はんぺんみたいな女の子

時任時雨

お釣り2035円

 先輩は不思議系だと思う。


「この間買い物してたらさ、お釣りが2035円だったんだよね」

「はあ、何の話ですか?」


 こうやってよくわからない話を突然振ってくることが多い。オチがあったりなかったり、僕が知っていたり知らなかったり、浅い話題だったりよくわからない話だったり。とにかく変なタイミングで変化球を投げてくるのだ。


 ここは文芸部の部室。目の前にいる変人オーラ全開の黒髪眼鏡女が先輩。一つ下の後輩で、その先輩が言うには『雰囲気イケメン』な見た目をしているのが僕である。


「まあまあ聞いてよ。2035って割と現実味がある数字だな、って思ったの」

「何の話ですか?」

「もっと言うと2035年を連想したっていうこと」

「そうかもしれませんね」

「後輩くんはそういうことない? 何かふとしたことから将来のことを連想して、どうなってるんだろうなぁって感傷に浸るやつ」

「あるかもしれませんね」

「だって今2020年じゃない? 私は17歳で、後輩くんは16歳。2035年なら私は32で後輩くんは31、十分近い数字だと思う」

「そういうこともあるかもしれませんね」

「……後輩くん、聞いてないでしょ」

「その後輩くんっていう呼び方をやめたらもしかしたら聞く耳を持つことがある可能性が発生するかもしれません」


 この人は頑なに僕の名前を呼ばないのだ。少なくとも僕の前では。本当によくわからないけど、これには先輩なりのルールがあるらしい。

 こんなことを言うと先輩は小動物みたいにわざとらしいかわいげを出してくる。


「ガチャガチャの中にガチャガチャが入っているみたいな言い方しないで……聞いてください」

「そこまで言うなら。まあ最初から聞いていましたけどね」


 2035年、僕には想像もつかない。自分が三十代になっている様子を想像することは、まだ高校生になって半年ばかりしか経っていない僕には荷が重い。ようするに考えることがめんどうくさいので、聞いてないふりをしていたわけなのだ。


「やったー。じゃあ数字の話をしよう」

「……なんか先のことについて思いを巡らす話じゃありませんでした?」

「何言ってるの、それは脱線だよ。本題は2035が現実味のある数字ってところ」

「何言ってるのはそっくりそのままお返ししたいです」


 絶対に違う話し方してただろと言いたいのをだいぶマイルドに抑えた。先輩に対して強く出られないのは仕方がない。男子というのはそういうものなのだ。かわいい女子には強く出られない。


「2035、2035……あ、私が知ってるゲームが30周年になるね、続いていたら」

「じゃあ今は15周年ですか。結構歴史が長いですね、そのゲーム」

「15歳だね」

「何というか、想像できないですね。自分が生まれた頃に生まれたコンテンツが未だに続いてるなんて」

「意外といろんなものが続いていくものだよね。モンストも友達に言われて入れただけだけど、未だにログインだけはしてるし」

「それは話が少し違うような」


 惰性で続けているものと誰かの意思によって続けられるものはまた少し違うような気がする。


「もしかしたら二人とも結婚してるかもしれないよ」

「うへぇ……」

「うへぇて」

「結婚とかもう考えたくもないですよ。僕、一人が好きなので」

「なら私この部室出ていくから。じゃーねー」

「まあまあまあ、ちょっと待ってください嘘です冗談です、結婚について考えるとお先真っ暗で考えたくないだけですすみません」

「そう言えばいいのだよ、まったく」


 結局先のことに、未来のことついて話している。『何言ってるの』と言われたのは完全に言われ損ではないだろうか。よく考えれば先輩、数学は得意じゃないと言っていたし。数字について話すとは何だったのか。


「お釣りが2012円のこともあったよね」

「何の話ですか?」

「お釣りが2012円だった話」

「いや、それはわかりますけど」


 それ以外のことがわからないから聞き返したのだが、何か間違っていたか。


「お釣りが2012円だったときは、そのとき何をしていたかなぁと思った」

「先輩は……9歳ですか。小学三年生ですね。僕は二年生」

「まだ後輩くんが鼻たれ小僧だったときだね」

「一個しか変わらないでしょうが。それなら先輩も鼻たれ娘ですよ」


 小学校、中学校、高校まで一緒だが、先輩とは中三からの付き合いである。なので幼馴染という感覚はない。お互いに昔の話はあまりしないのだ。昔のことは今の関係性に関係がないからしない、とは先輩の談である。まあ真っすぐな信念というわけではないみたいで、こうやって適当に話のタネにすることはある。


「後輩くんはそのとき何してた?」

「僕はいじめられていました」

「それは何というか……ごめんね? 今度ラーメン奢ろうか?」

「すっからかんの財布でよく奢るとか言えますね……いじめられていたと言ってもすぐに解決しましたよ」

「へぇ~、どうやったの?」

「先生に言いました」


 先生によるがだいたいの場合は即言えばお互いに軽くすむことが多い。被害者にとっても加害者にとっても、いじめというのはよくないものだ。まあ加害者は忘れていることが多い。絶対に許さない。


「後輩くん変だから、変な方法使ったと思ったけど案外そういうところは普通なのね」

「先輩の方が変ですけど」

「何か言った?」

「特に何も。先輩は相変わらず素敵ですね。尊敬しちゃうな~ということを」

「後輩くんが私のことを変だと思っていても私は別に構わないよ?」

「そうっすか」


 よくわからん。僕の方が変だから変人にいくら変と言われようが気にすることはないということが言いたいのだろうか、と失礼な思考をした。この人は周りからどう思われるとかいうことを気にすることが少ない。


「そういえば諦めたの?」

「何の話ですか?」


 今日で三回目くらいの台詞じゃないか? タイムリープ感覚で変な話を始めないでほしい。


「さっき、またいきなり変な方向に話題を飛ばしたのに」

「もう突っ込みませんよ。話が進まないじゃないですか」

「ちぇ」

「ンソーマン?」

「後輩くんも読んでいるの?」

「僕としては先輩が読んでいる方が意外でした」


 電鋸男は明るいダークファンタジーという印象だ。えぐめの描写もあるし、先輩はそういうものを好まないとばかり思っていた。


「私、話題になった作品は大抵読むよ。今だと呪術とか。君の名は。とか天気の子もちゃんと見てるし、ヤイバオブオーガキリングも見てる」

「流行りものは流行るだけの面白さがありますもんね。それだけ多くの人が認めてるってことは何かしらの面白さが保証されていますし」

「2035年まで続く作品はあるのかなぁ。エヴァンゲリオンみたいに」

「電鋸は一部完ですしオーガ・ヤイバも完結してますし新海作品は映画ですし、今挙げたやつ、既に終わってるのばっかじゃないですか」

「呪術は終わってないよ! 今まさに(ネタバレ自主規制)なところじゃん」

「確かに今週の展開はすごく面白くなりそうな感じでしたね……」

「後輩くん、本誌組ならちょっと待って。私、単行本」

「どうして僕が金払ったコンテンツの感想言うのに、先輩に配慮しなきゃいけないんですか?」

「ヤメテお願いします何でもします……」

「ネタバレは全人類共通の罪なので、何も言いませんよ。安心してください」

「やったー」


 お釣りがどうとかいう話は結局どこに行ったのだろうか。先輩と話すのは疲れる。話題が定まってないから。


 そんなわけで今日も今日とて文芸部は適当に活動をしている。今日は二人だけだったけど、明日はもしかしたら他の誰かが来るかもしれない。文芸部に入る奴は全員変人(僕以外)らしいので、正直疲れるのだけど……まあ、何というか別にイヤなわけじゃない。疲れるけど。


「じゃーねー後輩くーん」


 手をぶんぶん振っている。恥ずかしいので知り合いだと思われたくないが、あんな適当でふわっふわした性格の変人だってその日を生きていけるのだ。僕だって生きていけないはずがない。


「はい、また明日」


 珍しく手を振り返してみた。

 瞬間、先輩はタッタッタと小走りでこちらにやってくる。


「後輩くん、手、振り返してくれたの初めてじゃない?」

「いや、これでも案外振り返してますよ」


 相も変わらず適当な記憶力だった。

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