画家はゲームに現を抜かす

 芹ヶ谷から伝えられた情報はまさに俺にとって天恵で天啓だった。


「ワンチャン掴んで百万円、リスクはほぼなしみたいなもの、行くしかないだろうなぁ」


 その人とやらがどれだけの強さかはわからんが、百万円を報酬に掲げるくらいだ。相当腕に自信があると見ていい。とりあえず何のゲームなのかを確認してみたが、芹ヶ谷はゲームに詳しくない。要領を得ない説明をしてくれた。何かしらの対戦ゲームらしい、ということだけがわかった。


「まずはそのゲームセンターとやらに行ってみるか……」


 洗面台に向かって鏡に映る自分を見る。どうせマスクをするからと剃っていなかった無精ひげを綺麗にした。ついでにシャワーを浴びる。熱い。

 夏場、風呂上りに開け放った窓から入ってくる風が最高に気持ちいい。多少沈んでいた心がリセットされた、と思いたい。バイトに行く前もシャワーを浴びる。外出前の一種のルーティンみたいなものだ。


「百万円あれば少しだけ生活が安定するからな……どう足掻いても欲しいぞ」


 ただゲーセンのゲームは1プレイ百円かかる。練習するにしても十クレ程度に抑えないと出費がつらい。俺が得意なゲームじゃないとつらい。画家になりたいのにやることがゲームの練習なのも正直つらい。つらい三つでスリーTみたいな感じだ。


 ボロアパートの横に立てかけてある、ともすれば不法投棄みたいに見える自転車が俺の愛機であるブラックフェンリルくん二号。高校のときから使っているのでもう六年目くらいだが、未だにガタが来る気配がない。丈夫なのがブラックフェンリルくん二号の取柄である。ようするにただの黒いママチャリだ。


「ゲーセンか……数年ぶりだ」


 〇


 商店街にあるゲームセンター、予想していたことだが少しだけ人の入りが多いようだ。百万円という噂が出回っているのだろう。そうでなければあの芹ヶ谷のところまでゲームの話が回ってくるはずもない。俺のためにそんな情報を探していてくれたなら? と淡い期待もあるが、残念ながら俺は彼女持ちなのだった。


「それにしても若いねぇ」


 高校生三人組、男一人に女二人が何かわちゃわちゃと入口付近でやり合っていた。俺も昔はあんな感じだったのかね。若々しさに満ち溢れてる感じだったのかね。今となっては随分と遠い過去のように思えるが、実際は五、六年前くらいの話だ。


「だから先輩、やめましょうって。やったことないゲームですよ」

「後輩くん、無理っていうのはやってから言うことだよ。無理かもしれないけど無理じゃないかもしれない。人類の持つ可能性に、私は賭けたい」

「ガチャでSSRを当てる確率よりは低そうですね」

「斉藤さん、そんなことないよ。斉藤さんなら出来るって!」

「いやわたしはやるなんて一言も言ってません。耳かっぽじってよく聞いてください。わたしはやりません。わたしはやりません。わたしはやりません」


 こいつら話しかけづれぇな……と自分のことを棚に上げて思った。入口にいるのがこいつらしかいないから話しかけるしかないが、本当に気が進まない。


「あのー、そこの高校生たち」

「はい、何でしょう?」

「あ、後輩くん逃げるな!」

「ちょっと待ってください先輩。……すみません、何でしょう? もしかして邪魔だったでしょうか?」


 一番まともそうな男子が答えてくれたのはありがたい。このまま中の様子を聞いてしまおう。後ろ二人の女子は明らかにヤバい。顔立ちこそ整っているが中身を隠しきれていない。


「ちょっと中の様子を聞きたいんだけどね。何か百万円? とかの話を聞いて」

「あー、イナズマファイティング5、っていうゲームでプロゲーマーに勝つと百万円が貰えるそうです。実際に札束あってびっくりしました」

 マジの話だったのか。いや信用していないわけではなかったが、マジで百万か……。

「結構人がいる感じか」

「遠巻きに見ている人がほとんどですけどね」

 イナズマファイティングなら昔やり込んだゲーム、好都合だった。それに挑戦待ちの時間もあまりなさそう。行けるか?

「教えてくれてありがとう、じゃ、そこ通してもらえないかな?」

「あ、すみませんほんと……」


 三人の横を通って薄暗い、しかしビガビガと光りまくってるゲーセンの中に入る。爆音は相変わらずゲーセンらしさを保っているようだ。


「だから中入って話しましょうって言ったじゃないですか。あのお兄さん絶対こいつら邪魔だな~って思っていましたよ」

「でもゲームセンターの中って声聞こえないじゃん。外で話さないと」

「慣れれば割と聞き取れるようになりますけどね。慣れるまで本当にうるさい場所だなって思ってましたよ」

「斉藤先輩、話聞いてるようで全く聞いてませんよね」


 あ~あんな青春送ってみたかったよな。女子二人とゲーセンとかいいよな。


 高校生相手に嫉妬しても俺の現状は変わらない。軽くトレーニングモードをして一回そのゲーマー様に挑んでみないことには始まらない。


 トレモを終わらせて人が多い台に向かう。明らかに一人だけ、このゲームセンターの雰囲気から浮いている人物がいた。そのゲーマーとやらは黒髪にピンクのインナーカラーを入れたセミロングの髪をしている。女性ということに驚いたが、まあ女性のゲーマーだっているか。

 今しがた一人倒したようである。周りからは『十人抜きだってよ』『やっぱり本物か』とうような声が聞こえてくる。十人抜きはそうそう出来ることじゃない。


 ギャラリーの一人に話しかける。高校生くらいの若い男だった。さっきの高校生三人組といい、若いのが多いな。

「次って誰かいるのか?」

「ん? もういないんじゃないですか。たぶん。やったとしても勝てませんし」

「そうか。じゃあ行こうかなぁ……」

「え、行くんですか」

「だって百万欲しいし。やってみて損はないでしょ」

「へぇ~そうなんですね」

 なんだこいつ……最近の高校生は変なのか失礼なのしかいないのか。うん、まあいきなり話しかけた俺が悪いということにしておこう。


「対戦いいですか?」

「いいですよ」


 思ったよりも高い声だった。何というかイメージ的にハスキーな声だと勝手に思い込んでいた。そういうことはよくある。イメージの押し付け。絵を描くときはそのイメージの押し付けこそ重要だと思っているが、ここではただ失礼なだけだ。


 百円がチャリンと音を立てて筐体に消えていく。キャラクター選択画面。俺はこのゲームの看板的キャラクター、雷を使う少女のミカサを選択する。

 お相手のプロゲーマーさんが選んだのは投げキャラで有名なクルナだった。投げキャラ使いとはまた……個人的には大好きなキャラだ。相性自体は悪くはない。こちらが微有利といったところだろうか。


 キャラがステージに降り立つ。百万円をかけた一世一代の勝負の幕が切って落とされた。



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