変人先輩
「私、実はBL好きなんだよね」
チラッチラッとこっちを見ながらそう言うのは変な先輩。黒髪長髪眼鏡女子だ。一応こんな変な先輩でも先輩である。
「何を期待の目で見てるんですか、何もやりませんよ僕は」
「嘘なんだけどね。BLものは好きってわけじゃないよ。安心した?」
「大丈夫ですか、先輩。BL好きじゃないなんて、そんな心にも思ってないことを言うものじゃないですよ。別に僕は先輩の趣味を否定したり貶したり暴言を吐いたりしませんから」
「まるで普段から私がBLについて語っているみたいな言い草だね。いつも言ってるけど、後輩くんは変人だよね」
「変人に変人と言われてましても」
「まあそんなことはどうでもいいんだよ。今日は別の話をするんだよ」
自分から振っておいてどうでもいいとは、などと考えることはやめにした。この人はこういうものなのだと受け入れるべきなのである。
数学の公式に対していちいち疑問を抱いていたら問題なんて解けない。それと同じなのだ。
「冬の朝って寒いよね? 布団から一生出たくないし、こたつに一生引きこもりたい。そんな寒さがあるよね?」
「今は夏ですよ」
七月の夏休み前だ。テストも終わって全体的に生徒たちがのんびりできる期間だと思う。
「まあまあ冬の話してたら涼しくなるからさ。聞いてくれない?」
「心頭滅却すれば何とやら、というやつですね」
「心頭滅却すれば火もまた鈴虫……ふふっ」
「この部室っていつの間にクーラーが付いたんですかね」
実際にあるのはオンボロな扇風機が一台である。湿った空気を動かすくらいの役割は果たしてくれるが、如何せんそれだけだ。涼しくはならない。冷感シートを肌に塗ったくったらだいぶ違うが、それは扇風機がすごいわけではない。
「後輩くんは尊敬する先輩が抱腹絶倒の超おもしろギャグを言ったのに、どうして大爆笑してくれないの?」
「激寒ダジャレお姉さんの間違いでは?」
「そんなこと言うんだ後輩くん、私は悲しいよ……折角おもしろい話をしようと思っていたのになー。後輩くんがそんな態度じゃなー。話そうにも話したくないなー」
いや実際激寒ダジャレでしたし、という言葉は飲み込んだ。あまりのど越しはよくなかった。先輩の言うおもしろい話はアホみたいな話も多いが、たまに本当に興味の湧く話が混じっていることがある。全く聞かないというのも意外と損になるのだ。
「面白ダジャレ大先輩、僕に面白い話を教えてくださいませ」
「心からの言葉じゃないとなー、先輩は動きたくないなー」
「それは無理です、心の底から激寒ダジャレだと思っていたので」
「私は抱腹絶倒の大爆笑ダジャレだと思っていたから感性の違いだねぇ」
適当な話なので適当なところで打ち切って、その面白い話とやらを聞くことになった。
「で、その面白い話っていうのはなんですか?」
「百万の女の子の話」
「百万の女の子……物語のタイトルでありそうですね」
「その女の子はピンク色の髪をしていて、眼鏡をかけている。その子を見つけることが出来たなら、あなたは百万の富を手に入れる……っていう噂。こんな片田舎にピンク髪の女の子がいるわけがないから、まあそういうことだとは思うけどね」
ド田舎町にピンクの髪の毛の人がいたら否が応でも目立つ。田舎に限らず都会でも目立つだろう。つまりただのピンク髪の女子ってだけではないことは容易に想像できる。
「見つけられるなら見つけてみろってことですか。ときに先輩、髪を染める予定とかありますか?」
「大学になったらインナーカラーくらいは入れようかなと思ってるけど、今やったら校則違反でしょっぴかれるからヤダ」
「内申点と引き換えに百万円手に入るなら安いものですよ、やりましょう先輩。元から眼鏡だから眼鏡はかけなくてもいいじゃないですか」
「百万円じゃないよ、百万の富だよ。百万ドルかもしれないね」
「百万の富って言い方は引っかかりますね。お金とかでもなく富と。心が豊かになるとか?」
「私たちはものすごく心が豊かだから関係ないね」
「それはそうですね」
で、という話である。
「探すんですか、そのピンク髪の女の子とやらを」
「面白そうじゃない? 火のある所にすら煙が立たないこの町で、こんな変な噂が出回ってるんだよ? せめて噂の出どころくらいは掴みたいじゃない」
変なことに首を突っ込みたがるのはこの変な先輩の悪癖だった。以前はなんだかんだと首を突っ込んでいたら二つ隣の県まで移動していたことがあったくらいである。
「後輩くんもちょっと付き合ってくれる?」
そんなわけで出来るだけ関わり合いになりたくないと思っているのだけれど、目を離したらそれこそ何をしでかすかよくわからない人なのである。必然、僕の答えは決まっていた。
「仕方ないですけど行きますよ」
「おっけー。じゃ、早速行こうか」
「速いですって、ちょっと待ってくださいよ。どこに行くんですか。何か当てはあるんですか、落ち着いてください」
「私は十二分に落ち着いているよ。当てなら何となく。存在するわけがない、っていうのがキーワードだと思うんだよね」
そう言ってすったかすったか先に進んでしまう。だから待てと言っているのに、この先輩は本当にどうしようもない。
「荷物まとめるから待ってくださいってば、ねえちょっと! 聞いてます!?」
〇
「その当てとやらはどこにあるんですか」
「私の教室、知り合いにオタクっぽい女の子がいるからその子に話を聞こうと思って」
「失礼な言い方ですね」
部室棟から教室までは思っている以上に距離がある。田舎の学校に防音設備なんてあるわけがなく、距離を離すことで騒音対策をしているのだが効果がどれほどあるかはわからない。授業中に聞こえる妙な音楽がその証左だろう。
「ピンク髪の眼鏡なんて、アニメのキャラクターでもそうそういないと思いますけれど」
「数打って一発当たればそれでよし、の精神で行くんだよ後輩くん」
「当てという割には勝算の低そうな当てですね」
「う~ん、まあその子が噂について知っているとも思えないからね」
「当てでも何でもないじゃないですか、急いで連れ出しておいてそれはちょっと」
「まあまあ落ち着いて。こういうのは冷静になったらダメなんだよ。とにかく思いつく限り行動して、行動してたら後から結果は伴うものなの」
「そんなだからお金足りなくて帰れないってことになるんですよね」
「その説は本当に申し訳ないと思ってるから……あれだよ、光陰矢の如しって言うじゃない? 考えてる暇があるなら行動した方が得、みたいな」
「確かにそうかもしれませんね」
「でしょ! 後輩くんもわかってくれるでしょ! 君はなんだかんだ言って私に付き合ってくれるからね~、素質があると思っていたんだよ」
「なるほど」
「百万の富、それが何かわからないけどとにかく面白そうなことだけはわかるから、だから追い求めるんだよ。これはロマンだよ後輩くん」
「すごいですね」
「やっぱり後輩くんも変人なんだねぇ」
「それは違いますね」
「ありゃ、適当に返事してるから乗ってくると思ったのに」
聞き流しているだけで聞いていないわけではない。似て非なるものだ。
と、そうこうしているうちに目的の場所までたどり着いたらしい。2-A、先輩の教室だった。
「いるかなぁ、あの子」
「いるかどうかもわからないんですか、行き当たりばったりすぎますよ」
突っ込むと同時に先輩が教室の扉をガラッと開けた。
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