つま先女
つま先ばかり見ていました。
つま先を見るというのはすなわち、下を向いているということです。座っている場合はその限りじゃないですが、今回は立っているということにして話を進めましょう。
歩くときにみなさんはどこを見るでしょうか。前? それとも上? 少し下?
大半の人は前を見て歩くでしょう。そうしないと危ないから当たり前です。
今、わたしはつま先を見て歩いています。ただひたすらに下を向いて歩いています。とても面白いですよ。大きさがバラバラな石が散在していたり、誰かの吐いたガムがいろんな人に踏まれて固まっていたり、誰が落としたのか一円が落ちていたり。
拾って制服のポケットに突っ込みます。一円を笑う者は一円に泣く、というのはよく聞く言葉です。わたしも例に漏れずその言葉の信奉者というわけです。拾得物に関する法律は知りません。
前を見て歩こう、なんて前向きな言葉ですが、わたしたちのように考えることが好きな人間にとっては下を見て歩く方がいいんですよね。なぜかはよくわかりませんが、下を向いていた方が考え事は捗るものです。考える人だって顎に手を当てて若干下向きですよ? もうこれは下向き歩きが人類における正解だという確固たる証拠でしょう。もちろん、冗談ですが。
それに一円を笑う者は一円に泣きます。この一円だって前を向いていたらきっと見つけられないものでした。この一円との出会いに、合掌。
前から来る人や自転車、車を見ていないわけで、安全性の面から考えれば当然ながら前向きに歩くことに分があります。でも常に前向きじゃ生きていけないんですよ。
ずっと下向きに生きてきて、たまに前を見るから普段の世界が広がって見える、そんなことだってあるでしょう? ないですか? ないですか。
わたしはそういう感覚でした。
小学生のとき、登下校の際は常に下を見ながら歩いていました。あるときふと前を向いて歩いたらどうなるだろう、と思って前を見てみたんです。
道の砂利しか見えていなかったのに、そこには実はたくさんの物が動いていることを知りました。車、木々の葉、登下校する同級生、散歩中のおばさん。
これらは常に前を向いていたら、きっとわたしの中に当たり前として刻まれていたはずです。こんなに世界が広がるような感覚が、最初から当たり前だったらつまらないでしょう。
そういうわけでわたしはつま先を見て歩くのです。一日一歩、三日で散歩です。三日で散歩、何か掛かっているようで何も掛かってないように見えて、やっぱり掛かっていません。強いて言うなら三歩と散歩ですが、だから何だと言った感じです。文として意味が通っていないので個人的にはアウトですね。
午前中授業で暇だとこんな変なことばかり思いついてしまいます。
しかし、高校生にもなると歩いて登下校する人は片手で数えるほどしかいません。都会がどうかは知りませんが、こんな片田舎ではみんな学校と家との距離が遠いのです。自転車オアバスの登下校です。わざわざ歩いて帰る物好きはいないのです。さみしい世の中ですね。
帰り道の商店街のシャッターの閉まり方と同じくらいにさみしいです。まさにザ・シャッター街な地元の商店街です。若者の地方離れとは言いますが、実際のところどうなんでしょうか。単純に地方にいても商店街に赴かないだけでは? と勘繰っています。だってわざわざ商店街行くくらいなら近所のスーパーですませますよ。品揃えがよくて、値段も安く、立地もいい。商店街が勝っている要素 is 何? という感じです。
そんなシャッター街と化して久しい商店街でしたが、今日のところは何やら妙な人だかりができています。はて、何かイベントでもあったかなとその人だかりに顔を出してみることにしました。
ゲームセンター前のようです。唯一シャッター街の中で人の出入りが多い場所です。この近隣の町にはここしかゲームセンターがないので、高校生や若い社会人などはここに集まってゲームをしています。わたしもその内の一人です。今日は寄る予定もありませんし、何かがあるという話も聞いていません。どういうことでしょうか。
知り合いの一人がそこにいたので、声をかけてみることにしました。
「きみきみ、ちょっときみきみ」
「はい? ……って、なんだイカさんか」
「なんだってなんですか。あまりそんな態度取るようなら、わたしはきみのことを『閃光の魔剣マスター』と呼びますよ」
「やめてよその名前掘り返すの」
「如何にもな最高の名前ですからね。きみが止めなければずっとそう呼びたいくらいです」
閃光の魔剣マスターことflashくんです。本名は知りません。互いに中学二年生の頃にこのゲームセンターで会って以来、たまに顔を合わせたら何クレジットか一緒にゲームをやる仲です。
彼が言う『イカさん』というのもわたしの本名ではありません。本名イカってイヤじゃないですか? わたしはイヤです。俗にいうプレイヤーネームというやつです。
「それでflashくん、この人だかりは何ですか? 今日はイベントをやるという話も聞いていませんが」
「イベントっていうか、イベントもどきというか」
「イベントもどき?」
はて、どういうことでしょう。自主企画的な感じでしょうか。それならわたしが感知しているはずもありません。しかしそれならそうと言うはずです。ということは、何か別の要因で人が集まっているのでしょう。
「何かプロゲーマーの人が来てて、『俺を倒せたら百万円やる』とか言ってるらしい。だからまあ普段来ない人も集まってるんだと思う」
「それは……興味深いというかやりたくなりますね」
ワンチャンで百万円もぎ取るチャンスが生まれるのです。宝くじより可能性は低いですが、やる価値はあります。少なくともゲーセンに入り浸っている人たちって、多少は腕に覚えがありますからね。折れた人はゲーセン来なくなります。体験談です。
「イカさんも行ってくれば? 僕は行かないけどさ」
「flashくん強いですしflashくんこそ行くべきでしょう」
「イカさんもシューティングゲームのスコア、店内ランキングじゃ二、三位でしょ」
「イナファイ5ではflashくんが格上じゃないですか」
「格上ってほどの差じゃないでしょうが」
互いに行きたがらないことを知っていてのやり取りは安心します。どうせ二人とも陰に生きるものなのです。ひっそりと一人でスコアを積み重ねる方がわたしは性に合っています。
ちなみにflashくんは格闘ゲーム『イナズマファイティング5』、わたしは『出雲』というシューティングゲームがそれぞれ得意です。
「一週間くらいここにいるらしいし、もし気が向けば行けばいいか」
「一週間もこんな田舎町にいられるなんて、プロゲーマーはよほど暇なんですねぇ」
顔くらいは見ようかな、とも思いましたが、めんどうくさいのでやめました。そもそもここに寄る予定ではなかったのです。さっさと帰るとしましょう。
「あー、イカさん帰るの?」
「だってここにいても何もないじゃないですか。どうせ挑みませんし」
「それもそうか。じゃ、僕はもう少ししてから帰るから」
「なるほど。では今日のところはこれで、ということで」
適当なあいさつをしてからゲームセンターを離れました。flashくんも素直ではありませんね。こんな美少女と本当は一緒に帰りたいでしょうに。まあflashくんは確か高校二年生、美少女と下校というイベントは陰に生きる彼に取ってかなり酷なものでしょう。
再びつま先を見ながら歩きます。下には変な色のタイルが敷き詰められています。商店街の運営を考えている人の時代錯誤なオシャレ感が透けて見えますね。
12時の時報が鳴る直前、その特有なスピーカーのノイズはイヤでも耳に入ります。
「どぅ~どぅ~らむぅれぇどぅ~……」
時報に合わせて歌ってみました。そういえばわたしは歌が下手でした。
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