第8話 反撃
頭をフルに動かしながら息を整えつつ体力が戻るのを待ち、ワタシはコートの内ポケットに入れていた最低限の包帯や止血剤などを取り出し、傷の治療を始める。
「左手と正面の傷は何とかするとして、問題は背中か……自分じゃ届かないし……こうなるんだったら治癒魔法の一つや二つ聞いておくんだったな……」
コートとコートの中に着ていた上の衣服を脱ぐと、ざっくりと左肩から右腰に掛けて斬られていた。傷自体はそんなに深くはないみたいだが、出血が多い。
ワタシは黙々と応急手当を始める。傷を見ると自分で刺した左手の傷からも血が止まっておらず、こちらは止血剤を使って血を止め、包帯を巻く。
正面の傷はどうしたものか……持ってきた止血剤の量は多くない。だが、この傷を放置すれば失血死してしまう。ただでさえ、背中にも傷がある状態だ。
「はぁ……本当に今日はツイてないな……」
ワタシは、コートの内ポケットにあるマッチを取り出す。
「これだけでは火が小さいな……何か燃えるものがあれば……」
乾いた木材が一番いいが……そんな都合よくあるだろうか。
周りを見渡すが、鳥居が整然と立ち並んでいるだけだった。だが、かなり遠い位置の鳥居だけ、崩れているように見える。もし、その鳥居の材料が木材だった場合、使えるかもしれない。
「あまり、動きたくないが……仕方ないか」
諦めるようにそう言うと一度服を身に着け、止血剤や包帯をコートのポケットにしまってから、求めているものがあることを祈りつつ歩き始めた。
傷だらけの肉体を引きずりながら目的の場所に着くと、原形をほぼ失った鳥居が辺りに散らばっていた。見たところ、この木片は乾燥していて燃えやすそうだ。
しかし……ここだけ鳥居が崩れているなんておかしな話だ。和装のペリの口ぶりからこの空間に人間が迷い込んだことは何度かあるようだが、その時に崩れたのだろうか?
魔法が扱えない普通の人間はこの空間で生き残る術はない。先ほどの戦闘でそれは痛いほどわかる。現に今ワタシが受けている傷は致命傷になってもおかしくはない。この場所に生物の気配がしないということは……。
「……位置がばれる前に早めにすまそう」
思考を切り替えて、早速ワタシはクナイで散らばっている木片の一部を削り、即席の焚火を用意した。
ただでさえ自分の命が危ない状況だ。他人に気を使っている余裕はない。
ワタシは火がある程度大きくなったことを確認すると、コートとコートの中に着ていた上の服を脱ぎ、傷口が見えるようにしたあと、クナイを火であぶる。今は耐火性のある手袋をしているので、手に火が燃え移ることはないが、それでも直接魔法ではない火を肌で感じると熱い。
ある程度クナイに熱がこもったことを確認した後、ワタシは絶え間なく血が流れ続けている正面の傷口に当てた。
「イッ……」
血と肉が焼けるような匂いと熱した鉄を皮膚にあてたショックで意識が飛びそうになるのを何とかこらえる。熱したクナイを一度傷口から離すとそこは皮膚がただれていたが、出血自体は止まっているようだった。
「これを肩から腰に掛けてやるってなかなかキツイな……背中は……やっぱり諦めるしかないか」
焚火を作るということは自身の位置を教えていることに等しい。見つかる前に早めに終わらせて、身を隠さなければ……。
「はぁ……はぁ……」
止血をすませ、包帯を巻いて何とか応急処置を終えた。火傷が包帯にこすれるたびに痛むが、今は冷やすものがないため、我慢するしかない。
ワタシは急いで焚火を消し、服を身に着けてその場を後にする。
「ココノとの約束……守れそうにないな……今回ばかりは許してほしいが」
自身の血液の効果に気づき、何とか希望は見えた。だが、使い方を誤ると死ぬ可能性がある。
結界を解くか、あのペリを倒すべきか……。
短刀はもうない。あとはワイヤーとクナイが数本だけ。今の装備では簡単なワイヤートラップで足止めくらいはできそうだが、倒すということは難しい。
自身の血を使った短刀でも、足止め程度にしかならなかった。
今の状態で戦闘をすれば、勝率は低い。となれば、結界を解けるか試してみた方がいいだろうか。
「じっとしていても仕方ないな」
頭を一度振って思考をリセットする。
考えても仕方ないのなら、動いて調べた方が早いだろう。
ある程度歩き回って調べると、様々なことがわかった。
この結界は膨大な魔力で作られており、広さは書斎よりも少し広いといった程度だ。
結界の端には明確な壁のようなものはなく、その代わり濃い霧のようなものが充満しており、霧を無視して進むと結界内のどこかにランダムで転送される。また、鳥居のうえに上って結界の全体を見渡そうとしても全く同じ霧が充満していて同じ目にあう。
外に無理やり出るには威力の高い魔法を霧に向かって集中的に放ち、穴を空けるしかないが……今の手持ちでそんな威力を出せるようなものはない。
霧に向かってワタシの血に反応があるか試したが、やはり微量な魔力では反応はしなかった。
となると、やはりここから脱出するにはあのペリを倒す必要があるわけだ。
「結局、こうなるのか」
何度目かになるため息をつく。
圧倒的にアイツを倒すための力がワタシには足りない。この血はあくまでアイツに攻撃をあてることができるというだけであって、ペリを完全に消滅させる効果はない。
「ココノがいれば……」
ないものねだりしても仕方ないが……どうしてもその考えがよぎってしまう。
「かくれんぼはおしまいです」
頭上から冷たい声が聞こえ、声と同時に上から気配を感じた。
反射的にワタシは後ろに跳び、クナイを両手に持って臨戦態勢をとる。
「探すのに手間取りましたよ。貴女には魔力がないと思っていましたが血液には含まれているのですね。正直油断していました。そのせいか知りませんが、貴女を探知することもできなかったですし。まぁでも、子供たちのお陰で見つかったのでよかったです」
そう言い、和装のペリは突然ワタシの前に姿を現す。
「ねぇカゴメ。あのまっくろさんもおともだちになるのでしょう? だったらあまりいじめないほうがいいとおもうよ?」
「!?」
この声は、この空間に入ってすぐに出会った少女の声だ。カゴメと入れ替わるように消えていたが、倒し損ねていたことを忘れていた。
声の出所を探るように耳を澄ますが、どこにいるかわからない。これ以上、負傷するわけにもいかないが、今の状態で攻撃を避けることができるだろうか。
「そうね。でもあの真っ黒さんは、少し別の人とお話ししなくてはいけないのよ。それにあの子は少しやんちゃな子でね? こうでもしないと言うことを聞いてくれないのよ。でもそうね。もしお友達になったらまた遊んでくれる?」
お友達……? 一体どういうことだ?
ワタシの考えとは他所に、カゴメと呼ばれた和装のペリは子供にそう諭すように優しい声で言う。すると、いつのまにか彼女の隣には少女の姿があった。
少女は嬉しそうに表情を輝かせ
「うん」
と元気に答える。
「じゃあまだいい子でいれる?」
「いいこでいれるよ! またこまったことがあったらいってね」
元気にそういうと、少女はみるみると姿が薄れやがて消えてしまった。
「カゴメ、それがお前の名か?」
少女が消えたことを確認した後、ワタシは口を開いた。死角からまた子供たちに攻撃される可能性もあったが、一番の脅威はやはり眼前のカゴメと呼ばれたペリだろう。
「まだ自己紹介していなかったですね。そう、私はカゴメ。元々は何も力を持っていなかったただのペリ。だけど、とある人間があることを持ち掛けてきたからそれに協力して書斎の人には消えてもらうことにしたのです」
「ほぅ?」
人間が裏で手を引いているのはわかっていたことだが、書斎の鍵を知っている人間は限られている。マスターは除外するとしてそれ以外に知っているとしたら傭兵か、ブルートぐらいだ。
だが、傭兵はペリに協力要請をしてまで、書斎の鍵を潰そうなどと考えないだろう。となると、やはりブルートしかない。
ただ、書斎の鍵をどこで知ったのだろうか……。噂で漏れたとしても、そんな不確定な情報でわざわざこんな大掛かりな罠を用意するだろうか。
「いったい誰がこんなことをという顔ですね。教えてあげてもいいですよ? おとなしくしてくれるなら。貴女がいくら特殊な血を持っていても、私を消滅させることができるものではない。もしそうなら私は短刀が刺さった時点で消えているはずです」
カゴメと名乗ったペリは油断なく私に向かって殺気を飛ばす。先ほどは不意を突いて攻撃ができたが、次はそううまくいかないだろう。
「ここの子供はお前の力で作り出したやつらか?」
クナイの構えを維持したまま、ワタシはペリにそう聞いた。
カゴメは面食らったような顔をしたあと、微笑を浮かべて口を開く。
「フフッ。おかしなことを聞きますね。時間稼ぎですか? あの子たちと貴女は何も関係はないでしょう?」
「別に。ただ、あの子供たちがお前の使い魔ではないのなら殺す必要はないと思っただけだ。ワタシは基本的に誰も殺したくはないんだよ。後々処理が面倒だし」
「貴女はどのみちここからは出ることができないのによくもそんな口が叩けますね」
そう言うとカゴメはまっすぐワタシに向かって刀を振り下ろす。
ワタシは落ち着いて相手の動きを見て、ギリギリまで引きつけてから攻撃を避ける。
背中と正面、左手にケガを負っているので長期戦は分が悪い。動くたびに傷がうずき、動きが制限されるが、今は痛みにかまっていられない。
だが、敵の攻撃は意外にも単純だ。ただ速いだけで剣術を用いた戦い方をしているわけではない。刀を振っているだけ。急所に向かって振っているわけではなくただ単純に振り回しているだけ。
しかし、スピードが恐ろしく速い。動きを先読みできればいいが、型にはまっていない分予測ができず、予測している暇もない。
もし、攻撃を当てるのなら一旦相手の動きを止めてからではないと当たらないだろう。
あらかじめ自分の血をつけていたクナイで何とか攻撃を受け流してはいるが、いつまでもつか……。
一度体勢を立て直すために距離を取るが……。
「逃がしません」
相手はワタシが逃げると思ったのか、距離を詰めて攻撃を当てようとただまっすぐワタシに向かってきた。
「これ以上、斬られるわけにもいかないんだよ」
ワタシは血をつけたクナイを一本投げる。カゴメは咄嗟にそのクナイを横によけ、鳥居を足場にしてこちらに飛んでくる。
正面からクナイで受け止めるのはまずい。ワタシは、クナイをもう一本出して両手に持ち、交差して刀の攻撃を受け流す。その後、クナイを持ち替えて刺そうと突き出すが、回避されてしまった。
「危ないですね。当たるところだったじゃないですか」
そう言いながらも、笑みをこぼすカゴメ。今のワタシの行動は単なる悪あがきに過ぎないと見えているのだろうか。
確かに一発逆転の方法はない。まぁそれは、『今の状態では』の話だ。
「さて、試してみるか」
ワタシは、ある策を脳裏に思い描きながらカゴメに対抗するよう煽るように笑みをこぼした。
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