第5話 子供遊び

「体が重たい……」

 翌日の夕方四時ごろ、ココノの許しを得たのでワタシは神社に向かうことにしたのだが、病み上がりの体で二時間近く歩くのは流石に無茶だった。

「全く、無茶して体を動かそうとするからですよ。それにしても、夜の見回りではないのに黒コートを着るなんて珍しいですね」

「念のためってところだな」


 ワタシが今着ている黒コートは書斎の鍵の活動をするときのみ身に着けるもの。いわば仕事着だ。

 このコートは特別製だ。ワタシが普段着用するモモが作った服と同様、ココノの火に燃えないだけではなく外からの衝撃にとても強い。多少魔力の籠っている貫通性の高い銃弾でもはじき返すぐらいの耐久性を持っているので、敵陣のど真ん中にいてもハチの巣にされることはない。

 大変便利なコートではあるが、その分非常にコストが高い。素材も高い上に服に仕立てるには通常だと早くても五年かかるらしい。しかしモモはなんと一年で仕立てていた。そして渡すときに

「便利だけど過信せずに使ってね。すぐダメにされてもう一度作るのは流石に疲れるわ」

と連日徹夜をしたのであろう証なのか目の下に濃いクマを作って言っていた。


「まぁ、保険みたいなものだ。というか、何故お前は影じゃなくて人型でついてきてるんだ?」

「はて? あなたは先日倒れた体調不良者ということをお忘れですか?」

 ココノは明るく、しかし威圧的な声でそう答える。ワタシは何も言わないことにした。

 対して彼女は切り替えるようにひとつため息をしたあと、先ほどからワタシに何度も問いかけていることを言う。

「それより、本当に神社に行くのですか? もっと体調を回復させてからの方がいいのでは?」

「お前、五分に一回はそれ言っているな……そんなに不安か?」

「当然です。自身の体調もろくにわからない仕事馬鹿が目の前にいるのですもの。私の本当の姿は鴉の姿であって、今の姿は魔力で形を変質させているにすぎません。魔力が枯渇すればこの姿を維持できなくなり、貴女のサポートをすることができないのです。現状の貴女の体調は万全でない以上、不安にもなります」

 ココノの人型についてはワタシには正直わからないことが多い。本人はモモに教えてもらったとしか言わず、それ以上詳しいことは教えてもらえなかった。

影の中にココノがいないとき、モモに人型について聞いたことがあった。彼女曰く、モモ自身が教えたわけではなく、ただモモの使い魔が自身の姿を変えるところをココノが目撃し、それをまねて現在の姿になったという。度々人型についてモモに聞くこともあったらしいが、鴉の姿から人型へ変化する魔法についてはほぼ独学でできるようになったとのこと。

ペリが人型になるのは珍しいことではないが、それは実体がない場合が多い。何にも触れられることができない彼らは、自身の形を環境によって合わせて生き残っている。生物にいいかえると進化のようなものだが、実体があるのとないのでは難易度が違ってくる。実体がある方が魔力を多く持っているが、大抵は一つの姿しかもたない。理由としては肉体を変化するときに実体があるとその分、より多くの魔力を消費することになるからだ。必要もないのにわざわざ姿を変えるものはいないだろう。

ココノの場合はワタシの影を住処としているが実体はある。しかし、彼女がどれくらいの魔力を持っているかは正直なところわからない。だが、自身の体を人型に変化するだけの力は持っているのだろう。

だが、何故彼女は人型の姿をしたいのだろうか。いまだにそれがわからない。


「ヒスイ? 私の話聞いています?」

「え?」

 歩きながら考え事をしていたので周りの音が聞こえていなかった。どうやらココノが何か話していたらしい。

「全く、考え事をしているときは本当に周りが見えていない上、聞こえていないのですね……」

 若干の呆れた声が聞こえる。

 確かにワタシは一人で色々と考え込んでしまう癖がある。せめて誰かといるときくらいは話を聞くように意識はしているが、癖はなかなか直らない。

「すまん、何の話をしていたんだ?」

「今から向かう天池神社のことですよ。そもそもあそこはこの町の守り神として祀られているペリがいるはずですが、今じゃ無法地帯になっているのはおかしいと思いませんか」

「守り神……?」

 あの神社には守り神がいたのか? たしかに神社である以上、何かしらの神様が祀られているだろうとは思うが……。

「まさかとは思いますが、知らない上で調査しようとしていたのですか?」

「……」

 図星を言われて思わず黙ってしまう。これは小言の一つや二つ飛んできそうだ……。

「せめて下調べしてから現地に行くという考えをいつになったらお持ちになるのです? 主殿? 行き当たりばったりばかりではいけないとかなり前から言っていましたよね?」

 現地に着くまでこれは説教が続きそうだ……。いつも聞き流しているのがまずかったみたいだが、興味のないことはだいたい聞き流してしまうので説教の八割は頭には入っていない。

 今も後ろでくどくど何か言っているがほぼ何を言っているかは聞こえていない。この癖も直さないといけないが……真正面から説教を聞くのは疲れるから嫌なんだよな……。


 それから神社に着くまでココノの説教は続いたが、大体は聞き流したのでそんなに苦痛ではなかった。

「それで、例の和装のペリを探すのですか? それとも裏の雑木林に?」

「そうだな。とりあえずココノは雑木林を見に行ってくれ。ワタシは件のペリを探してくる。夕方から夜にかけてはペリが一番出現する時間帯だ。ここが住処というのなら和装のペリは見つかるだろう。それに容姿を知っているのはワタシしかいない」

 そういうとココノは目を細め、ワタシを見た。

「どうした?」

「ここに来るときにいった約束。覚えていますよね?」

「あー……」

 ワタシは苦笑いをして頭をかく。

 忘れたわけではない。ココノとの約束、それは「無茶をしない」だ。

 約束が守れないわけではないが、果たして逃げるという選択肢がワタシの脳裏に浮かぶかどうか……。

 だが、今ここで守れないと言えばココノはワタシを強制的に家に連れ帰る気だろう。それだとここまで来た意味がない。

「善処は……するよ。善処は」

 約束をすると言い切れないのは自身の性格上、無茶をしない保証がないからだ。

 守らなかった場合自分の身になにが起きるかはあまり想像したくない……。前回約束を守らずに大けがを負ったときは「修行が足りていません」と言われて地獄のような訓練を一週間もするはめになったのは記憶に新しい。できれば二度としたくない。

「まぁ、いいとしましょう。今はその言葉を信じてあげます。絶対に無茶をせず、無理だと思ったらその場から離れる。わかりましたか?」

 ワタシに指をさし、まるで子供に諭すようにココノは言う。

 確かに年齢差はそれくらいあると思うが、もうワタシは今年で三十だぞ……流石にこの扱いは……。

「返事!」

「はいはい……わかった……」

 言い返す機会があれば言いたいが、逆に言い返されそうなので自重しよう。

 ココノは不服そうな顔をしていたが、最後に

「約束ですよ」

と言った後、姿を鴉に変えて雑木林の方に消えていった。

「さて、ワタシも探すか」

 ワタシは思い当たる場所がないので適当に境内を歩き、和装のペリを探し始めた。


 天池神社は天池町の中心から東に位置する場所にあり、裏手にある雑木林をあわせると割と広い土地である。参拝者は普段あまり見かけたことはないが、初詣などの行事ごとでは人であふれるぐらい集まったりもする。町唯一の神社なので町中の人が集中したら当然だろうが。

「本当に誰もいないな」

 あたりを見回して思わず口に出してしまった。

 人の姿はおろか、生き物の気配すらしない。町中に現れる猫ぐらいは境内にいてもおかしくないはずだが……何か妙だ。

 今は夕暮れ時。ペリは種類にもよるが夜行性のものが多い。姿を現すものは大体この時間帯からなので和装のペリもこの時間帯に出現すると踏んできたが、姿が見当たらない。

 神社に住んでいると聞いたので来たらすぐに出くわすと思ったのだが、考えが甘かったか。それとも何かの罠か。

 どちらにしてももう少し調査した方がいい。まだここについてから数分しか経っていない上にココノがまだ戻っていない。

 せめてココノが戻ってくるまでにできることはやっておこう。


 それから約三十分歩き回ったが、人はおろかペリにも会わなかった。

 やはり何か妙だ。生き物の気配がしないのも気になるが、さっきからモモに連絡をとろうと念話をしてもつながらない。

 念話のつながる距離は個人の魔力によっても決まるが、この町は少々特殊で彼女の張った結界内であれば、どこでも念話で会話をすることができる。

 この神社もモモの結界の影響を受けているはず。しかし、つながらないということは人為的に邪魔をしている者がいるということだ。

「どうしたものか……」

 ワタシはため息交じりにそう言い、頭をかく。

 モモが張っている結界の影響を受けないようにするには個人で結界を張る、または結界自体を解除するしかない。

 しかし、この町の結界を解除できるほどの魔力は短期間でできるようなものではない。コップで湖の水を空にするのと同じくらい無茶なことだ。

 そうなると、結界の影響を受けないようにするには相殺できるほどの結界を自身で張るしかない。

 だが、結界を張ったとしても完全に無効化できるようなものは相当な魔力量がいる。ましてやモモの結界の場合では想像を絶するほど力がいるかもしれないが……しばらく念話は使えないと考えた方がよさそうだ。

「はぁ……面倒だな。さっき無茶をしないって言われたばかりなんだが……」

 神社の出入り口にある鳥居に向かい、一応外に出られるかということを確認してみた。だが外に出ようとすると見えない壁のようなものがあり、外に出られなかった。

 もしかしてと思い、上に向かって念のため装備していたクナイを投げたがまるで何かがあるようにクナイは跳ね返って地面に落ちた。やはり外には出してくれないらしい。おそらく結界を発動したのはワタシとココノが分かれてからだろう。

 そうなるとワタシは完全に隔離された上、魔法に対して丸腰状態に等しい。

 恥ずかしい話、ワタシは結界を張ることも解除することもできない。結界に囚われたらその結界が解除されるまで出ることはできないということだ。

 ココノがいれば話は別だが、彼女もいまここにはいない。結界があってはたとえ使い魔であってもすぐにはここには来られないだろう。

 しかし、ここにワタシを閉じ込めたところでココノが結界の外にいるのではあまり意味がない気がする。今のワタシは確かに無力だが、モモの結界も健在なうえ、魔力をもつココノも外にいる。

 モモに救援を呼ぶことができればこの結界の解除も時間の問題だ。

 そう考えると何故ワタシ単体をここに閉じ込めたのだろう。ココノとの契約者は確かにワタシだ。彼女は自身で考えて行動できる賢い鴉だ。その唯一の契約者であるワタシを消すためか?

だが、ワタシを消したとしてもそれこそ意味がない。ココノの力を効率的に利用するならワタシを消すよりも力で屈服させた方がいい。

となるといったい何が。

そう色々考えているといつの間にか辺りは暗くなっていた。時刻は今の季節だと午後六時といったところか。

結界の解除ができないワタシは現状どうすることもできないのでとりあえず、鳥居にもたれかかり腕を組んで変化を待つことにした。

「ワタシを閉じ込めて敵が得すること。人身売買、ペリの魔力変換といったところか」

 となるとモモが言っていた通り、敵は私の存在を認知して行動している可能性が高い。だが、まだ現状書斎の鍵自体は知られていないようだ。

 結界の外はどうなっているのだろう。ココノは異常を感じ、書斎に行っているころか。もしかしたら、まだ結界の存在すら気づいていないかもしれないが。


「随分余裕そうじゃねぇか」

「?」

 聞きなれない男の声が聞こえ、辺りを見るといつの間にか覆面で顔を隠した人間に囲まれていた。奴らはナイフや警棒といった武器を各々持っている。

 また考え事をしすぎて周りが見えていなかったか。

「俺たちのビジネスを邪魔している組織がいるって聞いて何者かと思えばお前ひとりとはな」

 どうやら本物の人間のようだ。組織を組み、利益のことを考えるなんてことはペリには必要ない。何より生きている気配がする。ペリは基本的にそう言った気配が薄いかそもそもないかのどちらかだ。

 状況から見て、おそらくこいつらが和装のペリが言っていた人身売買に携わっている人間だろう。

だが、こいつらがワタシをここに閉じ込めるために結界を作ったかどうかはまだわからない。

「ビジネス……。人身売買とペリの魔力変換のことか?」

 腕組みをとき、周りの様子を見ながらワタシは冷静に男たちに聞いた。下手に動揺したところで相手の思うつぼだ。それに人間ならば仮に乱闘になってもこの場から逃走は可能だ。まぁ、結界内なので時間稼ぎにしかならないが。

「あぁ、そうだ。俺たちは商品を仕入れてお得意様に売っているだけさ。お前がしていることは営業妨害だ」

「なるほど。それでワタシが邪魔になってこうやって回りくどく結界を張り、消しに来たと」

「当然だ。つまらん正義感で俺たちの邪魔をするから死ぬことになるんだぜ?」

 男たちはそう言って余裕そうな笑い声をあげる。

 理由はいたってシンプルだったが、解せないな。いったい誰に聞いたんだ?

 書斎の鍵の存在はともかく、ワタシの存在を認知しているということはどこかで会ったことがあるということか? しかも、ただの配達員ではなく、町の守護の仕事をしていることを知っているとなるとかなり存在は絞られる。傭兵は違うとモモが言っていた以上、ブルートしかありえないが……。奴らと接触した覚えはない。こんなに回りくどく用意周到に結界を張って私に攻撃を加えているということはかなり前から知っているということになる。

 だが、一体いつから……? しかし今は深く考えているときではなさそうだ。

 数は圧倒的に向こうが有利。対してこちらは身一つ。魔力も使えない上、この神社からの脱出は不可能。

 誰だって敵側だとこの状況を楽勝と思ってしまうだろう。一応、それなりの装備はしてきたつもりだが、果たして役に立つかどうか。

「お前たちに聞きたいことがいくつかあるんだが、聞いてもいいか?」

 ワタシは余裕があるような態度を崩さず、男たちに聞いた。内心は多少あせっているが、結界がある以上あせったところで状況は悪化するだけ。

 特に人間相手であれば、見栄というものは重要だ。

「お前、もしかして救援が来るとかそんなバカげたことを想像してないか? 今の状況を理解しているのか?」

「周囲に男が複数人、ワタシを取り囲むように配置されている。全員顔を隠しているため、現状は顔の確認は不可能。しかし、声を聞いたところ過去に面識はないと思われる。現在は男のリーダーと思われるものと会話中。状況把握は以上だ。指摘があるなら言ってほしい」

そういうと、男たちは急に嘲るように笑い始めた。何か間違った箇所があったのだろうか。

「お前は人間か? アンドロイドかなにかなのか?」

「失礼な奴だな、ワタシは人間だ。喜怒哀楽もある」

「じゃあ、斬られたらさぞ痛がるんだろうな」

 そう言ったあと男たちは腰のベルトに固定していたナイフを鞘から抜き、全員ワタシに向けて構える。

「勘弁してくれ。ワタシは戦闘行為が得意ってわけじゃないんだよ。お互い人間なら会話で済ますとか平和的に解決しないか?」

 ワタシは努めて先ほどと変わらない態度で、コートの内ポケットからタバコを取り出し、口にくわえ、また別のポケットからマッチを出して火をつける。

 男たちは臨戦態勢を解こうとしない。どうやらワタシを無力化した方が早いと判断したらしい。

 やはり荒事になってしまうか……。この包囲からどう逃げたものか。

 敵の人数は大体七人といったところ。先ほどの状況判断で言った通り、ワタシと話していた男がおそらくこの集団のリーダーだろう。

 ふぅっと吸ったタバコの煙と共に深く息を吐く。

「全く、面倒ごとは嫌いなんだよ。手早くすませよう」

 ワタシはコートの右ポケットから黒色の生地が薄い手袋を取り出し、両手にはめて周りをもう一度確認するように見る。

 男たちはワタシを中心に周りを取り囲んでいる。ココノなしでどこまでできるだろうか。

「やれ!」

 リーダーらしき覆面の男が声をあげると、ワタシから見て左の男がナイフを構えて襲い掛かってきた。

 この男以外動きはない。ワタシが攻撃を避けた時に備え、逃げられないようにするための壁として臨戦態勢のまま動かないようにしているといったところか。

 攻撃をしかけた男はワタシに向かってナイフを突き刺した。しかし、そのナイフはワタシに当たることなく空を刺す。

「な!?」

 攻撃をしかけた男はさっきまでいたワタシが消えたことに驚き、声を上げる。周りを取り囲んでいた男たちも目の前から突然消えたため、驚いたのだろう。

 もちろんワタシは消えたわけではなく、タイミングを合わせ単純に高く跳んだだけだ。

通常の人間なら助走もなく高くは跳べない。だが、ワタシは通常の人間より頑丈な肉体を持つもの。人を飛び越えるぐらいの高さは助走なしで普通に跳べる。もちろん限界はあるが。

 ワタシは男の真上をジャンプで跳び越え、そのままその場を去ろうと走り出すが、流石にそのまま逃げ切ることはできなかった。

「あそこにいるぞ! 追え!」

と背後から怒声が聞こえる。結界内なので逃げ切ることはできなくても時間稼ぎ程度にはなったと思ったが……。

 ちらっと背後を見ると、男たちは全員ナイフや警棒を持ってワタシを追いかけてくるのが見える。

 全員追ってきていることを確認したワタシは自身の腰のベルトに固定している短刀を抜き、すぐに背後に方向転換した後、逃げているときの速度よりも速く男たちに向かって走った。

「な、なんだ!?」

 男たちは逃げていた自分たちの標的が急にこちらに向かって走ってきていることに驚き、立ち止まって武器を構えていた。しかし、構えが先ほどと違って隙だらけで陣形も何もない。

 ワタシは走る速度を落とさずにそのままの勢いで短刀を逆手持ちに構え、七人の脇腹といった急所に短刀の峰でためらいなく叩き込んでいく。

 男たちは悲鳴を上げる間もなく、全員うずくまるように倒れていった。

「なんとかうまくいったか……」

 ワタシは全員が倒れたことを確認して短刀をしまい、タバコを常にポケットから出した折り畳み式の灰皿にしまう。

 相手が油断しきっていたからこそ助かったが、もし自身より格上だったら確実に今の手段は使えなかった。

 意識が戻った後にまた追いかけられるのも面倒なので、男たちの手足をコートの内ポケットにいれていた鉄製のワイヤーで縛り上げ、その場に放置した。

「そういえば、神社の境内って禁煙だったか……? まいったな……まぁ、ポイ捨てしていないから大丈夫か」

 思い出したかのようにそう独り言を呟きながら、またワタシは調査のために境内を歩きはじめた。

 

「やはりつながらない……」

 境内を歩き回りながら何度目かになる念話を試みたが予想通りつながらなかった。

 あの男たちを制圧したらここから出られるというのは流石にないとみていたが、境内のどこを探しても何も見つからない。

 ここまで探して見つからないとなるとどこかに見落としている点があるはずだが……。

結界の範囲を調べるために歩き回った結果、雑木林には入れなかった。ということは結界の範囲に雑木林は含まれないということだ。

 他に怪しいところと言ったら……。

「あ」

ふと、神社の本殿を見て思わず声を出す。境内はくまなく探したが、本殿の中はまだ探していなかったのだ。

もっとも怪しい場所のはずなのに何故見落としていたのだろうか。

ワタシは急いで本殿の入り口に走っていった。


 神社の賽銭箱の奥にある本殿の入り口をワタシは強引に開ける。やっていることはひどく罰当たりだが、他に探す場所はない。

 開けた先には、神社の御神体と思わしきものは全くなく、代わりに奥まで続いているような薄暗い石造りの通路があった。

 奥から生ぬるい風がワタシの頬をなでる。

 生き物らしき気配を通路の奥から感じた。人間だろうか……まださらわれた人たちが無事なら希望はある。

 ワタシは警戒をしつつ、慎重に奥に向かって歩いて行った。

 明らかに敵はワタシを誘っている。直感ではあるがこの先、ワタシはただではすまないだろう。

 最悪の場合命を落とす羽目になると思うが、モモとココノが無事ならどうにか立て直せるだろう。

 そうならないように努力はするが、どこまでできるか……。

 ワタシは通常の人よりも肉体が人一倍頑丈だが、魔力はほぼない。ココノがいるから強いだけで、魔法に関しては彼女がいなければ何もできない。

 こういう状況だとそういうことがよくわかる。

「あまりこういうことは考えない方がいいな」

 ワタシは頭を振って余計な思考を振り払う。

 結界からの脱出が目的だ。今のワタシは一人だが、できることはある。

 そう自身に言い聞かせ、さらに奥へと進んでいく。

 体感で五分ほど歩いたとき、ふと奥に出口と思われる明かりが見え、警戒しながらも出口を出た。


「これは……」

 そう声がこぼれ、目を見張った。

 薄暗い通路の先に広がっていたのは鳥居がトンネルのように連なり、道が無数に広がっている場所だった。

「これも結界か? それにしては広すぎる」

 しかし、目の前にあるものは幻覚の類ではない。鳥居にもしっかり触れることができる。

 別の場所につながっていると考えた方がまだ現実的か。

 一度戻るべきかと振り返ると、先ほど入ってきた入り口が消えていた。やはり罠だったようだ。

「くすくす、まただれかきた」

「くすくす、こんどはまっくろなひと」

「くすくす、つぎはなにしてあそぶ?」

子供? しかも複数人。

これは明らかに敵意がある。先ほどの男たちと違って魔力を使うものだろう。そうなると分が悪い。

「誰かいるのか?」

「……」

 反応がない。何かはいるが、人間かペリかは判別できない。

 ここには微かに生き物の気配がするが、それがここにいる子供たちか違うやつらが潜んでいるのかはまだわからない。

 こちらの出方をうかがっているのか……それとも単に遊んでほしいのか。

「ねぇ、まっくろなひと」

 真上から声が聞こえた。上を見ると、鮮やかな着物を着た少女が鳥居のうえに座ってこちらを見ていた。

 生き物の気配はしない。ペリで間違いないようだ。

「ワタシのことか?」

「うん。ねぇ、まっくろさんってどんなあそびがすき?」

 少女は幼い声でワタシにそう聞いた。

「遊び?」

 ワタシは腕を組んで考え始める。

 何が狙いだろうか。ここでどう答えるのがベストだろうか。

 まともに返事をしたとして、その返事によって攻撃を仕掛けてきたりするかもしれない。

「まっくろさん。どうしたの?」

 少女はワタシが考えているうちに鳥居のうえからワタシの正面まで下りてきていた。少女は不思議そうにこちらをのぞき込んでいる。

 一見するとただの子供にしか見えないが……ペリである以上、突拍子もない攻撃がいつ飛んできてもおかしくない。だが、ここで黙り込んでいても仕方ないだろう。

「わからないな。遊び相手もいなかったからか、誰かと遊んだこともない」

 そう言い、ワタシは頭をかく。正直に答えたつもりだが、何が返ってくるか……。

「そうなの? じゃあ、わたしたちがおもしろいあそびをおしえてあげる」

 ニコッと少女は笑うとあちこちから子供の笑い声が聞こえ始めた。

「くすくす」

「くすくす」

「ねぇ? あそぼ?」

 その言葉を合図に複数人の子供が現れ、突然間合いを詰めて一斉にこちらに向けて魔法弾を放ってきた。

「チッ」

 咄嗟に後ろに飛び、腰のベルトに固定しているクナイを数本出して子供たちに向かって投げた。

しかし、クナイは子供たちをすり抜ける。

「やはりだめか」

 投げたクナイは地面に落ち、無機質な音を立てた。

 クナイがすり抜けたということはやはり子供たちはペリで間違いない。しかも相手は実体のないペリだ。実体のあるペリであれば、まだ魔力はなくても攻撃方法はあったが……実体のないペリとなると、魔力を込めた攻撃でなければ届かない。今ワタシが持っている鉄製の武器では勝ち目がない。

 一体どうすれば……。

「わたし、おにごっこがいい」

「まっくろさんがにげるやくね」

 内心焦りが積もっていく中、子供たちはワタシに照準を合わせる。

 今は攻撃をすることができないのであれば、逃げるしかない。

 ワタシは一瞬周りを見て子供がいない方を確認した後、一直線にその方向に走る。

 背後からは子供たちの笑い声と共に魔法弾が飛んでくるが、奇跡的に当たっていない。だが、このままではジリ貧だ。せめて、どうにかして攻撃を当てる方法を考えなくては……。

「こっちにもいるよ?」

 後ろばかりに気を取られ、正面から声が聞こえた途端、腹部に強い痛みを感じ、そのまま後ろに吹き飛ばされた。

「グッ……」

 何とかバク転をする形で地面に着地するが、痛みでふらつき膝をついてしまう。どうやら魔法弾が直撃したらしい。まるで誰かに蹴られたような痛みだ。

「にげなきゃつかまっちゃうよ? くすくす」

 クソガキどもが。いや、姿かたちがそう見えるだけで実際はワタシより年上の可能性だってあるか。

 忌々し気にワタシは子供たちを睨む。子供たちは面白おかしそうにこちらを見て、照準を定める。

魔法、使えない。物理、通じない……なら……。

 痛みに耐えながら立ち上がり、ワタシは無数にある鳥居を足場に、上下左右と撹乱するようにあちこち跳び回った。

 子供たちは動くワタシに向かって魔法弾を放つが、ノンストップで動き続けるワタシの動きを捉えることができず、あたりにばらまくように魔法弾を撃ち始めた。

 すると、

「イタッ」

と、子供たちの一人がそう声をあげて消える。

「え?」

 子供たちは異変に気付き、魔法弾の乱射を辞めたが、時すでに遅し。放った魔法弾が地面や鳥居に跳ね返り、ランダムに飛んでくる魔法弾が子供たちを襲った。

「ヒャッ」

 子供たちは悲鳴をあげながら、自身が放った魔法弾で消えていく。やがて、最初に話しかけてきた少女以外の全てがいなくなった。

 だが、少女は周りにいたペリが消えたというのに、楽しそうな表情を崩さず

「すごいすごい!」

と、手をたたきながら笑っている。

 一人倒し損ねてしまった。こればかりは仕方ない、相手の魔法弾を利用して倒すなんてこと自体、運だよりみたいなものだった。

「あと一体か」

 どうしたものか。また魔法弾を撃ってくるのなら利用して返すだけだが、一対一では撃ち返す方法がこちらにはない。また別の対策を取らなければ……。

「ねぇ、まっくろさん。わたし、おにごっこあきちゃった。べつのあそびがいいな」

 少女はそう言うと姿を消す。

「「かーごめかーごーめ」」

 幼さが残る声。先ほど消した子供の数よりはるかに多い、まだ数は残っているみたいだ。

 かごめかごめ。たしか子供遊びの一つで宗教のものを子供がまねてできた遊び。どういった類のものかまだわからないが、歌い終わったら何かが起こるのだろう。

「「かーごのなーかのとーりーは」」

 迎え撃つにしても退散するにしてもこの場ではまずい。

 ワタシはその場を離れるために走り出す。

 おそらく、ここからは逃げられない。歌が聞こえない場所があればまだわからないが、こんなにも無数の鳥居がある中で出口と思われる場所があるにしても、あの子供たちをどうにかしなければ突破することはできないだろう。

「「いーつーいーつでーあーう」」

 歌はまだ聞こえる。やはり逃げても無駄なようだ。

 せめてもうすこし広い場所があれば……。

「「よーあーけーのーばーんーにー」」

 時間がない。開けた場所を探すのは諦めるか。

 ワタシは立ち止まり、少しあがった息を整える。

 歌い終わったら何が起きるか。子供たちの姿が見えない以上、歌を止めることはできない。

 せめてココノがいれば、この鳥居の森一帯を焼き払うくらいはできたかもしれないが……。

ワタシは必死に打開策を考える。

「「つーるとかーめがすーべったー」」

 歌の最後は「後ろの正面誰」だ。

 後ろの正面、つまり背後から何かしらの攻撃がくると考えていい。だが、どういった類の攻撃なのかがわからない。

「「うしろのしょうめん」」

 来る。

 ワタシは攻撃に備えて、短刀を抜く。

「「だーれ」」

 歌い終わった直後、背後から得体のしれない気配を感じた。背筋が凍るような視線。

 ワタシは振り返りざまに逆手持ちで構えた短刀をその得体のしれない気配に向かって振るったが短刀の刃は空を斬り、振り返ってもそこには何もなかった。

 周りからうるさいぐらい聞こえていた子供の声もいまはなくなり、静かになっている。

「どういうことだ?」

 確かに気配は感じた。あの凍るような視線を背後から感じたが、肝心の姿が見えない。

 本当に何もなかったか?

 

「だーれだ」

 背後から先ほどとは打って変わって女性の声が聞こえた。

「!?」

 もう一度振り向こうとするが間に合わず、背中に氷のような冷たい感覚が斜めに通り過ぎたあと、熱した鉄を当てられたかのような痛みが走る。

 あまりに突然のことだったため、頭が真っ白になり思考停止に陥りかけるが

「誰もいないからと気を抜いてはいけないじゃないですか」

という聞いたことのある声がワタシの耳元で聞こえ、何とか免れる。

 斬られた。刃物で斬られるという経験自体はあったが、ここまでの大けがは今回が初めてだ。ましてや背後を取られるとは……。止血はできそうにない。

「フフッお久しぶりです。しばらく姿が見えないので、私の頼みを忘れたかと思いましたよ」

 声の主はワタシの正面に姿を現した。

 ワタシを斬った者、三日前に会った和装のペリは刀をワタシに向けて構え、不敵に微笑んでいた。刀はワタシの血と思われる赤い液体で染まっている。

「お前……」

「そんなに怖い顔で睨まないでください。子供たちが怯えてしまいます」

 最悪だ。こんな状況で、攻撃を与えることができない相手にどう戦えばいいのだろうか。

 ワタシは背中の痛みに耐えつつ、じわじわと近づいてくる絶望を感じることしかできなかった。

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