第2話 寝不足が災いし

 古風な喫茶店の店内。木製の机、赤くふかふかとした一人用のソファーがこじんまりとしたフロアに数組並べられ、床は天井の明かりを反射させるほど磨かれている。

 そんな店内のカウンター席にワタシは、深いため息を一つつきながら

「あ"ぁ……、ダルい」

と言葉に出す。あまり思ったことを口に出さないようにしているが、今日はなぜかどっと疲れがきた。

 深夜時間に見回りをしているせいでここ最近寝てないのが体にきたのだろうか。

「おや、及川さんもお疲れですね」

「マスターは元気そうだな。接客なんてもっと大変だろうに」

 ワタシはカウンター越しに立っているこの店の店主、マスターと談笑していた。


 ここ「オリエント」は数少ない書斎の鍵の情報収集場であり、ワタシがよく来る喫茶店だ。

 マスターは店主としての一面以外にも、情報屋兼魔法関連の貴重な商人でもある。

 モモは前にも言っていたようにワタシの服を作ってくれたのだが、それ以外にもさまざまな魔法を利用した道具を作っている。

 例えば、書斎にもあった光る鉱石の入ったランプ。あの中に入っている鉱石は元々光り続けるものではなく、ある一定の魔力量を鉱石に注ぎ込むと淡く光る。

 しかし、魔力が注ぎ込まれなくなってしまったり、少しでも魔力量が一定を下回ると光が消えてしまう。そういう微妙な加減を調整しているのがモモお手製のランプだ。

 ランプに使用されているガラスは、ある一定の魔力を溜めこみ限界まで貯めると少しずつ放出するという性質をもっている砂を加工してつくられている。放出する魔力量は砂によって変わるので、他の材料で微妙に調整し、製作したと聞いた。

 こういったものなどを、マスターを通して他の魔法商人に買ってもらい、その代わりとしてマスターからは様々な情報を売ってもらっている。

 またこの店は、少々特殊でペリもよく利用している。本来は通常の人間用に開業したこの喫茶店だが、マスターがワタシたちと同じようにペリを見ることができるということもあり、気づけば使われるようになったらしい。本来であればとんでもないことだが、マスターは特に気にした様子もなく、逆にペリからも情報を聞けるのでこの状況を喜んで受け入れているようだ。

 書斎の鍵は常に天池町に張り付いているため、外の情報はほぼわからない状態だ。集めようにも、書斎の鍵に属している者はモモとワタシの二人だけ。モモは基本的に書斎から出ることができず、ワタシは天池町を見張りがあるため外の情報を集めるのは少し厳しい。

 なので、マスターのような情報提供者がいるのはとてもありがたい。


「そういえば及川さん、ここ最近は頻繁に見回りをしているそうですが、何かあったのですか?」

 マスターはグラスを磨きながらワタシにそう聞いてきた。

「ん?誰かから聞いたのか?」

「えぇ。ココノさんから今日の昼辺りに聞きました。買い物帰りここに寄ったそうです」

「アイツ……」

 ワタシは頭を抱えてため息をつく。人型能力を手に入れてから自由になったと思ったらこうか……。まぁ別に構わんが、ワタシに関する情報はできれば控えてほしいものだ……。

「別に、ただ最近神社と廃工場の方でペリたちの動きが活発になっているから様子見として見回りをしてるだけだ。それと、マッチかライターあるか?」

「マッチかライターですか?少し待ってください」

 マスターはそう言って一度奥の部屋に行き、数分するとマッチを持って戻ってきた。

「これでよろしければ差し上げます」

 そう言い、手に持っていたマッチをカウンターの机に置く。

 ワタシは受け取り、コートの内ポケットからタバコの箱を出し、タバコを一つだけ取り出して口にくわえ、カウンターに置いてあるマッチを使って火をつけた。

「ありがとう。またココノの火を使わなくて済みそうだ」

「及川さんの火。確か、火力調整が難しいのでしたっけ?」

「まぁ、そうだな。何度か家を全焼したわけだし……それよりマスター。サンドイッチとコーヒーお願いしていいか?流石に腹減ってきた」

「承知しました。そういえば、最近新作でパフェというものに挑戦してみたのですが試食してくれませんか?料金はいりませんので」

「いいのか?今のところワタシはこの店のツケを払ったことないが」

「及川さんには仕入れやほかのことにもお世話になっているので、そのお礼ですよ。それにツケはココノさんがいつも払ってくれているので問題ないです」

「あぁ……あいつか」


 普段、ワタシは表向きの仕事として配達の仕事をしている。というのも、書斎の鍵の給料というのは現金ではなく、魔法具といった物だ。なので、今ワタシが住んでいるアパートの家賃を払うには別の仕事をしなくてはいけない。

 今住んでいるアパートはマスターから紹介してもらった安いところだがもちろん金はいる。どうすればいいかマスターに相談したところ、仕入れた品物を店に配達してほしいと言われ、それならオリエントだけでなく、町全体の配達業務をすればそこそこお金になるのではと思い、配達の仕事をしているわけだ。


「おまたせしました」

 という、マスターの声とともに目の前に頼んだサンドイッチとコーヒーが置かれた。

「ありがとう」

 ワタシはそう言い、サンドイッチを黙々と食べ始めるとマスターが気になることを話し始めた。

「これはあくまで噂程度の話なのですが、傭兵たちがブルートの「赤い戦車」と接触したそうです」

「傭兵どもが?」


 傭兵とは人間のみで構成された組織。魔法が関わる大規模な戦争に赴き、金を払ってくれた方に力を貸す。だが、あくまでそれは表向き。裏ではワタシが属している書斎の鍵と同じくブルートのような人間社会に影響が出そうな闇組織のようなものを探し出し、壊滅させる。

 実は数回、傭兵の人間とは会っている。そのときに何度も傭兵と組まないかと勧誘されたがワタシとモモは強く拒絶した。

 理由は、お互いの意見が合わないため。これは大きな理由の一つだが、ワタシ個人としてはもう一つある。

 気に食わない奴がいるということだ。思考回路が合わないというか、根本的にそりが合わない。

 ワタシはともかく、モモは優秀な奴だ。それで傭兵たちはモモを引き抜きに来たのだろうが、あれは勧誘というより脅しのようなものだった。

 遠回しに私たちの軍門に下らなければ貴様らを潰すと言っているようなものだ。

 流石にワタシは頭にきて突っかかってしまい、モモを困らせてしまったが、あの対応はそれほどひどいものだった。

 そしてその時にワタシを強く批判したのがあの三日月のような鋭い金色の目をした月島 影(つきしま よう)だった。

 アイツはワタシを人鬼(じんき)と呼び、腑抜けた奴だと言った。

 最初は特に何も思わなかったが、

「天池町の奴らを殺せばお前たちはここにいる意味はないだろ?」

とワタシとモモを煽るように言ったときは、頭の血管が切れそうになるくらい憤りを感じ、一瞬冗談抜きで消してしまおうかと考えたが、何とかココノが抑えて収拾がついた。

 その後、結局モモがうまいことを言って傭兵たちを帰らせたが、モモも正直ワタシとほぼ同じような気持ちになっていたと語る。


「その情報は本当なのか?」

「先ほども言った通り、あくまで噂程度の話です」

 マスターは落ち着いた様子で語る。

「赤い戦車というのは、例の生物兵器か?」

「おそらくは」

 赤い戦車というのは一見、文字のとおり赤色の戦車に見えるが実際は赤黒い肉片が集合した姿だ。

 性質は獰猛で近くの自分以外の生命を食い散らかしていく生物兵器。これはブルートが作ったもので材料は人間などの知能の高い動物などを混ぜ合わせ、魔力を用いて作る。

 聞いただけでも悪寒がしそうな代物だ。この赤い戦車はここ数年で出てきたものだが、マスターが赤い戦車の破片が裏商売で販売されているのを買い取り、モモが解析をし、こうした結果が判明した。

「最近は量産に成功したのか、よく戦争に用いられるようになっています」

「あの生物兵器、かなりコストが高いはずだが。実際の戦車相当の大きさを作ろうとしたら五十人はいるだろ」

「戦争に紛れて材料にされているようです。最近では平和な町にも人さらいがいて、女子供がさらわれて材料にされるくらいですからね」

 マスターはやや悲しい声色で言う。

「物騒な世の中になったものだな」

 ワタシはそう言い、マスターの淹れてくれたコーヒーを一口飲む。

「まぁでも、この町では貴女やモモさんのような人がいますから。滅多にそんなことはおきませんが」

「あまり過信しないでくれよ?ワタシやモモにも限界はある。実際書斎の鍵という組織は、そういう名前として広めた方が、面倒ごとが少なくなるからそうしてるだけであって、ワタシなんかは使い魔がただ凄い特殊な人間ってだけだからな」

「過信ではありませんよ。実際、ココノさんは貴女以外扱えたことないのでしょう?」

「本当かどうかはわからん。嘘は言わないと思うが案外、アイツを使い魔にするリスクが高すぎて誰も契約を持ちかけなかったかもしれないし。そもそもアイツとは数十年近い関係だがわからないことも多い」

 思えばココノとは付き合いは長いがアイツのことは深くは知らない。知ろうとしないのも原因かもしれない。しかし、ココノ自身ほとんど自分のことを語らないのだ。

 能力の使い方や必要最低限の戦い方などは教えてもらってはいるが、それ以外はほとんどなにも言わない。

 あまり気にしたことがなかったので考えたこともなかったが、やはり一応使い魔とその主としての関係を保っている以上、少しはココノのことを知っておいた方がいいのだろうか。

 そう考え事をしていると目の前にたくさんイチゴが乗せられたパフェが置かれた。

「ココノさんが語らないのなら何か考えがあってのことでしょう。そう深く気にしない方がいいのではないですか?」

 マスターは優しいほほえみを浮かべ、そう言ってくれた。

「そうだな」

 ワタシは短く答え、目の前に置かれたパフェを食べ始めた。


 オリエントで夕飯をすませた後、店を出て自宅に帰ることにした。

 本当は一度、ペリたちが最近集まっている神社と廃工場に行きたかったが、体力的にそろそろ限界だ。ここ数日、多少無理したのが体に来たのかもしれない。

 ワタシの家は町はずれにあり、アパートの二階で過ごしている。ワタシ以外に誰も住んでいないという点と、家賃が安い上に人もあまり寄り付かないので結構気に入っているのだが、スーパーなどの店がないので買い出しが少々面倒なのが難点だ。

 オリエントから自宅まで、近道なしでの道のりは徒歩で一時間ぐらいかかる。

 早く帰りたかったのでワタシは多少近道になる裏路地を歩く道を選んだ。

 すると、

「もし」

というか細い女性の声が聞こえた。

 この時間帯は滅多に裏路地を通る人間はいない。

 たとえ物乞いの人間だとしてももっと人の通りそうな道を選ぶだろう。

 ワタシは魔力を感知するのは苦手だが、ココノの影響か人一倍五感が優れ、肉体もかなり強い部類に入る。

 なので、生物の気配というものを察知することはできるが、この声の主らしきものからは生物の気配がしない。恐らく、ペリだろう。

 通常の人間なら怪談か何かの一種と思い、逃げだすところだろうが、今の仕事についてからはこういったことは日常茶飯事だ。

 しかし、今は疲れ切っているので声には反応せず無視して歩く。

「もし、そこの黒い服のお方」

 声の主は諦めずにワタシに話しかける。

 変わらず無視をする。

 ここは無視を続け、見えないふりをしてやりすごすのがいいだろう。

 この声に反応するとおそらく何か面倒ごとを請け負う羽目になる。本来はそれがワタシの仕事だが、今それを請け負う余裕はワタシにはない。


 しばらく歩いていれば諦めるだろうと思っていたが、認識が少し甘かった。三十分近く無視して歩き続けてもずっとワタシの後に一定の距離を保ってついてきて声をかけ続けてくる。

 これ以上ついてこられると自宅について休んでいる間にも言われてノイローゼになりそうなのでワタシは立ち止まり、一つ深いため息をついた後、振り向いて声をかけ続けているペリを見る。

 声の主はワタシの身長よりやや低い、白い和装を身にまとった女性のような姿をしたものだった。

「すまないが、疲れているからまた後日にしてくれないか?帰って休みたい」

 ワタシは正直に本音を言う。もうここ何日も動きまわって体が重い。流石に不眠不休で長時間動きまわるのには限界がある。ココノも言っていた通り、町一つを人間一人が見て回るのもそろそろ厳しいかもしれない。

「それは申し訳ございません。しかし、悩みだけでも聞いてくれませんか?非常に困ったことが起きていて、ここは書斎の鍵たるあなたの力をお借りしたいのです」

「ワタシを知ってるのか?」

 少し驚いた。書斎の鍵を知っている者は人間もペリも限られたものしかいない。なので、ワタシもモモもそんなに知名度は高くないはずなのだが……。よくいたずらをするペリが黒コートの奴は面倒なやつだとでも広めたのだろうか。まぁ、それでイタズラが減るのなら構わないが。

「はい、存じております。ここ最近は特に活発に動いているみたいで忙しいのは承知しています。ですが、どうか話を聞いてくださいませんか」

 和装のペリは丁寧な物腰でそう言い、深刻そうな顔で頼み込むように頭を下げる。

 ここまでするくらいなら、何かしらの大事があったのだろうか。

 今までペリはイタズラをしてもワタシのような者に頼み込むようなことはなかった。頼みごとを請け負うのは表向きの仕事上人間の方が多い。

 対して、彼らは人のように悩むような性格をしておらず、自分の思うままに日々過ごしている。だから、ペリはそうそう頼み事などしない。

 困りごとの元凶などしいて言うならいたずらを邪魔しているワタシぐらいだろうが……。

「わかった……。悩みを解決するかは置いておいて話くらいなら聞こう。だが、手短に頼む」

「ありがとうございます」

 ワタシが渋々了承すると、和装のペリは嬉しそうに少し微笑みながら礼を言った。

「それで、悩みというのは?」

 ワタシは裏路地の道の端に移動し、壁にもたれかかり、腕を組み、話を聞く体勢になる。

「私はこの町の神社の裏手にある雑木林にいるものなのですが、ここ最近、人間たちが夜遅くに林の中に現れるようになったのです」

「雑木林に?」

「はい」

 この町には一つだけ神社がある。町の中心から東にそれた場所にある神社は地名の名をそのまま使い「天池神社」という。

 その神社の裏には和装のペリが言ったように雑木林があるのだが、そこは普段は一般の人間は立ち入り禁止となっている場所。夏ごろになると、花火をやる目的でこの雑木林に入るものも多いが、たいがいは神社の管理人によってしっかり管理され、人の立ち入りは制限がかけられているはずだ。

 そのうえ、いまは夏ではない。にもかかわらず、人間側が雑木林のような人気がない場所にいるということは……。

「人さらいか?」

「手足を拘束された人間の女性や小さな子どもがたびたび黒服をまとったものたちに連れられ、何やら話し込んでいる様子でした」

「全く、この町にまた現れたか……面倒だな」

 ワタシは呆れて肩をすくめる。マスターもこの町に人さらいは少なくなったと言っていたが、どうやら根絶はできていないようだ。

 和装のペリは話を続ける。

「この黒服の者たちは週に三度ほど決まって深夜に現れます。あまりにも頻繁に来るので、私を含めたペリたちがひどく迷惑しているのです。どうかこの人間たちを追い払ってくれませんか?」

「なるほど。だが、今は動けない。解決するにしても明日以降になるがそれでもいいか?」

「えぇ。大丈夫です」

 ひとまず話だけを聞き終え、少し情報を整理してみる。

 ここ最近は人が失踪したという話は聞かない。その辺はモモがアンテナを張って情報収集しているはずだ。アイツはこの町の情報を大体把握しているが、アイツから人が失踪したという話はやはり聞かない。

 ということは、このペリが言う黒服の奴らはよそからさらったやつをこの町で取引している可能性が高い。

 毎日雑木林に出没しているわけではなく、週に三度ほどというのもそれで納得はつくが、果たしてこんな安直な理由だけだろうか……。

 ワタシは物事を思慮深く考えるのはそんなに得意ではない。ここは明日にでもモモに聞いてみるとしよう。

「最後にその人間が雑木林に入ったのはいつか覚えているか?」

「三日前です。あの日はいつもより黒服の者たちが多い気がしました」

「三日前か」

 週に三度、一番新しい出没情報は三日前。

 もう少し情報を聞こうと口を開きかけた時、急に視界がぐらつき壁にもたれている体勢を崩し、直後に急な吐き気が襲い、視界がぐにゃりと歪む。

 咄嗟に壁に手を当てて倒れないように体を支え、もう片方で口を抑える。

「だ、大丈夫ですか‼」

 和装のペリも突然のことで驚き、心配そうな声でワタシにそう声をかける。

 ワタシは必死に吐き気を抑え込み、ぐらつく視界の中なんとか踏みとどまる。

 その間も和装のペリは心配そうに声をかけ続けてくれていた。

「すまん、心配をかけた。もう大丈夫だ」

 視界が安定していく、とりあえず意識は失わずに済んでよかった。今、気を失えば何が起こるかわからない。少なくとも、ペリに知られれば抑止力がなくなり、笑い事では済まない出来事が起こるだろう。

 それを防ぐため、ワタシはやせ我慢をして

「とりあえず、明日以降に解決する。じゃ、ワタシはこの辺で」

と無理やり話を終わらせた。

 和装のペリは何か言いたげだったが、一礼をした後、消えていった。


 住んでいるアパートにつくまであと五分というところで人型のココノと偶然出会った。

「ヒスイ!?何ですかその真っ青な顔は?」

 ココノは驚きと少しの怒りを感じるような声でそうワタシに言った。

「いや、別に大したことは……」

「あります!モモさんもそうですが、どうして自分を大切にしようとしないのです?子どもではないのですから健康状態ぐらい自分で管理してくださいよ」

「へいへい……」

 そのあとふらつきながらも家に戻ってすぐに部屋にあるソファに横になり、気絶するかのように眠りについた。

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