第4話 レッツ!!ネゴシエート!?

「勇者エミル、ただいま戻りました!」


 辺境の家畜泥棒騒動を解決してさらに数日。

 アルガドール城謁見の間に、エミル一行は来ていた。


 勿論、結果報告(と報酬の交渉)をしに来たのである。


「勇者エミルよ、よくぞ戻った!!おや?そちらの美しいお嬢さんは?」


 前回の謁見時にはいなかったエミルの同行者に目をやり、アルガドール王が尋ねると。

 彼女は思わず見とれる程の優雅なお辞儀をし、


「エレジオールですわ、王様。勇者エミルに魔法使いとしてお仕えしております。以後どうぞお見知り置きを!!」


 そう言って輝かんばかりに微笑んだ。


 王をはじめ一同がそのあまりの美しさに息をのみ、謁見の間のあちこちからため息が漏れる。


「これはこれは。並み居る国々の美姫を集めてもそなたの美しさに敵うものはそうそうおるまい。しかと覚えた。」


 年甲斐もなく照れた様子を見ると、割と本気で言ってくれているらしい。


「ありがとうございます、光栄にございます!」


 と、おもむろにコホン、と気を取り直すように咳払いをした王は、エミルに向き直った。


「して、件の集落はどうであった?」


 ようやく入った本題に、エミルは姿勢を正して一礼し、報告する。


「はっ。原因を調査し、取り除きましたゆえ無事解決致しました!」


 ――ふーん?公の場では割とまともな対応できるんじゃない。普段はふわっふわしてるクセに。


 そんな感想を抱きつつエミルに追従して一礼するエレジオール。


 **エリィこそ普段ガサツなくせにこういう時の面の皮の厚さハンパないよね!!


 **ちょっと?!勝手に人の心読まないで!!しかも言うに事欠いてそれ何よ!!


 念話でしょうもない戦いを繰り広げている間にも、話は進み。


「あいわかった、此度の働き感謝する。またなにかの折にはよろしく頼む!!下がって良いぞ!!」


 話は終わった、と言わんばかりの王に、エレジオールは待ったをかける。


「お待ちください、王様。恐れながら申し上げます。今回のご依頼に関しまして、対価を頂きたく存じます。」


 途端に周囲がざわついた。


「対価、とな?確かに我が国に貢献した者には褒美を与えんとな。儂としたことがうっかりしておったわ!」


 はっはっは、と笑って誤魔化してはいるが、内心の焦りを読み取れないエレジオールではない。


 ――完全に踏み倒す気だったわねこれは……。


 心の中で溜息をつく。


「では、この額でどうかな?」


 王は従者に小切手を用意させ、さらさらと額面を書き込んでこちらに見せた。


 従者に渡された小切手はまあまあ妥当な金額だったが。


「王様、ありがとうございます!こんなことを言うのも心苦しいのですが、もう1つ頂きたいものがございます。」


 エレジオールは強気だ。


「ほう、申してみよ!」


「移動用の乗り心地のよい屋根付き馬車キャリッジを御者付きで1輌、頂きたく存じます。」


「ふむ。まあそのくらいなら構わぬが、その代わり今後も我が国の大事には駆けつけると約束してもらおう」


「分かりました。但し都度報酬は頂きますので、そこはご了承ください。それから、私共は旅の途中ですので、遠方にいる場合は直ぐに駆けつけられないこともご承知おきを。」


「あいわかった!しかし勇者よ、しっかり者の従者を得たな。大事にすると良い。」


 話を横でハラハラしながら聞いていて、突然話題を振られたエミルは慌てて返事をする。


「はっ。ありがとうございます!」


 王は満足気に頷き、勇者一行を送り出した。


「さあ、行け!勇者エミルよ、必ずや魔王を討ち果たすのだ!!」


 ◇◇◇◇


「お待ちしておりました、勇者エミル様、エレジオール様。」


 一行が城を出ると、突然上品な身なりの青年が話しかけてきた。


 **シェリィを無視するなんていい度胸してるじゃん??


 シェリィの憤りはとりあえず放っておいて。


「ええと、どちら様?」


 青年をまじまじと観察する。


 栗色がかった黒髪のオールバックは、清潔感を損ねない絶妙なバランスをキープ。ふちなしメガネの奥に光る漆黒の瞳。知的な面差しが、エミルとはまた違う魅力を感じさせる端正な顔つきの青年だ。

 決して派手ではないが、一目見て上質と分かる御者服に身を包んでいるところを見ると、もしかして――


「失礼、申し遅れました。皆様の馬車の御者を務めます、セリシオールでございます。セリス、とお呼びください。」


 そう言うと慇懃に一礼し、一行を馬車までエスコートしてくれた。


「……凄い!!」

「こういうの待ってたのよ!!アルガドール王、分かってるぅ!!」


 そこには四頭立ての立派な乗用馬車キャリッジが停めてあった。

 乗り心地のいい馬車、とは言ったがここまで豪華なのは正直予想外ではあったのだけれど。逆に好都合である。


 **良かったね、これだけ乗り心地良さそうな馬車で!!エリィが肥えるね!!


 **お黙り!!一言余計なんですけど?!


「なお、御者だけでなく皆様の冒険のサポートも仰せつかっておりますのでお気軽にお申し付けください。」


「冒険のサポートって例えばどんな事して下さるの?」


 エレジオールがさりげなく聞くと。


「偵察、戦闘、宿営の準備や後片付け、宿営中のお食事のご用意、財務管理などなど、仰っていただければ。」


 セリスは澱みなく答える。その様で有能であろうことが知れるほどに。


「なんでも出来るんだね!!頼もしいな。」


 エミルは単純に感動している。


「財務管理は私がするのでお気遣いなく。その代わり食費は渡すのでその中で美味しいものを作って下さる?」


 まだ完全に信用していない、という意思表示でもあったが、


「かしこまりました。お申し付けのとおりに致します。」


 素直に従うセリス。


 **エリィに財務任せたら即財務破綻するんじゃない??贅沢のし過ぎでさ!!


 **うるさいって言ってるの分からないかなー?!私だって馬鹿じゃないのよ!!やりくりくらいは出来るわよ!!第一今まで破綻してないでしょーが!!


 都合の悪いことは聞き流すらしいシェリィの相手にいい加減疲れてきた頃。


「次の目的地はいかが致しましょう?」


 セリスの問いに、エミルが答える。


「一応この大陸の全ての国のトップに一通りお目通りしておかないと。旧サリーシャの暫定政権も含めて。」


 ぴひくぅっ!!


 **サリーシャ……行くみたいだけど??


 **うっ……


「エ、エミル?とりあえず南下しましょ?!旧サリーシャは後でいいわよねっ?!」


 エレジオールの言外の圧力にたじろぐエミル。


「分かった…けど、いずれ旧サリーシャにも行くのは避けられないからね?」


「ありがとう!!」


 そう、旧サリーシャとは、エレジオールが滅ぼした(ことになっている)国だ。

 一般人には顔は知られていないかもしれないが、前王家一派の残党や、暫定政権のメンバーにはエレジオールを知る者もいるかもしれないのだ。今近寄れば何が起こるか分かったものではない。


 後回しにしただけとはいえ、今行かなくて済んだことに心底ほっとしているエレジオールにシェリィが囁く。


 **良かったね~、死期が延びて(笑)!!


 **ちょっと!!不吉なこと言わないで、縁起でもない!!


「では…南下されるとの事ですので、南の隣国、ナルドロスを目指しますが、よろしいでしょうか。」


 セリスの問いに、うん、とエミルが応える。


「ひとまずナルドロスのお城を目指そう」


「かしこまりました。」


 セリスは一礼し、一行が馬車に乗り込んだのを確認して自らも御者台に上がり。


 馬たちに優しく鞭を入れ、ゆっくり動き出す馬車の向きを整えると、そのままアルガドールを出立する。


 儀仗兵達が見送る中、乗り物と新しい仲間を得た一行はナルドロスへと旅立つのだった。

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