第5話 こんな時間に何なのよ?!真夜中の襲撃者

 コロコロコロ、コロコロコロ――


 虫の音がどこからともなく聞こえる。


 パチパチと爆ぜる獣避けの焚き火。


 コロコ――


 突然、あれほど響いていた虫の音が止んだ――


 !!


 強い殺気。


 人影が音も立てず、かつ素早く馬車に近づく。

 馬車の扉を開け――


(皆様!!起きて下さい!!敵襲です!!)


(ありがとう!)


 全員に手際よく覚醒の魔法をかけて行くセリスに、最初に起こされたエミルが感謝を述べる。


(敵襲ですって?!こんな時間にどこのどいつよ?!)


(分かりませんが、野盗のようです。気配は4つ。ただ…)


 まだ眠気が引ききらない様子のエレジオールは苛立たしげに問う。


(ただ?)


(一つだけ異質な気配が混じっていて…それが何なのかは直接確認しないと分かりかねます。)


 エミルは既に馬車の外で、迎撃体制に入っている。


 集中し、聴覚を研ぎ澄ませる。


 ――ヒュン、ヒュンヒュン!!

 ――キンッ、キンキィン!!


 野盗の放った矢の音を敏感に聞き取り、方角を確認、たたき落とす。


 明るい昼間であっても神業に入るであろうその動作を、この暗闇の中でやってのける。


(チッ!)


 野党の舌打ちまでも聞き取ったエミルは、不穏な呟きをも聞き取り。


「エリィ、魔法攻撃が来るぞ!!」


「分かってる!!」


 いつの間に隣に来ていたエレジオールは、すかさず魔法障壁を張った。


 ゴオオォォォン!!


「くっ、なんて衝撃!!やるじゃないのよ!!」


 エレジオールの魔法障壁を持ってしてもギリギリ耐え切ることができるレベルの高火力の火炎魔法。


 ――ただの野党如きがこんな高度な魔法を?!


 そんな馬鹿な。火炎魔法の効果時間を耐えきったエミルとエレジオールは、魔法の消えた跡を見て絶句した。そして先程のセリスの言葉を思い出す。


 ――一つだけ異質な気配が混じっていて――


 そこには、その異様な気配が放った火炎に焼き尽くされた3人の夜盗が、無残な姿を晒していた。


 そして、その奥に。


 背筋が凍るほどの存在感を放つ何かが、いた。


 視認出来た訳ではないが、確かにいる。先程まで纏っていた圧倒的な殺気を、今度は微塵も感じなくなってなお、寒気がするほどその存在を感じる。


「ふふふ、坊や達やるじゃない♪私の魔法を避け切るなんて!!素敵よ♪」


 唐突に異質な存在が話しかけてきた。


「――!!何者だッ!!」


 エミルですらようやく声を絞り出すのが精一杯のようだ。


「あらいやだ、私が誰か、ですって??お楽しみは後に取っておくものよ??」


 ふふふ、と恐ろしく妖艶な笑い声が聞こえ、そしてその声はこう続ける。


「今日はとりあえずご挨拶だけしに来たのよ。魔王様に楯突く可愛い勇者君とそのお姫様に、ね♪またいずれ逢いましょう??その時は――」


 ほんの一瞬、昼のように明るくなったそこには、男ならば誰でも吸い寄せられてしまいそうな程に艶かしい1人の美女が。


「たっぷり可愛がってあ♡げ♡る♡」


 オーホホホホホホ!!


 高笑いとともに災難は去った。


 しばらくその場を動けそうにないエミルとエレジオールを残して。



 ◇◇◇◇

 カッポカッポ、カッポカッポ


 ……。


 夜が明けて、馬車は進む。けれど誰も何も話さない。


 昨夜の襲撃が余りにも衝撃的だったのだ。


「話の感じからして、あの女性は魔王の配下のようだったけど。改めて魔王が気を抜けない相手だって思い知らされたよ。」


 エミルはしみじみと呟く。


「野盗を魔法で操ってたみたいだけど、あっさり使い捨てるなんて…」


 セリスが言うには、3人の襲撃者の遺体には、精神操作の魔法の痕跡があったらしい。


 肩を抱いて身震いするエレジオールに


 **一国を滅ぼしておいてエリィも大概じゃない?


 **なんですって?!もう一度言ってごらんなさい?!


 そう言い返しながら、シェリィだけはいつもと変わらないのに何だかホッとする。


「ま、相手の手の内が少しでも見えた、ってことにしておきましょ!!いつまでも暗くなってるなんて、私たちらしくないじゃない??」


 エレジオールの一言に、一同は少しずつ明るさを取り戻していった。


 そんな時、セリスが馬車内に声をかける。


「おや、目的地が見えて参りましたよ!!」


 先程から続く見渡す限りの畑が途切れ、ゴツゴツした城壁と厳つい城が遠目に見えてきた。


 ナルドロスは、もうすぐそこ、である。



 ◆◆◆◆

 それなりの広さのある部屋。


 1組の男女が、そこで向かい合っていた。


 そこかしこにある調度品は、どれも高級であると一目で分かる上に、成金にはなし得ないセンスを感じるものばかりだ。


 髑髏を刻んだ悪趣味な玉座も、主が座せば品の良い装飾品にしか見えなくなるから不思議だ。


 女は座した男の手の甲に軽く口付ける。


「して、どうだったかな?」


 謁見の間の主は、ゆらり、と玉座から立ち上がり、女に問うた。


「とても可愛い男の子でしたわ。思わず食べちゃいたくなるくらい♪」


 女は主にしなだれかかる。


「…そうか。」


 女をさりげなくかわしながら不機嫌そうにそれだけ答え、男は玉座に座り直す。


「あらやだ、焼きもちですの?ふふっ、可愛い♪」


「……そういう冗談は好かん。」


「もう、つれないんだから。そんな所もス♡テ♡キ♡」


 そう言うと女は突然男に口付けた。


 しばらく濃厚なそれを女が堪能した頃合いを見計らい、男は女をそっと引き剥がす。


「そういう冗談は好かん、と言った」


 静かだが威厳のあるその声に、普通であれば魂も縮み上がるというものだが、女はイタズラを咎められた少女のように悪びれない。


「そんな怖い顔しないで?次、彼に会ったら今度は挨拶だけじゃ済まさないから。美味しく食べてあげちゃう♪文字通り、ね♪」


 そういった女の笑みは妖艶…否、凄惨なものだった。


 ◆◆◆◆


「わあ、このスープ美味しい!!エリィも飲んでみて!!」


 ここは眠れる獅子亭、ナルドロスの食堂の1つである。


 決してそれほど高い店ではないのですが、味は折り紙付きだそうです、というのはセリスの弁。


 所詮安い食堂、とテンション下がり気味のエレジオールは、エミルに勧められて渋々口をつけた。


「!!このお値段でこのお味……!!安くても美味しいものってあるのねえ……!!」


 変な感動をしつつ他の料理にも手を伸ばすエレジオールを満足そうに見つめ、自らも食事に戻るエミル。


 彼らがナルドロスに着いたのは昼を少し回った頃である。


 お腹が減ったと食事を催促するエレジオールを、ナルドロスについたらお店で美味しいものが食べられますから、とセリスが宥めすかしていたのだ。


 当のエレジオールはと言えば、つい先程まであまり高級店とは言えない店構えにブツブツ言っていたのが嘘のように、出された料理をひたすら頬張っている。


 ――美味しいって正義よね!!


 そんなことを確信しているエレジオールの横ですかさず


 **美味しいって罪だよね。エリィが肥えるもん。


 **……人が美味しいもの堪能してるのに水差すのやめて頂ける?


 エミルは言うに及ばず、エレジオールもこういう面では単純で、美味しいものがあれば嫌な事も忘れられるタイプである。


 昨夜の襲撃など、とうに記憶の彼方へ押しやられていた。


 食事を堪能したお気楽勇者一行は宿をとると、まずは旅の疲れを癒すことにする。


 ナルドロス女王への謁見は、明日、である。

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