神様、妹とスマブラをやる
兄の声と、女性の声。それが確かに聞こえたけれど、玄関に行ってみるとそこには誰もいなかった。代わりというか、なぜか自転車がなくなっている。自転車を取りに来ただけか。相変わらずあの兄はよくわからないことをする。
「ごめん、おにーちゃんだった」
「あ、いえ……別に、大丈夫です。それでそのお兄さんは」
「なんかどっか行ったみたい。よくわかんないわ」
あたしにとって兄というのは頼れる相手じゃない。あたしに出来ないことは兄に出来て、兄に出来ないことをあたしは出来る。だから正直なことを言うと、今この場に兄が帰ってこなかったことには安堵を覚えている。
「今日はもう遅くなってきたし、帰った方がいいんじゃない。あまり遅くなると橘さんの親も心配すると思う」
「大丈夫ですよ。それよりも東雲さんのことを解決する方が先、だと思います」
即答ぶりに驚く。しかしあまり遅くなって事件に巻き込まれてはこっちが困るのだ。それに一朝一夕で解決できるものなら、最初から引きこもりになってない。
「ここで話して解決するならあたしは自分で解決してるから。とりあえず帰った方がいいよ暗くなっちゃうから。っていうかもう薄暗いし」
「そういうわけには……助けてもらったのに、何も返せてなくて、私は」
「もう返してもらってるよ、プリント届けてくれたじゃん。それでおあいこ」
覚えてないってことは、大したことはしていないのだ。だからそんなことであたしに恩義を感じる必要はないと思う。けどそうもいかないと思うから。適当な理由をつけて納得してほしい。引きこもりのあたしには返すものもないのだ。
「そうだ、忘れてた」
「えっと、なんでしょう」
「連絡先、学校行くときは連絡入れるから。あたしの教えるから橘さんのも教えて」
とりあえず連絡先を交換して、橘さんを帰した。一応「帰って欲しいってわけじゃなくて、本当に心配だから」とフォローを入れたつもりだけど、ちゃんと伝わっただろうか。こういうとき、兄ならもう少し上手い言い方ができるのだろうけど。唯一、コミュニケーションにおいて兄はあたしよりも優秀なのだ。
それから一時間ほど経ったころだろうか、再び玄関のドアが開く音がした。
「おかえり、おにーちゃん」
「おお、ただいま……珍しいな、出迎えてくれるの」
「いや、ちょっと前帰ってきたのにすぐ出てったから何かあったのかと思って」
「ああ、あれは、まあちょっとした事故みたいなものだよ、うん。それよりそっちこそ、友達連れてくるなら言ってくれればお菓子とか用意しておいたのに」
「別に友達じゃないし、予定にもなかったからそんなの連絡しようがないじゃん」
相変わらず変なことを言う兄だ。そして変なのは言動だけじゃない。これはショックだけど、現実として受け止めなければいけないことなのだ。
「お前、何してんの?」
「警察に電話。身内が誘拐しましたって」
「ちょっと待って説明しなかった僕も悪いけど何も聞かずに即通報はダメだって話を聞いてくれ聞いてくださいお願いします!」
兄の傍らにいる和装に身を包んだ少女はとぼけた表情で虚空を見つめている。どこ見とんねん、というのはさておき。
兄はいったいどういうわけか、家に童女を連れ帰ってきていた。
〇
「誘拐じゃないならいろいろと説明する義務がある、と妹は思うわけ」
「うん、そりゃね。僕もお前がいきなりショタ連れ帰ってきたらキレるよ」
「いつでも110押せるようにしてるから早くした方がいいと思う」
「あい、わかってる」
兄は正座させた。悪いことは何もやっていないというが、念のため。
「って言っても本当に説明できることは少ないんだよ。まず先輩と神社に行って」
「うん」
「そこでこの子と会って」
「うんうん」
「この町の信仰心が下がっとる、けしからんみたいな話をされて」
「へぇ~」
「それで家に来ることになった」
「話を端折ってない?」
「いや本当に説明できるのここまでなんだって……ちょっと、何か言ってくれないと僕が困るんだけど」
「大上城あみ、大上城神社に祀られている神である」
「そう、そういうことなんだよ!」
「…………………」
かわいそうなものを見る目をしてあげると、兄は困った表情を見せた。いつも適当に流して話を終わらせる兄にしては珍しく、ちゃんと説明しようとしている。一番強制力を持つやり方をしてるから当たり前。警察に通報されたくないのは当たり前。
「だいたい大上城神社って聞いたことないよ。それをどう説明するの」
「それはまあ、あれだよ。神隠し的なあれ。手順を踏まないと入ることができないみたいな」
「そんなことしてたら信仰心下がるの当たり前じゃん。知らなきゃ信仰できないよ」
「ごもっともで……何か言い返せないの、うちの妹口が強いって言ったよね? 君はそしたら言ったよね? 口喧嘩くらいどうとでもなるって」
「どうとでもなる。しかしそれは相手に話を聞く気がある場合のみ。この場合彼女は端から聞く耳を持っていない。よって私の言葉は届かない」
「困るよ、家に泊まるのは別に構わないけどさ、せめてこいつを納得させないと」
思いっきり聞こえている作戦会議を聞き流しつつ、目の前の神を名乗る少女を観察する。神というだけあって、顔立ちはとても整っている。瞳の色はとび色、だろうか。光の加減で何色かが混じってみえるが、主な色はそうだろう。服装は巫女服ではないだろう。神が巫女服を身に着けてどうするのだ。ただ限りなくそれに近い何か、ということしかわからない。和服の知識何かあるわけがない。
「あいや、わかった。ではそのすまぶらなるゲームで彼女を打ち負かせばよいと」
「ああ。そうしたらあいつ負けず嫌いだから、あいつが勝つまでは家に置いてくれるんじゃないか? 親はたぶん大丈夫だと思うし、こいつさえ納得させれば君の我が家在住は決定だよ」
「話終わったみたいだけど、結論もだいたい聞こえてたけど、言って」
「スマブラで3先、お前が勝ったらこの子は責任もって僕が連れて帰る。この子が勝ったら家に置く。OK?」
「何もOKじゃないけどOKって言わないとダメでしょ」
〇
というわけでスマブラ3先である。3先とは先に三回勝った方の勝ちというルールだ。何でこんなことになっているのかはよくわからない。兄の頭がおかしいせいだろう。
「スマブラやったことあるの?」
「もちろん、出なければ勝負にならないであろうが」
神様、という言葉を信じたわけではないが、神様ってスマブラやるんだ……と何とも言えない気持ちになった。
三ストック、ステージは村と街、あたしはカービィを選択した。オフラインではそこまで強いキャラクターではないが、一番使い慣れているキャラクターを使った方がいいと思った。
対する大城神あみを名乗る童女は……クッパを選ぶ。
「パルテナとかじゃないんだ……国民的悪役のクッパなんだ……」
「勝てるきゃらくたーを選ぶのは当然であろう」
そして始まる試合、321、GO!の文字がはじけ飛ぶ瞬間にお互い動き出す。
そして開幕の動き、これに見覚えがあった。
「お前、ちょっと前あたしを散々コケにしたクッパじゃん!」
「私も思い出した。怖い勢いで再戦を迫ってくるカービィ」
白熱する試合を兄はぼけっと眺めていた。どちらが勝とうがどうでもいいといった様子。正直兄もこの子の扱いに難儀しているのではないだろうか。
結局試合に負けて、二体二までもつれ込んだものの、両親がそろそろ帰ってくる時間となるのでとりあえず今日のところは大上城あみは我が家に泊まることとなった。
はんぺんみたいな女の子 時任しぐれ @shigurenyawa
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