第13話 毒となる魔法
「場所を変えた方が良さそうだな」
視線をちらっとウタの方へ向ける。彼は石の化け物で身の安全を固めて狂犬と相対している。だが、飛び火がいつこちらに飛んでくるかわからない状況下で戦うのは気が散って危ない。
これ以上傷を増やすわけにはいかないので、距離を取った方が吉だろう。
ワタシはクナイを抜いてカゴメに投げた。カゴメは一瞬判断に迷い、紙一重で避ける。その隙にワタシは本堂へ向かって駆けた。
「逃がしません!」
背後からカゴメが急接近してくるのを肌で感じる。スピード勝負になれば勝ち目はないが、本堂の前にある広間まで出れば少しは戦いやすくなるだろう。
「誰が逃げるか」
ワタシは立ち止まって刀を構えなおした。
カゴメに有効な攻撃はココノが持ってきた打刀のみ。他の武器では通り抜けるだけで意味はないだろう。今のワタシの状態では自傷行為をして血液をクナイや短刀に付着させて攻撃するというのはもう使えない。何より、これ以上ケガを増やせば後でココノにどやされそうだ。
「今度こそ終わらせてあげます」
カゴメは自分の速さを利用して間合いを詰め、積極的に攻撃を仕掛ける。対してワタシはカゴメの攻撃を刀で受け流し、避ける。
予想通りココノが持ってきてくれた刀はカゴメの刀を通り抜けなかった。この刀にはココノの魔力がこもっているからだろう。そのおかげで今は何とかさばけているが、攻撃をすることができない。しかし、相手は刀の扱い方は素人だ。型がないとはいえ、これだけ打ち合っていれば相手がどう行動するかということは予測できる。
「そこ」
カゴメの斬撃の隙を見つけ、ワタシは刀で突く。攻撃はカゴメの腕を掠めたが、決定打というほどの攻撃にはならなかった。
「面倒な動きをしますね。それにその刀、普通のものではないようですが」
「ちょっとした特別製だ」
攻撃を当てること自体はできたが、あの速さをどうにかしなければとどめまでは持って行けそうにない。消滅とまではいかなくとも、ココノが子供のペリを倒しきるくらいの時間は稼ぎたいところだ。
「その体でどのくらい持ちますかね?」
「なに、動けなくなる前にお前を倒すだけだ」
ワタシはクナイを複数ベルトから引き抜いて、カゴメに投げつける。カゴメは一瞬判断に迷い硬直するが、血の付いていないただのクナイとわかって避けずに攻撃に移ろうと踏み込む。だが、硬直したタイミングを見逃すほどワタシは甘くはない。
ワタシは地面に沿うように低い体勢で数歩の踏み込みで近づき、そのまま手と足の数か所を斬る。最後に大きな一撃を加えようとみぞおち付近に突きをいれるが横に避けられ、これも外してしまった。
「小細工を……」
「命がかかっているんだから小細工をして当然だろう?」
攻守交替といわんばかりにワタシは積極的に攻撃を畳みかけた。近づいては攻撃し、相手の攻撃が当たりそうになれば受け流して離れる。たまに、フェイントのように打刀から短刀に切り替えて攻撃し、一連の動きを読めないようにした。
「そろそろか」
ある程度の攻撃を与え、ワタシは一度距離をとる。カゴメは手足や胴体部分に切り傷を負っていたが、傷自体は全て浅い。傷からは血が流れることはないが、最初にカゴメを斬ったときのように魔力は消費できているはずだ。
「どういうつもりです? 私は見てのとおりまだ生きていますが?」
「そんなの見ればわかる」
「ではどうして攻撃をやめたのです? 怖気付きましたか?」
「まさか。人に聞く前に自分自身を見てみればどうだ?」
怪訝な顔をしたあと、カゴメは自分の姿を見る。すると彼女はとある異変に気付き、驚くように目を見開いた。
「なん……ですか……? 何を……したのですか?」
カゴメの体は切り傷から黒いあざのようなものがゆっくりと広がっていた。その光景は端から見ればひどく不気味だ。やがて真っ黒に染まったカゴメの腕は音もなく落ち、塵になって消えた。
「何をしたか……といったな。簡単に言えば、質の悪い毒を盛ったと思えばいい。ペリであるお前には猛毒だろうな」
ココノの魔法の一つ「黒い炎」は傷口から侵入していき、魔力と反応して対象を消失させるもの。ワタシが今使っている刀にはその炎が封じ込められている。
カゴメの体に現れている黒いあざのようなものは、ココノの黒い炎が彼女の体内で魔力に引火して広がっていることを表している。黒い炎は朽ちる炎、つまり魔力を腐食させ、相手の肉体を欠落させることができる。魔力の保有量が高ければ高いほど、その効果は絶大になっていく。体が魔力で構成されているペリにはとても効果的だろう。
◇
「その炎には痛みはないが、体が朽ちていくのを見るのはさぞ苦痛だろう。ワタシは痛みを与えて快楽を覚えるほど悪趣味ではないからな。楽にしてやる」
「待っ……」
相手が何かを言いかけていたのをワタシは完全に無視し、躊躇いなく首を刎ね、胴体を一刀両断した。真っ二つに斬られた胴体は黒い塵のようになって消えていく。残った頭も、切断面から黒いあざのようなものが広がっていき、胴体と同じように完全に消えた。
「はぁ、やれやれ……刀があるのとないのとではここまで違うのか。あんなに苦戦していたのが嘘のようだな……」
敵によって相性というものは対人戦だろうと対ペリ戦であろうと存在するが、今回の一連の戦闘で自分が弱点を突かれれば、いかに無力かということを学ぶことができた。それを知ることができただけでも、今回のことはラッキーだったのだろうか。
「結界の崩壊がまだということは、ココノがまだ戦っているということか」
周りを見渡してもカゴメと戦う前と景色の変化はない。結界を支えていたのはやはりカゴメだけではなく、子供たちも関わっていたみたいだ。
しかし子供たちの相手をココノに任せている以上、ワタシが行ったところで足手まといになるだけだろう。消去法で考えるなら、次はウタの相手をするべきなのだが……。
ワタシは沈んでいく気持ちを感じながら、先ほどから狂犬の咆哮が聞こえる方を見る。そこには殴る、蹴る、砕くと実にシンプルな攻撃方法でゴーレムと戦っている奴の姿があった。
ウタは先ほどから観察をするように狂犬を見て、魔法を使っているようなそぶりを見せていた。直後、地面からゴーレムが出現しているように見える。
どうにかしてウタを止めなければ、ゴーレムは無限に沸くようだ。
「もしかしてアイツ……ずっとゴーレムを叩き潰していたのか……?」
仮にその通りだったとしたら、なんて無駄な時間を過ごしているのだろうか。怒りを通り越して呆れてしまうが、アイツがやらないのならワタシがやればいいだけと気づくのにはそう時間はかからなかった。
「邪魔なんだよ! どけ! 石ころ風情が!」
嬉々としながらまるで子供が自分で組み立てた積み木を倒すように大剣を振り回し、狂犬はゴーレムを壊していく。
「はぁ……」
その光景を離れてみていたワタシは思わずため息が出てしまう。ほんの少しでもアイツの腕に期待した自分を殴りたい。いくら攻撃力があったとしても、肝心の誰に攻撃するかという思考がアイツにあるわけがなかった。
「ココノが子供たちの処理をしている間に済むといいが」
ワタシはそう呟きながら、再度ウタに狙いを定める。恐らく、途中であのゴーレムに阻まれるだろう。となると、一気に近づいて首を刎ねるという攻撃手段はよくない。
「押していくしかない……か。あの狂犬と同じ戦法というのは癪だが……」
ゴーレムに邪魔されても対応できる攻撃なんて思いつかない今、一気にとはいかなくても無視して着実に進んでいくしかない。クナイを数本引き抜き、深く深呼吸するとウタに向かって駆けだす。
主に危害を加えるものとして反応したのか、狂犬と戦っているゴーレムのうち、数体がこちらに向かってきた。
「まぁ、当然来るよな」
ワタシは地面を蹴り、ゴーレムの上を跳んで進む。数体はそれで切り抜けられたが、あとから生み出されたのか、新たに現れたゴーレムが腕を振り上げてこちらに攻撃を仕掛けてくる。
迫る攻撃をギリギリまで引きつけて避け、持っているクナイの一本をゴーレムの頭部に投げる。一体攻撃が鈍くなった隙に、残りの数体の腕と胴体を瞬時に斬り捨て、踏み台にしてウタとの距離を着実に詰めていく。
「数が多い……」
だが、近づけば近づくだけ守りが強固になっていく。数は目視で十体。この守りをどう突破するか……。
考えているうちにゴーレムたちはこちらに攻撃をしようと腕を振りかざす……かと思えば、ゴーレムは自分の腕をもぎ取り、一斉にこちらに投げた。
「は!?」
突然のことで頭が真っ白になる。今、遮蔽物はない、このままでは直撃してしまう。流石に雪崩のように飛んでくる岩の塊をさばけるほどの技量は持ち合わせていない。
焦ってフリーズしかけているとき、とんできた岩の塊たちは当たる一歩手前で砕け散った。状況が飲み込めずに茫然としていると狂犬が吠える。
「おいおい! オレを無視して人鬼と遊ぶなんていい度胸じゃねぇか! 全部潰してやるからまとめて来いよ!」
耳障りな声のした方を見ると、嬉々とした表情で影から大剣を取り出し、剣を構えていた。
面倒なことに奴は影の能力を持っている。影の能力とは狂犬自身の影を用いた能力を指す。これは魔法ではなく、霊力という全く別の力らしい。霊力というのは潜在的に人間のみが使う力というのを聞いたことがあるが、詳しいことはわからない。狂犬はこの影の能力を直接戦闘に使っているわけではなく、武器を保管する武器庫のような使い方をしている。
状況から見るに、奴が持っていた大剣を落ちてくる岩に向かって投げたのだろう。それが結果的に助けられたという形になったのだろうか。
コイツに二度も助けられるとは……色々とこみあげてくる気持ちもあるが今は後だ。せっかく作られたチャンスを無駄にしないためにも、ワタシはゴーレムの隙間をかいくぐり、あと一歩というところまでたどり着いた。
「おやおや、ここまで来たのですか?」
相変わらずウタは余裕そうな態度を崩さない様子。まだ、罠でも張っているのだろうか?
ワタシは相手の問答を無視して、先ほどカゴメにしたように首を刎ねようと打刀をふるった。だが、その打刀は彼の首に当たる少し手前で止まってしまう。
「!?」
またしても何が起こったかわからず、ワタシは打刀を放して後ろに下がり、今度はベルトに固定していたクナイを数本引き抜き、全て彼に向けて投げるが、クナイが当たるか当たらないかのところで急に失速して落ちる。
「何故当たらない」
苛立つようにそう言うと、ワタシは短刀を引き抜き、再度彼の首を刎ねようと間合いを詰めて攻撃するが、打刀で攻撃した時と同じく当たる寸前で止まってしまう。
「良い刀ですね。これで攻撃されたペリはひとたまりもなさそうです。惜しい、実に惜しいです。もう一度聞きますが、本当にブルートに入るつもりはないのですか?」
「〝あぁ?」
思わずワタシは心底不快ということを口に漏らしてしまった。
コイツ……今の状況をわかっているのだろうか? 今、自分を殺そうとしている人物に対して出るセリフではない。理解できない。
直後、轟音が響いた。狂犬が叫んでいたものと比にならないようなレベルのものだ。ワタシは地面に落ちていた打刀の刃を足で軽く踏んで後ろに滑らし、武器をウタから遠ざけて自身も後ろに下がり距離を取る。ウタはこちらには見向きもせずに轟音が聞こえた方をじっと見ていた。
轟音が聞こえた方向は鳥居がいくつも並べられていた方だった。ワタシもその方向を見ると、赤黒い火柱がいくつも立ち、この世の光景とは思えないほど火の海になりかけていた。
「確かあの方向はココノが飛んでいった方だったはず……」
となると、あの赤黒い火はココノのものか? 鳥居をまとめて焼き払っているところを見れば、順調……とみていいのだろうか。
不安は残るが、今できることをしなければ。だが、ウタに物理攻撃は当たらない。感触的には見えない鎧か何かに攻撃を阻まれている感じだろうか。狂犬の音魔法が効かなかったのはあの見えない鎧のお陰ということになる。でなければ、カゴメを屠ったワタシの打刀の攻撃が通らなかった理由にならない。
「ヒャッハハハハハハ!!」
背後につんざくような笑い声、振り向くと黒い大剣が自分に向かって振り下ろされていた。反射でワタシは持っていた短刀で受け流し、大剣の持ち主のこめかみに向かって弧を描くように蹴りを入れ、吹き飛ばす。
だが、蹴られた当人はすぐに体勢を立て直してこちらにギラギラとした黄色の瞳を向けて叫び始める。
「オレの獲物を横取りするとはいい度胸じゃねぇか! 後にしてやったのにもかかわらず死にたいようだな!?」
「はぁ~?」
ストレスで胃に穴が空きそうな勢いだ。コイツと一緒に戦場に送り出される奴らには同情する。百歩譲ってウタを攻撃するのならわかる。傭兵もブルートを追っている組織だ。それならまだ筋が通る。だが、今この状況でワタシに攻撃を加える意図が全く理解できない。
「誰が! お前の! 獲物を! 横取りしようとした!? 空気が読めないのか!? お前の頭は石でも詰まっているのか!?」
「はぁ? 先に獲物を取ったのはテメェだろうが!」
「あー……もう、もういい、めんどくさい。会話もしたくない」
一度頭を冷やすように、額に手を添える。そもそも言葉でコミュニケーションを交わすということ自体やっても無駄なのだ。なら、取るべき手段は一つ。
殴って黙らす。コイツにかまっている時間自体が無駄だ。手早く終わらそう。
ワタシは短刀をしまって、地面に落ちていた打刀を拾い、構える。
互いに殺意をむき出した状態になる。話し合いでの休戦協定など組めるはずもない。
狂犬は目を細めると、大剣を軽々と持ち上げてこちらに攻撃を仕掛けてきた。
一気に間合いを詰めてきて横一文字に大剣をふるう。
ワタシは上に跳んでその攻撃を避け、体を捻って狂犬の首めがけて刀を振るうが、その攻撃を読まれていたのか刃が届く前に相手は後ろに跳んで回避した。
会話はもとより通じない相手だ。コミュニケーション方法はコイツの場合、殴り合うぐらいしかないだろう。たとえ互いに大けがをしようが関係ない。
「ケガのせいで息が上がっているんじゃないか? これだから年だけ食っている軟弱者は」
煽るようにニヤッと笑いながら狂犬は聞いてきた。
「お前と違ってワタシは戦うことが好きじゃねぇんだよ。この戦闘狂」
自身の湧き出る怒りを抑えて、ワタシはそう返した。
本当にこいつは腹が立つ。そもそも根本的にわかりあえない人種なのだろう。わかりあいたくもないが。
「戦場に軟弱者はいらねぇ、オレが消し飛ばしてやるよ」
狂犬は自身の首に手を当てて小声で呪文を唱え始めた。
おそらく、音魔法を使う気なのだろう。あの調子だと全力で攻撃を仕掛けてきそうだ。
「甘く見られたものだな」
狂犬の音魔法は本来のものと用途が違うため、攻撃する前には多少時間がかかる。全力の攻撃なら尚更だ。詠唱を終える前に喉を潰せば音魔法は発動できない。
ワタシはクナイを相手に向かって投げ、投げた直後に自身も狂犬に向かって走り出す。
月影は首に手を当てながらもう片方の手で大剣を持ち、クナイを大剣で払った。
相手がクナイに注目している隙に、脇腹付近を刀の峰の部分で躊躇いなく殴る。
バキッ。
殴ったときに何かが折れるような音がした。恐らく、肋骨の何本かが折れたのだろう。
「〝うっ……」
急所を突かれたので相手の表情は苦痛に歪み、詠唱も途切れた。
狂犬の動きが止まった。今の内に……ウタを倒さなくては。ココノが今どうなっているかも心配だ。
だが、ウタに攻撃を届かせるには何かが足りない。魔力ではない何か……そういえば傭兵は未知の力をそれぞれ会得していると聞くが……それはワタシの刀のように武器に宿すものだろうか……。
「わからないのなら実践あるのみだな」
ワタシは辺りを見回し、あるものを探す。
「あった」
最もウタに近い位置に落ちている狂犬が使っていた大剣を見つけると、ワタシは持っていた打刀をその場に刺し、走る。大剣は全体的に黒く、装飾もほぼないシンプルな作りだった。魔力を感じ取る力がないからか、この大剣から異質な力らしきものは感じない。
攻撃が通じるかどうかわからないがやってみるしかない。
ワタシは大剣の柄をもって持ち上げようとするが、思った以上に重量があり、一度大剣を落としてしまった。
「こんなの振り回して攻撃していたのか……?」
驚きのあまり手を放してしまったが、持てないわけではない。ワタシは再度柄を持ち、何とか担ぎ上げてウタに向かって駆ける。
この攻撃が通じなければ、ココノに頼るほか方法が思いつかない。今度はウタに近づいてもゴーレムは現れず、難なく間合いに入ることができた。
ワタシは大剣を担ぎながら上に跳び、渾身の力を込めてウタに叩き込んだ。だが、結果は変わらず、見えない鎧のようなものに防がれているかのように、当たる寸前のところで剣は止まってしまう。
「やはりだめか」
ワタシは大剣から手を放し、後ろに飛んで短刀を抜いて構える。
「ふむ、やはり手を取り合うつもりはないのですね。仕方ありません、今日のところは引き揚げましょう」
「引き揚げるだと……?」
このまま文字通り手も足も出ない状態なら、確かにコイツには消えてもらった方がいいが……何もせずにおとなしく帰るとは思わない。
「えぇ、またいつかお迎えに上がりましょう。貴女とは長い付き合いになりそうですし」
「気持ち悪いこと言っている暇があればとっとと死んでくれ」
「そうそう、一つ伝え忘れていたことがありました」
人の話を一切聞かず、ウタは話し続ける。まだ何か仕掛けてくるというのか……?
現状は攻撃する手段がない以上、今ワタシにできることは相手からの攻撃を回避してココノがこちらに来るまでの時間を稼ぐこと。ココノが来ても眼前の敵相手に通じる保証はないが、生存確率は一人でいるよりかはマシだろう。
ワタシは急いで地面に刺さっている打刀を抜き、やり投げの要領でウタめがけてまっすぐ投げた。
投げた打刀は文字通り風を斬りながらまっすぐに飛ぶが、ウタの胸部に刺さる直前で不自然に失速する。まるで壁に刀が突きささったかのようにピタッと止まったのだ。
「おやおや、穏やかではないですね。伝え忘れたと言うのは……」
彼が再び話し始めようとした瞬間、
「燃えなさい」
という声が聞こえた気がした。刹那、打刀から黒い閃光がほとばしり、光は炎となってウタを焦がす。
「あの炎は……」
「遅くなりました」
不意に声が近くなる。軽く振り返ると、三つ足の鴉の姿をしたココノが肩にとまっていた。
「随分とはやかったな。終わったのか?」
視線を前に戻してワタシは聞いた。ウタはまだ炎に包まれた状態ではあるが、油断はできない。黒い炎は人間に対して殺傷能力は低い。まだ敵は死んでいない以上、目を離すのは危険だ。
「はい……と言いたいところですが、まだ確認はしてないです。少し嫌な予感がしたので一度戻ってきました」
「嫌な予感?」
思わずオウム返しをしてしまった。ココノにしては珍しい、指示したことを中途半端にして帰ってくることは滅多にないが、何かあったのだろうか?
「そもそも貴女を一人にして、今回のようなことが起きているのにこれ以上孤立させるのはまずいと思ったのですよ」
内心考え事をしていると、ココノはそう言った。
確かに、ワタシが大けがした要因はココノと分離されたことが原因だ。それは確かに間違いないが、武器の補給……特に黒刀がある以上、そこまで重要視する必要もない気がする。
「そんなに気にすることか?」
「血だまりの中で倒れている貴女を見たこちらの身も少しは考えてください。本当に……本当に心配したのですよ」
再びワタシは視線をココノに向ける。鴉の姿であるため、表情は読み取りづらいが声色は明らかに普段とは違う。何かを恐れているような、ほんの少し震えている声だった。
「いえ、今すべき話ではないですね。忘れてください」
ココノは一度首を横に振り、彼女自身が燃やしたウタの方へと視線を向けた。続けてワタシも彼の方を見る。
◇
「さっきどうやって攻撃したんだ? 刀から急に炎が出てきたが」
「あぁ、簡単ですよ。あの刀に秘められている私の炎の出力を最大限出しただけです」
「そんなことできたのか?」
「まぁ、仕組みは口で説明すると難しいのでしませんが、そうですね。ですが、いささか手ごたえがありません。炎が効いていないのでしょうか?」
短刀、クナイ、狂犬の大剣、魔力のこもった打刀でさえ攻撃は通じなかった。ココノの炎でも通じないとなると、打つ手がない。
だが、ウタは結界を解除するのに自分を倒すこと自体には意味がないと言っていた。今ここで処理できればそれに越したことはないが、攻撃ができないのならウタをどうにかするよりも、結界の方を優先させた方がいい。
ひとまず優先するべきは結界の維持を担っている子供のペリの処理だろう。ココノが焼き払ったとはいえ、全て倒しきったわけではない。急がなくては薬の効果も持たない。
「オレを無視するんじゃねぇよ!」
雄叫びと共に狂犬は火に包まれているウタに向かって弾丸のようにまっすぐ切り込んでいく。先ほどあの大剣は防がれた。はじかれて終わりだろうと高をくくり鳥居へ向かおうと走り始めていたが、大剣は火だるま状態になっているウタを縦に切り裂いた。
「!?」
思わず駆けだしていた足を止める。
ワタシが先ほど使っていたのは紛れもなく、狂犬が使っていた大剣だ。しかし結果は攻撃が届かなかった。だが、狂犬が大剣を用いて攻撃した時はあの透明な鎧のようなものに阻まれることなく切り裂いた。
傭兵が用いる未知なる力だろうか……?
「なぁ、ココノ。お前の目から狂犬を見た時、何か特別な力とか使っているそぶりあったか?」
「いえ、そのようには見えませんでした。もっとも、私たちの目には見えない力という可能性もありますが」
「見えない力……ねぇ」
ココノの炎があの見えない鎧のようなものを弱体化させ、攻撃が届いたという可能性もあるが……今は確認しようがない。
どういう形であれ、ウタは先ほどの攻撃で致命傷を受けたはず。油断はできないが……。
しかし、彼は何か言いかけていた。伝え忘れていたこと……とは果たして戯言とすましていい内容だったのだろうか。
「ざまぁねぇな。おい人鬼! お前こんな弱っちいのに苦戦していたのか? 腕が落ちたんじゃねぇんか?」
我討ち取ったりといわんばかりに嬉々とした様子で奴は誇らしげにそういう。
「うるさい黙れ、口を開くな」
対してワタシは反射でそう言ったものの、奴の言葉があまり頭に入っていない。本当にウタは絶命したのかという疑念が晴れない。
ココノの黒い炎と狂犬の大剣によって確かに眼前で黒焦げになった後、真っ二つに斬られた。それは事実だ。事実だが……何かが引っかかる。
狂犬がもう原形もないウタだったものを踏みつける光景を見ながらワタシは憂鬱気にそう考えていた。
◇
「さぁて、あのよくわからねぇ仮面男も殺したし、宣言通りてめぇを殺してやるよ」
考えているのもつかの間、狂犬はいつの間にか標的をこちらに切り替え、あからさまに殺気をぶつける。
「ワタシはクソガキにかまっている暇はないんだが?」
「あぁ? 誰がガキだ? オレはもう成人女性だっつーの。見てわからないのか?」
「実年齢の話じゃねぇよ。精神年齢五歳児が」
カゴメとウタが倒れた今、残すはこの結界に入って最初に会った子供たちのみとなった。結界を解除するには、子供たちをどうにかしなければならない。そのためには、今目の前にいるうるさい奴をもう一度黙らせなければならない。
先ほどの戦闘ではほぼ無傷で済んだが、薬の効果時間が心配だ。狂犬をまともに相手していては時間が足りないだろう。
ここは手分けして探すか。
「ココノ」
「いやです」
即答か……。まぁ、薄々わかっていたけれど。
「貴女のことです。また別行動をとるっていうのでしょう?」
「だってお前、さっき子供たちを処理しきれていないって言ってただろう? だが、目の前に狂犬がいる以上、一緒に行動していたら時間ロスだ。別行動をとったほうがいいと思うが?」
「以前、町中で月島 影と戦ったとき、私が少し目を離したすきに理性が飛びかけるぐらい大げんかしたことをお忘れですか?」
「あー……」
去年ぐらいのことだろうか。傭兵が町中に潜伏しているという情報をマスターから聞き、調査してみるとばったり狂犬と出会い、戦闘になったときがあった。あまり記憶にはないが、傭兵たちを追い払ったときには町は半壊状態になっていた。幸い、時間帯は深夜だったので、モモが転送魔法を用いて住人を避難させていたが、建物の修復には朝まで時間がかかり、その後モモに一喝されていた。
だが、あれはワタシ一人の問題ではない気がする。傭兵は組織的に行動しているので、町中に潜伏していたのは狂犬一人だけではなかった。それに、喧嘩を売ってきたのはあちらだ。ワタシは悪くない。
「とはいえ、仕事を与えられてやり残すというのも性に合いません。仕方ないですね……」
ため息交じりにココノは肩から降り、人型になる。どうやら、また子供たちを処理するために戻るみたいだ。
「無茶をするなって言っても絶対に聞かないでしょうけど、せめて命を大事にしてください。それと、これを渡しておきましょうか」
ココノはそう言うと一枚の黒い羽根を渡す。受け取ってまじまじと見てみると、光を反射して輝いているように見える。
「これは? お前の羽根か?」
「えぇ。いざというときに一言、『焦がせ』と言ってみてください。自分の命が危ない時にちゃんと言うのですよ?」
「あぁ……」
ワタシは曖昧にそう返事する。言っていることがよくわからないが、とりあえず危ない時にそう言えばいいということだけ理解しておけば問題ないだろう。
「さて、やるか」
落ちている打刀を拾い、構えた。
ココノはそれと同時に鳥居の方向へ鴉の姿に戻り、飛び去って行く。
「やっと終わったか? 随分長い話だったな」
「へぇ。お前、待てができたんだな。狂犬のくせにそこはお利口じゃないか」
ココノの強さは、おそらく傭兵の連中もわかっているのだろう。全力を出せば町くらいの規模を消し炭にすることだって可能なうえ、魔力を持っている者にとっては天敵といっても過言ではない「黒い炎」が使える。どうやらそんな奴相手に特攻していくほど、こいつは馬鹿ではないようだ。
「使い魔がいなければ何もできねぇ奴に言われたくねぇな」
相手は武器を構える。
「それは誰よりもワタシが理解しているが、お前に言われると腹が立つ」
ワタシはそう言うと、打刀を構える。
その時だった。視界がぐにゃりと歪み、立てなくなるほどの強いめまいに襲われ、急に鈍器で頭を殴られたような衝撃を受けた後、激痛が襲ってきた。
とうに限界を超えていたつけが回ってきた。足で踏ん張って立とうとするが力が入らずそのまま前に倒れてしまう。
「あ?」
「ゲホッガハッ……」
咳が止まらない。あの薬の副作用か……? だが、効果が切れるには早すぎる。
呼吸がまともにできない。吸うたびに苦しくなり、咳が出てしまう。頭の中に棘だらけのウジ虫が暴れているような激痛がする。なんだこれは……。痛みで発狂しそうなほどの強烈さだ。気絶はしまいとこらえているが、四肢に力が入らない。
声を出そうにも咳込んでしまって、言葉にできない。全く、自分の不運さには一周回って笑えてくる。
「伝え忘れていたこと。それは貴女に与えた魔力のことです」
どこからか聞き覚えのある声が聞こえる。それもついさっき息絶えたはずの男の声だ。
視界が歪み、どこになにがあるか見えない。いつどのタイミングで何をされた?
何故死んだ奴が……? 幻か? 全く違う人物を殺して、本物のアイツは生きていた……?
ワタシが苦しんでいるのを観察するようにこちらを静かに見ていたウタが唐突に口を開く。
「魔力といっても貴女にとっては猛毒かもしれませんが」
しかし、幻聴にしては声がはっきりと聞こえる。何がどうなっている。一体今日はどれだけ面倒ごとに巻き込まれなければいけないんだ。
「おいお前。さっきオレが殺したよな? なんで勝手に生き返ってるんだよ。死んだんなら大人しく死んどけよ。てめぇのお遊びに付き合う暇なんてオレにはねぇし、何より飽きたんだよ」
かなり理不尽な理由で奴はそう文句を言う。遊びに付き合う暇がないのなら、私のことも放っておいてほしいものだ。
「おやおや、これは手厳しい。しかし、私にとって肉体の消滅は死に値しない。だからこうして貴女の前に立つことができるのです。ゴーレムが気に入らないのなら別のものを作ってきましょうか?」
「あ? 飽きたって言ってんだろうが。頭沸いてんのかテメェ」
狂犬は心底不機嫌そうな声でそう言う。会話が成り立っていない……。いや、それより……肉体の消滅は死に値しない……? どういうことだ?
「それより、てめぇがなんかしたのか?」
「おや、彼女が受けている魔法のことですか? 興味があるのですか? 貴女は彼女と犬猿の仲に見えましたが」
「確かにコイツは嫌いだが、毒殺なんざしようとする卑怯モンはもっと嫌いだ」
低く威圧するように狂犬は言った。どうやら相手の出方をうかがっているだけで攻撃は仕掛けていないらしい。
流石の脳筋でも目の前で正体不明の攻撃に苦しんでいるワタシを見れば慎重にはなるか。
「何を……した……」
ふり絞るように何とか声を出す。痛みで今にも叫び散らしそうだがかろうじて抑える。そんな惨めなことをしても仕方がない。
「まだ口が利けるとはやはり貴女は素晴らしい」
また大げさに拍手をしたのか手をたたく音が聞こえた。
痛みは時間が経つごとに増していく。せめて立てるぐらいまでにしたいが、疲労とダメージが蓄積していて体が重い。
魔力……と言っていたが、いったいいつ攻撃された……?
クソッ頭が痛くて普段以上に頭が回らん。
無我夢中で腰に固定していたクナイをまだかろうじて動かせる右手でつかみ、左手に向かって勢いよく突き刺した。
「はぁ……はぁ……」
痛みが左手に集中し、全身の痛みがマシになったのでよろよろと何とか立ち上がる。視界がかすむ、気を抜けば倒れそうだ。立っているのもやっとで果たしてまだ戦えるのだろうか。
「おい人鬼、今にも死にそうだが楽になりたいなら首をはねてやってもいいぞ」
「だれが……死ぬか……」
左手に深々と刺さっているクナイを抜き、逆手に持って構える。
だが、視界がかすんで前が見えず呼吸をするのも苦しい状態では到底戦えない。
「何をしたと言っていましたね、魔法の発動もうまくいったことです。お教えしましょう」
こちらが攻撃できないと見越してかウタはワタシの問いに答えてくれるようだ。
クソッ時間が経てば経つほどまた頭痛がひどくなってくる。ただでさえ、肉体に負荷をかける薬を飲んでいる、これ以上無茶が続けば、再起不能になりかねない。
「貴女の中にある毒は一種の魔法。それも簡単に無害化されないように調整した複雑な魔法。二つの違う魔法を組み合わせて作った試作品です」
そこまで言ったとき、しびれを切らしたのか狂犬が手にしていた大剣をウタに向けて回転を加えて投げた。
「話が長い上にオレには関係ない内容だろ。逃げるか死ぬかどっちかにしろ」
そう言い、自身の影からずっと使用していた大剣を取り出し、ウタに向けて走り出す。
「短気なのはいただけないですね」
彼はそう言うと指を鳴らした。すると、地面からまたあの岩の化け物が数体出てきて狂犬の前に立ちはだかり、そのうちの一体は投げた大剣を防いだ。だが、その防いだゴーレムは大剣の威力が高すぎて砕け散ってしまった。
それを見越してウタは十体近くのゴーレムをまた召喚させる。
「話を続けましょう」
ウタは何事もなかったかのようにまた淡々と話をつづけた。
「ではそのような魔法がどうして貴女の中で今発動しているかですが、魔法の下準備としてまず、ベースとなる魔力を微量でも貴女に与えなくてはいけません。この魔力は直接体内に取り込んでしまうとめまいや吐き気に急激に襲われ、その場にしばらく立てなくなりますが、その症状はしばらくすると回復します」
ウタのいうことには心当たりがあった。最初にカゴメと会った時だ。あの時は勝手に自身の睡眠不足かと思っていたが、まさかあの時から攻撃されていたとは……。
「そして、次にまた別の魔力を今度は大量に入れなくてはいけません。術式を組んだうえで魔力を相手に注ぎ込むのはかなり難しいですが、武器に術式を組み、大量の魔力を注ぎ込んだ状態で相手に攻撃すれば傷口から体内に入っていき、やがて最初に入れたベースとなる魔力と混ざり合う。そして、全く違う魔法に変わり体を蝕む毒となります。発動条件が揃っていたので今回試してみたのですが、成功したみたいで安心しました」
なるほど……あの時モモが感じていた魔力というのは毒だったのか。
だが、ここですべてを知っても仕方がない。今更知ったところでワタシが魔力を使えない以上この毒を中和させるようなことはできないだろう。
「さて、どうですか? ブルートに入るという話は聞き入れてくれますか?」
「ゴホッ……お前には……記憶力がないのか……? 百歩……譲っても……お前の……組織に入るつもりは……ない」
「そうですか……ではやむを得ないですね」
彼はそう言って一度だけ手をパンと叩くと二十体以上のゴーレムが一斉に地面から出てきた。
「この空間は良い。こうやって私のゴーレムを同時に生み出しても肉体に負荷がかからない。何かと試すのにはいい場所ですが、なにせ限定的な空間なので永続的に維持できないのが残念です。材料が現地調達というのが一番の要因ですが。では、私はこれで」
彼は一方的にそう言い残して姿を消した。
「現地調達……だと?」
現地というのは天池町のことを指すのだろう。
確かに、ペリ一個人が生み出せる結界の広さではない。それこそ複数のペリや人間の魔力がないとこんな空間作り出せない。
魔力の調達……おそらくそれは町中にいたペリ。廃工場と神社に何かしらのペリが集まる起因を作って回収し、魔力に変換したのだろう。
だが人間は……? ここには生存者はいなかった。倒れていた鳥居など争った形跡はあるが……死体はなかった。彼らはどこへ行った?
「チッ、またこいつらか。人鬼、まだ戦えるのなら手伝え。てめぇはそのあとにぶっ潰す。動けないならくたばってろ」
ぶっきらぼうな声が聞こえた直後、大きな衝撃音が聞こえた。どうやら片っ端からこのゴーレムと言われる岩の化け物を潰していくみたいだ。
全く、こっちは死にかけているのに戦えとは……人の心を持っているのだろうか。コイツは……。
満身創痍であるにもかかわらず、ゴーレムの数体はこちらに近づいてくる。
ゴーレムは自分の腕の岩をはがし、またこちらに一斉に投げた。少しでも動くたびに激痛が全身を駆け巡るが、ワタシは構わずクナイを複数ゴーレムに投げる。
しかし、体が思ったように動かず、クナイはあらぬ方向へとんでしまう。
「手足が……しびれる……」
強力な毒でも盛られた感覚だ。モモが魔力の異変を指摘した時に気づくべきだった。ゴーレムがとばした岩の一部がワタシの左腕に直撃する。
割り箸を複数本まとめて折るような音が響いた。
「これは、腕折れたな……」
左腕を動かそうとしてもピクリとも動かない。もうこれは使えないな……。
右手で打刀を持ち、かろうじて構える。視界が霞み、ゴーレムが正確に何体いるのか把握ができない。カゴメからの攻撃を受けた時より、この体は使い物にならないようになっている。
「やるだけ……やるしかない。見えないのなら……近づいて斬ればいいだけだ」
ワタシは打刀を持つ手に力をこめ、踏み込むと同時に刀を前に突き出し、駆ける。ある程度進むと硬い何かに深々と刺さった。
「ここか、ここまで近づけば流石に見えるな」
ワタシは刀を放して上に跳ぶと、頭部に乗ってしがみつく。そして腰から残り少ないクナイを抜き、渾身の力を込めて突き刺した。
ゴーレムはボロボロと崩れて原形がなくなったが他のゴーレムがまた襲ってくる。
「邪魔だ」
そんな時、唐突に背後から声が聞こえた。その直後、周りにいるゴーレムはことごとく潰れていく。
「ったく、こんな雑魚に手間取るなんてよっぽど重傷みたいだな?」
最後の一体を潰し、狂犬は見下すようにそう言った。重傷者に戦えという方がイカれている。
「そう……思うんなら……もうちょい……丁重に扱え」
ワタシは霞む視界で狂犬と思わしき影を睨みつける。視界がはっきりしない、ウタの言っていた魔法の影響だろうか。
しかし、ココノが子供たちを処理するまで時間を稼がなくてはならない。先ほど狂犬がゴーレムを潰していったが、まだ数はいる……というより、増えている気がする。
「チッ、潰しても潰しても出てくるなんてハエみてぇだな。鬱陶しい」
狂犬はそう言うと、またゴーレムを一体一体潰しにいった。
ワタシも何とか生き残るためにゴーレムを倒さなくては……。そう思い、刀を構えなおしたとき、背後から殺気とも敵意ともいえない異質な気配を感じた。振り向いてはいけないと本能的に感じるような危険な気配。咄嗟に横に回避しようとするが、右のわき腹に冷たいものが貫通した。口を開こうとすると声は出ず、代わりに赤い液体が口から出てくる。やがて冷たく感じていたものは、急に焼けるような熱い痛みに変わる。この痛みの感覚は……。ワタシは痛みの感じる方を見ると、案の定刀が脇腹を背後から貫いていた。
「フフッ随分とお疲れの様子ですね。隙だらけでしたよ?」
「おま……え、ウッ……」
刀を強引に抜かれ、傷口からは血があふれてくる。背後を見ると、そこには消滅したはずのカゴメが血の付いた刀を持って微笑んで立っていた。
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