第10話 不気味な研究員

数えきれない鳥居をくぐり続けたあと、開けた場所に出た。大きさは天池神社の境内と同じぐらいだろうか。だが、外に出られたわけではないようだ。今いる場所からまっすぐ石畳の道が続いており、正面奥には神社の本堂と思わしき建物が厳かにたたずんでいた。

素人目で見ても、天池神社の本堂とはやや形が違う。ワタシからすれば厳かという言葉より不気味という言葉が似あうように見える。それはおそらく、無数にある鳥居と子供に連れられてきたという現状のせいだろう。

「おい、ここは……」

 少年にこの場所のことを聞こうとしたが、少年の姿はもうそこにはなかった。

 その代わりに本堂の方から人影が見えた。顔には仮面をかぶった、黒髪の成人男性らしき人物がこちらにまっすぐ歩いてきている。仮面にはハスの花が刻まれた模様になっており、見たところ何も武器らしきものは手に持っていない。

 ワタシはいつでも応戦できるようにベルトに固定しているクナイに手を添える。

 ある程度近づいた後男は止まり、声をかけてきた。

「初めまして、ですかね。私はウタと呼ばれているものです。以後、お見知りおきを」

 仮面の男はうやうやしく頭を下げる。

 声の印象は若い男といったところか。仮面をつけているので声はこもって聞こえる。

 表情が読めない分、思考も読めない。さて、どう出るか。

「……いくつか……聞きたいことがある。その前に確認だ。お前はブルートの人間だな?」

「えぇ、しがない研究員をしています。聞きたいこととはなんでしょう? お答えできるものであれば答えましょう」

 男は穏やかにそう答える。何を考えている? 

 しかし、探りを入れたところでワタシはモモのように頭がいいわけでもない。とりあえず一つ一つ疑問点を潰していくか。

「お前はワタシを知っているのか? どこで聞いた?」

「どこで……という部分はお答えできませんが、貴女のことは知っていますよ。黒い炎を使う門番。貴女こそ、この仮面がブルートの証とよくわかりましたね」

「敵対する奴らの情報くらいは流石に死ぬ気で調べる」

「敵対とは悲しいですね。手を取り合うという道はないのですか?」

「ワタシをこんだけズタボロにしといてそのセリフが吐けるなら、相当頭がイカれてるんだな、てめぇらは」

 少し頭に血がのぼり、つい口調が荒れてしまった。

今相対している敵は研究員。少なくともモモと同じように頭がキレる人間だろう。冷静さを欠いては相手の思うつぼだ。ワタシは内心そう言い聞かせて一度深呼吸をする。

「そう怖い顔をしないでください。私は見てのとおり戦闘能力は皆無に等しいですよ」

「ではなぜ、ワタシの前に姿を晒した? 戦闘力皆無の奴が武器を持った敵の前に無策で現れるなんてワタシでも危険とわかるぞ? 何か良からぬことでも考えているんだろ?」

「良からぬことではありませんよ。私は取引をしに来たのです。私が武器を持っていない理由としては、少しでも信用してもらえるように考えたからですよ。貴女の持っているクナイを投げてもらえばわかります。私は人間ですので、武器に血液をつけなくても私を殺すことはできますよ」

「は? 取引?」

 しかもコイツ、ワタシの血の仕組みを理解しているのか?

 本能で危険を感じ、相手を斬り捨てようとクナイを抜こうとするが背中の傷が急に痛みだし、動きが止まる。

 落ち着け、早まっては駄目だ。

 そう言い聞かせて何とか踏みとどまる。どうも眼前にいる男と会話をすると苛立ちが増すようだ。正直何かの拍子で斬りかかってもおかしくないだろう。

「はい、取引です。そちらにも大いに得がある話ですよ。単刀直入に言いましょう、貴女もブルートに入りませんか?」

 時間が経つごとに苛立ちが募る中、相手はさらに言葉を重ねた。ワタシはストレスを吐き出すように深く息を吐き、呼吸を整えた後に言葉を返す。

「断る。何で殺されかけた組織にワタシが入らなきゃならない。双方にメリットがある? 冗談も休み休みに言ったらどうだ?」

 どういう思考回路だろうか? 相手はワタシのことを言葉が話せるモルモットか何かだと思っているのだろうか?

「メリットがあるのは本当ですよ。取引は互いに得があってこそ。見たところ、貴女は一人では魔法が使えないようですね。それは貴女自身に魔力を保有する術がないから、違いますか?」

「……」

 ワタシは沈黙で返した。流石研究者ともいうべきか、洞察能力と分析能力が高い。

「しかし、どういうわけか貴女の血液の中には魔力があるようですね。それも、純度の高い魔力が。研究をすれば、貴女独自の魔法が作られるかもしれ……」

「黙れ」

 ワタシは気づけば複数本のクナイを片手に持ち、投げていた。頭部、みぞおちなどのいくつもの急所にめがけて全力で。

 クナイは狙い通りに跳ぶが、途中何かが割り込むように壁となって立ちはだかった。

「!?」

 割り込んだものは先ほどこの場所まで案内した子供のペリだった。血を付けたクナイを投げたため、二体とも体のあちこちにクナイが突き刺さり、その場に倒れる。

「チッ、仕留め損ねたか」

 ワタシはもう一度クナイを投げようと構える。しかし、少年のペリが立ち上がってこちらに魔法弾を放ってきた。

「!?」

 ワタシは横に跳んで回避し、体勢を立て直す。

「こいつらまだ動くのか?」

 残りの武器の数を気にしつつ、ワタシはぽつりとつぶやく。少女の方も起き上がって魔法弾を放とうと手を前に出していた。

 だが、二体とも表情は苦痛で歪んでいる。クナイが効いていないわけではない。

 さりげなくウタの方を見る。彼は少し距離を離した位置に移動し、こちらを観察するように見ていた。

「つくづく腹が立つ奴だな……」

 ワタシは両手にクナイを持ち、今の自分が出せる最大の速度で子供のペリに向かって駆ける。

 二体はほぼ同時に魔法弾をこちらに放つが、紙一重で避けてすれ違うと同時に二体の首をクナイで掻っ切った。

「―――――ッ!」

 背後から強風が吹き荒れる。カゴメを斬ったときと同じようにペリの肉体の中にあった魔力が一気に外に放出されたのだろう。

 振り向いて確認すると、二体の影も形もなかった。

 突如手をたたく音が響く。音の方を見ると、ウタがこちらを向いて拍手をしていた。

「素晴らしい、手負いとは思えない軽やかな動きですね。貴女と戦ったあの子たちは決して弱い部類に入るものではなかったはずですが、難なく倒すとは流石です。しかし、短気なのはいただけない」

「……」

「不快な思いをされたのでしたら謝ります。しかし、取引については先ほども言った通り貴女もメリットのあるものです。この空間を作り出したのも、貴女がこの取引を持ち掛けるのにふさわしい者かどうか見極めるため。天池町でしたか? あの場所では正しく貴女のことを測ることができません。純粋に力量を測るにはこちらが場所を作る必要があった」

「……だから? 町の人間とペリを犠牲にしてまでこの空間を作り出したのか? ワタシ一個人の力量を測るためだけに? そんなくだらねぇことをできるくらい暇なんだな、お前らは」

 これほど不快に感じたのは久しぶりだ。

 いわば町で人さらいにあった人間もペリもワタシの力を測るためだけに犠牲になったということだ。人間はこの結界が作動するかどうかの実験材料、ペリは結界を構築するための魔力として回収されたのだろう。

 不愉快だ。この空間ごと焼き払って塵一つ残したくないほどに。

「暇なわけではありませんよ。こちらにも仕事がありますからね。ただ、必要なことを全てやったにすぎません。貴女のような方が我々のよき仲間になればそれほど嬉しいことはありませんが、本当にいいのですか? 貴女自身、強くなる可能性だってあるのですよ?」

「気持ち悪いこと言わないでくれるか? ワタシは断ると言ったはずだ。聞こえなかったのか? それとも脳みそが腐って言葉が理解できなかったのか?」

 自身から湧き上がる不快感を抑えつつ、ワタシは攻撃手段を並行して考えた。正直、これ以上問答したところで利益はないだろう。話したところでワタシの苛立ちが募るだけだ。

 先ほどクナイを投げた時は子供のペリ二体によって防がれた。手持ちの武器が限られている以上、武器の消耗は何とか避けたい。となれば、近づいて斬りかかるしかないだろう。

 呼吸を整え、ワタシは攻撃を仕掛けようとクナイを持ち直して一歩踏み込む。

 その時だった。

「ゲホッ……ガッ……」

視界が揺らぐ。一瞬何が起きたかわからず辺りがひどくゆっくりと流れ、直後吐き気に襲われる。咳が止まらない。口を押さえて立とうとするが、足に力が入らない。視界が安定することはなく、ぐるぐると歪んでいく。

 体の限界が来てしまった。相当無理してきたため、遠からず来るとは思っていたが、今このタイミングで来たのはまずい。

「受けた傷が深いうえに、戦い続ければそうなることぐらい貴女にもわかるでしょう? いくら強いあなたでも人間であることには変わりありませんので、当然限界は来ます。取引に応じてくださるのなら仲間として助けましょう。支えあうことは大切ですからね。どうしますか?」

 何事もなかったかのようにウタは話す。もしかしたらこうなることをあらかじめ予測していたのかもしれない。

「ガッ……はぁ……はぁ……」

 何とか傷ついた体を無理やり立ち上がらせる。視界は変わらず歪んではっきりと相手の姿が見えない。

 背中の傷がズキズキと痛む。今までの攻防で傷が悪化したみたいだ。

 だが敵が目の前にいる以上、ここで倒れるわけにはいかない。ここで倒れればワタシはブルートの手に落ち、死体が悪用されるのは目に見えている。

 そうなる前に何とか眼前の敵ぐらいは消さなくては……。

「そんな状態でも戦意を喪失しませんか。どうやら嫌われてしまったみたいですね。私はただ平和を望み、それを叶えようと動いているに過ぎない。貴女にならわかってもらえると思いましたが……残念です」

「平和……? 都合の……いい……言葉を……並べて、自分たちだけが……得する世界を……作ろうと……しているだけ……だろ。周囲の……迷惑も……考えず、身勝手に……意見を押し付ける……奴の……どこが平和を……望んで……いるのか……教えてほしい……ものだ」

嫌悪感と怒りが混じったような感情をそのまま口にする。

足元がフラフラし、しっかり立つことすら難しい。少しでも気を緩めれば倒れそうだ。

 だが、先ほどよりも視界はマシになってきた。幸いなことに今のところは奴以外の敵影はない。クナイを投擲せずに、タイミングを見て間合いを詰めて斬りつけることができれば勝機はある。

「おや、どうやら私を倒す気なのでしょうか? 本当に貴女には感服しますよ。ただ、残念なことにこの空間から脱出をしたいのなら私を倒すことに意味はありません。確かに、私はこの空間を作り出したペリに魔力を与えはしましたが、この空間自体にさしたる影響は与えていませんよ」

「関係……ない。どのみち……ブルートはワタシの敵だ」

 ワタシは呼吸を整えて、絞り出すようにそう言った。

 眼前の敵に集中する。腰を低く落としてクナイを構え、攻撃のタイミングをうかがう。

 満身創痍の体にこれ以上鞭打つのは厳しい。できれば、すぐに済ませたいものだが……。

「そうですか、残念ですね」

 彼がそう言った途端、側面から気配がした。人間ではないが、ペリでもない。だが、危険なものというのは直感でわかった。

 咄嗟に前に跳んで回避行動をとるが、間に合わず何かに強く吹っ飛ばされて視界が一変する。

「!?」

 景色が反転している……? 何が起こった?

 その疑問に答えるように数秒後、大きな破壊音と共に全身に強い衝撃を感じた。

「な……にが……?」

 建物の天井らしきものが見える。ここはどこだ……。

 起き上がろうとするが、体が重い。ただでさえ正面と背中に大けがを負っているのだ。体も限界をとうに超えているだろう。かなり無茶をしてきたのだから当然だろうか。

「全く……ココノに……なんていわれるか分かったものじゃないな」

 少し時間がかかってしまったが、何とか起き上がる。ガラガラと音が聞こえ、体にのっていた何かが地面に落ちた。見るとそれは木片だった。そのまま辺りを見回す。

「本堂の中……?」

 この周辺にあった建物はそれくらいしかない。だが、先ほどウタと話していた場所から本堂までは少し距離があった。目測で十メートルほどだろうか。不意打ちとはいえ、あの位置から本堂に向けて人間一人吹っ飛ばしたとなると相当な力がいる。子供のペリの魔法弾をくらったとしてもそこまでは吹っ飛ばないはずだ。せいぜい長くても一メートルほどだろう。

 新手か……? あの研究員が一人勝算なしに敵の前に現れること自体おかしい。子供のペリとは別にワタシを殺すための戦力を傍に置いておいた可能性がある。そうだとしたら打つ手がない。何より、情報が少なすぎる。だが、この空間にはかなりの時間滞在していたように感じる。もし、カゴメや子供たち以外に戦闘員用のペリが配置されていたのなら、攻撃するチャンスはあったはずだ。

 どのみち休んでいる暇はない。早く体勢を整えなければ追撃される恐れがある。

 ワタシは思考を切り替えて体を動かしてみる。奇跡的に折れてはいないようだ。だが、背中の傷が熱を持っている。何とかしたいところだが、応急処置用の包帯も止血剤も全て使い果たしてしまった。それに、敵がそんな時間を与えてくれるほど甘くはないだろう。

ワタシを確実に捕えようとしているのなら尚更、弱っている今を好機とみて攻撃を加えるはず。

 ふらつきながらも何とか立ち上がり、さらに周りを見渡してみると壁に大きな穴が空いていた。建物を貫通するぐらいの威力で吹っ飛ばされたみたいだが……そんなことできる奴がこの空間にいたのか。

「今日は考えてばかりだな……頭痛い」

 考えるよりも動いた方が楽だ。早いところこの空間から出て、モモに治療を頼まないと死ぬ。

 周囲を警戒しつつ、建物から出ると、ウタは先ほどと変わらない位置に立っていた。見える範囲に変化はない。結局誰に攻撃されたかはわからず仕舞いだ。

刹那、側面から貫かれたような鋭い殺気を感じとり本能的に後ろに一歩下がる。それと同時に、殺気を感じた方向から何か飛んできた。飛んできた何かはワタシの顔をスレスレで通り抜けた後、一直線に建物の壁に刺さる。

 刺さった壁の方向を見ると、ワタシは思わず目を見開いた。


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