第5話 佐藤裕二(5)
飲み会は思いのほか、盛り上がっていた。
もともと趣味の合う親友だったのだ。当時の同級生の話や、最近観たドラマの話、お互いの大学時代の話に、孝也の仕事の話。10年の間に募る話はいくらでもあった。
高校3年生の時の話題になったらどうしよう、そう初めは心配していた事すら、頭の片隅から消えていた。
「その。さ、最近、裕二はどうなの」
ひとしきり笑ってから、まるで扱いにくい話題を取り上げるように孝也は言った。話はうまいくせに、どうして今だけそんなに急に切り出し方が下手なんだろう。
「孝也の話で話すようなこと、別に何もないよ。食って寝て、適当に働いてるだけ。それが俺の人生だよ」
俺の返答も大概だった。孝也の持っていたグラスの氷がカラン、と音を立てて揺れた。俺の自虐めいた物言いに、孝也の神経の何かに障ったのがわかった。
「……もう今は書いてないのか?」
それが何を指していたのか、瞬時に俺にはわかっていた。孝也は飲むわけでもなく、酒の入ったグラスをカラカラと回す。孝也の顔は既に酒で真っ赤に染まっていた。案外、俺よりずっと酒が弱いのかもしれない。
無言でいる俺に孝也は確実に苛々を貯めている。だから俺は小さく頷いて、肯定を示した。
「そうか」
孝也はグラスを口に運ぶと、その大半を一気に流し込んだ。それから大きく息を吐くと、俺の顔を改めて見た。急に目と目が合って、俺の心臓がドキリとした。
「……俺さ、実は裕二のおかげで今夢を追っていられるんだ。……だから、裕二もそうだったらいいなって、俺は、そう思って」
「やめろよ」
自分でも驚くような低い声が出た。俺の静止の声に空気がピンと張り詰めたのがわかった。
「……」
沈黙に先に耐え切れなくなったのは孝也だった。再びグラスを手にしたのを見て、俺はそのグラスを塞ぐように右手で覆った。触れた孝也の手は熱を帯びていて、人の体温がした。
「……飲みすぎなんじゃないか。男前が、台無しだよ」
俺はこの空気を溶かしたくて、冗談めかすように笑ってそう言って茶化した。すると孝也はあきらめたようにグラスから手をどけて、俺から視線を逸らす。
「……悪かったな。つい。熱く、なったな」
すると孝也は隠すように顔を伏せると、水をぐいっと一気に呷った。その瞳はなぜだか少し泣きそうに見えた。
*
手洗いに立ったついでに伝票をお願いしたら、もう支払われていた。あんなに酔っていたくせにどこで支払うタイミングがあったのだろう。
「……嘘だろ」
俺が席に戻ると、問題が起きていた。孝也は大きな口を開けて、首を後ろに傾けたまま爆睡している。ゆっくりと肩を叩いたが反応はなく、強めに揺らして起こそうとする。だが全く起きる気配がない。
「まじか。……重野さんもドン引きの寝顔だぞ」
俺は仕方なく孝也を肩で担いで、席から立たせようとする。すると孝也は半分だけ意識を取り戻して、何かを呟きながら、俺に肩を借りながらとぼとぼと歩き出す。俺は「すんません、ごちそうさまでした」と店員に挨拶をして、店を出た。
店を出たところで容赦ない北風に、すぐに孝也のコートを店に置いてきたことに気付いた。
「ごめんな、孝也。コート、俺取ってくるから待ってて」
「……ああ、す、まん」
再度店に入ると、孝也のコートは直ぐに見つかった。孝也のもとへと戻ると、やっぱり道に座り込んでいて、寝ているのか寝ていないのか、首をグラグラと揺らしていた。
「孝也」
「……」
ここは俺の家の最寄り駅。先ほどの話だと、孝也の家までは電車で1時間ほどかかるらしい。とてもじゃないが、今から駅まで送っていって一人で電車に乗れそうな状態ではない。
(……勘弁してくれ)
「このまま帰せないから、うちで寝てくれ」
「……」
「……嫌なら一人で帰ってくれよ」
再び孝也を肩で支えて立たすと、なんとか家までの岐路を歩きだした。孝也は高校の時から変わらなければ俺よりも身長が10cm高くて、体格もやっぱり良くて、重い。肩と腕越しに伝わる熱が温かくて、顔に当たる真冬の風だけがやけに冷たかった。
孝也は俺に伝える風でもなく、しきりに「ごめん、ごめんな」と、なぜだか一人で呟いてばかりいた。
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