第2話 こんなはずじゃ?!勇者様の懐事情
「疲れたー!足いたーい!エミルぅぅ、ねー、ちょっと休も?」
今日に入って何度も聞いたセリフに勇者エミルは苦笑しつつ、
「あともうちょっとだから、頑張って!」
エレジオールを励ます。
**シェリィ、あんた空飛べて楽そうね。ちょっと私を運んでくれない?
突然シェリィに飛び火した。
**無茶言わないでよー、シェリィにはそんな力ないの知ってるでしょ?そんなに飛びたきゃ折角魔力あるんだから自力で何とかしなよー。
心底迷惑そうにシェリィが答える。
**魔力なんか使ったら余計疲れるでしょーが!大体…
エレジオールの愚痴が始まった。シェリィはこっそり念話遮断の魔法をかけ、愚痴を完全スルーする構えだ。
アルガドールを離れて数日が経っていたが、その間にエレジオールは完全に猫をかぶるのをやめてしまっていた。
――事の発端は 、アルガドールを出立する時に遡る。
次の目的地に向かおうとしたエミルを、エレジオールが止める。
「ちょっと待って、乗り合い馬車の乗り場はこっちだけど?」
エレジオールは乗り合い馬車の看板を指さした。
「うん、知ってるけど、それがどうかした?」
エミルは構わず歩き出そうとする。
「知ってるけど、って…まさか歩いて行くつもりなの?!」
「え?そのつもりだけど?」
「は?なんで?」
「なんで?って、乗り合い馬車だと目的地の途中までしかいけないからね。そもそも路銀は限られてるし、なんかの時のために節約しないと。」
さも当然、と言わんばかりのエミルに、よぎる一抹の不安――
「…あんたって、もしかしてお金ないの?」
恐る恐る聞くエレジオールに、
「ないこともないけど、お金持ちではない、かな?」
しれっと返すエミル。
「えーと、ノーディルンからの支援金はどうしたの?」
「あー、えっとね、最初にそこそこ纏まった旅費を貰ってそれっきり、かな。だから節約しないと。」
「なんですってえええ?!」
つい大声を上げると、
「…着いてくるの、やめる?」
まるで捨てられた子犬のような目で見つめられ、精神ダメージを受けるエレジオール。少し考えてから口を開いた。
「いいわ、こうなったら乗りかかった船よ!!例えそれが泥舟だって、豪華客船に改造してやるわ!!エミル、あんたどうせ支援金ケチられてても気づかないタイプよね?!私が交渉代わるわ。ノーディルンでもアルガドールでも、支援金たんまりふんだくってやる!!いいわね!!」
「は、はい!!」
有無を言わさぬエレジオールの気迫に気圧され気味に返事をするエミル。
――優雅な馬車旅しつつ各地の美食を極める計画があああ!
こうして完全にアテの外れたエレジオールは、素に戻ったのだった。
さて、現在に話を戻そう。
エレジオールがブツブツぶーたれている間に、一行は小さな集落に到着した。
「さあ着いたよ!」
エミルはそう言うと集落の長に挨拶をすべく、その家を探し始める。
「え、ここ…?」
あまりの寂れっぷりにエレジオールは困惑を隠せない。
「うん、ここ。アルガドールの王様から、辺境の集落からモンスター討伐の要請がきてるけど、軍じゃ手が回らないからよろしくって言われてね。」
「へー。で、報酬は?」
正直嫌な予感しかしないのだが、一応聞く。
「報酬?」
きょとん、と大きな空色の瞳を丸くするエミル。
「だー、もう!そんなことだと思った!!あんたねえ、もっとプロ意識を持ちなさいよ!!いくら勇者ったってボランティアじゃ生活できないでしょうが!!大体ねえ、私達には世界の平和がかかってんのよ!!こんな雑用だって命張ってるワケ。それを無報酬ですって?!有り得ない!!」
「いや…みんな無料で泊めてくれたり、食べ物分けてくれたりするから、そんなに困ったことなくて…」
タジタジなエミルを、
「それだけじゃ足りないでしょうが!!」
エレジオールが一喝する。
「いい?!今後どんな依頼でも誰からの依頼でも、少額だろうと必ず報酬は取りなさい!!自分を安売りしたら後悔しかしないわよ!!」
「わ、分かったよ。気を付ける。」
「とりあえずこの依頼が終わったら、一旦アルガドールに戻って報酬巻き上げるわよ!!」
「う、うん。」
エレジオールの剣幕に圧倒されながら、エミルは頷いたのだった。
◇◇◇◇
「…という訳でして、村の家畜を襲うモンスターの討伐をお願いしたいのです」
集落の長老宅。
質素な作りの家だが、集落のほかの家に比べて若干立派な造りではある。
討伐依頼の詳細を聞いたところ、よくあるはぐれモンスターによる家畜被害のようだ。
「では、そういうことですので、よろしくお願いします」
「お待ちください」
モンスターの情報を話し終わると、話は終わったとばかりに下がろうとする長老を、慌ててエレジオールは呼び止める。
「まだ、何か?」
不思議そうな顔をする長老に、
「報酬のお話が済んでいませんが、いかがいたしましょう?」
みるみるうちに長老の顔が青ざめる。
「報酬、といいましても…この集落は元々裕福でもなく…唯一の財産である家畜も件のモンスターのせいで減るばかりで…」
エミルもなんだか非難じみた目でこちらを見ているような気がするが、無視。
「こちらも生活と世界の平和がかかっておりますので、無償という訳にはいかないのです。もちろんあなたがたの生活に大幅な負担が出るほど欲しいとは申しません。出せる範囲で結構です。ですが、何かしらの形で対価は頂きます。でなければこのお話は受けられません。」
長老はしばらく考える素振りをみせ、ゆっくりと口を開いた。
「分かりました。確かに命を懸けて働いていただくのに、無償という訳には参りませんな。ただ、先程も申しましたように貧しい集落ですので、あまり出せはしないのですが…。」
そう言うと小さな皮袋を取り出し、
「少ないですが、こちらの現金を成功報酬でお渡し致します。それと、討伐完了の暁には、当集落に伝わる伝説の鶏料理を存分に振る舞わせていただきます。いかがかな?」
「分かりました、それで構いません。ありがとうございます。」
◇◇◇◇
「エレジオールって、凄いね!」
長老の家の一角に滞在することになり、あてがわれた部屋でようやく一息つくと、突然エミルがそんなことを言い出した。
「?!突然何よ、褒めたって何も出ないわよ?」
訝しがるエレジオールに、エミルは続ける。
「しっかり報酬はとるのにきちんと集落の人達のことも考えてた。てっきり法外な金額でもふっかけるのかと思ってたからヒヤヒヤしたけど、そんなことなくて。偉いなあ、凄いなあ!!」
「何よそれ!私だって鬼じゃないわよ。第一根こそぎ取っちゃったら、次なんかあった時になんも取れないじゃない。」
「あはは…そういうこと?!」
苦笑するエミル。
「でも、エレジオールのそういうとこ、好きだな。見習わなきゃ!」
?!
さらっと褒められて迂闊にも赤面するエレジオール。
**単に〝伝説の鶏料理〟に釣られただけじゃないのー?
**おだまり!
混ぜっかえすシェリィにグーパンチを食らわせながら疲れた体を質素なベッドに投げ出す。
「あー、疲れた!!もう今日は寝ましょ!!」
エレジオールの提案に、
「そうだね、皆頑張ったもんね。もう休もう。」
エミルも賛同する。
――スー、スー。
シェリィは器用にも浮きながら一足先に寝てしまったようだ。
こうして勇者一行の夜は更けていった。
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