兄妹愛で乗り切る苦境

 無事にテンプテッドフォレストに入れたのはいいけれど、内部の様子がおかしい。

 ここに来るまで、当ダンジョンは霧に覆われた深い森だと思っていた。

 それなのに実際の内部ときたら、空も地面も真っ白で、ただ一つ。空に浮かぶ球体だけが漆黒だ。


 ご先祖さまの日記に書かれていた情景と全く異なっているのは何でかな?


 僕等は異変に気がついてすぐにダンジョンから出ようとした。でも、出口があったところまで白に塗り潰され、見つけられなくなっていたんだよねー。


 背中で眠っているステラと前方を飛ぶアジ殿の存在が有難い。

 僕一人だったら早々に頭がおかしくなったかも。


 とはいえ、かわり映えしない風景にウンザリしてきた。

 気晴らしにアジ殿と話そうか。


「変な事になったね。この状況はダンジョン核が再生したことと関係あるのかな?」

「関係ないとは言い切れん。しかし……エラーを起こしているダンジョンを管理局が放置するとも思えぬのだ」

「確かにね。おかしな状態だったら、もっと噂されててもよかった」

「儂等の前に突入していた者どもは一体どうなっておるのだろうな?」

「うん。ゲート前はあれだけウジャウジャと居たのに、中には僕等だけ。何がなにやらって感じだね」


 アジ殿は落ちつかなさげに、僕の肩らへん

 ――たぶんステラの顔をチラチラと見る。


「……上空に浮かぶあの黒い球は……。先程ステラが口にした『黒い太陽』なのだろうか?」

「うーん……」


 それは賛成しかねるな。

 あれは天体と言うには近すぎるし。

 

「ステラともう少し話すべきだろう。そろそろ十二時であるし、うまい飯でステラのヤル気を引き出すのだ!」

「ステラちゃんのお腹が満たされたら、脱出法が分かるの? まぁ、このまま歩き回っても、どうにもならなそうだし、昼食でもいいかぁ」


 アジ殿はやっぱりステラちゃんに創られただけあって、絶大な信頼を寄せてるみたいだ。僕の目には頼りなくて可愛い妹にしか映ってないけど、このドラゴンには違って見えるんだろうね。


 預けておいた野営道具一式をアジ殿に取り出してもらい、魔導コンロを熱する。

 サバイバルナイフでトマトやベーコン、玉ねぎをスライスして、お湯の中に投入。適当にコンソメや塩コショウで味を整え、そろそろ完成というところで、またもやおかしなことが起った。


 黒い球体がいつの間にか僕達の真上に移動してたんだ!!

 あまりにも速い。移動っていうか、ワープでもしたんじゃないかな?


「うわっ! あれって、動くの!?」

「そのようだな。……むむっ!」


 アジ殿がいきなり大声を上げ、僕の後方を凝視する。

 今度はなんだよ!!


 振り返ると、白い地面に黒色の術式が浮かび上がっていた。


 ――ていうか、そのど真ん中に居るのはステラじゃないか!


 いつの間に目覚めたのか、ペタンと座ったまま空を見上げている。


「まるい……」


 まだ夢の中に居るみたいに、ボンヤリしているね。

 そんな彼女を識別しているのか、黒い球体は音声を流す。

 女とも男とも取れる不思議な声だ。


“ジ……ジジ……適任者発見。これよりアビ…ジジジ…ビー、移譲作業に入ります___“


「はへ?」

「ステラちゃん危ない!!」


 僕は自分に出来うる限り最も素早く動き、お間抜けな表情で固まるステラちゃんを術式の外に弾き出した。

 コロコロと転がる彼女にホッとするのも束の間。

 情け容赦のない攻撃が僕の身体に降りかかる。


“____作業完了。付加アビリティ名【アンダーステア】、【オーバーステア】。これにより、当機器は稼働を停止いたします……ジジ……ジ。ヴーーー“


 黒い球体はそのまま上空に吸い込まれ、空間は完全に白一色になった。

 しかし、そんな珍妙な光景を楽しむ余裕なんか僕にはない。

 散り散りになるような痛みが全身を駆け回っている。


「ぐぁぁ……身体が……」

「にぃちゃ?」


 初めて味わうような感覚だ。

 僕の中のエーテルが暴れ回っている? 今自分の身に起こっていることをよく分かっていないけれど、エーテルを制御出来ない……。

 こんなみっともない有り様をステラに見せたくないのに……って、アレ? 痛みが引いていく。


 目を開けてみると、金髪の猫っ毛が近くにあった。

 いつの間にかステラが僕にしがみついていたんだ。

 

「ステラちゃん、何かしたの?」

「う? くっついてるですっ」


 うん。確かにその通りだね。

 でも聞きたいのはそういう事ではないんだよ。まぁ、いっかー。

 僕が痛がらなくなったのが嬉しいからなのか、彼女は頬を赤くしている。


 やっぱステラちゃんが側に居てくれるっていいな〜。


 このまま兄妹愛を確かめあってから脱出法について話し合おうかという時に、

 一難さってまた一難。

 僕等の前にまたしても邪魔者が現れた。


 

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