第1話 静かな夜に

 深夜二時。だいたいそれぐらいの時間帯だろうか。

 ワタシ、及川 翡翠(おいかわ ひすい)は仕事用のフード付き黒コートを身に着け、大きくも小さくもない町「天池町(あまいけちょう)」の見回りをしていた。

 見回りというのは文字通り、町に異常がないか見て回ることだが、私の場合は少し違う。


 「書斎の鍵」という組織を知っているだろうか。まぁ、有名ではないので知名度はかなり低いとは思うが……。

 ワタシはその書斎の鍵に属す者だ。

 この組織は一言でいうと、表向きは「何でも屋」のようなもの。

 町の住民の依頼を解決し、見返りとして報酬を貰う。依頼内容は人によってさまざま。子供の面倒をみてくれという母親もいれば、店番を頼むという商人もいる。中には暴力沙汰のものもあり、一応こういった依頼も受け持っている。

 書斎の鍵の目的は、町を発展させ、人を集め、情報をより得やすくすること。

 何故情報を集めるか。それはとある組織を探しているからだ。

 名前を「ブルート」非人道的で謎の多い組織だ。わかっていることは、この組織を率いている者の名前と噂程度にしか聞かないこの組織が裏で引いている可能性があるという戦争の話のみ。

 書斎の鍵はこの組織を探し出し、打ち倒すという名目で立ち上げられた。

 ブルートという組織と敵対しているのは書斎の鍵だけではなく、「傭兵」という組織もワタシたちと同じ目的を持っている。ブルートを倒すという点でいうと、目的は同じように感じるかもしれないが、書斎の鍵と傭兵は酷く仲が悪い。

 理由としては傭兵側と書斎の鍵側の意見の食い違いが大きい。書斎の鍵側の意見としてはあくまでも対等な関係を築きたいと思っているが、傭兵側としてはワタシたちを配下として扱いたいと思っている。結局、互いに意見を合わせることのないまま関係が悪化していき、現状に至るというわけだ。

 それ以外にも個人的な理由はあるが、それはまた別の機会にでも話そう。


「今日も異常なし……か」

 大方の見回りが終わり、ワタシは片耳に手を当て小声で呪文を唱える。

 これは念話という魔法。イメージ的には携帯電話で電話するようなものだ。

 簡易的な魔法で魔力適性があるものは誰でも使える。扱える魔力量で音質、通話できる距離、人数などが変わる。


 この世界には「力の流れ」というものが存在する。それを利用したものの一つが「魔力」であり、さらに魔力を用いたものが「魔法」である。

 魔力と言っても、実はこの力は命あるものであれば例外はあるが誰でも持ちうる力。山や川、空気などの場所にある「マハト」と呼ばれる目に見えない小さいものを体内に吸収し、ため込んだものが魔力だ。

 しかし、この魔力というのは普通の人間である場合は微量程度しか集まらず、魔法を使うにはあまりにも量が少ない。その上、魔力を用いて魔法を使おうとすると、もう一段階過程を踏まなければならない。

 それは「マハト」を「フォルス」とよばれるものに変換すること。この変換作業をしなければその身は砕け散ってしまうだろう。

 つまり、魔法を扱うには「マハト」を「フォルス」に変換する機能が体内に備わっていなければならない。その機能がない限り、いくら魔力や魔法の理解が深くても利用することはほぼ不可能だ。


 念話の呪文を唱えた数秒後、ザーッという音の後に「お疲れ様」という女性らしい声が脳内に響く。

 連絡先はこの町の管理をしている『モモ』。彼女はこの町に結界という魔法で編み出されたドーム状の壁を張っている。

 この結界というのは外から入ってくるものの魔力に反応して、特定の条件をクリアしなければ結界の中に入ることができないようになっている。その条件というものはワタシにもわかっていない。

[こちらは異常なし。静かすぎて怖いぐらいだ]

[そう、それはよかった。一度書斎に戻ってきてくれる?]

[あぁ。わかった]

 短くそう報告したのち、念話を切る。

 念話、便利なんだが……直接脳内に聞こえるからたまに頭痛がするのが難点だな……。

「見回り終わったのですか?」

 報告を終えたタイミングと同時に、黒い影が自身の足元から飛びだしてきた。影はそのままワタシの肩にとまり、こちらをじっと見る。

「そろそろ休んではどうです?ここ最近まともに寝ていないでしょう?」

 影は三つ足の鴉の姿をしており、目の色は暗い赤色をしており、夜には瞳の色だけが見えるので、識別はしやすい。

 この鴉は『ココノ』。普通の鴉でもましてや人でもなく、ペリと呼ばれる人外だ。


 ペリとは通常人が目にすることがない力の流れから生まれたとされる存在だ。種類は様々で細かく分けると、数百、数千種類にもなる。

 彼らは同族か、魔法を扱うことができる人間のみにしか目にすることができない。場所によっては特定の条件が揃えば通常の人間も見ることができるかもしれないが、そんなことは本当に稀だ。

 先ほど「マハト」から「フォルス」に変換する能力がなければ魔法を扱うことができないと言ったが、実は例外がある。

 それはペリという存在と契約を結ぶこと。一般的にそういう契約関係を結んだペリを「使い魔」と呼ぶ。

メリットとしては、ペリが持っている魔力を借り、強力な魔法を使えることだ。人の身では負担が大きすぎて、できなかった魔法も、ペリと契約を結べば簡単に利用できたり、ペリ特有の能力も借りることができたりする。

デメリットとしては、契約条件が命を奪われるほどの危ないものもあるので扱いには注意が必要であることだ。間違っても、契約を破れば命を獲るような危ないペリには近づいてはいけない。その上、彼らは基本的にプライドが高く、向こうから契約をもちかけることはほとんどない。

 ワタシの場合はかなり特殊で、普通の人間にも宿っているはずの魔力が、生まれつき自身の肉体にはかけらもなく、通常であれば魔法を使うことはおろか、ペリの存在を目にすることすらできない。

 その無い魔力を補うために、ワタシは三つ足の鴉『ココノ』と契約を結んでいる……らしい。実のところ、物心がつく前からこのペリと行動を共にしているので何故契約を結んでいるのかと問われると、少し返答に困る。

どうやら彼女は、人間に影響を及ぼすほどの魔力量を保有しており、魔法を扱うことのできない人間にも、強く魔力の影響を与え、内側から破裂させてしまうらしい。

なのでワタシのような通常の人間以上に魔力保有量が低いものと契約を結ぶのが妥当だと思うが……これはあくまでもワタシの推測にすぎない。


 ワタシは拠点に戻るために一度、町の表通りに出た。

 この通りは商店が並んでおり、食糧、衣服などの店が並んでいる。他にもカフェや雑貨屋などの店があり、休日の昼頃などはこの通りに人はたくさん集まる。

 今は深夜ということもあり、人影は一つもなく、ワタシの足音が辺りに響くほど静まり返っている。

「そういえば、最近ペリはおとなしいですね。何か企んでるのでしょうか」

 先ほどからずっと肩に乗ったままのココノが口を開く。

「確かにな」


 ペリというのは必ずしも人間側に有利に働くとは限らない。他の生き物に危害を加える種のものもいる。

 書斎の鍵としてはこの町で暴れられるのも困るので、ペリたちが出現しやすい深夜に見回りをしているわけだ。

 例えば、軽いイタズラでは何か物や人がなくなったりする。こういったイタズラは未然に防ぐことが最も有効だ。ワタシが常に目を光らせておけば、大抵こういったものはなくなる。

 ちょっとやりすぎなレベルになると人間に憑依したり、化けたりして人々を混乱させたりするので油断はできない。


 表通りをしばらく歩いた後、裏道に入る。

「今のところ町中に傭兵が侵入していることや、ブルート関連の情報も聞いていないからまだ安心していいんじゃないか?どこまでこの情報を信用していいかは別として」

「それはその通りですけど、流石に人手が足りなさすぎませんか?この町全体を貴女一人で見回るなんて無謀に近い気がしますが」

「誰も書斎の鍵に入らないから、その辺は諦めるしかない。ま、今は一応町全体見ることができているから問題ないだろう。問題ないというしかない」

「それは現実逃避と言いませんか?」

「どうしようもないなら逃避するしかないだろ?」

 ワタシはそう言って肩をすくめる。ココノは呆れたようにため息をついた。

 そういうやりとりをしているうちにワタシたちはある場所に到着した。それは鍵穴付きの扉だ。


 ワタシたちの拠点は「書斎」と呼ばれる場所だ。

 場所といっても、建物の中にある部屋のことではなく、特殊な方法でないと入れない空間、これを「ラオム」という。

書斎に入るための条件は鍵を所有し、どこでもいいので鍵穴付きのドアから入ること。この順序を踏まなければ書斎に入ることは絶対にできない。


 鍵穴付きドアの前に立ち腰のベルトに固定していた鍵を取り出し、鍵穴に差し込みまわした。

 ガチャっという音とともにドアは勝手に開く。

 ワタシは鍵穴に刺した鍵を抜き取り、中に入っていった。

 ドアの中に入ると、円形の部屋の中心に出た。部屋には一つだけ鉄製のドアがあり、足元には円形の術式が描かれ、壁にはいくつか光る鉱石が入ったランプが部屋を淡く照らしていた。

 ここは移動型術式魔法陣を張った部屋。簡単に言うと書斎の玄関だ。どこのドアから入っても必ずここに通じている。書斎から出るときもここから外に出る。

 円形の部屋の唯一のドアを開けると、細い通路が奥へ続いていた。一番奥にはまた同じようなドアがある。

 道に従って奥に歩いていき、またドアを開くと、そこには薄暗く、とてつもなく広い空間に出る。

 人間が千人入っても空間が有り余るくらいの広さとビル五階分ぐらいの天井の高さがあり、その空間の中に天井に届きそうなぐらいの本棚がいくつもあり、棚の中には分厚い本、薄い本、大きな本、小さな本など様々な本が隙間なく収められている。そのせいで広い空間のはずなのにいつも狭いと感じてしまう。まるで本棚の森のようだ。

 照明代わりに魔法陣の部屋と同じく光る鉱石のランプがいくつもこの部屋に置いてあるが、光が弱く、薄暗いので見通しが悪い。

 ワタシは本棚と本棚の間にある人が三人横に歩けるほどの通路を歩き、書斎の中心に向かって歩いて行った。

 最近は慣れてきたというのもあって目的地にまっすぐ歩いていくことができるのだが、最初この書斎を利用するときは何度も迷子になったものだ……。

 何度かモモにもう少しコンパクトにしないか?と相談しても

「本の収納場所が少ないのは嫌」

とのことで変更してくれなかった。

全く、現場調査後の報告をする身にもなってほしい……。


 数分歩いていくと、「書斎」の中心にたどり着いた。

中心というより、「部屋の奥にたどり着いた」という方が正しいかもしれない。

書斎の奥にはこの空間では最も明るい空間になるよう、いくつもの光る鉱石のランプが他の場所よりも多く設置されている。西洋風の来客用のソファが二つ向かい合わせに置かれ、その真ん中に小さく低いテーブルが置かれている。その少し奥には書類が山のように積み上げられている大きめの机と革製の椅子が一つワタシと向かい合うように置かれていた。

「いない」

 あたりを見回しても生き物の気配はない。どうやら留守のようだ。

しかし、今自宅に戻っても後日報告することになるのでワタシは来客用のソファに座り、しばらく待つことにした。

ココノもワタシの肩からソファの背もたれの部分に移動する。

「モモが書類と格闘していないなんて珍しいこともあるな」

「魔法の研究をするために別の部屋にこもっているか、仮眠しているかのどちらかでしょうね。どのみち待つしかなさそうですが」

「そうだな。後で報告しに来るのも面倒くさいし……」

 ワタシは黒コートの内ポケットから手のひらサイズの小さな箱を取り出し、中から紙タバコを一つだし口にくわえた。

そして別のポケットからマッチを出そうとしたのだが……。

「火がない……」

 どこかで落としてしまったのか、あるはずのマッチがなかった。

「先ほどの見張りの時にマッチを切らしていたのを忘れたのですか?」

「そうだったか?ならこっちにするか」

 ワタシは右手で指を鳴らした。すると右手の人差し指に赤黒い火が灯る。それを口にくわえている紙タバコに移した。

「ふぅ……今回はうまくいったか」

「ふぅ……。じゃないですよ。また火事になったらどうするのですか?私の火はただの火とはわけが違うのですよ?」


 ココノの能力は一言でいえば「炎」だ。赤黒い焼失する炎と黒い消失する炎。

 彼女の炎にはいくつか特徴がある。

 まず赤黒い炎は「火」という特性を最も強く持つ。燃やす、焼く、焦がすなどをすることができるが、火力は非常に高く、調整も難しい。

 黒い炎は炎という形をとっているが「燃やす」というより「朽ちる」という言葉がふさわしいだろう。

 例えば、黒い炎を利用して誰かに傷をつけたとしよう。この炎には熱さはなく、攻撃を受けたとしても痛みは感じない。だが、傷口からこの炎が侵入した場合、体内にある魔力に反応してどんどん燃え広がっていき、やがて朽ち果てたかのように消失していく。


「平気だろ。この客間というか、来客用のスペースは特殊な結界があるおかげで、最悪燃え広がるなんてことはないだろ。それに、喫煙してもいいと一応許可もとっているし」

 ワタシはそう言うと一服する。

「そんなこと言って、自宅を焼失させて引っ越す羽目になったのを忘れたのですか?」

「あれは、あれよ……。飯作るのが面倒だったからとりあえずなんか焼けばいいやって思ってだな……」

 そういうとココノはワタシと正面になるような位置まで飛び、こちらを睨むように目線を合わす。

「貴女はそろそろ加減というものを覚えてください。大体、何故家事が絶望的にできないのですか?掃除洗濯はサボる。料理もほぼせずインスタントのものばかりで珍しく外に出たと思えば仕事ばかり。私は心配でなりません」

 そう畳みかけられるように言われ、ワタシは後ろめたい感情を隠すように目線を外しながら

「おい待て、仕事は別にいいだろ。ついでに食糧の買い出しに行ってるし。それに聞いたことないぞ、そんな保護者みたいな使い魔」

と言い訳まがいなことを言う。

「主の健康状態を心配して問題がおありで?それに貴女、家で本ばかり読んでないで、たまには着飾ってショッピングにでも行ったらどうです?そんななりでも貴女は乙女なのですから。性別間違えられて嫌になるくらいならその仕事着と部屋着以外の服も買いなさい」

 しかし、彼女は説教のような口調で追撃をするようにそう言う。

 仕事上ワタシは様々な性格の人と会う。その中で当然自分とは合わない人間もいるわけで、基本的には人とは関わりたくないし、休日くらいは家でゆっくりしたい。まぁ、夜の見回りや昼の仕事、書斎の鍵の仕事をしていたら休む暇なんてないだろうけど。

「あら?ヒスイ?」

 背後から先ほどの念話と同じ聞きなれた声が聞こえた。振り返ると、白衣をまとい、眼鏡をかけた少女「モモ」が少々驚いた顔でワタシを見ていた。

正直助かった……。このままだったらココノの説教一時間ぐらい続いていただろう……。

「よう、どうしたんだ?お前が書類処理で頭を悩ませていないなんて珍しいな」

 ワタシは吸っていたタバコを右手でつまみ、コートのポケットから折り畳み式の灰皿を取り出してその中に入れた。

「毎度思うのだけれど、そのタバコは特別な素材で作っているから人体に害はないわよ?あくまでリラックス効果と微量に魔力を底上げする効果があるだけで。別に私の前でも喫煙していても大丈夫よ?」

「癖づいてるんだよ。非喫煙者の前で吸うのはよくないしな」

「貴女の口からそんなまともなことが聞けるなんて思っていなかったわ……」

 呆れ気味に首を振りながらモモは、ワタシの向かいにあるソファに座った。

 見た目は背の低い中学生ぐらいの少女にしか見えないが、れっきとした成人女性であり、この書斎を作り、書斎の鍵を作った張本人でもある。常に白衣と眼鏡を身に着けており、めったに外出しようとせず、毎日、書斎の机で山のように積みあがった書類の処理をしている。

 結界の維持のため、モモはあまり書斎から離れることはできない。そのため、ワタシのような現地調査をするものがこうやって直接報告しに来るわけだ。

「ごめんなさい。呼びつけておいて留守にしてしまって。ちょっと書類処理をやりすぎて寝ることを忘れていたから仮眠を少しとっていたの」

「だろうとは思ったけども。それにしたってあの量の書類。いつもどこから出てくるんだ?何度来てもあの机が綺麗に整頓されているところなんて見たことないぞ?」

「私はこれでも色々やっているの。この結界を持続するためにはそれなりのエネルギーとなるまとまった魔力がいるのよ。それを集めるために私は様々なものを材料にして加工してるの。貴女の着ている服、特にその黒コートなんて作るのが大変だったのよ?」

「そんなに貴重なものなのか?あまり実感ないが」

 実はワタシはココノの能力をそのまま使うことができるのだが、ただの衣類だとすぐに燃えて色々と困ってしまうので燃えない衣類をいくつかモモに作ってもらった。その一つが今着ている服なのだが、この黒コートはその中でもかなり便利な機能が備わっているがそれもまた別の機会に。

「じゃ、雑談もここまでにして報告するぞ」

「えぇ」

 あまりここに長居したっていいことないのでさっさと本題の天池町の見回りの報告をした。

「重点的にしてくれと言われていた地区は特に異常はなかった。それ以外の場所もひとまずは異常なしだが、前に言っていた町外れの廃工場と天池町唯一の神社「天池神社」にペリたちが集まってる気がする。人気のないところを好むものが多いのでしばらくは放置していたが、どうも集まりが異常だ」

「数はどれぐらい?」

「ペリのことか?普段の集まりだと多くて十くらいしか数はいなかったが、今回、五十以上は集まっている。だが、魔力が高いものはいなかった……気がする」

 正直、人の気配を察知するのは得意だが、魔力の探知となると途端にワタシはわからなくなる。

 元々魔力がなかったのでそういう機能がワタシには備わっていなかったのかもしれないが、今のところ自分でもよくわかっていない。単に苦手なだけなんだろうか。

「そう、わかったわ」

「ひとまず報告は以上だな。じゃあ、ワタシはこれで」

「お疲れ様。私はもうひと踏ん張りね……あと貴女はいい加減に自主的に家に帰って休むことを覚えなさい。この前一週間も不眠だったわよね?睡眠薬でも作ってあげましょうか?」

「寝れないものは仕方ないだろ。薬は……まぁ考えておくよ」

 そういうとモモは一つため息をついたあと、

「さて、貴女がさっき報告したものを記録しないと……」

と立ち上がりながら言う。

 ワタシはデスクワークが苦手だ。だからといって体を動かすのが得意というわけではないが、まだマシといったところか。

 すると、

「ヒスイ」

と、いつのまにか肩にのっていたココノがワタシに話しかける。

「なんだ?今日の晩飯なら家にあるものを適当に食うつもりだが」

「違いますよ。今日はここに残ってもいいですか?モモさん、お疲れのようですし、もとより報告書は本来ヒスイが書かなければならないのにモモさんに任せるのはちょっと気の毒な気もします」

 暗にお前も書類を書けと言われている気がするが、前手伝ったらなぜか書類が燃えたんだよな……。それ以来、モモは一切書類をワタシに触れさせてくれない。

 ココノが書斎に残って手伝いをすることは別に今に始まったことではない。モモもたまにココノに手伝いを頼むほど優秀らしい。たまに、うらやましいと私に言う位だ。

 モモの手伝いをするとき、彼女は人型の姿で手伝う。この町を拠点に活動し始めてから知らぬ間にココノはしれっとモモから人型になる術を教えてもらっていたようだ。

 そのおかげでごみ屋敷に近かったワタシの部屋がずいぶんと清潔になったのだが、健康管理までされるようになったのは少し驚いたというか、余計なお世話というか……。

「別にいいぞ。あとは帰って飯食って休むだけだからな」

「ありがとうございます。あ、夕飯は「オリエント」で済ましてくださいね。インスタント食品なんて食べたら燃やしますよ?」

 ココノはそう言い、ワタシの肩から床に降りて黒い炎に包まれる。炎が消えたころには人型になったココノの姿があった。

 人型になったココノは長い黒髪に暗く赤い瞳、肌も褐色で服装もほぼ黒統一のタンクトップに黒ズボンといった感じだ。外見年齢は20後半といったところか。

 また若めに年齢設定したなコイツ……。

 ワタシのあきれ気味の視線に気づいたのかモモが近づいて小声で

「言いたいことはわかるけれど、言うなら私のいないところで言ってね」

と言ってきた。

 ここで余計なことを言うと自身の末路がどうなるかわかっているのでワタシは突っ込まずこの場を立ち去ることにした。

「じゃ、またなんかあれば呼んでくれ。ココノが影にいなくても一応戦闘自体はできる」

「わかったわ。そのときは念話で」

 そう言い、モモは書類を整理するために書類だらけの机に向かい、早速ココノと作業に取り掛かった。

 ワタシは踵をかえし、ココノに言われた通り「オリエント」に向かうことにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る