迷宮荒し

「兄弟、ダンジョンに行かないか?」

「なんだよ、やぶからぼうに。先週行ったばかりだろ」

「それが今、かなりおいしい状況なんだよ」


 街の酒場で昼から一人で『さぁ飲み始めよう』とした矢先にこれだ。

 持ち上げたジョッキをどうすべきか考えるのに数秒。

 仕方なくテーブルにジョッキを置く。


「この一杯はおごりだぞ?」

「ああ、いいぜ」

「なんだい、随分と気前がいいな」


 へへへ、と笑いながら対面に座る弟分のデフォウ。

 頭の右半分を剃り上げ、残りの髪を銀色に染め上げている。

 筋骨隆々で背中には大きな大剣を背負っていた。

 もう、今からでもダンジョンに出発できるよそおいである。


「飲まずに聞いてくれ。今、ダンジョンが熱い」

「夏だからな。地下も森も蒸す」

「その『暑い』じゃねぇよ」

「なら、どのだよ」

「ボーナスタイムって事だ!」


 デフォウがまくし立てる。


「今、各地のダンジョンから罠がごっそりと消えてる」

「解除されてるって事か?」

「その通り。ほぼ全部、低難易度の子供の悪戯程度の浅い落とし穴から、高難易度の即死トラップまで!」

「そりゃ凄い」


 言われてみれば確かに、昼という事を差し置いても今日は酒場の入りが少ない。

 というより、俺達しかいない。皆ダンジョンに繰り出しているのだろう。


「しかしせねぇな。トラップが解除されてるってことは、解除した奴は最奥までダンジョンを攻略したんだろう。宝は持ち去られた後じゃねぇか。行く意味がねぇ」

「それが、目ぼしい宝はそっくりそのまま残ってる」

「あぁ!? そんなことあるかよ」

「宝だけじゃない。ダンジョンのモンスターも全然倒されてねぇんだよ」

「おいおい、どうやって進んだってんだ」

「気配を消せるシーフの仕業だってもっぱらのうわさだ。ダンジョンで真っ黒な装束の人間を見たって話もある」

「真っ黒ねぇ。逆に目立つぞ」

「東洋には似たような見た目で、妙な術を使う奴らがいるらしい。とにかく、気配を消すのが得意だそうだ」

益々ますますせねぇな。そんな事をして何の得がある?」

「トラップが解除されたダンジョンの最奥には、そいつの旗が立ってるらしい」

「旗?」

「多分だが、そこを攻略した証に違いない」

「ってことは何か? そいつは宝に興味が無くて、ダンジョンを攻略するのに喜びを覚える異常者って事か?」

「可能性は高い。現に、超初心者向けダンジョンから罠の解除は始まって、初級、中級、上級、昨日には最高難度のダンジョンの一つで解除が始まった」

「おいまさか」

「そう、奴は……一人かは分からねぇが、全部のダンジョンを虱潰しらみつぶしにクリアしてやがる」


 風も吹いていないのに、寒気が背筋に走った。


「かなりの凄腕に違いねぇな」

「強いかどうかは分からんぜ? 何しろ、モンスターは一匹も倒されてないからな」

「つまり、モンスター達が罠を復旧する前に、探索しちまおうって魂胆こんたんだな」

「謎の黒服は解除のプロ。俺たちはモンスター退治のプロだ。罠さえなけりゃ、ドラゴンだって倒せる」


 ダンジョンの一番の脅威は、各種トラップと言っていい。

 頭の良いモンスターの居るダンジョンは、奴らの考えた即死そくしトラップであふれている。

 常に気を張って罠に注意しながら進むだけで、精神がゴリゴリと削られる。


「確かにボーナスタイムだな」


 テーブルに置いたジョッキをそのままに、重い腰を上げる。


「おっ、行く気になったかい?」

「ああ。支度してくる。お前も準備して来い」

「俺は見ての通り、準備万端さ」

「なら、戸締とじまりをしっかり確認しとけ。最近、空き巣が多いらしい」


 唐草模様からくさもようの大きな風呂敷ふろしきを背負った黒い影が丁度ちょうど、酒場の屋根を飛び越えていく。

 人の居なくなった街で、誰にも気付かれることなく……。

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