引きこもり妹

 僕には妹がいる。引きこもりの妹だ。


「おにーちゃんお帰り」

「ただいま。……何してんの?」

「スマ〇ラ」

「いやそれはわかるけどさ」


 下半身はソファにあぐらをかいていて、上半身は床に落ちていた。画面は逆さまに見えているはずである。首が痛そうだ。よくそんな体勢でゲーム出来るな。


 画面では妹の操るピンク色で球体状のキャラクターが国民的ゲームの亀ボスと戦っていた。キャラ的にどう考えてもピンクガン不利だと思うが、目の前の試合はぱっと見て互角に見える。このゲームにあまり詳しくはないが、なんとな~く妹が若干押され始めた。


「勝てないのよ、この亀。だいたいひるみにくい体って何よ。それだったらカー〇ィちゃんもコンボ抜けしやすい体って特性でいいでしょ……!」


 文句を言いながら戦っていた妹が落とされてその試合は終わった。変な体勢でやってるからだと言いたいところだけど、生憎と僕はゲームが得意じゃない。下手な口出しは慎むべきである。先輩にも下手な口を聞くと妙な話が長引く。


 女性というのはこういうものなのだろうか。いやまあ僕の周りだけだろう。


「今日も行ってないの? 学校」

「この体勢の妹を見て学校に行ったと思えるなら、それはもう立派なおにーちゃんだよ」

「行ったとは思ってないけどさ、一応ね」


 今年の春から妹は「だるい疲れた行きたくない」の一点張りで学校に行ってない。両親とはそれはもう壮絶な喧嘩になったが、塾の模試を受けた結果がかなりよかったらしく、両親ももう疲れて何も言わなくなった。実質妹の勝ちみたいなものである。


 そんなわけでうちにはずっと体も心も中学二年生な妹が居座っている。

 本当の理由は聞いてない。言った言葉がそのまま本音かもしれないし、本当は違うのかもしれない。どちらにせよ僕は妹にそこまで踏み込む気はない。


 だってめんどうじゃん……こんなの相手してらんないでしょ……両親相手に一歩も引かずに口喧嘩し続けるような相手に喧嘩を売るような度胸は持ち合わせていないのだった。


「それでおにーちゃんは? 今日も部活?」

「あー、まあ部活かな」

「例の先輩? おにーちゃんも物好きよね、そんな変人を好きになるなんて」

「何でも恋愛に結び付けるな。中学二年生かお前は」

「二年生ですけど?」

「そうだったね」


 なまじ頭がいいだけにたまに勘違いするが、こいつは立派に中学二年生である。その割には思春期らしいというか、反抗期らしい側面は見せないが、やっぱりお年頃なのか恋愛方面に話を持っていきがちなのだ。


「お前は今日何してたの?」

「勉強して疲れたからこれ。あとはちょっと」

「勉強するとか偉いな……僕がその環境だったら絶対本しか読まないぞ」

「子供じゃないんだから勉強くらいするわよ。学校に行ってないだけで、勉強が必要なことくらいはわかってるから」


 そう言うと再びカチャカチャとスティックをはじき出す。変な体勢は変な体勢のままで対戦を続けるらしい。すごいのかおかしいのかよくわからんけど、まあすごいのだろう。


「ゲームもほどほどにね……」

「おにーちゃんに言われたくない」

「いや、お前そういう対戦系のゲームのときうるさいからさ」

「うるさくて悪い!? あたしの方がおにーちゃんより勉強できるんだけど! 学校行ってるおにーちゃんより!」


 ……この地元の高校で中の下くらいの成績なんだから僕の頭の出来はお察しである。国語だけはめちゃくちゃいい。なんでだろうね?


 そんなわけだからそのことを出されると非常に困る。兄の立場はない。


「まあ、母さんに怒られない程度にね」


 そう言い残して階段を上る。奥が僕の部屋で、手前が妹の部屋だ。二階建ての家、昔は当たり前に思っていたけれど、今となっては二階建ての家を建て、こんなドラ息子とあんな娘を育てている両親には尊敬の念を抱くしかない。


(ああまたこの、横Bぶっぱこのクソ亀! ガー不バースト技ってなんだよ!)


「……うるさいけど、元気みたいだな」


 近所迷惑になりそうだったらまた言おう。


 〇


 あたしには兄がいる。普通の兄だ。見た目はぱっと見イケメンだけど、よくよく見ると別にイケメンではないかなという顔。雰囲気イケメン。眼鏡も無自覚なのか自覚的になのかは知らないけど、オシャレな感じの眼鏡をかけている。


 ひょろっと頼りないのに、この兄は妙に妙な女から好かれるのだ。今は話に聞く先輩とやらがおそらく兄に毒牙をかけているのだろう。


「あああああ、また横B……!」


 そんなおモテになる癖ににぶちんの兄には想像もつかないことだろうが、あたしが学校に行かなくなったのは恋愛関係のゴタゴタが原因である。


 簡単に言うと告白された、振った、なんか女子が嫉妬した、という流れだ。めんどくせっ! と言いたいところだけど、そのめんどうくささに根負けして引きこもっているあたり、案外めんどうくささというのは強い武器なのかもしれない。


 現に目の前の亀もめちゃくちゃめんどうくさい。重い、速い、火力高いだ。体がデカいという弱点をひるみにくい体という特性で補ったキャラである。めんどうくさい。

 まあ弱キャラを使っている時点で、互いの実力が伯仲している場合、こういうキャラに対しては手が出ないのだけれど。


 だからと言ってやられっぱなしは腹が立つ。


「もう一回……」


 かれこれ二時間くらいはこの人とやり合っている気がする。よくこの人も体力がもつな。あたしは中二だから体力有り余っている。お相手さんはおそらくおじさんだ。そんな体力もないだろうに。


 それとも。


「あたしが体力を使わせるような実力じゃない、ってことか……」


 なら余計に腹が立つ。一矢くらいは報いたい。

 目の前の画面でも、現実の学校でも。


「とりあえずは目の前からでしょ」


 何かいつの間にかすごい体勢になっていたので座り直す。反転していた世界が元に戻った。


「この亀にわからせないと、カ〇ビィちゃんのかわいさを」


 かわいいは正義なんだ。かわいいこそ至高、かわいいだけが世界を支配する。


 画面にパッと広がるGO!!!の文字、動き出しは同時。


 亀はガードを張りつつ様子見、あたしはその行動を今までの試合からなんとなく予期していたので、ダッシュで近づいてからの掴み、前投げ。


 空前に繋げようとしたところで相手の暴れ、コンボは中途半端に終わる。


「キャラ特性、ずるいって」


 一発一発が重いキャラはそうでもないだろうけど、亀相手に細かい攻撃はあまり入りにくい。特に低%帯。実際はそうでもないのだろうが、感覚の問題か。


 そこに掴まれて上投げ、空前。これだけで50%近く稼がれる。ただでさえ体力差がきついというのに、%でも先行されると絶望しかない。


「火力が違いすぎる」


 崖外からの復帰。ブレスはしてこない。崖を掴む。空前の圧が怖いので、とりあえず回避上がりを選択。ステージ中央に戻りかけたところで、クッパが少し身を引いて、横スマ。


 耐えられるはずもなくバースト。


「どんな読みしてたら中央から横スマになるわけ……!?」


 回避上がりからの動きまで読まれているような気がする。まあ二時間やってたら癖も見抜ける。あたしだって相手の開幕の動きを読めたわけだし。それにしたって、という話だ。


 無敵時間を利用して攻撃をしかけたいが、当然相手は崖に逃げる。崖をどう狩るかの選択だけど、こちらの択としては空前ぶんぶんか掴み狙い、空後、お願い下強しかない。


 全部の動きをかわされて、掴みを入れられる。おそらく上投げ、ならばと考える前にスティックは内に動いている。


 とりあえず上投げ単発で済み、無事に着地できた。


 亀の上投げは外にベクトルを変更すると空前が確定で入ってしまう。内ならば空N、空上、空後、それぞれ入るが選択肢が広がる分、読み合いの余地が発生する。今回は読み合いに勝ったので着地することができた。さて、ここから。


 意識は没入していく。画面以外の情報は極力排除される。勝手にだ。


 結局のところ極限まで集中し、どうにかラスト1ストック、あたし90%相手60%まで持っていけたが、ここぞの横Bぶっぱで負けた。


「本当に……めんどうくさい……!」


 勝つまでやる、それがあたしのポリシーだけど、さすがに今回ばかりは負け越しかもしれない。


 現実の方では引き下がってやる気なんてさらさらないけど、ね。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る