第2話 1995年によろしく


  夕日の差し込む教室。

 壁にかけられた時計の短針は五、長針は十二を指していた。

「もうこんな時間、日も傾いてきたね。もう少ししたらこの時間では暗くなっちうね」

 世間話を装いつつも、何かを訴えるように彼女は話しかけた。

 教室には彼女ともう一人、机を向かい合わせる彼だけだった。

「衣替えするとすぐに冬が来る感じだよね」

 質問に対する返事としては微妙にかみ合わない言葉を返されて、少し残念そうな顔をしたが、すぐに彼女は努めて明るく言葉を返した。

「そうだね、一年があっという間だったよ。さっきも話を、したけど特に今年はね」

 言いながら彼女は手元の書類を指さしながら続ける。

「お正月が終わったと思ったらあの震災で、次には地下鉄のあの事件。何かおかしな事ばかり起きてさ、本当にテレビで言っているように世紀末って感じ」

「確かに生活が乱れてるって先生も言ってたしね」

「長瀬君、やっぱりちょっとズレてるよ。世の中の事件を私たちの日常くらいにしか思ってないんだもん」

「そういうわけじゃなくて。テレビで見ても現実感が持てないっていうか、何が起きたとしても自分の身の回りの事にしか手が回らないっていうのかな。何があったとしても結局は自分ができる事しかできないっていうか」

 長瀬。

 長瀬は曖昧ながらも、自分なりに真面目に考えたうえで話をしているのだと訴えかけた。

「そういえば長瀬君、震災の時も募金委員会みたいな事やってたよね」

「うん、成り行きでね。僕も何かしてあげたいって思ってたし、その時にできる事だったから」

「だからって寒いのに駅前で募金箱持って一人で立ってたりする?」

「あったかなそんな事?」

 長瀬は小首をかしげる。

「あれ、月島さんどうしてそんな事……」

「おっとっと、無駄話ばかりしていないでもう少し続けよう、長瀬君はまだ大丈夫? 今日はバイト?」

 月島は話をはぐらかすように自分のぶんと長瀬のぶんの資料をより分ける。

 心なしか頬が赤くなっているようだったが、長瀬の目にはおそらく夕日の照り返しだと思っただろう。

 二人の手元の資料には1995年度港中央高校卒業アルバム用資料とある。

 学生である彼らが本年度を総括するような話をしていたのは、ひとえにこの作業に沿った内容だったからなのだろう。

「今日はバイトはないからもう少しだけなら、それじゃ事件とか暗い話の作業じゃなくて流行とかの記事をまとめようか」

「ポケベルとかチビTとかぐにゃぱんだとか?」

「うん、そういうのを記載しておけば、いつか見返した時に懐かしめるんじゃないかなって」

「それなら映画とか音楽とかも書いておくといいかな」

「映画だと耳をすまして、とか? 音楽だとLOVELOVELOVELOVEとか

?」

「そうだね、その辺りは抑えておこうか」

 長瀬はどうやら流行などに疎いようで、月島に確認するように聞いてメモしていく、そこでふと月島を見た。

「そういえば月島さんってルーズソックスとか履かないよね?」

 不意の長瀬の言葉に月島は戸惑いながらも、聞き返した。

「え、もしかして長瀬君ってそういうの好み? ちょっと意外」

 長瀬敦也の見た目は特に乱れているわけでもなく。

 良く言えば平凡、悪く言えば凡俗といったところだった。

 取り立てて背が高いわけではなく、逆に低いわけでもない。

 太っているわけでも痩せているわけでもないし、逞しいと言えるほど大柄でもなければ、華奢というほど小柄でもない。

 一般的に茶髪、ルーズソックスといった類を好んで身に着けている女学生は流行りとはいえ、やはり派手に映るところはあり。

 そういった雰囲気を長瀬が好むというのは月島にとっては意外に思えたのだろう。

「好みっていうか、女の子ってみんなそういうのが好きなのかなって」

「うーん、私も嫌いじゃないけど。着けるかは好みによるかな、実は持ってないわけじゃなかったりするから」

 そっか、とだけ返事をすると長瀬は流行っていたものに頭を悩ませる。

「流行っているって言えば最近は、世紀末スペシャルとかも流行っているよね」

「世紀末ってノストラダムスの大予言とか、宇宙人とかUFOとか?」

 1999年七の月、人類は滅びる。

 そんな一説から端に発した終末論が確かに世間には流れ、それを煽るようなテレビ番組も確かに流行していた。

 そういった話題に全く興味の無い月島ですら耳にしていたのだ。

「長瀬君ってそういうオカルト好きなの?」

「そこまで興味はないけど、こうも耳に入ってくればどうしてもね」

「……案外さ、さっき話した地震とかもそんな予兆だったりして」

 月島は長瀬を怖がらせるように、わざと悪戯っぽく言ってみせた。

 長瀬は『不謹慎だよ、月島さん』と釘をさした。

 同時に長瀬敦也は思う。

 本当に人類が滅びるような事が何かしら起きるとして、そうじゃなかったとしても一月の震災のような事が自分の身に起きたとして、自分ができる事は何なのだろうと。

 いつの間にか、夕日は沈みかけていた。

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