先の見えない画家ですが
黒、赤。それに灰色。混ぜると汚い色が出来上がる。黒の粒が混ざったかのような灰被りの桃色だ。こんな色を作っても何に使うのかわからないが、とりあえず色を載せてみる。思っているよりは悪くない色だった。
こんな色の何かを見たような覚えがあるのだが、如何せん思い出せない。うっすらとした記憶に従って色だけを作った。何の色だ、本当にわからない。
そんな感じで四苦八苦しながら絵を描いているうちはまだマシだ。そのうち疲れてスマホ開いてそのまま寝落ちするのは絵に描くよりも明らかである。
「髭も剃ってないないし髪もボサボサだし、いよいよ不審者めいてきたな」
二十四歳、フリーター、画家志望。
周りの人間が就職して二年経とうかという今でも夢を諦めきれずに絵を描いている不審者、それが俺である。言っていて悲しくなったな、泣いていいか?
アートのコンテストやら公募やらいろいろ出してはいるものの、どれも鳴かず飛ばずだった。どこかに引っかかりそうな絵を描けてない俺が悪い。
コンコン、と軽くドアがノックされる。このボロアパートを訪ねてくるのは三人ほどしかいない。そのうち、こんな軽いノックをしてくるのは一人しかいなかった。
「開いてるよ」
「おじゃまします、かおるー」
「おお、穂香」
「ほのかじゃなくて宇宙人1号なのですよ、まあほのかでもよし」
この自称宇宙人の少女、穂香はたまに俺の部屋へとやってくる。宇宙人云々は女子小学生の妄想なのだろうが、それに付き合うのもいい大人の役目だ。俺は大人だからな。誰が何と言おうと大人なんだよな。
「今日はこれを届けに来たのです」
そう言う彼女が手に持っているのは、なんだこれは。レトルト食品?
「なんだこれ」
「宇宙食なのです。隣の県の科学館で買ってもらいました。おいしくなかったのでかおるにわけてあげようかなと思ったのですよ」
「お、おう……おいしくなかったか。折角だし、いただくよ。ありがとう」
「わたしは宇宙人なので宇宙食は好まないのです。できれば人間用のたべものがいい」
「そうかぁ」
宇宙食って確か人間用の食べ物なんだけど、それを知らないっぽいな。
「今日はかおるの絵を見にきたのです。絵、できてますか?」
「できてねぇよ」
「それは残念です。かおるの絵が好きなのに」
「自分で書いてみればいい。案外自分の絵を気に入るかもしれないだろ」
「んー、わたしはかおるの絵が好きなので、それでいいです」
「まあ、そのうちな」
売れないどころか生活も結構ギリギリの状態で、貯金を切り崩しつつやっている。中々絵に着手できていない。バイトバイトで疲れて、絵を描く体力が日に日に衰えてきている。そんなことを女子小学生に漏らすほど惨めにはなれなかった。
とはいえ、売れない俺の絵を気に入ってくれるこの少女の存在に救われていることは事実である。穂香がいなかったらおそらくとっくに筆を折っていた可能性が高い。
小学生に救われる情けない大人だと笑いたくば笑え。別にいいだろ。
そんな俺の心情を知らない宇宙人な小学生はバックの中をガサゴソとやっている。
「おかしありますよ。食べますか?」
「俺は俺で自分のやつあるから、自分で食いな」
「かおるはうそつきですね~。この部屋のどこからもおかしの気配を感じません。UFOはそう言っています」
「なんだそりゃ」
彼女の中で設定が定まってないのでときどき矛盾が生じるが、そんなものだろう。本格的に設定を作り始めたら中二病一直線だから、適度なところでこれは終わらせてほしい。
ちなみにお菓子がないのは合っている。お菓子はたまにチロルチョコを食べる程度だ。二十円の満足度ではない。最強のお菓子の一つである。金がないから仕方がない。
「かわいそうなかおるには宇宙人からのめぐみを上げましょう。はいどうぞ」
アルフォートだった。さすがにどうぞとまで言われたものを断るのは厳しいので、ありがたくいただくことにする。アルフォート食べたの三年ぶりくらいかもしれない、うまい。
「ありがとな、これうまい」
「宇宙人は人間の味を求めてやってきているので当然なのですよ」
「宇宙じゃ砂糖は取れないもんな」
知らんけど。宇宙中全部探したらあると思うが、そこまでは知らん。
「そうなのです、宇宙人はぜっさん砂糖不足なのです」
「じゃあ今度なんか買っとくよ。アイスでいいか?」
「かおるはわたしのことをよくわかっている。それでいいのです」
むふふと満足げな女子小学生は置いておいて、心の中でそっとため息をついた。こんなのでいいのか? 俺の生活は。というか冷静に考えればこの状況もかなりまずいし。言い逃れできる気がしない。
俺が捕まろうがどうなろうが知ったこっちゃないけど、穂香を巻き込むのはいただけないので、何とか対策を考えたい。宇宙人な女子小学生を過ごすのはとても気を使うものだ。
「それではかおる、次来るときにまで絵を完成させておくのです。完成させてなかったらアイスをうばってやるですよ」
「お、おお。帰るのか」
「塾がありますので」
「宇宙人も塾に行くのか」
「行くのです」
「まあ気をつけてな」
女子小学生は部屋から出ていった。後にはぼろアパートに画家もどきが一人。
どうしようもないけど、まあ何とかやっていけている。今のところは。一応彼女もいるのだ。ほとんど来てくれないけど。
「本当に宇宙人でも来てくれねぇかな……」
そうしたらきっと俺にだけしか描けない絵がかけることだろう。何せ宇宙人を見たという人は存在しないのだから。
何にせよ、あの子に尻を叩かれた気分だ。おかげでもう少しだけ、絵を描き続けることができそうである。
「絵を好きって言われて、悪い気はしないからな」
誰だって自分の頑張った結果を認められればいい気分になる。それは俺のようなものとて同じだ。褒められたくないわけじゃないのだ。芸術家を気取っていてもそこらへんは一般の感覚を持ち合わせている。
再び絵を描き始めてから三時間ほど経っただろうか。再びドアがノックされた。ドンドンと強めな音。
「開いてるよ」
「お邪魔します、薫くん」
元、大学の同級生である芹ヶ谷だった。丁寧な口調、クールな見た目とは裏腹にドアのノックは非常に強い。というか俺に当たりが強い。
「何か用か? 俺のところに来ても何も出ないのは知ってるよな」
「何も出ないのは歓迎だわ。あなた、まともなもの出したことないもの」
「チロルチョコはまともじゃねーってか」
「客人に出すものとしては不適切でしょう」
「いや本当におっしゃる通りで……宇宙食ならあるけどそれもダメだよな」
「ダメに決まってるでしょう」
こいつはたまに俺の様子を見に来てくれる、友人に近い知り合いだ。姑のような感じで俺の生活に口を出して去っていく。まあありがたい話ではあるのだが、よくわからないというのが正直なところだ。
ちなみに彼女ではない。彼女はここにはマジで来ない。
「で、今日は何だ? 掃除もある程度してるし野菜だって食ってるぞ」
「そんな人を姑扱いしていいのかしら。折角耳寄りな情報を持ってきてあげたのに」
「耳寄りな情報ねえ……宇宙人でも出たの?」
「は? 宇宙人?」
「冗談だよ」
「……まあいいわ。あなた、確かゲームが得意だったわよね?」
「昔の話だけど、そうだな。ブランクはあるけど感覚は覚えてる」
「あなた、お金欲しいでしょう?」
「まあ欲しくない奴はいないわな」
「商店街のゲームセンター」
芹ヶ谷はそこで言葉を止めた。
「なんだよ、ゲームセンターがどうかしたのか?」
「いえ、言っていいものかとやっぱり迷って」
「そこまで言ったなら言ってくれよ。変なところで優柔不断だな」
「うるさいわね。言うわよ」
芹ヶ谷のむすっとしている顔はおもしろい。かわいげがあって非常に魅力的だ。
そんなアホみたいなことを考えていた俺に、本当に耳寄りの情報が伝えられる。
「そこのゲームセンターで、ある人に勝つと百万円貰えるらしいわ」
「……マジで?」
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