第11話 また一難

「この刀……」

「おかしいですね……かなりの痛手を貴女に与えたはずなのですが。本当に大けがをしているのか怪しいくらいの耐久力です」

 聞きなれた声が聞こえ、予感が確信に変わる。声の聞こえた方を見ると、先ほど縛り上げた後に斬り捨てたはずのカゴメの姿があった。斬り捨てたときの傷が元々なかったかのように癒えている。いくら消滅しないとはいえ、あれだけのダメージを与えたのなら回復に時間がかかるはずだ。

「なんで今ここにいるんだ……とでも言いたそうな顔ですね」

 カゴメはにこりと笑う。彼女が正面に手をかざすと、先ほどワタシに向かって投げた刀が現れる。

「もしかして……お前って子供のペリみたいに複数いたりするのか?」

「さぁ? どうでしょうね。ご想像にお任せします」

カゴメはにこやかにそう返すと切っ先をこちらに向け、臨戦態勢に入る。

 元々状況は最悪だったが、これ以上ないどん底だ。子供のペリとウタ、加えてカゴメを相手するような体力なんて残っちゃいない。救援も呼べない。万事休すとはまさにこのことだろう。

「貴女は二度も私を出し抜き、生き延びた。しかし、それだけダメージを蓄積しているならそろそろやせ我慢はできないのではないですか?」

「ウッ……」

 その言葉のとおりワタシは足に思うよう力が入らず、膝をつく。視界も時間が経つごとにまた歪んできた。

長時間動きまわっていた疲労、受けた傷の蓄積が重なり体は動かず、何とか無力化したはずの敵も復活してしまう。これ以上戦っても勝機はゼロに近いだろう。

「命乞いをするのなら聞きましょうか。もっとも、聞くだけですが。どうやら、あの研究員との交渉は決裂したみたいですし」

 カゴメは刀の刃をワタシの首にあてる。首をはねるつもりだろうか。

 まぁ……死ぬのなら仕方ない。生き延びたいと願ったとしても、こんな状況じゃよっぽどの奇跡がない限り、かなわないだろう。

 それに、うだうだと考えるのはもう疲れた。やるだけやったのなら、もうどうでも……。


――最後に……聞いてほしいことがある。必ず……。


 ふと声が聞こえた。この空間で念話は使えない。

 過去に言われた言葉がフラッシュバックして幻聴が聞こえたのだろう。

「……面倒くさいな」

 思わずそうこぼす。

「何か?」

 カゴメは首をかしげる。

「面倒な人間と……面倒な約束事をしたのを思い出しただけだ。気にするな」

 死ぬ間際になると、今までの記憶が脳裏に流れる現象が起きる。それを走馬灯というらしいが、実に忌々しいことを思い出したものだ。

 十数年前、天池町に来る前にとある人と約束を交わした。ワタシの意見も聞かずに一方的に取り付けられた頼みごとのようなものだが、最終的にワタシが同意してしまった以上、それは双方で取り決めたもの、約束といっても差し支えないだろう。

 だが、断ればよかったと約束を取り決めた当時から現在に至るまでずっと後悔している。

 自分がただ無力なだけの人間なら、約束を投げ出すことも、全てを捨てることも簡単だった。だが、ワタシはペリの存在を知り、ココノと出会ってしまった。これを幸福ととらえるのか不幸ととらえるのかは人によって違うが、ワタシは不幸だと思っている。

 無力ならそれを言い訳にして投げ出せばいい。だが、力を持てばそれ相応の責任が伴う。強ければ強いほど、与える影響が大きくなっていき、背負うべき責任も比例して大きくなる。それは本人が望もうと望むまいと、生きていようが死んでいようが伴う責任だ。

 だから、ワタシは力なんて欲しくなかった。人並みの幸せと人並みの不幸があればそれでよかった。適当に生きて、適当に死ねれば万々歳だった。

 しかし力を得てしまった以上、責任を背負い、生きていかなければならなかった。だから、交わしてしまった約束も果たさなくてはいけない。

 死ぬことは許されない。ここで死ねばココノやワタシの亡骸が悪用され、新たな不幸の原因にもなるだろう。

 だが、満身創痍で今、自分の命がカゴメの手によって絶たれようとしている。

「ホント今日はツイてない」

 ワタシはそう呟くと、両手にはめていた薄手の手袋を外して最後のクナイを右手の甲に突き刺し、カゴメに投げた。

「!?」

 カゴメは寸でのところで避けて、ワタシの首を刎ねようと刀を横一文字に振るう。しかし、ワタシの方が一呼吸速く、彼女の懐に入り拳を叩き込んだ。カゴメは数メートル吹き飛ぶがすぐに体勢を整えて刀を構える。

 カゴメの体は実体がないが、魔力がこもった自身の血液を使えば触れることができる。となれば殴ることも可能だろうと考えたが、認識はあっていたようだ。

「まだ動くのですか?」

「動かなきゃならない……理由があるんでな」

 乱れる呼吸を必死に整えて、相手の動きを見る。正直、どの攻撃が来ても避けられる自信はない。攻撃が来ても対応できない可能性の方が高い。だが、まだ攻撃手段が残っているのであればそれに賭けるしかないだろう。

「……貴女は自分の命に無関心であるはずなのに、どうしてそこまで必死に戦おうとするのです? 痛いことが嫌だと言った貴女が、どうして傷だらけになってでも立ち上がるのです?」

 カゴメはそう言うと、一瞬でワタシの前に現れた。

「もう、無駄だと認めた方が楽ではないのですか?」

 彼女は縦に刀を振り下ろす。回避をしようと後ろに下がるが速度が間に合わず、切っ先がかすってしまった。

 返答する余裕もなく、ワタシは距離を取って再び相手を見る。

 呼吸を整えてもすぐに乱れ、視界も悪く、足元もおぼつかない。

戦うことを諦めて死ぬ方が楽だと自分でもわかっている。どうでもいいと今すぐにでも投げ捨てて、全てを諦めた方がワタシにとって一番面倒くさくないこともわかっている。

「手段が……お前を殺す手段が残されているのであれば……ワタシはそれを……放棄するわけにはいかないんだよ」

 ワタシはもう一発拳を打ち込むために一歩踏み込む。

――――ッ。

しかし、それは唐突な耳鳴りによって止められた。全身に力が入らず、その場に倒れる。

 本堂の外にいるウタが小細工でもしたか? 全身に激痛が走り、まともに動くことができない。

「貴女、本当に人間ですか?」

 全身に痛みが駆け巡る中、一つの疑問が投げられた。

「自身の命に関心がない。しかし、命を投げ出す行為はしない。役割のために最善の手段を考え、少しでも敵を消す手段を取る。言葉にして並べれば芯のある人間にも感じますが、貴女のそれはいささか度が過ぎるようにも感じます。人間に見せかけた使い魔でもおかしくないレベルですよ」

「ワタシは……人間だ。魔力を……ほぼ持たないペリなんて……いないだろ」

 震える手を地面につけ、何とか起き上がるが立つことができない。もう、まともに歩くことも厳しそうだ。

「では人間でもペリでもないのでしょう。いわゆる、化け物の類じゃないですか? 貴女は言いましたね。死に対しては少なからず恐怖を持つが、考えるのが面倒だと。それにしては矛盾だらけの行動だと思いませんか?」

「矛盾……だと……?」

「えぇ、そうです。何より……」

 彼女は言葉を切って、刀の刃先を喉にあてた。

「こうやって刃を前にしても、貴女の瞳には微塵も恐怖なんて存在しない。死に対して恐怖があると言ったのは嘘……というより、自覚していないのでしょう。別にいつ死んでもいいと思っているのでは?」

 その時、一瞬だけ彼女は酷く怯えているように見えた。

 何故、そんな目でワタシを見るのだろう? 今眼前にいるのは死にかけの人間。相手からしたら取るに足らない存在だ。そんな奴に対して、どうして怯える必要があるのだろうか?

「何が……いいたい?」

 振り絞るようにワタシはそう返す。何より、自分に対するあの目線が不思議だった。

「そうですね、はっきり言いましょう。貴女は人間のふりをした何かです。ペリでもない、もっと得体のしれない未知なるもの。よく人間として生きていけたと称賛するレベルに貴女は外れています」

「……」

 人ではないと言われることは多かったが、ペリにここまで否定されるのは初めてだった。自分は自分らしく振舞っているだけ。それだけなのに、周囲は外れていると言う。だから、模倣してきたつもりだった。人間らしく振舞ってきたつもりだったが、どうも空回ってしまう。

「……どう言おうと……勝手だが……ワタシは……育ちが……特殊なだけのただの人間だ。そこは変わりようが……ない。あと、死に対して……恐怖があるのは……本当だ。だが、言っただろ……面倒……なんだよ……考えるのが」

 視界が霞んできた。もしかしたら、カゴメが斬らなくてもワタシは死ぬのかもしれない。

やれることは残されていない。足も動かせず、左手は元々負傷している上、先ほど吹っ飛ばされた衝撃で全身が悲鳴をあげ、体の傷からは血がにじみ出ている。

全力で抵抗して、必死にここから脱出する手段を考え、実行した結果がこれとは。

 今も外との連絡はとれない。

 まったくもってツイてない。

 せめて死ぬならブルートに悪用されないよう、自身の肉体を使い物にならないくらいに燃やしておきたかったのだが……。マッチの火では小さすぎてすぐに消されてしまうだろう。

「それもかなわない……か……」

ワタシは無気力に笑った後、意識を失った。

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