第1話 勇者が街にやってきた!?
その日、アルガドールに一隻の客船が着港した。
船籍はノーディルン、様々な物資や人が、かの国から流れ込んでくる。
しかし、それでも以前に比べて物資も人も減ってきている。ここにも少しずつ魔王の影響が出始めているのだった。
少しまばらな乗客に紛れて、1人の青年がこの地に降り立つ。
よくよく見ればかなりの美青年と分かるが、パッとしない出で立ちのために、その辺の冴えない旅人の1人にしか見えない。
――ここがアルガドール港…随分遠くまで来ちゃったなあ
どことなく頼りなげな優男は、辺りを見回し、遠目に城をみとめて頷く。
――あそこがアルガドール城かぁ、思ったより大きいしちょっと遠いかな?王様にご挨拶する前にお風呂で綺麗にしないと。
そう独りごちると、青年は宿を探しに城下町へ繰り出すのだった。
◇◇◇◇
『勇者様、ばんざーい!!ばんざーい!!』
『キャー!!勇者様、こっち向いてええ!!』
『わああ、あれが勇者様かあ!!』
ここはアルガドール城下町、御前広場。
たった今アルガドール城から謁見を終えた勇者が出てくるところである。
勇者様を一目見ようと、街中の人々がこの広場に集まってきていた。
短かめに切られた漆黒の髪、雲一つない青空を写し取ったかのような明るい瞳。
鼻筋はとおり、下手をすると女性に間違われそうなくらい端正な顔。
額には勇者の証とも言える宝玉の嵌ったサークレット、金糸銀糸の刺繍の入った豪華な青い貫頭衣。
革製のブーツは一目見て良質と分かる。
体型はどちらかと言えば勇者というよりどこぞの賢者のように細身であるが、実戦ではかなりの活躍を見せたとか――
『 へえーあれが勇者ねえ…見てくれはいいがあんな細っこくて戦えるのかね?』
『どうせ魔王に勝てずに音を上げるに決まってんじゃん、アホくさー。』
中にはひねくれた見方をする者もいるようだが、大抵の者は目を輝かせて未来の英雄を歓迎していた。
あまりの人に、城の衛兵が数名護衛に当たっている。
と、勇者と護衛の前に突然ふわふわと見慣れない生き物?が、踊り出て、結構なスピードで通り過ぎた。
結構な、と言っても成人男性が軽く走るのより少し早いくらいか。
そして、
「シェリィ!!ちょっと!!誰か!!誰か、あの子を捕まえてください!!」
見るからに可憐で、どこかしら妖艶さも併せ持つ美少女が――
勇者に縋り着いた。
「お願いします、勇者様、あの子を――シェリィを捕まえてください!!私の大事なペットなんです!!」
「ちょっと、キミ!!困るよ!!」
護衛は慌てて少女を引き離そうとするが、勇者はそれを手で制し。
「困っている人が助けを求めていたら、必ず手を差し伸べる。それが勇者としての務めです。」
そう言って勇者はシェリィを追いかけ始めた。
――よし、第1段階成功!
エレジオールは心の中でほくそ笑みながら、表向きは心配そうな顔でシェリィと勇者の後を追う。
どこをどう走ったのかもはや覚えてはいないが、とある街角の行き止まりでシェリィはようやく動きをとめた。
「キュイイ?」
シェリィは一声鳴いて、勇者の腕の中に収まった。
「キュイキュイ」
人懐っこく勇者に甘えてみせる。
「よし、捕まえた。」
勇者は甘える謎の生き物をまじまじと見つめ、少女に返そうとする…が。
「あれ、離れない?」
「キューイキューイ」
すっかり勇者に懐いた(ように見える)生き物は、勇者の傍から離れたがらない。
「あの、これ、どうしよう?」
困り果てた勇者に、少女は提案する。
「えっと…その子、とっても勇者様を気に入ったみたい。良かったら連れていってください。」
「え、キミの大事なペットなんじゃ?」
「ええと、この子、私が造った魔法生物なんです。私がいないと生きていけないんで、良かったら私も連れていってくださいませんか?」
?!
偶然(?)出会った美少女に、突然連れて行ってくれ、と言われ困惑する勇者。
「ダメだよ、僕は魔王と戦わなくちゃいけないんだ。キミのような可愛らしい子を危険な目に合わせる訳には…」
そう来ることは想定済みだ。
エレジオールは100億グルドの微笑みと称されたこともある(らしい)とびきりの笑顔で、こう言った。
「大丈夫です。私、魔法の心得がそれなりにありますから、足でまといにはなりません。きっとお役に立ってみせますから!!」
「でも…」
少し心が動いたようだが、まだ渋る勇者に
――ちっ、しぶとい!
とはおくびにも出さず、
「連れていってください!私たちこのままだと飢え死にするしか…!!」
そういって泣き崩れてみせた。
「ちょ?!ま?!」
いきなり泣かれて動揺する勇者に、
――もう一押し!!
「お願いします!!連れて行ってくれないなら、ここで死んでやる!!」
いかんせん勇者と美少女の組み合わせは目立つ。
周りには野次馬が集まりつつあった。
『 勇者様が女の子泣かせてる!?』
ヒソヒソとそんな声も聞こえてくる。
「ええ?!ちょっと待って、分かった!!分かったから、少し落ち着こう??」
慌てた勇者は、とにかく移動しなくては、とばかりに少女を連れて何とか人目につかなそうな場末の食堂に潜り込んだ。
2人分のお茶を頼むと、ようやく人心地がついた勇者に、少女は礼を言う。
「ありがとうございます!連れて行って下さるんですね!!」
キラキラと眩しい瞳に、
「まだ、そうと決まったわけでは…」
タジタジになりながら勇者が答える。
「そんな、酷い…」
キラキラした瞳がにわかに大粒の雫で曇り出すのを見て。慌てた勇者、遂に敗北す。
「分かった!困っている人が助けを求めていたら、手を差し伸べるのが勇者の務め、だからね。ついてきていいよ。」
――ふっ、チョロい!!
エレジオールが心の中でガッツポーズしたその時、勇者はおもむろにハンカチを取り出して、彼女の溢れ出る涙を拭い。
「だから、泣かないで。」
優しく微笑んだ。
!!
生き抜くためのカモとはいえ、とびきりの
**チョロいのはどっちかな?
シェリィに念話でからかわれ、若干狼狽える。
**う、うっさいわね!そんなんじゃないわよ!!
冷静を装いつつ、
「ありがとうございますっ…!!」
ポッ、と頬を赤らめる演技(なのか地なのか)。
「これからよろしくね!!って、そういえばキミ、名前は?」
「エレジオールですわ、勇者様。」
勇者は苦笑しつつ、
「僕の名前はエミルって言うんだ。良かったら名前で呼んでくれないかな?」
「分かりました、ではエミル様、とお呼びしますね」
「様、はいらないよ。気楽にね!」
「はい、分かりました勇者様!」
**全然分かってないじゃん!!
念話でゲラゲラ笑うシェリィを勇者エミルに気付かれないように冷たく一瞥し、
**…後で覚えてなさいよ!!
念話で一喝する。
…
大人しくなった魔法生物は放置し、ひたすら勇者を持ち上げる。
これもひとえに明日の食い扶持、贅沢暮らしの維持のため!!
かくして勇者エミルと、自称・魔法使いの超絶美少女の2人(と1匹)の凸凹パーティが誕生したのだった!!
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