第9話 血の策

「まさかとは思いますが私を倒す気ですか? 無駄なことを」

「倒す? そんな生易しいこと言ってないぞ? ワタシはさっきお前を殺す覚悟ができたと言ったはずだ。ホントは仕事が増えるから嫌なんだけどな」

 命をむやみに取りたくないというのは本音だ。後の処理が面倒だし、殺した対象のつながりが強い奴らから復讐とか来られた日にはため息をつきたくなる。

だが、脱出手段が敵の無力化しかないのなら多少は妥協しなければならない。

何より、相手の命を心配するほどの余裕はこちらにはないのだ。

「尚更無駄なことです。貴女の衣には魔力がこもっているようですが、その程度の魔力では防げないことはすでにご存じでしょう? それとも、切り刻まれることがお望みでしょうか?」

「無駄かどうかはやってみないとわからないだろう? まぁ、足元すくわれて消滅しましたなんてことにはならないようにすることだな」

 ワタシは息を深く吐き、手元に残っている武器をさりげなく確認する。残っている武器は少ない。ここで決めなければ勝機はないだろう。一か八かの勝負だ。

「そこまで言い切るのなら余程自信があるようですね。それとも、先ほどのように逃げるためのハッタリか何かですか?」

 カゴメはそう言うが半信半疑の様子だ。自分の命を奪えるとは思っていないが、万が一にも致命的な攻撃を受けないように警戒をしているといったところか。

 それでいい。ワタシの言葉を信じきれないという疑いがあれば、まだ希望がある。策とは言ったものの最初の逃走するときと似たようなもの、つまりこれも運頼みのようなものだ。相手が自分の予想外の動きをしたりすれば、詰む。

「来てみろよ。あれこれ考えるより、その方がわかりやすいだろ?」

ワタシは煽るようにそう言うと、いつ攻撃されても対応できるように武器を構えた。

カゴメはその様子を見てにやりと笑うと

「では遠慮なく」

と、今までで最も速い速度で一直線に向かってきた。罠にかかるより前にケリをつけようと考えたのだろう。だが、それは予想通りの動きだった。

 相手の動きを見つつ、ワタシは着ていたコートを盾のように前に広げて脱ぎ捨て、後ろに跳び、持っていたクナイを鳥居に投げつけた。

 カゴメは勢いよく突っ込んできていたので急に目の前にコートを広げられて一瞬だけ失速していた様子だったが、コートを真っ二つに斬り捨て、再び速度を上げてこちらに突っ込んできた。

 カゴメはそのまま一気にワタシを切り裂こうと近づいてくる。このままではワタシは彼女に斬られ、死ぬだろう。

「クッ……」

 ワタシはさらにベルトに固定していた血液をあらかじめつけていたクナイをカゴメに向けて投げるが彼女は横に跳んで避ける。

 その隙にワタシは彼女の横を通り抜け、鳥居の柱の影に逃げ込む。

「なんて諦めの……」

 彼女がそう言いかけたが、急に声が止まった。

 その代わりに彼女の苦しそうなうめき声にも似た声が柱の反対側から聞こえる。

「い……ったい……な……にを……?」

 かろうじて聞こえる声でカゴメはそう言った。

 

 ワタシはココノがいなければ魔法を使うことができない。それはゆるぎない事実。なので、今カゴメを苦しめているのはワタシの魔法ではない。

 では一体何をしたか。それはワイヤーとクナイを使った簡単なトラップだ。

 短刀を失ってしまった今、残されている攻撃手段は限られている。正面からの攻撃が通じない以上、何かしらの罠を張って攻撃をする方法以外ワタシは思いつかなかった。

 最初にクナイを投げた時、あらかじめ自身の血を付けたワイヤーを結び付けて投げていた。

 しかし、その時点でワイヤーの存在を知られてしまえばすべてが台無しになる。そこでワイヤーとクナイを隠すように黒コートをカゴメの目の前で広げて脱ぎ捨て、死角を作った。

 そして、ワイヤー付きクナイを投げた鳥居の柱に近づけるために、あえて横に避けるように血のついたクナイを投げて、おびきよせ、そのまま一気に柱に縛り付けるように鳥居の柱の裏に回り、カゴメを絞め上げた。

 ほぼ運試しのような方法だ。ワタシの血が有効だとわかってもこの空間のもの、例えば鳥居なども通り抜けるのなら勝ち目はなかった。一応首に巻き付くようなイメージで最初のクナイを投げて高さを調整したが、これもうまくいったのでよかった。まだ運には見放されていなかったらしい。


「ガッ……アァ……」

 魔力で生きている実体のないペリでも、呼吸をするように魔力を口や鼻から吸って生きている。人型をしているペリならなおさら構造は人間と大体同じだろう。こうして何かしらの方法で触れることができるのなら人間のように首を絞め、攻撃を加えることができる。

 ただし、これで死ぬことはない。彼女らの死は魔力の消滅。たとえその実体がなくなり、霧散しても再び集めることができれば長い年月をかけて復活する。

「お……のれ……」

 カゴメは必死にもがくように動く。やはりこの程度のトラップでは動きを止めることが限界のようだ。ふと足元を見ると、カゴメが持っていた刀が落ちていた。

「さて、と。この後どうしたものか……」

 ワタシのクナイではとどめを刺せない。となると、やる手段は限られてくる。

 ギリギリとワイヤーを締め上げる手を強めながら鳥居に結び付けると、落ちている刀を瞬時に拾いあげ、カゴメの左腰から右肩にかけて斬り上げた。

 カゴメからは血は吹き出さなかったものの、形容しがたい叫び声をあげ、沈黙した。

数秒後、切り口からは一瞬強風が吹き、彼女は力なくぐったりした様子で鳥居に縛り付けられていた。

「痛!?」

 急に刀を持っていた手に火傷のような痛みを感じ、思わず手を放す。急いで手袋を外してみると、手の平全体が焼け焦げた跡のように皮膚の表面が黒くなっていた。

「拒絶反応か何かか? まいったな……包帯はもう切れたから、放置するしかないか……」

 ぶつぶつと文句を言いながら手袋をはめなおす。

 咄嗟に刀を使ったが、正直触れることができるとは思っていなかった。どうやら、実体がないのは刃の部分だけで、柄にはワタシのような人間にも触れることができるようだ。だが、触れた時に火傷のような痛みを感じたということは、誰にでも扱えるものではないのだろうか。少なくともワタシには手に余る代物だ。

「コートが綺麗に真っ二つになっている……」

 ワタシは地面に落ちている黒コートを拾い上げてそうぼやく。内ポケットに入れていた道具も一部使い物にならない。

 これはモモに一つや二つ文句を言われそうだが、こちらは死にかけていたので何とか許してくれるように言おう……。

「結構クナイつかったな……」

 腰のベルトに固定しているクナイの数を見る。さっきの攻防だけではないが、かなりの数が減っている。短刀を無くし、ワイヤーを使ってしまった今、使える武器はクナイのみになってしまった。そのクナイも尽きようとしている。武器は消耗品だ。投げっぱなしになっているクナイは回収すればまだ使えるだろうか。

 ワタシは休憩する間もなく、辺りの警戒をしながら落ちている武器を回収しに歩き始めた。


「結界が解けない」

 ため息交じりにそう吐露する。

一応カゴメを斬りはしたが、完全に消滅させていない。

そういえば、他の者から力を借りたとも言っていた気がする。純粋なカゴメの力ではないから彼女を倒しても意味がなかったのか……?

 さて、どうしたものか……いよいよ解除する方法がわからない。

 やはり、カゴメを消滅させるほかないのか?

 だが、方法がない。気絶に近い方法で沈黙させるのが精いっぱいだ。

「考えてもわからないな……」

 文句を言うようにそうこぼしワタシはコートだったもののポケットからタバコとマッチを取り出して一服した。

 打つ手なしか……見たところ変化もない。

 外はどうなっているだろう……モモがそろそろ気づいたころか? 連絡をよこさないということは結界の効果が持続しているのか、はたまたまだ気づいてないか……。どちらにしても絶望的だな……。

「ねぇ、まっくろさん」

「!?」

 気配もなく、急に話しかけてきたので思わずクナイを手に取り、声の聞こえた方に投げてしまった。

「あぶないひとね。あたったらどうするの?」

 無邪気な声がまた別方向から聞こえる。先ほどの子供か。

 もしかして、あの子供を倒さなくてはここから出られないのか?

 そう考えがよぎったとき、目の前に和装の少女が再び現れた。

「まっくろさん、けっこうつよいのね。だけど、かごめをかんぜんにたおすだけじゃここからでれないよ」

 くすくすと笑い、少女はそう言う。

ワタシは吸っていたタバコを折り畳み式の灰皿に入れてコートだったもののポケットにしまった後、相手の様子をうかがいながら口を開く。

「ご丁寧にどうも。それじゃあ、どうしたらここから出られるんだ? 面倒ごとが多くてうんざりしてるんだが」

立って歩くことができるうちに早くここから出たいが、この子供の言葉を信じるのならまだ何かありそうだ。

「まっくろさん……ここからでるの……? あそんでくれないの?」

 少女は泣き出しそうな顔でこちらを見る。まるで遊ぶと答えてくれなければ泣き叫ぶと言っているようだ。

 こいつらの遊びはハードすぎる。今のワタシには鳥居を足場にして跳び回る体力も、気力も残っていない。

「散々遊んだだろう? 何よりワタシは疲れた」

 これ以上武器を持って動きまわれるような体力は残っていない。先ほどの戦いで限界まで知恵を絞って、ケガも気力で耐えてきたが、意識もあとどれぐらい保てるかわからない。

 今はまだかろうじて歩いたりはできるが、このままの状態でいるとやがて倒れるだろう。

「そんな……」

 少女は泣き出し、しゃがんでしまった。

 いくら敵の陣地にいるとはいえ、目の前で子供を泣かせるのは良い気がしないが、これも敵の罠か?

 子供はどういう理由でどういう意図で泣いているのかわからない時があるから困る。現状もそうだ。

 だが……妙だ。どうしてカゴメを助けようとしない? 味方ならせめて縛っているワイヤーを解くなりするだろうが……。

「あ、いた。おーい!」

 不意に少年の声が鳥居の奥から聞こえた。数秒後、今度は町中にも普通にいそうな現代の服装の少年が走ってこちらに近づいてきた。

「カゴメがたおされたのなら早くつれてこいって言われただろ? あそんでないでそのくろい人つれていこうよ」

 少年は少女にそう言った。少女は何事もなかったかのように顔をあげて

「そうだね」

と笑顔でいう。

「どうだった? わたしのうそなき」

「くろい人はかおいろまったくかわってなかったぞ」

「えぇ、ほかのにんげんたちはおろおろしてたのになぁ」

 少年と少女はそう会話を続けていた。

 どこかに連れていく……まだ何かあるのか?

 かといってこれは逃げられる状況か?

「ほら、かめんの人まってるからいそがないと」

「仮面?」

 少年が言った言葉にワタシは思わず、反応してしまった。

 ブルートに属している奴らは自身の顔を見られないように仮面を着用していると聞く。もし、少年の話が本当なら、今回の騒動の原因は奴らという可能性が高い。

「そうだよ? まっくろさんに用があるっていってた」

 少年はこちらをみてにっと笑う。少女とは違ったなにか裏があるような顔だ。

「こっちだよ」

 少年は案内するように来た道を歩いていく。

 これは高確率で罠だろう。書斎の鍵をどこまで知っているかはわからないが、黒い火のことも知られているとなると、今まで以上に危険な目に遭うのは間違いない。

 だが、他にここから脱出できる手段も残されていない。どのみち、ワタシは相手の誘いに乗るしかない。

「死なないように祈るしかないか……ワタシの悪運もどこまで持つんだか」

 結局ワタシは少年についていくことにした。

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