第3話 初めての共同作業?!

 翌早朝。


 勇者一行は仕掛けた魔導マーカーを辿り、問題のモンスターの巣へと向かっていた。


 魔導マーカーとは、その名のごとく魔法の力を使った目印である。昨夜エレジオールが囮の鶏に予め施したもので、この囮に接触した者の位置情報を術者に伝達するのだ。


 昨夜のうちに襲撃があると読んだが、上手くいったらしい。しばらく移動するマーカーを追っていく。


「多分、この道で間違いないと思う。そろそろ着きそう。マーカーが止まってる」


 エレジオールはエミルに告げる。多分、と言うのは位置情報がわかると言っても、現地点からの直線的な方角と距離なのである。実際の地形と照らし合わせながら進むので、土地勘のないエレジオールにはこの道が目的地に繋がっている、と確定できないでいるのだった。


「ありがとう、エレジオール。」


 そういうとエミルは携えた剣を握り直す。


 全身の神経を研ぎ澄ませ、警戒レベルを限界まで上げた。

 注意深く辺りを見回す。


 !!


「あそこに洞穴があるね…あの中かな…?」


「うん、どうやら間違いなさそうね。」


「よし、行こう。」


 警戒しつつ洞穴に踏み込む。


 エミルは進みながら神経を集中させる。


 常人をはるかに凌ぐ五感――それが勇者たる彼に与えられた能力の一つなのかは分からないけれど――今は嗅覚と聴覚を特に意識する。


 立ち込める獣の臭いと、正体不明の悪臭、鶏肉と鶏の血の匂い、それから…鶏の匂いもする?!


 耳には獣の寝息らしき呼吸音と、鶏の鳴き声、それから――意味は分からないがヒソヒソと言葉のやり取りのような?不思議な声のようなものも混じっている気がするが…


 ――誰かいるのかな?


 エミルは考える。

 こんな所に人間?ひょっとしてモンスターを使役できる?魔王の手下の可能性もある…人間のモンスター使いの仕業なら何かと面倒な事になりそうだけど…


「ちょっとエミル!」


 小声でエレジオールが注意した、その時。


「グルルルル…!」


 少し離れたところからモンスターの気配がした。

 どうやら考えに集中しすぎて近づきすぎたようだ。


 しまった、と思ったがそこは勇者である、咄嗟に距離を取り、戦闘態勢に入った。


 狼を一回り大きくしたようなモンスターが二匹、こちらの様子を伺っている。


 そして、わざと隙を見せたエミルに襲いかかった!!


 キィン!!


 エミルが剣を抜いた音が聞こえた、ような気がした。


 と、同時に向かって右にいた狼モンスターがドッ、と地に伏した。


 ?!


 エレジオールは目を見張った。

 何が起きたのかよく分からなかった。

 けれど、エミルがモンスターを瞬時に仕留めたのだ、ということは何となく分かった。


 鮮やかな手並みとかいうレベルではない剣技に、ただただ圧倒される。


 残った狼モンスターは完全に戦意を喪失したのか、洞穴の更に奥に向かっていく。


 慌てて追いかけていった二人が見たものは――


「コロサナイデ…」

「コワイヨ…」


「…ゴブリン族?」

「そう…みたいだね…?」


 酷く脅えた2人の蛮族だった。


「なーんだ、蛮族の仕業かー。さくっと退治して帰りましょ。」


 気構えて損した、とでも言いたげなエレジオールに、


「ちょっと待って、話せるなら事情を聞いてみようよ?ほら、こんなに怯えてる。」


 エミルが異を唱える。


「怯えてようが、蛮族ほっといていいの?」


「話聞いてみてからでも遅くないじゃない?切り捨てるなんて後でもできるし。平和的に解決できるならそれに越したことはないもの。」


「…あんたって、とことんお人好しねえ…」


「ふふっ、ありがとう」


「褒めてませんー」


 呆れ顔のエレジオールを後目に、エミルはゴブリン族に声をかけた。


「君たち、どうしてこんな所に?ゴブリン族は一族単位で暮らしてるはずだけど、2人だけなの?」


「オレタチ、一族ノ移動中、ハグレタ。」

「一族ドコイッタ、ワカラナイ」


 2人は交互に事情を説明した。


「このモンスターは?ゴブリン族のモンスター使いは聞いたことないけど…」


「コイツ、オレタチ、タスケテクレタ」

「ゴハン、クレタ、トモダチ。コロサナイデ…」


「そっか、命の恩人なんだね。でも、ご飯ってもしかして…集落の鶏のこと?」


「トリ、ドコノカ、シラナイ」

「デモ、ホカニ、クウモノナイ」


「でも、これは人間の集落のものだから、もう取らないで欲しいんだけど…友達に伝えてもらえる?」


「ワカッタ、トリ、カエス」

「オレタチ、スコシフヤシタ」

「ヒトツ、オネガイ」

「トリ、ツガイダケ、クレ」

「ツガイ、フヤス、モウ、トリ、トラナイ」


「本当かい?」


「ゴブリン族、ヤクソク、マモル」

「一族ノ、ホコリ、カケル」


「ありがとう!鶏はどこにいるの?」


「コッチ、ツイテコイ」


 言われるままについて行くと、洞穴の最奥にまあまあの数の鶏がいた。


 約束通りひとつがいは彼らに譲るとして、それなりに数がいる鶏を、どう運んで良いものか。


「どうしよう?」


 そもそも鶏が生きていて、しかも増えているのは想定外だ。


 困惑しているエミルをみかねたのか、エレジオールが面倒そうに口を開く。


「本当はあまり使いたくないんだけど…」


 パチン!


 エレジオールが指を鳴らしたその途端。


 ?!


「鶏、消えた?!」


「空間操作の魔法よ。結構疲れるから限定的な範囲でしか使えないけど、このくらいの数の鶏を収納するくらいならまあなんとか。」


「凄い凄い!!魔法ってこんなことも出来るんだね!!」


 ――さっきのあんたの方がよっぽど凄いわよ。


 心の中でツッコミをいれるが、口には出さないエレジオールである。


「さ、戻ろう。」


「そうね、さっさと戻って鶏パーティーよっ!!」


 ◇◇◇◇


 集落に戻った2人は、集落に置いてきたシェリィと合流、長への報告と回収した鶏の返却を終え、無事成功報酬を受け取った。


 長は蛮族を気にしながらも、鶏が増えて戻ってきたことを大いに喜び、集落の女衆総出で伝説の鳥料理を準備するよう通達を出した。


 エミルはどうか知らないが、エレジオールは正直味にさほど期待していなかったものの、鶏を知り尽くした集落の女衆が作る鳥料理のフルコースは、素朴ながらも鳥の旨味が存分に引き出されていて、なるほど、伝説と言われるのも納得せざるを得ない。


 小さな集落の特別な祝いの味を十二分に堪能した一行は、そのまま酒宴となった集落で一夜を明かし。


 翌日、アルガドールに戻るべく出立した。


「アルガドール王、辺境の雑用をこの私に押し付けたこと、後悔させて差し上げますわ!首を洗ってお待ちなさい!!」


 高笑いしながらそんなことを言うエレジオールに、


「それ、悪役みたいなんだけど…」


 苦笑しつつツッコむエミル。


 **まあ、所詮エリィだもんねー。


 **…あんた、いっぺん死ぬ??


 置いていかれている間、集落の子供たちに引っ張りだこでご機嫌ナナメのシェリィに、エレジオールはさらに険悪な眼差しを投げた。


 念話が分からないエミルはのんびりと2人の少し前を歩いている。


 この時はまだ誰も知らなかった。

 これからこの世界に起こる、災厄の予兆を。

 運命の歯車が、今、回りだす――

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