ホラ吹き父さん

 私の父親は悪い人ではないが信用が出来ない。

 嘘ばっかり教えてくるからだ。

 この前も得意げに蘊蓄うんちくを話していたが、後に嘘だとわかり私が恥をかいた。

 あれは家族ですき焼きを囲んでいる時だった。


「どうして、すき焼きには卵をからめて食べるか知ってるか?」

「知らない」

「昔は牛っていうのは農業の手伝いをさせたりしていたから神聖な動物だったんだよ。だから、牛の肉はあまり食べなかった。でも、どうしても食べたい人もいる。そういう時に、卵に漬けるんだよ。『自分は牛肉を食べてるんじゃなくて、卵を食べてるんだ』って具合に」

「へぇ~」


 その時は感心したが、嘘だった。

 実際は老舗のすき焼き屋で、あまりのおいしさに急いで口に入れて舌を火傷する人が多発した為、味を邪魔せず肉を冷ます事が出来る卵を絡めるようになったらしい。


 また別のある日、郵便をポストに投函とうかんしに行った時の事だ。


「どうしてポストは赤いか知ってるか?」

「さぁ? 目立つからじゃないの?」

「違う、違う。お前や父さんが生まれる前に大きな戦争があったのは知ってるな」

「うん」

「その戦争で兵士として戦ってくださいって、国から手紙が来たんだが、それは赤紙って呼ばれててな。長く戦争が続いたもんだから、郵便配達イコール赤紙、赤色ってイメージが出来上がった。だからポストは赤いんだ」

「へぇ~」


 その時は感心したが、これも嘘だった。

 実際は私の予想通り、目立つからだった。


 そして今日、私は父親と美術館に来ていた。

 美術の教科書にも載っている有名な画家の展覧会が、二カ月限定で行われる。

 少し離れた場所なので、絵が好きな私が頼み込んで連れて来て貰ったのだ。

 本当は母と一緒に来たかったのだけれど、時間が合わなかったので仕方ない。

 限定公開という事もあり、展覧会はすし詰め状態。

 一つの絵から次の絵に進むのに十分以上もかかってしまう。

 私は好きだから耐えられるけれど、お父さんは入って三十分でげんなりとしていた。


「外で待ってていいよ」


 その方が気楽だから、とまでは言わない。


「この絵がそんなにすごいのかねぇ」


 難癖なんくせをつけるように、父が少し前のめりに絵をにらみつける。


「お客様、身を乗り出すのはおやめください」


 絵を監視する係員が、そっと父に注意をした。私はそれだけで顔から火が出そうなほど恥ずかしかった。


「父さん、やめて」

「だってなぁ。こんなベーコンだ、チーズだ、時計だとかが溶けたようなのが芸術なんだもんなぁ」

「やめてってば」

「そういえば、知ってるか?」


 嘘でしょ!? と、頭を抱えたくなる。

 よりによって、こんな込み合っているところで。

 どうせ、私がなんて答えても続けるんだろうけど。


干支えとの話ってあるじゃないか。十二匹の動物が競走した」

「……うん」

ねずみが他の動物を出し抜いた話は有名だが、実は他の動物も熾烈しれつな競争をやってたんだ」

「それ、今言わなきゃいけない話?」


 折角の美術鑑賞に水を差され、私は不機嫌になる。

 周りも迷惑そうに父を見ていた。

 本当に恥ずかしくて、すぐその場から消えてなくなりたくなる。

 でも、絵は見たい。

 我慢。我慢だ私。


「特にひどあらそったのがへびうまさるたぬきだ」

「……ちょっと待って。タヌキは干支えとじゃないでしょ」


 私のツッコミに、周りの数人が頷いた気がした。


「知らないのか。選ばれた十二匹以外にも動物は沢山いたんだ」

「へー、そう」


 冷たい相槌あいづちも父には届かない。


「けれどまぁ、この競争は文字通り神前試合しんぜんじあいだ。神様が見てるからな。表立おもてだって衝突すると失格になるかもしれない。たぬきへびと組み、うまさると組んで、人形を使った代理戦争だいりせんそうをすることにした」

「ずいぶん遠回りな事するね」


 半ば義務のように相槌を打つ。

 その設定、最近やったゲームから引っ張ってきてるでしょ、とは言わない。


「人形を使っているから中々決着がつかなくて、『これではらちがあかない』と四匹も戦いに参加するようになった」

「結局戦うんだね」

「戦いは混迷こんめいを極めた。さるうま人形にんぎょうへびたぬきが入り混じってそれはもう大変な騒ぎで……」

「ちょっと待って。嫌な予感がする!」

さるうま人形ドールへびたぬきが」

「ねぇ、やめて!」


 それはもう、嘘の蘊蓄うんちくでも何でもない。ただの――、


猿馬人形サルバドール蛇狸ダリってな」


 私は絵画のベーコンのように、その場に崩れ落ちた。

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