逃避エトセトラ
「先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩!!」
「後輩くんうるっさい! なに!?」
「いややばいってマジで! この速度はやばいって! 人間が出していい速度じゃないってば先輩! マジでストップ!」
僕は絶望している。マジでそれくらいにやばいこの状況はやばすぎる。
現在、僕と先輩は自転車に二人乗りをして全力で坂を下っていた。
ああ、どうしてこんなことになったのか、それを話すには少しだけ時間をさかのぼらなければならない……。
〇
「で、後輩くん。手掛かりはほとんど何も掴めなかったわけだけどこの責任は誰にあると思う?」
「先輩ですよ、百対ゼロで先輩です」
ゲームセンターでは確かに百万円をかけたゲームが行われていた。そこで大学生くらいの若い人が完膚なきまでに打ちのめされていて、三人で『こりゃダメだ』となった。ゲーセンを出て斉藤先輩には帰っていただいて、今というわけである。
「後輩くんは私を止められたんじゃないかな、と先輩は思うわけですよ」
「とんでもない責任転嫁だ」
「斉藤さんも巻き込んじゃったし、後輩くんには責任を取って私をエスコートしてもらわないといけないね……か弱い私を家まで送り届けて貰わないと」
「僕より先輩の方がフィジカル強いと思うんですけど」
冗談抜きで本当の話だ。先輩は身体能力が無駄に高い。体力測定でもちらりと名前を聞くほどには。変人であることと併せて有名な事実である。
「なら後輩くんの家に行く? 私も暇、後輩くんも暇。そして帰りが遅くなるぶん後輩くんは私を家へと連れ帰なければならないよ」
「僕の家に来るぶんは別に構わないですけど、親はいませんし。でも妹がいるんで」
「後輩くん妹いるの!? 聞いてないんだけど!」
「言ってませんし。妹、気難しいんで会わせませんよ」
「いや会うよ! 会ってから考えるよ!」
で、自宅。とりあえず鍵を取り出して玄関のドアを開ける。
「ただいま」「お邪魔しま~す」
そこで見覚えのない靴が玄関に置いてあることに気づく。妹はローファーをここ三ヶ月ほど外に出していない。外出するときも適当なクロックスかスリッパが主だ。
かといって妹の友達か、と聞かれると首を傾げる。妹に友達はいない。これは妹から聞いている話なので事実だ。だとするとこの靴はいったい誰のものなのか……。
そうこう考えているうちに背中を先輩から小突かれる。
「ちょっと後輩くん、何止まってるの?」
「いや知らない靴があるもので」
「えっ」
「まあ不審者ってことは……って何!?」
思いっきり背中を引っ張られる。先輩はドアも開けっ放しで外に飛び出す。首ねっこは掴まれたままだ。
「ちょ、先輩っ」
「逃げるよ後輩くん! 自転車は!?」
鬼気迫った様子の先輩、何があったのか。何を思ってこんな行動をとっているのかさっぱりわからない。とりあえずわからないなりにコミュニケーションを取るしかない。
「自転車はそこにありますけど……って何ですか、何するんですか」
「乗って!」
「え、いや」
「乗って、速く! 後ろ!」
有無を言わせぬ先輩の迫力に思わず荷台の部分に腰を降ろしてしまう。瞬間、自転車が異様な勢いで加速した。
「ちょっええっ!? 先輩!」
落とされないように思わず先輩の腰に思いっきり抱き着いてしまう。女子の体とかそんなことに気を回す余裕はない。気を抜けば落ちるしぬしぬなにこれ?
疑問符が頭を埋め尽くす中、自転車はどんどん加速していく。バイクのような恐ろしい速度、高校生からヘルメットを着けなくていいことがこんな恐ろしいことになるとは、なんてことだ。そんなことはどうでもいい。
「先輩、どうしたんですか!?」
「なに、後輩くん!? 聞こえない!」
「先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩!!」
「後輩くんうるっさい! なに!?」
「いややばいってマジで! この速度はやばいって! 人間が出していい速度じゃないってば先輩! マジでストップ!」
と、いうわけである。意味がわかった人は手を挙げてほしい。
〇
「ここ……どこ……?」
「わかんない……」
全力で漕いでいた先輩も、振り落とされないように必死だった僕も満身創痍である。ぜぇぜぇはぁはぁと息を切らして休憩しているのはよくわからない神社の大きな木の影。いや本当にどこだここ……周りを見渡すと大上城神社、と柱に刻んであるのが読める。
「先輩、何でこんな、自転車漕いで遠くまで来たんです?」
「……いやぁ、急に走りたくなっちゃって。後輩くんはそういうことない? 盗んだバイクで走り出す~みたいな感じで、青春! みたいなね」
「まあ、先輩がそう言うならそういうことにしておきますけど」
「うん、ありがとう……とりあえず帰ろうか。ごめんね、こんなところまで連れてきちゃって」
「こんなところ呼ばわりとは失礼だな。仮にも千年前から続く由緒ある神社だぞ」
「全くですよ、先輩……って、え?」
僕と先輩がもたれかかっている木、その僕と先輩の間にもう一人女の子が座っていた。巫女服とは違う、よくわからない和風の装束に身を包んで、その顔は狐のお面で隠れている。
「え、誰? っていうか先輩といいこの子といいさっきからびっくり展開続きすぎてもうわけわかんないです、先輩何とかしてください」
もう僕の思考回路は焼き切れてしまっている。これ以上の情報はキャパオーバーだ。ということで先輩が目の前の少女というより童女? の対応を先輩にぶん投げる。
「えっと、この神社の娘さん、かな? ごめんね勝手に入っちゃってて。すぐ出るから」
「どうでもいい。ここに来たのは二人が初めて。だからとりあえずそっちが話を聞くべきだと思うぞ。中に入って中に」
「境内にってこと? それはほら、こんな遅い時間だし親御さんもいきなり娘さんが高校生連れてきたら驚くんじゃないかな?」
「だから、そんなことはどうでもいい。二人には知る義務がある。ここに来た意味と、ここが何であるか。入れ、境内に」
童女は有無を言わさぬ様子だった。目を見開いて先輩の袖をしきりに引っ張っている。よく見たら僕の袖もいつの間にか握られていた。
「先輩、行ってみてくださいよ。僕怖いので」
「後輩くん?」
ニコっと微笑まれた。そうですよね、女子に任せて男子が行かないなんてこと出来ないですよね。そも先輩一人ではあまりにも不安すぎる。何をやらかすかわからないしね。
「冗談ですよ、とりあえずこの子についていきましょう。よくわからないけど、何か来て欲しいみたいですし」
「それもそっか。あなた、名前は?」
童女は少し考える素振りを見せた後、ポツリと呟くようにして名前を言った。
「大上城あみ」
そのあみちゃんに引っ張られるようにして僕たちは神社の境内に入った。
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