第6話 女王様は勇者がお好き?!

「そなたが勇者エミルか、よくぞ来てくれた!」


 そう言うとナルドロス女王は、美しく人の良さそうな笑顔をエミルへ向ける。


 ナルドロス城、謁見の間――


 ふと玉座から立ち上がったかと思うと、なんとエミルに握手を求めてきた。


 びっくりしつつも応じるエミル。


 握手こそ求めて来なかったが、エレジオールとシェリィにまでもにこやかに挨拶する女王に、


 **随分気さくな女王様ね…


 そんな感想を抱くエレジオール。


 **エリィがちょっと粗相しても許してくれそうだね!!


 **…私はアンタの粗相が気になるけどねえ、シェリィ。


 座った目で睨まれて大人しくなるシェリィ。


「まあ、楽にしておくれ。実はノーディルンが君の支援を決めてから、妾は勇者エミルのファンなのじゃよ!!」


 そう言うと、エミルの功績を諳んじてみせる。


「最初の活躍は確か、自らの生まれた街、ウェラを悩ます水妖を退治したのだったな!なかなか高位の水妖をたった1人で倒した功績をノーディルン王に買われたと、詩人が謳っていたのう。」


 聞けば、女王は大の英雄譚ヒロイック・サーガ好きとの事で、度々宮廷に吟遊詩人を呼んではあらゆる伝承を歌わせていたものの、伝承では物足りなくなり、最近活躍している勇者の物語をお抱えの詩人に歌わせているのだそう。


 他にもエレジオールに会う前の功績をいくつかあげた女王は、勇者本人を目の前にしてその熱が収まらないのか、とても興奮した様子だ。


「アルガドールでの活躍も聞き及んでおるぞ!アルガドール王め、これ程の若者に雑用させるとは!!」


 エレジオール以上の憤慨っぷりに若干引き気味の一行を尻目に、ナルドロス女王はさらに続ける。


「勇者エミルよ!!是非我が国でゆっくりして行っておくれ!!」


「あ…ありがたきお言葉、感謝します!しかし…私達はこの大陸のほかの王家にも一通りご挨拶しに行かねばなりませぬ故、あまり長居は…。」


 あまりの熱狂ぶりに気圧されつつエミルが答えると、


「そうか、それは残念じゃのう。」


 心底残念そうに肩を落とした女王は、はた、と何かに気づいたような表情になり。


「次の王家というと…カラノアかの?それは困ったのう…。」


「どうかされましたか?」


 エレジオールが問うと


「実は…知っての通り、カラノアは山岳地帯でな…ここから向かうにはカラノアを取り囲む岩山の登山道が一本あるだけなのじゃが。」


 そこで一旦言葉を切り、深いため息をついた。


「決して細くはないが、広くもないその登山道の入口に、魔物が居座ってしまってな…襲ってくることはないようなのだが、何分巨大でのう。物理的に通行止め状態なのだよ。我が国は農業国家で軍事はあまり力を入れておらぬ故、倒すどころか追い払うこともままならぬ。」


「カラノアに行くには、その魔物を何とかしないといけないのですね…ならば、我々が――」


 エミルが言いかけたその時、


「我々が何とか致しますが、その前に報酬のお話をさせて頂いても?」


 エレジオールが先手を打った。


「ふふふ、美しいだけでなく聡いか。良い仲間持っているのじゃな、勇者殿は。もちろん構わんとも!」


「では―(さらさら)―危険手当も込で―(さらさら)―これくらいの額でいかがでしょうか?」


 女王の従者からペンを借りたエレジオールがこれまた借りた用紙に金額を書き込んでいく。


「要は登山道が通れるようになればよろしいですわね?手段はこちらに任せていただきますわ。」


「つまり、追い払っても退治しても同額、ということじゃな。構わぬよ。――どれ。」


 そう言ってエレジオールが書き込んだ金額を見て、女王は思わず唸った。そして、


「はっはっは、これは愉快!!なかなか見事なところを突いてくるのう。こちらに過度な負担にならぬ程度に取れるだけ取ろうということか!!お主、エレジオールと言ったか――妾が思っていた以上のやり手じゃな。」


「お褒めに与り光栄ですわ。」


 そう言うとエレジオールは極上の、そして強気な笑みを浮かべた。


 **エリィのがめつさが前向きに評価されるなんて…明日は炎槍フレア・ジャベリンでも降るんじゃない?


 いつものように減らず口を叩くシェリィの背中に、笑顔を1ミリも崩さずにさりげなく爪を立てて黙らせる。


「しかし…追い払っても同額にしては、ちと高額なのではないかの?」


 女王はさすがに指摘が鋭い。しかしそこで怯むエレジオールではない。


「追い払う場合、再発防止策を策定します。それが出来ない場合は退治、ならば同じでも問題ないかと。」


 ふむう。


 女王はしばし考え、ゆっくりと口を開いた。


「良かろう、交渉成立じゃ!登山口の魔物の件、良きに計らえ。こんな時世じゃ、カラノアの民も我が国からの物資を待ち望んでおるはず。よろしく頼むぞよ。」


『承知致しました!!』


 エミルとエレジオールの力強い斉唱が広間に響き渡る。


「では、下がるが良い。」


 一同は女王に深々と一礼し、謁見の間を辞した。


 ◇◇◇◇


「ふむ、まだまだじゃな!」


 勇者一行が去った広間で、女王は誰にともなく語りかけた。


「と、いいますと?」


 いまいちなんの事か測りかねた側近はその真意を尋ねる。


「ふふふ、あの二人…まだまだこれから、と言ったところか。」


 いつになく楽しそうに女王は呟くと、いたずらっぽく笑い、


「帰ってきたら少しからかってやろうかのう。」


 ワクワクしてたまらない、と言わんばかりの女王に頭を抱える側近であった。


 ◇◇◇◇


「お帰りなさいませ、エミル様、エレジオール様。」


 一旦宿に引き返してきたエミル達を、恭しく迎えるセリス。


「エミル様のお部屋にて皆様のお茶をご用意しております。どうぞお召し上がりください。」


 そう促されエミルの部屋に着くと、オシャレなティーポットに淹れられた紅茶とティーカップが2組、更に簡単な焼き菓子がセッティングされていた。


「やるわねセリス!…早速頂こうかしら。」


「じゃあ僕も!!」


 何食わぬ顔で席に着くエレジオールに釣られるようにエミルも席に着いた。


「女王陛下との謁見はいかがでしたか?」


 温かい紅茶をサーブしながら、セリスは聞く。


 相変わらず飲む時間を計算し尽くして淹れられたとしか思えない最高のお茶と、自作したのか買ってきたのか不明だがこれまた絶品の焼き菓子に舌鼓を打ちつつ、2人は女王とのやり取りを話して聞かせた。


「ふむ、街道を塞ぐ巨大な魔物、ですか…」


 エミルの要望で紅茶用のミルクを用意しながら、セリスは呟く。と、


「そういえば、巨大以外の外見的特徴聞き忘れたわね…」


 紅茶はストレート派のエレジオールがカップを傾けつつ、大事な事に気づく。


「襲ってくる気配がないとの事だし、出来れば追い払う方向で行きたいんだよね。それに、仮に倒したところで死体で塞がったら意味ないし。」


 セリスが用意したミルクと砂糖を紅茶に足しながら、エミルは考え込む素振りを見せた。


「ごもっともでございますね。しかし、相手がどのような魔物か分からない以上、対策は打てませんね。一度現地を視察した方がよろしいかと。」


 セリスが提案する。


「そうだね!1度現地に行ってみよう。じゃないと始まらないな。」


「分かったわ、行きましょ!でも、もう今日は疲れたから、明日にしない?」


 エレジオールのワガママに苦笑しつつ、一行はナルドロスの宿にて2日目を過ごすこととなったのだった。

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