整った顔立ちをしている。
宵闇色のツインテールに、アイスブルーの瞳。顔のパーツが全体的に小さいのは、東方の人間との混血だからなのかもしれない。
「僕等に何か用かな?」
「目的地が同じみたいだから、知識を分けてあげただけよ」
「あ、そう。それはそれは、ご丁寧にどうも有難うございます。僕たちのことはこれ以上気遣って頂かなくても大丈夫です」
僕は気持ち悪いと評判の作り笑いを浮かべ、慇懃無礼に女を追い払った。
ツインテールの女は僕が言葉に込めた意図を正確に汲んだんだろう。ステラを一瞥してから風のように去って行く。
「あの女、珍しいジョブだな」
「魔法で分析したの? 何のジョブだった?」
「忍者……いや、女だからくの一と言うのだったか。東方の出なのかもしれん」
「それはまた、トラップに強そうなジョブだなぁ」
変な女に絡まれるなんて、幸先が悪い。
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