斉藤さん

 突然ですが、わたしは自分の顔をそれなりに整っていると思っています。美少女と言って差し支えない顔をしているでしょう。特徴がない顔というわけです。主張が薄い顔です。


 しかし、それでも敵わないくらいの顔のよさを誇っている人物がわたしのクラスにはいます。さらに変人度合いでもわたしを上回っています。さらにさらに、よく考えればわたしは変人ではありません。


 そんな変人さんが、どういうわけかわたしを訪ねてきました。傍らには一人の男子生徒。彼氏さんでしょうか? その割には疲れたような顔をしている子ですが。


「斉藤さん、こんにちは。今ちょっと大丈夫かな?」


「大丈夫と言えば大丈夫ですが、要件次第では大丈夫ではないかもしれませんね」


 わたしの嗅覚が異様なほどめんどうくさい臭いを嗅ぎつけています。間違いなく厄介ごとに巻き込まれそうなので先手を打っておくとしましょう。こういうときのわたしの嗅覚は案外当てになるものです、ええ。


「ちょっと大丈夫ですかこの人、先輩並みの変人オーラ放ってますけど」

「そうかなぁ、ふつうの子だよ?」


 この男の子はどうやら礼節をいうものを知らないようです。目の前の変人と同列扱いされてしまいました。立派な名誉棄損ですね。訴えたらお釣りがたくさんで左団扇、あっというまに億万長者、人生の勝者です。


「きみは礼儀という概念を知っていますか?」


「あ、僕ですか?」


「わたしは目の前にいる男子生徒に向けてきみと言ったので、おそらくそういうことだと思いますよ。わたしの目の前にきみ以外の男子生徒はいないので。それで、あなたは礼儀というものを知っていますか?」


「どう答えればいいんですか、先輩」


「とりあえず知ってるって答えてみれば?」


「知っています」


「ではきみは礼儀というものを知っておきながら、人を目の前で変人呼ばわりしたわけですね。激おこぷんぷん案件、というやつですよこれは……」


「やっぱり知らないです」


「かわいそうな男の子ですね、高校一年生にもなって礼儀の意味も知らないなんて……小学一年生から教育をやり直した方がいいのではないでしょうか?」


「この人めっちゃノリいいな」


 ノリがよいという扱いを受けてしまいました。実際にノリがよかったのでむべなるかなという感じです。まあこれは牽制みたいなものです。これで怯むくらいの人ならよかったのですが、それなら学年一の美少女変人と付き合いを持っていないでしょう。


「それはどうでもいいとして、何か用ですか高梨さん」


 観念して話を聞くことにしました。観念したというほどのことではないですが、最悪話を聞いてからでも断るのは遅くないです。


「ちょっとした噂について、斉藤さんなら知ってるかなぁと思ってね」


「噂話に関してはわたしに聞くよりも別の人に聞いた方がいい気がしますよ。わたしはそういうのには疎いです」


 あまり人とコミュニケーションを積極的に取らないのがわたしです。噂というのは人と人とのコミュニケーションが起きる際に付随して起こるものでしょう。つまりわたしは噂なんて知るはずもないのです。


「斉藤さんならわかるよきっと。実はね……」


 というわけで話を聞いていない高梨さんから事情の説明を受けました。


「ピンク色の髪、眼鏡、百万、ですか」


 当然のごとく心当たりなどあるわけがありませんが、少しだけ面白そうな話です。特に百万円ではなく百万の富、という言い回しが気になります。そして絶対にありえない人物像。何かが起きそうな匂いがします。

 百万、百万円……例のゲームセンターは関係ないでしょう。ピンク色の髪、眼鏡という条件に当てはまるとは到底思えません。


「心当たりはない感じ?」


「最初から知らないと言っていたじゃないですか。話を聞いてください」


「先輩ほんとに人の話聞いた方がいいですよ……いつか何かやらかしそうで怖いです」


 後輩くんと呼ばれている男子くんもさすがに呆れているようでした。この二人の関係性はいまいちわかりません。彼氏彼女というわけではなさそうですし、何でしょうか。そう見えないだけで彼氏彼女なのでしょうか。絶対に違うと本能は告げています。


「困ったなぁ。もう当てがないんだよね。斉藤さんが知らないとなるとあとは……」


「ネットを使うという発想はないんですか?」

「ネットを使えばいいのでは?」


「それだ! いやそれだじゃないけどそれだよ」


 情報収集においてネットは重要です。虚偽の情報も多分に含まれていますが、ちゃんとした観察眼があればそれを見分けることができます。それに大量の虚偽情報を繋ぎ合わせることで結果的に事実が見えてくることだってあります。ネットは面白いところですね。わたしもflashくんとはネットでやり取りすることが多いです。コミュニケーション的SNSであるツミッターも人探しをする上では役に立つでしょう。


「わたしに聞くよりよほど堅実な案ですよ。男子くんは提案しなかったんですか?」


「いや提案する暇もなく連れてこられたんで……というか先輩方、僕の名前呼ばないのはなんでですか」


「ルールがあるんだよ。後輩くんは何かこう、後輩くんって感じだし。あと君、名前負けしてる感じがして呼びたくないんだよねぇ……名前かっこよすぎだもん」


「わたしは単純に知らないだけです」


「斉藤先輩はともかく、名前負けしてるって失礼すぎませんか? いや名前かっこいいって言ってくれるのはありがたいですけど。それはそれとして、です」


「だって本当にかっこいいんだもん……ずっと呼んでたら好きになっちゃうくらい」


「え、いや、そういうのはちょっと、ですよ。あれなんですよ。先輩、ちょっと、それはね。や、今日はいい天気ですね斉藤先輩」


「露骨に照れないでください。こっちに話を振らないでください。男子くん、君チョロすぎますよ。明らかに嘘というか、冗談の類じゃないですか。落ち着いてください」


「後輩くん、チョロチョロすぎてチロルチョコくらい甘いね。ハニートラップにあっさり引っかかりそうで先輩は心配だよ」


 学年一と称される美少女に目を逸らされながら、頬を染められながら『好きになっちゃう』なんて言われたら照れるのも仕方ないのかもしれません。しかし彼は彼女の中身を知っているはずです。変人好きのド変人なのでしょうか。別に個人の趣味なので否定はしませんが、ちょっとどうかなとは思いますね。


「そ、そんなことより、斉藤先輩。僕の名前は東雲瞬っていいます」


「流れるような自己紹介ですね。いっそ感激してしまいます。わたしは斉藤明日香です。以後お見知りおきを、東雲くん。何の話をしていたかは覚えていますか?」


「ネットを使って調べようという話です。その話以外はしてないですよね、先輩」


「え、そうだね。後輩くんがそれでいいならそうだと思うよ」


「よし! じゃあパソコン室借りましょう! 職員室行ってきますね!」


 ちゃっちゃと教室を出ていく東雲くんでした。逃げましたね。もしかしたらわたしとお互いに自己紹介したことが耐えがたい屈辱だったのでしょうか。その場合、おそらく東雲くんは草葉の陰に隠れて泣きに行ったのでしょう。


「そんなに照れなくてもいいですし、パソコン室借りるまでもなくわたしたちはスマホを持っているという事実を指摘するために追いかけた方がいいですか?」


「さすがにそこまで追い打ちかけるのはかわいそうだからやめてあげて」


 〇


「スマホという文明の利器を忘れていました」


 二分後、落ち着いたのか後輩くんこと東雲くんが戻ってきました。


「もう大丈夫なんですか。まだ草葉の陰で泣いていても大丈夫ですよ。ある程度調べは進めているので」


「頼りない後輩くんのために先輩たちが頑張って調べておきました。どう? 見直した?」


 いや、調べたのほとんどわたしですけどね。どうも高梨さんはスマホというかネット全般が苦手なようです。連絡や基本の捜査はと滞りなく出来るのですが、『これどうやって戻るんだっけ?』『なにこれ、私はロボットじゃありませんって』等、ネットに対する知識の少なさが目立ちました。最初にネットで調べるという案が出てこなかったのはこれが原因でしょうか。


「見直しました。これでいいですか?」


「よーし、斉藤さん、さっきの照れまくりな後輩くんの写真をここに表示させて」


「もういちゃいちゃはいいので。本題を進めましょう、高梨さん」


「い、いちゃいちゃぁ? 私と後輩くんが?」


 自覚がないバカップルみたいですね、と言わないだけマシでしょう。恋愛関係には見えませんが、男女が仲良くきゃっきゃしているところに巻き込まれたくありません。リア充がよ。


「ツミッターでここら辺に住んでいる人の呟きを一通り見たところ、百万で引っかかるのはこの件です」


 画面に表示させているのは、わたしがこの件とは関係ないだろうと切り捨てていたゲームセンター。


「今ここにいるプロゲーマーに勝つと、百万円が貰えるという話です。ピンク髪は検索に引っかかりませんし、眼鏡は逆に引っかかりすぎるので。これくらいしかまともな情報を見つけられませんでした」


「プロゲーマーにゲームで勝つ、ですか」


 しばしの間、三人に沈黙が流れます。


「無理じゃない?」「無理ですね」「無理でしょうね」


 行ける自信があるなら先日flashくんともども挑んでいることでしょう……やっぱりflashくんは知らないです。自信があったならわたしは挑んでいたことでしょう。

 う~ん、と頭を悩ませていると高梨さんの目が爛々と光りました。なんとなく次に言いそうなことがわかります。


「心当たりが他にないのも事実、まずは行ってみない?」


「えぇ……冷やかしみたいになりません?」


「大丈夫だと思いますよ。わたしはちょくちょくこのゲームセンターに顔出ししてるので、冷やかしには写らないと思います」


 どうしてわたしは行くつもりもないのに行く理論の補強をしているのでしょうか。意味がわかりません。まあ……行ったらおもしろいかな、とは思いますけれど。


「とりあえず行こうよ、行くよ後輩くん。これは命令です、行くと言いなさい」


「行かないって言っても無理ですよね」


「わたしも行きたくないけど行くんですよ。大人しく着いてきてください」


「……もうとことんやりましょうよ、ここまで来たら。やったりますよ。行ったりますよ」


 そういうわけで全員の意思が不本意ながら一致したので、ゲームセンターへと向かうことになりました。ちなみに校則ではなぜか学校帰りにゲームセンターに寄ることは禁じられていますが、些細なことなので気にしないでおきましょう。そうしましょう。


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