第6話 一難去って
「お前……」
眼前にいるペリを睨みつけ声を絞り出す。
「そんなに怖い顔で睨まないでください。子供たちが怯えてしまいます」
ペリは余裕そうにワタシに笑いかけ、血が滴っている刀をこちらに向けていた。
「ここで何度か戦ってきましたが、流石に貴女ともなると少しひやひやしましたよ。ですが、その傷だとまともに動けそうにないですね」
何とか立って相手を睨むが、人外相手には見栄はあまり意味がない。最も背中にこんな大けがを負っていれば、それどころではないと思うが。
「この空間はお前の結界か何かなのか? あまりにも異質すぎるうえにこの広さの結界となると相当な魔力が必要になるはずだ」
「えぇ、そのとおりです。ここは私の結界。魔力は少し別の方に借りていますが、この空間自体は私が作りました」
別のもの、協力者の人間か。ブルートかはたまた別のやつらか。少なくともここまでする奴らだ。素人ではない。
「実はですね、貴女に会いたいという方がいるのですよ。あまり傷つけずに済ませたかったのですが……まさか反撃をしてくるとは予想していませんでした。想像以上に深手を負わしてしまいましたが、まぁ貴女のことです。死にはしないでしょう?」
「今まさに死にかけている奴を目の前にしてよくもそんなセリフが吐けるな」
戦況は厳しい。相手は人間ではなくペリ、それにあのワタシを斬った刀。あれはただの刀ではない。少なくともこのコートを貫通するほどの魔力が込められている。
今のワタシの装備であと一撃でも攻撃されれば、体がもたない。
おまけにあの謎の移動手段。歌を歌い終わった後、必ず背後をとられると仮定すれば現状勝ち目がない。
背中がズキズキと痛み、傷口から流れる血が止まらない。このまま止血をしなければ失血死するだろう。
「おかしいですね。貴女は〈門番〉として天池町を守っていると聞きました。それとも、黒い炎がなければその程度の人間なのですか?」
眼前のペリは煽るようにそう言う。
門番とはワタシが書斎の鍵として担う役職名のこと。主な役割としては書斎を守ることだ。書斎の目的はあくまでブルートを潰すこと。そのため、本来は町を守る必要はないが、書斎の安全を確保するためにはおのずと町の治安維持も必要になってくる。町の見回りをやっていたのもその一環だ。
「門番なんて名前だけだ。お前の言う通り、ワタシは魔法なしではお前に傷をつけることもできない。普通に考えれば、勝ち目はないだろうな」
そう吐き捨てるように言ったあと、ワタシはペリをまっすぐ見据えて短刀を逆手持ちに構えた。
「だが、お前の言うことを聞く気はない。ワタシは役割を全うするだけだ」
書斎、および町に攻撃を与えるものの排除もワタシの仕事だ。今こうやって眼前にいる敵意をあらわにしたペリも排除しなければならない。だが、現状は実力不足でこの空間から出ることもかなわない。生還できるかどうかはわからないが、職務放棄するわけにもいかないだろう。
「なるほど……。あくまでも抵抗するというわけですね」
ペリは感情なくそう言うと姿を消した。直後目の前に現れ、刀を振り下ろす。
攻撃を受けた時点で致命傷を負いかねない。避けるか、最悪受け流すしかない。
ワタシは横に転がるようによけ、一旦距離をとる。そのまま一度敵のいないところまで逃げて背中の傷をなんとかしたかったが、敵はそう簡単に逃がしてくれなかった。
すぐに第二の攻撃が眼前に迫り、これもなんとかのけぞって避ける。
その後、次の攻撃に備えて動けるように体勢を整えたが、第三の攻撃は来なかった。
「攻撃をしてこないのですか?」
ペリは余裕そうに微笑み、挑発するように刀を構えず無防備に立っていた。
相手はこっちが攻撃できないことを見越してそう言っているのだろう。
仮に敵が実体のある人間であれば、たとえワタシが背中に傷を負ったとしても、相手が高い魔力のこもった武器を持っていたとしても希望はあったのだが、今相対している敵は実体のないペリ。この空間に入ってすぐに出会った子供たちと同様、魔力がなければ相手を傷つけることすら敵わないだろう。おまけに彼女が持っている刀には今着ている特別製の黒コートを貫通するほどの魔力が込められている。
つまり、あちらから攻撃はできてもこちらから攻撃することはできない。ワタシにも魔法が使えれば可能性はあるが、今のワタシにはココノがいないため魔法を使うことができない。
魔力がなければあのペリには勝てない。
ワタシは思わず歯ぎしりをする。自分の欠点をつかれるとここまで無力なのか。
「必死に考えていても無駄だと思いますよ。時間稼ぎをしても貴女のお仲間さんがこの場所を見つけることは不可能です。それに貴女は黒い炎を使えない。その時点で私との勝負はついているようなものです。死にたくないのならおとなしく言うことを聞いていた方がまだ賢い判断だと思いますが?」
「賢い判断? そっちにとって都合のいい判断の間違いだろ」
ワタシはそう言うと隠し持っていたクナイを数本片手に持ち、そのまま相手の眉間やみぞおち、腹部に向けて同時に投げる。クナイはまっすぐ飛び狙い通りの場所に到達するが、鉄製のためペリをすり抜けてそのまま地面に落ちた。
「こうも手ごたえがないと一周回って笑えてくるな」
打開策が全く思いつかない。このままでは本当に詰んでしまう。まだ和装のペリと子供たちが一斉に来ていないだけマシではあるが、攻撃手段が残されていないのでは話にならない。
「この状況でまだそんなに動けるなんて……そこまでしてあがく意味はあるのですか?」
変わらず彼女は無防備に武器を構えず、こちらに視線を向けて話す。
「ワタシは仕事をしているだけだ。それに、少しでもワタシがこの空間で粘っていれば救援は来なくとも異変に気付いてくれる奴らがいる。最悪くたばっても、他の誰かがどうにかしてくれるだろ」
本音を言うのであれば死ぬことは避けたい。ワタシがただ死ぬだけであれば何も問題はないが、ココノとの使い魔契約を結んでいる状態で自身の死体が悪用されれば何が起こるかわからない。モモがどうにか対処をしてくれることを願うが、最悪の事態は避けなければならない。
いつ攻撃が飛んでくるかわからない状況下で不意にペリが口を開く。
「……先ほどから妙だと思っていましたが……貴女、よっぽど自分に興味がないのですね」
「は?」
急に何の話だ? 軽い混乱に陥っていると、ペリは話を続ける。
「先ほどの話、聞けば自身が死ぬことを前提としているようなものじゃないですか。背中に傷を負っている状態で恐怖も感じずにそのセリフが吐けるなんて、よっぽど自分の命がどうでもいいと思っていなければでませんよ。貴女、よく外れた思考を持っているとか言われませんか?」
「どうでもいいなんて思っていない。ただ、ワタシには優先順位があるだけだ。考えるのも面倒だしな。死ぬときは死ぬ、それは人間である以上仕方ないことだろう? まぁ、最後の最後まで足掻きはするがな? 痛いのは嫌だし」
背中の傷からどくどくと血が流れていくのを感じながらワタシはそう言った。これは見栄を張っているわけではなく、自分なりの本音だ。
生があるのなら、腐りもするし、老いもする。そしてやがて死が待っているだろう。それは人間として生まれたのなら仕方のないことだ。これを覆そうとするのなら、人間というくくりから抜けるしかないだろう。
「それはそれは。諦めているわけではないのですね。ですが」
そこまでいうと、ペリは言葉を区切って刀の刃をこちらに向けた。命を獲る気はないと言っていたが、油断はできない状態だ。
「今の状況、貴女はわかっていますか? 私に傷をつけることもできず、ましてやこの空間から出ることもできない。貴女の命は私の気分次第で尽きるのですよ?」
「ほぅ? だが、ワタシは今生きている。それに、ワタシを殺すのはまずいのだろう?」
そこまで言うと和装のペリは一気に距離を詰め、持っている刀を横一文字に振るう。その動きと同時にワタシは一度身を低くして攻撃を避け、そのまま前に駆け、ペリの懐を抜ける。
本来、通常の人間は実体のないペリに対して触れることすらできない。それは、魔力をほぼ持たないワタシにも当てはまることだ。反撃をしても無駄とわかっているため、相手の攻撃は避けるしかない。
だが、これは時間稼ぎに過ぎない。ココノさえいてくれれば……。
考えろ。この状況を打開するにはどうすればいい。
圧倒的に不利な状態、体勢を立て直すために逃げることもできず、傷の応急処置すらできない緊迫した状況。
ココノやモモなら魔力がある。だが、ワタシにはない……。
逆に……ワタシにあるものはなんだ……?
「無駄と言っているじゃないですか」
横から声が聞こえた。
避けられない。直感でそう思ったワタシはほぼ無意識に和装のペリの方を向いて短刀で受け流そうとするが、ペリの攻撃はワタシの短刀をすり抜け、吸い込まれるように肩から腰にかけて斜めに切り裂いた。
鮮やかな赤色がワタシの体から噴き出る。これが自身の血だと理解すると、先ほど背中に受けた、あの耐えがたい熱い痛みが襲い掛かる。
「どう……なって?」
何とか後ろに下がり距離を取るが、受けた傷は深い。背中だけではなく、真正面から攻撃をもろに受けるとは……。
自分の目がおかしくなければ、和装のペリが持っている刀がワタシの短刀をすり抜けたように見えた。ということは、あの刀にも実体がないということか……?
「予想通りの反応ありがとうございます。これでわかりましたね? 先ほど子供たちと戯れた時のように、相手の攻撃を逆手に取る手段も通じませんよ? それとも、そんなに深手を負っているのに、まだ理解できないというつもりですか?」
和装のペリはワタシの血で染まった刀をちらつかせた。こちらの手段を全て熟知している様子だ。黒い炎についても知っている口ぶりから、最初からワタシ狙いなのは確実。それなら当然ワタシ単独ではいかに無力かということは理解しているだろう。
「まぁ、これ以上逃げられても困りますし、両足の筋くらいは斬っておきましょうか。そうすれば、貴女は逃げることすらできなくなるでしょう?」
和装のペリはそう言うとゆっくりこちらに近づいてくる。宣言通り、ワタシの逃げる手段を削いで戦意を喪失させるつもりなのだろう。
今の手持ちの武器では確かに勝てない。この短刀は所詮鉄製の短刀だ。魔力も何も籠っていない。だから、短刀で攻撃が防げなかった。
チッ……時間がない、これだから考えるのは苦手なんだよ。本当に突破口はないのか? 死ぬしかないのならそれはそれで仕方ないが、死に場所くらいは自分で決めたい。
ペリは近づいてくる。ゆっくりとした歩みで着実にワタシとの距離を詰めている。
……。
………。
思いつかない……。やはりモモのように状況を分析して最善の手を打つことはワタシにはできない。
昔、似たような状況があったはずだ。ココノとワタシが分断されこちらの攻撃が通じないとき、どうやってそこから生き抜いた?
……。
………。
額に嫌な汗が流れる。どう考えてもここから逆転する方法が思いつかない。傷からの出血がとまらず、ペリも油断しきった表情でこちらに近づいてくる。下手に動けば一気に距離を詰め、手に持っている刀でワタシを斬るだろう。
……。
………。
今まで経験してきたことの中で何か方法はないか……? この場を一発逆転する方法……。
手持ちの武器はクナイと短刀、あとはワイヤーぐらいか……どれも魔力の籠っていない鉄製のもの。対して相手の持つ刀は、高密度な魔力がこもっている上、おそらく実体がない。だからさっきは短刀では受けきれずに深手を負った……?
なんだ? 何かが引っかかる。でも……何に?
もうあと数歩という距離でペリは立ち止まり、
「覚悟は決まりましたか?」
とワタシに聞いた。
その時に向けられた刀を見て、ワタシはある策を思いつく。いや、策と呼ぶにはあまりにも穴だらけだが、今は他に方法がない。
「あぁ、決まったよ」
ワタシは構えを解き、短刀を手放した。
「そうですか。無駄な時間を過ごしました」
ワタシの行動を見てペリは刀を消失させる。どうやら降参の意志とみなして相手も武器を手放したようだ。
「お前を殺す覚悟がな」
「!?」
ハッキリと口にしたワタシの言葉にペリは驚き、一瞬だけ動きが止まった。
その隙をワタシは逃さず、瞬時に手放した短刀を拾い、すぐにその場を離れるように全力で駆ける。
時間は多く残されていない。なるべく距離をとり、時間を稼がなければ。その稼いだ時間の中でどれだけできるかがカギだ。
傷の痛みが増す。こんな大けがを負った後に全力で走り始めれば傷も悪化するのは当然だ。応急手当をしなければさらに悪化するだろうが今は気にしている余裕はない。
不意に背後から強い殺気を感じる。恐らく、和装のペリが追いかけてきたのだろう。ワタシは咄嗟に横に跳んで回避する。直後、先ほどまでワタシがいた場所には刀の軌道が見えた。回避行動をとらなければ真っ二つに斬られていただろう。
「アンタ、殺す気がないとか嘘だったんじゃないか?」
「貴女に嘘つき呼ばわりされる筋合いはないですね」
相手はそう言うと深く踏み込み、一気に距離を詰めようとする。
「そう何度も間合いに易々と入れると思うなよ」
ワタシはペリが走り出したタイミングで持っていた短刀を躊躇いなく自分の左手に刺し、すぐに抜いてペリに向かって投げた。
「!」
相手は攻撃が通じないと思い、ワタシの投げた短刀をよけずに向かってきたが、投げた短刀はペリの片足に深々と刺さり体勢を崩し失速していった。
「なん……で……?」
理解できないという様子でそうペリが言っていた。どうやらワタシの勘は当たっていたらしい。
その様子を見てその場を全速力で離れた。
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